前編
「王太子殿下…あのような者との婚約など、破棄するべきです」
この国「グランフルール」の王太子ユードラン=グランフルールの隣で、片手を大きく振り上げ、宰相子息のシャードン=クラーテルヌが声を張り上げて告げる。
大勢の者が注視する中、その目を引く集団は一人の令嬢に向け言葉を続ける。
「本当に…このようにか弱く心優しいシティスを虐げるとは」
シティスと呼ばれる令嬢を愛し気に見つめながら、騎士団長子息のアリストロッシュ=ヴェールムースは声を強める。
「貴女のやってきたことに、どれだけシティスが涙を流したかっ」
そっとそばに寄り令嬢の手をとり、糾弾している令嬢の弟であるはずのヴァレリアン=カーマイン公爵子息が言う。
「…そのような…私の事はいいのです。ただ、ユードラン様の婚約者という地位にいらっしゃる方がこのような…。」
一歩前に踏み出し、王太子の腕に震える手を添えながら涙目で訴えかけている。
柔らかなプラチナブロンドに愛らしいピンクブラウンの目をした男爵令嬢、シティス=ヴェスタ。
「(そう、彼女なのね…貴方を変えてしまったのは)」
すべての視線の先にいる女性。
目を引く一団に糾弾されている、カメリア=カーマイン公爵令嬢。
社交界で「柔らかく微笑む赤い花姫」と誉れの高い、王太子殿下の婚約者。
前髪を優雅に後ろにながし、長く艶やかなブロンドの髪、深紅の瞳。
公爵令嬢として目を引く姿をしてもなお、慎ましくたたずむ姿からそう呼ばれるようになったらしい。
その私が今、学園の卒業パーティーという場で断罪されようとしている。
私の周囲の令嬢から不安の気配がささやかれる。
巻き込んではいけない…彼女たちにはなにも非はないのだから。
私は一歩前に出て次の言葉を待つために、王太子殿下の顔を仰ぎみる。
久しぶりに見る王太子殿下は、目を細めてこちらを見ている。
その相貌からは、どのような想いをもってこちらを見ているのか読み取れることはなかった。
◇◆◇
昔はそうではなかった。
王太子殿下と婚約が成立したのは10歳の時。
一つ上の王太子殿下と弟のヴァレリアン、2人とはよく王宮の庭園で遊んでいた。
「リアは将来私のお嫁さんになってくれるんだよね?」
「私はリアに相応しい人間になるから、いつまでも一緒にいてね」
王太子殿下の表情からは、可愛い婚約者が自分の隣にいる嬉しさが溢れていた。
手を取り、庭園を遊ぶ中、「この優しく美しい人と結婚するんだ…」と頬を染め誇らしく思ったものだった。
その後の交流も問題のないものだった。
手紙を交わし、季節の花を送り合い…デビュタントの時は素敵なドレスも贈っていただき、エスコートもしていただいた。
羨望の眼差しの中踊ったダンスは、心臓が張り裂けるほど緊張した。
「美しくなったリアは私の宝物だよ」
ダンスの後、少し離れたテラスで私の瞼にキスを落としながらささやかれる。
いつでも優しくリアを気遣ってくれる殿下…二人の仲を徐々にあたためていったはずだった。
いつしか私はユードラン様に恋をしていた。
私しか見ていない瞳、優しく愛おしく柔らかなふれあいの中当然のように湧き出た感情だった。
ユードラン様と一緒にいるため厳しい王妃教育も続けてきた。
余裕がなく、要領がつかめない自分に焦りながらも恋心が私をつなぎとめてくれた。