ねこぢる
『ねこぢる』 一九六七~一九九八 三一歳
個性的な漫画家が集まる雑誌『月刊漫画ガロ』でデビューし、シュールかつシニカルな作風で人気の『ねこぢる』の正体は小柄な女性だった。
彼女は鬼畜系漫画家山野一に知人を通して接触し、ほとんど押しかけ女房のように山野の家に住み着いてしまう。そのまま一八歳の時に結婚する。夫婦仲は良好だった。初めは夫の原稿の手伝いをしながら暇なときに絵を描いていた彼女だが、その絵を見た夫にすすめられ自らも漫画を書き始めた。
彼女の描く漫画はポップな絵とは裏腹に残酷なもので、登場するキャラクターは他者の死には徹底的に無関心であった。漫画に登場する人物や動物たちは何の救いもなく死んでゆく。特に豚や虫たちは自我を持って描かれながらも、必ずといっていいほど最終的には死んでゆく役割だった。
彼女は食に対しても無関心だった。肉や魚は「血の味がするから」といってまったく食べず、夫には「トンカツって豚の死体だよね」と漏らしていた。
当時の『悪趣味ブーム』が追い風となったこともあってか、デビューから数年で一躍売れっ子になった彼女は複数の雑誌の連載を抱えることになった。しかし、一般雑誌には彼女の本来の作風である差別的表現や残酷な描写が盛り込まれた筋書きは受け入れられず、万人ウケするように描き直しを求められる。それでも月に数十本という莫大な原稿の締め切りはきっちりと守っていた。
晩年、女性編集者との電話での会話で「じぶんはもう好きなものしか描きたくない。自分の方向性や資質と違うことばかりやらされていて本当につらい。もうこれ以上何も考えられない」 「漫画を辞めても発展途上国なら印税で生活できるんじゃないかな。もちろん旦那も一緒に」と語った。
その数日後、自宅マンショントイレのドアノブにタオルを掛け縊死しているのを夫によって発見される。遺体は死後硬直が始まっていた。
遺書などは残されておらず死の理由は不明のままである。
ねこぢるの書籍やグッズは彼女の没後数年間売れ続けた。