ガラスの日常
ラノベっぽいなって分かってるんだ。ただ俺はこんなふざけたのを書いてみたかったんだ。とりあえず種の保存の法則はジェリコの言う通りだと思うわけねぇだろべらぼうめぃ!
渓谷の中にある滑走路に上手く機体を着陸させ、岩場の中の巨大な洞窟の中に機体を滑り込ませる。中は呆気に取られるぐらいに広く、ドーム球場何個分あんのかわかんねぇぐらいの空間が縦長にどこまでも続いている。そこかしこに付けられた照明のおかげで暗さを感じることはなく、とてもここが地下だと思えないぐらいだ。
機体を滑走路の横の格納庫に入れ、キャノピィを開いて外気を入れる。それからヘルメットを外し、これ以上ないぐらい最高の空気を吸う。機体から降りて一番最初に味わう空気は、どんな空気よりうまい。山頂で吸う空気がうまいなんて言ってる奴がいるが、山頂より遥かに高いところで仕事をする俺達にとっては景色なんて見慣れたもん、クソの役にもたちゃしねぇ。何しろそのいい景色の中から敵さんの機影がびゅんびゅん飛んでくるんだから、ロマンもへったくれもない。
「今日は何機落としたんですかー?」
「俺が3、無敵の我が美人隊長が5機だ」
整備兵のアレンに答えを返してから、出る準備をする。ホルスターにP210はきちんと入ってる、オッケーだ。ちなみにいちいちこんなことをチェックするのは、一度だけキャノピィ内にこの銃を置きっぱなしにして半狂乱で探し回ったことがあるからだ。基地中を半泣きで探し回って、ここにあった時はマジで安心して泣き崩れちまうという醜態をさらしたからだ。それと、その時の相棒の反応は『ガキ』のただ一言だった。
キャノピィから出て紺色の迷彩色の羽に足を下ろす。入隊直後はこんなとこに足を着いても大丈夫なのかと真剣に心配したが、今じゃ飛び跳ねようかと思うぐらいだ。もっとも、それで羽が変になったらただのバカだし命知らずなのでやらないが。
そこからも降りてやっと地面に足をつける。やっぱし地面が人間の生きるところなんだな、と地に足をつけた瞬間に思う。空も確かにいい。だが長居するような場所じゃない。孤独と同じだ。
だが地面は違う。孤独はない。身が凍るような寒さもない。人が住む場所だ。人が住んでいる場所だ。
それからすぐに相棒も降りてきて、格納庫に機体が入る。相棒のエンブレムは、餌を啄ばむ雀のマークだ。なんだか異様にまるっこくて、その手のものに疎い俺でもかわいいと思う。ちなみに俺のは舞い降りる鷹だ。これは俺の持論で、鷹が一番かっこいいからというしょうもない理由に基づく。ちなみに相棒のはなぜ雀なのかと言うと、この機体を開発している際のコードネームが雀だったからだそうだ。この機体のテストパイロットとして開発当初から乗っている相棒にとっては、雀って言うのが一番しっくりくるんだろう。ま、確認したわけじゃないからわからないが。
キャノピィが開き、相棒がヘルメットを取る。そして薄い赤色の髪がふわりと一瞬だけ空中に浮き、相棒の耳やうなじにかかる。明け方の空にも似た青色の瞳は、一瞬だけ俺を見て機体に向いた。赤毛でセミロングの超美人、これが我が軍のエースとは世も末だ。特に、女を戦場に出すようになって、しかもそれを広告塔に利用するとは。ま、これで志願兵が増えてるのは事実なんだが、どうも割り切れないって言うか歯切れが悪いな。女は守ってやるもんだろうが。戦うなとは言わんが。
「よう相棒、今日も大好調だったな。ガラナチョコでも食って飛んだか?」
片手を上げていつも通りに軽口を叩くが、返事は返ってこない。いつもなら『使いもしないゴムを部屋に貯めこんでるお前と一緒にするな』とか返ってくるんだが。
翼から地面へと滑るように降りると、やや小走りで俺に向かって走ってくる。背は小さめな方だから、俺の胸ぐらいまでしか身長はない。だから走ってこられると、なんだかすごくかわいい。普段は冷たい声しか聞いてないので余計にそう感じる。これで分厚いパイロット服じゃなけりゃもっとかわいいんだけどな。
「お、感動の再会!? さぁ俺の胸に飛び込んで……」
とそこまで言って、体を反転し足を思い切り踏み込んで格納庫の扉から逃げ出した。相棒が瞬きすらせずに俺を見つめて向かって来る時は愛の告白でもなく、しよ? というメッセージでもなく、単純に敵をロックした時の瞳だ。コクピット内で、戦闘中に見た訳じゃないがそう直感で感じる。
「戦闘前に言っただろ? 横っ面ひっ叩くって」
「わりぃ忘れてた!」
飛んでくる冷たい、だが声量の大きい声に半分笑いながら返す。その数瞬後に相棒が銀色で分厚くてボルトなんかを締めそうな棒を持って走り出てきた。てかスパナ。
「ちょっふざけんな凶器禁止って言ってんだろが!」
完全無視して追ってくる相棒を時々ちらりと振り返って確認しながら、確実にその距離が縮まっていることを確認して、心の中でド畜生と叫ぶ(声を出すと走りにくい)。
これは相棒の長所だが、足が速い。この基地で一番足が速い。ハイスクール時代は陸上部で、短距離で優勝したこともあったそうだ。それだけの足がありながら、どうして軍隊に来たのか。相棒の過去を知ってる人間なら皆疑問に思うが、誰も答えてもらえた人間はいない。
それよりもそろそろやばい。あと数歩で捕まるぐらいの所に来てる。だがあと少し、あと少しで基地施設内に逃げられる。そうすれば相棒だって無暗には追って来れないだろう。
「ぐがっ!」
その数メートル手前で、俺の背中に鈍痛と衝撃が走り、反動で転んだ。後ろを振り返ると、転がったスパナと飛んでくる相棒の靴底。スパナを投げるのはあまりにも卑怯だと思うんだが。
相棒は立ち上がろうとする俺の頭を思い切り平手で叩くと、回数券無駄にならなくて良かったなドスケベ、と言い放って施設の中に入っていった。基地司令に作戦報告をしにいくんだろう。俺も追わなきゃいけないが、あいにくスパナの野郎のせいであと少し動けそうにない。もしも遅刻して文句言われたら思いっきりありのまま言ってやるからな。
それから数十秒もがいた後に、何とか立ち上がってふらふらになりながらも司令室まで急ぐ。別に報告は相棒一人だけでもいいんだが、ここの司令の方針で俺達はセットで報告に来るようになっている。
あまり開けたくない、金色のプレートがかかった扉を開く。
中には簡素なスチール製の本棚が二つと、対照的に高級そうな士官用ともいえる嫌味なデスク、それだけだ。広さは俺の汚い部屋が三つ分くらい。個人の仕事部屋としては破格の大きさだろう。本棚には報告書がバインダーに入れられて奇妙なくらいぴっしりと収まっている。こいつの几帳面な性格が良く出てるな。暇さえあればこういうのを並べ直してニヤニヤ笑ってるんだろう。うわ、想像したらあまりにもハマりすぎてて笑えねぇ。
「ジェリコ少尉、時間には気をつけたまえ。君がルーズなおかげで、いつか兄弟が死にうるかもしれんのだからな」
ああそうだ、忘れてた。この部屋のもう一つの付属品のコッファー少佐殿。椅子に座って机で腕を組み、こちらを若干おどおどと見てくる。丸メガネを掛けたただの青年、というかいじめられっ子にしか見えないこいつが、この基地の最高司令官だ。実際はただのキャリア組で、この基地を指揮する能力なんか毛頭ないと俺は踏んでる。実戦で得た勲章も全く無いしな。付け加えるとすれば、ちょっと有名な指揮官の息子って事だ。
「失礼しました少佐。ちょっと機体をチェックしていたので」
「そうか。だがサコ大尉は君よりも早かったが?」
「それは彼女の足が速いからです、少佐。それに、彼女はスパナと走ることが好きでして」
してやったり、と満足して相棒を横目で見るが、いつも通りの凛々しいお顔。あーツマンネ。
「……まあいい。それでは戦果報告を」
ちょっとぐらいひねって返してくれてもいいと思うんだけどな。まぁそんな脳味噌もないんだろう、こいつには。それに怒鳴る度胸もない、と。やっぱ駄目だな、こいつは。
「はっ」
今まで黙って突っ立ってた相棒が、見事な敬礼をして戦果報告を始める。相変わらず様になる奴だ。もしも俺が学生時代にこいつが敬礼してるポスターでも貼ってあったら、もしかしたら真面目な気分で入隊してたかもしんねぇな。
「なぁ相棒」
「なんだ?」
司令室を出てすぐ、相棒を呼び止める。
「飯でも一緒にどうだ?」
出撃のせいで時刻は1時を少し回った時間だ。普段の昼飯の時間よりは遅いが、食堂は夜中の12時までは無休でやっているし、問題はないはずだ。というか、たまには女と食事をしてみたいというのもある。基地の中にいるといつも周りにいるのが男ばっかりで、汗臭い。港の娼婦も、香水がきつくて実際はあまり好きじゃないしな。
「……いいぞ。ただし、ベラベラと喋ることは禁止だ。私が話を振った場合のみ、会話をしてもいい」
「あーはいはい、それでいいって。相変わらずつれないねぇ」
食堂に着いて、おばちゃんに炒飯と餃子を頼む。相棒はチキンカツカレー。相棒は少し味の好みが子供っぽく、ファミレスなんかに出てくるハンバーグやオムライス、あとはコロッケなんかが好きだ。別に悪いとは言わないが、普段のイメージと違ってそういうのを食べている姿を眺めるのはちょっと複雑な気分だ。
窓際の席に座り、向かい合って食べ始める。分かり切っていたことだが、特に会話はない。普段ならアレンとか整備兵の奴ら、あとはエリオットとかと飯を食うんだがな。如何せんあいつらは既に昼飯食っちまっているしな。会話がないのが苦手ってわけじゃないが、やっぱ多少緊張する。
しばらく無言で食べていると、おもむろに相棒が言葉を発した。もちろん、カレーを食べながら。
「珍しく今日は喋らないんだな」
「そりゃあな。あんだけ釘刺されりゃー喋らねぇよ。それに仮にも上官だしな」
最後のは正直嘘だ。こいつを上官として意識したことは殆どない。だがそれでも俺が喋らなかったのは、また黙って席を立たれてどっかに行かれるのはごめんだったからだ。
相棒とペアを組んで間もない頃、相棒が釘を刺していたにもかかわらず俺は喋った。これから一緒に戦うんだから仲良くしようやとか、それにしても可愛いねぇ流石ポスターに使うだけあるよ、などと。少なくとも前者は真面目だったんだが、話の内容が後者8割だったら、相棒みたいなタイプは真面目に話す気はなくなるだろう。
そういう風にしていたら、相棒は立ち上がり俺にこう言った。
『どうせ死ぬ奴の名前を覚えて何になる?』
そんで相棒は食堂から出ていった。残された俺がどうしたかというと、大歓声と共に群がってきた食堂中の兵士達に笑いながら労われた。そいつらの話を聞くと、俺みたいにあしらわれた奴はかなりの数いるらしかった。
それでそん時嫌な話も聞いた。サコ大尉とペアを組んだ奴は必ず死ぬとか、呪われてるとかな。
まぁ、現に俺が生きてるんだからそれは嘘っぱちだったってことなんだろうけどな。
だがその時の俺はその言葉を真面目に信じまってたんだ。
飯を食い終わって暇になったので、ばれないように相棒の飯を食う姿を眺める。こうしていると、英気を養うということの意味が良く分かる。男は南国の休息より、美人の顔を見てる方がよっぽどくつろげるらしい。
小さい口で食べているからか、それともスピードが足らないからか、または両方かどうかは分からないが、相棒の皿の上のカレーはまだ半分程度だった。正直十分英気を養ったし、喋れないんならこのままどっか行っちまうか。エリオット達に暇があれば相棒の機動を教えてくれ、とも言われているしな。
俺がトレイに手を添えた瞬間、相棒が口を開いた。
「結局お前は死ななかったな」
こちらを見ずに、チキンカツをスプーンで器用にちぎりながら、そう呟く。
俺はどう答えたらいいか分からず、次の言葉を待った。
「今まで6人の奴とペアを組んだが、なんでお前なんかが私の相棒として定着してしまったんだ?」
「言うに事欠いてそれかよ……」
わざとらしくため息を吐く。そう思っているのは知っていたが、真正面から、しかも心底残念そうに突きつけられるとへこむ。どうせなら軽く言って欲しかったんだがな。
「俺で悪いか?」
「腕はいい。キレもある。だがお前みたいな奴がそれを持っているのが気に食わない」
「あのなぁ」
スプーンがご飯とルー、そして小さく千切られたチキンカツをすくって口に運ぶ。口の端っこにカレールー付いてるぞ、と教えてやろうかと思ったが、これは最後の反撃の手段に取っておくことにした。
「お前みたいに不真面目の典型みたいな奴が、どうして生き残るんだろうな」
「そりゃあれだ。多分性欲が強い人間の方が生き残れるように神様の御宣託が」
「ないな」
「いや人間は死にそうになるほど種の保存の法則が働いてだな。だからその手の欲が強い奴はいつも種の保存の法則が」
「猿か?」
「おま、俺は確かに猿並みにあると言われたことがあるがあいつらほど早くな」
「黙れ」
「じゃあなんて答えりゃいいんだよ……」
椅子にふんぞり返って脱力する。俺の脳味噌じゃこれが限界だ。
「もう少しまともに返せないのか?」
「この手の質問に真面目に返せる奴は自画自賛しすぎのナルシストだと思うけどな。自分の腕がいい理由とかを吹聴する奴は。お前だって俺が何でそんな上手いんだ? って尋ねると、乗ってる日数が長いだけだ、って言うじゃねぇか」
「少なくとも私は真実だけを言ってるつもりだが?」
「俺も真実だけを言ってるつもりだ」
「それが真実なら最悪の世の中になってるな」
「ああ、今自分で同じこと考えて絶望した。女が全部淫乱だなんて……俺には耐えきれん!」
「嘘つけ変態め」
「馬鹿言え。女が全員素っ裸で迫ってきてみろ。チラリズムも着衣の可愛さもねえ」
「はぁ……なんでお前みたいなのが本当に生き残るんだろうな」
深く長ーく溜息をつくと、皿を持って相棒が立ち上がる。別に愛想を尽かされたわけじゃなく、単純に食べ終わっただけらしい。俺も後を追い、おばちゃんにトレイを渡す。
「相棒、これから暇か?」
出口に向かう後ろ姿に声をかける。
「いや、機体を見てくる」
「そうか、じゃあいいか」
「もういいか?」
片目だけが覗くようなアングルで振り返った相棒に、呼びとめてスマンな、と言って返す。
少し話したいことがあったんだが、そういうことなら仕方ない。機体と向き合うのは重要だからな。
「ふわぁ〜あ。しゃあねぇ、銃でもいじるか」
あくびをしながら独りごち、自室へと向かった。
案外ラストまで見えてきたよ。書き切れるかもしれん。
それと感想くれ。いやくだせぃ。
面白いです、の一言でもいい。補給のない最前線で戦い続けるのは悲しすぎる。
あと読んでくれてる人達へ。
ありがとうよ、戦友!(紅の豚)