第1話 妄想と現実
ある日突然目が覚めたら、そこには神々しいオーラを放つ存在が目の前にいる。それはきっと神さまで、頭の中に直接声が響く。
『不幸なあなたにチャンスをあげましょう。もとの世界で赤ん坊として一からやり直すか、異世界で世界を救って頂きたいのです。』
まさに夢にまでみた展開!ここで異世界最強のチートスキルをゲットして、ウッハウハでチヤホヤされるんだ!あぁ、神さまありがとう!愛してます!夢が叶うってこんなに素晴らしいんですね!キャッホーイ!!
―――まぁ、そんなことはないんだけどね。いつもの妄想ですよ。いやね、最初から最強チートキャラじゃなくてもいいんですよ。
ある日目が覚めたら、まわりはローブを着た知らない人たちに囲まれている。床には光り輝く幾何学模様の魔方陣。そこへその国のお姫様が現れて言うんだ。
『異世界から来た勇者様、どうかこの国を魔物たちから救って欲しいのです!』
困惑する俺は、促されるままに潜在能力を測定する魔石に手を添える。 光り輝く魔石は割れてしまい、まわりはザワザワ。どうやら想像以上の力が俺には秘められているらしい。そして俺は自分の秘められた力を駆使して、成長しながら最強主人公として無双するんだ!
あぁ、素晴らしい・・・素晴らしすぎる・・・
さて、ここでどこかの誰かさんに問題です。なぜ異世界転生にあこがれるのでしょうか?
答えは、
―――『現実逃避』です。
ではなぜ現実逃避するのでしょうか?
答えは、現実に疲れたからです。
そうです。嫌いな勉強を義務教育という謎の法律で10年以上縛り付け、社会に出た時の人間関係をうまく構築する為に何十人何百人という赤の他人たちが集まる施設に閉じ込められる。協調性という目に見えない謎の定規で測られて、少しでも間違えればはみ出し者にされてイジメられる。そうならないように自分を殺して、嫌われないように努力して、それでも知らないところで嫌われる。社会に出るときだってツライ。やりたいことがある奴ならいいさ、そこを目指して頑張れるだろう。だけどやりたいことがないやつはどうすればいい?やりたいことなんて全然なくて、企業への志望動機なんてあるわけない。それでも生きていくためには働くしかなくて・・・。
大学を卒業してから就職したのは、地元のスポーツクラブだった。学生時代の日課であった筋トレを仕事でできるのはイイかも――、という安直な理由で就職を決めた。何年も働いてきたが、最近は24時間営業のスポーツクラブ大手が田舎にも進出してきて、店の経営もなかなか厳しくなっていった。筋トレだって、動画サイトを見て自分でやれるようなものが増えてきた。このままだと将来俺どうなっちゃうんだろうと考え、IT技術が進歩してきた今ならその業界で働けばいいじゃないかと、三十路一歩手前の29歳で、『未経験者募集!』の会社に思い切って転職してみた。話には聞いていたが、この業界は挫折する人が多いっていうのも納得の内容だった。覚えることは膨大すぎるし、周りの人のいっていることが理解できない。それでも自分が選んだからには、やり遂げようと毎日パソコンと10時間以上のにらめっこ。家に帰るのは22時過ぎで、朝6時には起きて出社の毎日。唯一の救いはカレンダー通りのお休みがあるってことくらいか。
そんな灰色の生活での楽しみと言えば、突然死んで異世界で無双する爽快感溢れるラノベや漫画を読むことと、ボーイズラブで心に潤いを与えることくらい。
男同士という禁断の恋。友達だと思っていた同性の相手に、ふとした時から惹かれている自分に気づく主人公の葛藤する姿。社会の目を気にして自分の心を必死に抑えようとするが、ついに自分を抑えきれなくなって告白してしまう。友情から愛情へ移り変わる瞬間の高揚感。あぁ、凄くイイ。この良さを分かりあいたくて、学生時代は語れる友を!と思ってたけど、同類は全然見つからず終い。
―――とまぁこんな具合に、俺の人生はたいしたイベントもなく終わっていくんだなと思うと、現実逃避もしたくなるわけよ。
(はぁ・・・異世界に行きたい。それか、イケメンカップル隣に引っ越してこないかなぁ。)
そんなことを思いながら、俺はいつものように仕事の帰り道にあるコンビニで、カップ麺とジュースを買って家に帰る。最寄駅から歩いて15分の閑静な住宅地に、俺の住むアパートはある。
(明日は土曜日だから、起きる時間気にしないで今日は寝よう。)
部屋の前について、家のカギを開けようとする。家のカギはカードを入れて回すタイプなんだが、入居した頃から鍵の入りが非常に悪いのだ。引っ越してきた最初は、貰ったカギを間違えたのかと思ったくらいだ。疲れてる時は特に、このカギにイライラさせられる。
(おいぃぃ!なんで入らねぇんだよクソがっ!不良品!クソっ!)
イライラしすぎてドアノブをガチャガチャと力づくで動かす。その時、「カキン」という金属音が聞こえた。イライラで頭にのぼっていた血が、スーっとひいていく。
(うわ・・・壊しちゃった!?・・・どうしようお金かかる。最悪。)
しかし不幸中の幸いにも、ドアは開いた。
(ドアの修理ってどこに電話すればいいんだろ・・・めんどくさッ―――)
その瞬間、俺の思考は完全に止まった。
玄関の扉を開けた暗闇の先に、誰かいる。
今思えば、大声を出すとか、電気をつけるとか、「誰だお前は!?」とかすればよかったんだろうけど、人間本当に驚いたときは声なんて出ない。というより、脳が処理できなくてエラーになったかんじ?すごいよね、本当。テレビで絶叫マシーンとかホラー苦手な女が「ギャーッ」とか叫んでるあれ、余裕があるからなんだよね。俺余裕ないもん。
こうして俺、成瀬 真29歳(腐男子)は、不法侵入者を前にして意識を失った。