渓谷の基地
もうちょっと先から始まるぞい
キャノピィ(コクピットのガラスの部分)の中で首を回して横を見ると、そこには灰色の崖がずっと先まで伸びていた。前を見れば、徐々に崖が広がっていき、出口のように感じる。もっとも、出口と言っても上に機首を上げれば目が痛くなるぐらいの青空が広がっているのだが。
後ろには「あり得ない」場所にある滑走路。崖の裂け目から滑走路が飛び出しているなんて、悪い冗談だ、ファンタジーだってもう少しマシだ。まず新兵だったら悲鳴と共に撃墜するだろうな。
といっても例外はいるが。俺の隣で飛んでいる隊長機、コールサインはスペリング。確か雀って意味だったか。そいつは初飛行でここの基地の滑走路から飛び、演習を終えて着陸したらしい。俺はそれを聞いた時『あり得ない冗談はやめろよ嬢ちゃん。オーケー、あんたがスゲエのはよく分かったぜ』と笑い飛ばしたもんだが、初めてペアで上がったその日に思い知らされたんだから笑えるぜ。その時の相棒の戦果は、6機だったからな。
今までの戦闘の累積で5機。これが俺らがエースと呼ぶ数だ。そしてこいつは条件を軽々とこなしていた。まったく、エライヤツさ。
ちなみに海のど真ん中の大空戦から基地に帰還した後、俺は相棒にへつらうしかなかったさ。圧倒的な腕の差を見せつけられちまったからな。だけどな、そのへつらう俺の姿を見て相棒は『お前だっていい腕をしている。私に追いつけ。お前とはやっていけそうだ』って言ったんだ。
その時点で、あれだな。もうなんつーか人間的な面と実質的な面で俺の完全敗北!
だから俺は相棒の相棒たる腕を身につけると誓ったのさ。エースの相棒に選ばれたんだ、そうしなければ相棒と相棒が落とした敵機にあまりに失礼だ。
「フォルケ、敵との交戦に備えろ」
「うおっと了解!」
慌てて返事をすると、無線の向こうで溜息が聞こえた。当然と言えば当然だろう。基地防衛の為に緊急出撃したのに、全く緊張感のないアホがいるんだから。しかもそいつは2機しかいない隊の二番機。一番機からすれば、後ろを任せるべき奴がアホだったら前に集中できない。溜息どころか怒鳴り散らしたい気分だろう。
「何を考えていた?」
「毎度のことだよ、この基地に配属された時の初任務」
「……お前に何度言っても無駄なのは分かるが、思い出を掘り出す癖はいい加減にやめろ」
「アイサー、言ってもらえるだけマシだと思ってありがたく受け取っておくぜ」
通信機からは何も返ってこなかった。というより無線を切られたようだ。これも毎度のことだが多少へこむな。まぁ、俺があいつの立場だったら同じことするけどな。