打ち上げ花火ーー君と見るか、一人で見るか。
俺の名前は模試山 圭太 14才!
今日は近くの箱猫神社で開催されている夏祭りを利用して、最近良い雰囲気になっている幼馴染の畏怖崎 楓を誘ってみたんだ!
「オゥオゥ、そこの坊や!……可愛い子連れてんじゃねーの?」
「ゲヒヒッ!こうなったら速攻で卑猥な乱痴気騒ぎに興じてやるでヤンス!!……オラッ、さっさと僕ちん達に着いてきやがれでヤンス!」
「い、嫌ッ!!……圭太君、助けて!!」
だけど見ての通り、神社に着いて早々柄の悪い三人組に絡まれちゃったよ!!
でもって、目の前で楓が奴らに連れ去られそうになってるし!
……クッソ~、これは見過ごせないぜ!!
「だけど、俺一人だけで三人を相手にするのは現実的に考えて難しいモノがあるよな……」と内心で悶々とそんな事を考えていたそのときである--!!
「チョット、マッテテー!」
音ゲーらしきソシャゲをやっていたもう一人の男が、画面から視線を外すことなくそんな言葉を口にしていた。
……なんだ?今のは楓の発言に反応したのだろうか?
「オイ、ライヴァ―。お前もいつまでもラブフェスばっかやってないでこっちに加われよ」
「そうでヤンス!僕ちん一人だけだと上手くやれる自信がないから、三人がかりでこの偉大な事業に取り組むでヤンス!」
仲間の男達が呼びかけるが、ライヴァ―と呼ばれたそいつは若干愁いを帯びた表情をしながら、変わらず画面を操作し続ける。
「……はぁ、イメージカラーが青い子が可愛すぎて次の秋のライブまで会えないのが本当辛い……アンコールの時の『法被?』とか首を傾げるの可愛すぎて俺の頭と、この夏そのものがカレー色やわ……」
「何言ってんだコイツ……」
「そっとしておくでヤンス。彼だけがこの世界でただ一人終わらない夏休みを過ごしているのでヤンス……」
その発言を聞いた瞬間、それまでソシャゲをいじっていた事が嘘であるかのように、ライヴァ―がクワッ!!と目を見開き画面から思い切り顔を上げていた-―!!
「……そうだ、次の千秋楽のライブではこれまでのライブには流れなかった新曲のサマーソングコレクションの曲が披露される可能性が濃厚!!善きそば(※焼きそば型の法具)のソースが如く!……シャイーン!な気持ちで夏の始まりを感じさせるあの曲や『初期の設定は何だったのか……』と言いたくなるような姉妹の息の根があったあの曲、地元愛あふれる仲良し堕天ソングに切ない夏の終わりに浸れるベストナンバーが流れるに相違なしッッッ!!……こうしてはいられない、今すぐ帰宅してコールの練習とテンション爆上げするために全巻マラソンで観返さなくては!!」
そう言ってライヴァ―がこの場を走り去る事、脱兎の如し。
気づけば忽然と奴は姿を消していた。
「……何だアイツ」
「……自己解決するのは良いでヤンスが、オタクは何かを共有するという事に関して無頓着か押し付けてくるかの両極端で面倒でヤンス。……さぁ、あんなのは放っておいて僕ちん達はさっさとレ〇プに勤しむでヤンス!」
「嫌ー!!助けて、圭太君!」
「楓ー!!」
何だかよく分からない内に相手が一人は減ったモノの、相手の方が2人と数は多い上に楓が向こうに囚われているという絶望的な状況に変わりはない。
だけど、そんな事を考える間もなく俺の身体は勝手に動き出していた-―!!
「ウオォォォォォォォォォッ!!楓を離せっ!」
「ッ!?何だぁ、この糞ガキ!」
軽快な打撃音が鳴り響く。
何が起きたのか分からないまま、俺は空を見上げる形になっていた。
「圭太君ッ!?」
「さ~て……忘れられない夏の思い出作りでも始めちゃいますかね!」
「ゲヒヒッ!ついでに子供を作るのも手伝ってやるでヤンス♡」
「嫌ー!!」
……糞ッ、情けない!
俺は相手のワンパンでやられて、みすみす楓が酷い目に遭わされるのを黙ってみているしかないというのか!!
そんなのは嫌だ!!
(……もしも、もしも俺に奴らを倒すだけの圧倒的な”力”さえあったら……!!)
そう考えたその時である--!!
(--ッ!?)
――ドクンっ!!
俺の心臓が早く脈打つ。
それと同時に頭の中に聞き覚えのない、重厚な声のようなものが響いていた-―。
(--そこな少年よ、力が欲しいか?--)
……頭が割れそうだ。
全身の血液が沸騰しそうな感覚に襲われる。
意識が霞みそうになっているというのに、どういったわけか俺の脳内には鮮明な一つのイメージが浮かび上がっていた。
(……巨大な怪物と、あれは人か?)
それは七つの頭を持った巨大な禍々しき獣のような存在。
そして、そいつの前に厳かに佇む一人の高貴な印象の青年だった。
顔がはっきりと見えないそいつは、半端な解答を許さない厳格さを放ちながら再び俺に問いかけてきた。
(――少年よ、力が欲しいか?――)
それに対して俺は--
「……あぁ、当然だろう!!今、俺の眼の前で楓が泣いているんだ。こんなのをただ黙って見ていられるかよッ!!」
みっともなくても構わない。
声を大にして俺は誓いの言葉を口にする。
俺の答えを聞いたそいつは、納得したように深く一度頷く。
(……ふむ、その気概や良し。ならば、ここに貴殿との盟約を交わすとしよう……!!)
そこからは言葉を発する間もなく、圧倒的な力の奔流が俺のもとへと流れ込んできた--!!
「へへっ、それじゃとっておきのお楽しみタイムと洒落込みますか!」
「嫌ー!!助けて、圭太君!」
助けを呼ぶ私の声もむなしく、男達が私を押し倒して浴衣に手を伸ばそうとしてくる。
それでも必死に私は抵抗して逃げようとするけれど、それに痺れを切らしたらしいもう一人の男が私の頬を平手で強く叩く。
「今さら足掻いたところで無駄でヤンス!……見てみろ、お前が連れてたジャリガキはパンチ一発で無様に意識を失っているでヤンス!……さぁ、それが分かったなら彼氏君(笑)の意識が目覚めるのに合わせて、絶望度MAXの貫通式セレモニーをおっぱじめるでヤンスよ!」
「嫌ー!!助けて、圭太君!」
……悔しい。
こんな奴等に、酷い目に遭わされて踏みにじられるなんて嫌だよ。
でも、それ以上に嫌なのはこんな状況になっているのに、声を上げることしか出来ない自分の無力さに対してとめどなく涙があふれてくる。
……何が間違っていたんだろう。
前から気になっていた圭太君に花火大会に誘われからって、浮かれて一緒に出掛けた事?
じゃあ、私には最初から好きな人と一緒に楽しく出かけてはいけなかったのだろうか?
……私は、一体どうしたら良かったのだろう。
(……悔しいよ、圭太君……!!)
そんな現実を直視出来ないとばかりにギュッと、目をつむる。
それでも、大粒の涙が流れているのを感じ取りながら、これから訪れる悲惨な凌辱の末路に身震いしていた-―そのときだった。
「……楓を、離しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
よく知っているはずの男の子からの、聞いたこともないような力強い掛け声が、全てを閉ざそうとしていた私の心をこじ開けた。
「あン?何だ、てめ……ッ!?」
「こ、これは、一体どういう事でヤンス……!!」
圭太君の方へ振り向いたらしい男達が困惑した声を上げる。
恐る恐る目を開いた私の先にいたのは、猛々しい雰囲気を身に纏い、その怒りを体現したような真紅の色に染め上がる髪をたなびかせた圭太君だった--。
「……な、何でヤンスかこの桁違いな気迫は!!これがさっきと同じクソガキだとでも?……あり得ないでヤンス!!男が爆発的に一皮剥けるのは女の子とS〇X!そして、C〇TY!な行為をしたときだけに決まってるでヤンス!!……こんな童貞丸出しの糞ガキが僕ちんを差し置いて人間的に飛躍するなんてありえないでヤンス!!!!」
「恥の上塗りする前に黙っとけ、童貞。……へへっ、何があったか知らねぇけど、やるじゃねぇのボウヤ?だが、少し見かけが変わったくらいで調子に乗ってんじゃねーよ!!」
そう言うと、チンピラ風の男は勢いよく拳を圭太君に打ち放っていた-―!!
「!?危ない、圭太君!!」
「ヒャハッ、……遅ェんだよ!!」
男の拳が圭太君の顔面に直撃しそうになる。
……また、圭太君が傷つく事になる。
そう思って、私が息をのんだ……次の瞬間!
「あぁ、そうだな。……お前の動きはあまりにも遅すぎる」
「「「ッ!?」」」
その場にいた全員が驚きのあまり、二の句を告げなくなる。
圭太君が視界から消えたかと思えば、何といつの間にかチンピラのような男の背後に出現していたのだ。
「……テ、テメェ、いつの間に!?」
圭太君は相手の問いに答えることなく、冷徹な表情のまま淡々と呟く。
「……本物のパンチとは、こうやって放つんだ……!!」
表情とは裏腹に、彼の激情を込めた一撃が圧倒的な質量を伴ないながら目前の男へと放たれる--!!
……その光景は、瞬間に全てを賭ける線香花火のような眩き輝きを宿していた。
この”宿命”ともいえる存在を見せつけられて、目を逸らすことなど出来るはずもない。
”回避出来たかもしれない”や”上手くいなして防御する”という不純な可能性は全て排除されていく。
そして全ては、”一撃必中”という在るべき必然へと集約する--!!
「ッ!?ガ、ガハァッ……!!」
ズウゥゥゥン……!!
男の身体が地面へと沈み込んでいく。
その光景を見た私の胸に去来したのは、助けてもらった事に対する感謝や喜びよりも、深い困惑だった。
(う、嘘……これがあの圭太君なの?一体、彼の身に何が……?)
それでも、彼に助けてもらった事に変わりない。
何と声を掛けて良いか分からなかったモノの、それでも、今の彼を放っておくわけにはいかない、と圭太君のもとへ近づこうとしたそのときである--!!
「……ヒ、ヒヒっ、動くでないでヤンスよ、この糞童貞ヤロー!!」
さっきの倒されたチンピラの仲間らしいもう一人の男が、後ろから私の髪を掴んだかと思うとそのままナイフを私の首元に近づける。
「楓……!!」
「圭太君……!!」
私の様子を見て、圭太君が先程まで見せていた怒りや冷酷さとも違う心配そうな表情を私に見せる。
その表情を見て私は、圭太君が変貌したあまり以前の彼とはもはや別人なのではないか、と一瞬でも疑ってしまった事を激しく後悔した。
……でもそれと同時に、彼がこんなに変わってしまっても私を想っていてくれるのだという事を感じ取り、それを嬉しく思ってしまっている自分がいるのも事実だった。
(……違う、こんな事考える場合じゃないのに!!……私、本当に最低だ……!)
不甲斐ない自分にまた、涙が出そうになる。
だけど、後ろにいる男はそんな私の心情に構うことなく乱暴に髪を掴んだまま、「大人しくするでヤンス!」と口汚く叫び続ける。
「……楓に何かやってみろ。そのときは」
「そうでヤンス!!この女を傷つけられたくなかったら、そこで大人しくするでヤンス!……当初の予定とは違うでヤンスが、手も足も出ないお前の前でコイツを犯してやるでヤンス!」
ヤンス口調の男がおぞましい言葉を口にする。
男が私の頬に舌を這わせながら、鼻息を荒くして言葉を続ける。
「……ヒ、ヒヒッ、そうすれば、僕ちんはこの女で童貞を卒業した結果、お前みたいな童貞臭いガキを超える圧倒的な力に短期間で急激に目覚めるに違いないし、その光景を見たお前は好きな女が僕ちんの凄まじい昇天テクニックで喘ぐ姿に心が折れたところをボコボコサンドバッグ状態にしてやるしで、一石二鳥確定の名案でヤンス……!!」
どうやら、この男は童貞でなくなれば自分がとてつもない力に目覚める、と思い込んでいるようだ。
どこまでも女性を単なる道具としてしか見ていない思考に怖気が走る。
だけど、こんな時にも無力でしかない私は只々、怯えた瞳で圭太君を見つめる事しか出来なかった。
「圭太君……」
彼がどれだけ強くなったとしても、この状況ばかりはどうにもならない。
そう分かっていても、私はすがりつくしかなかった。
「圭太君……!!」
私の懇願を受けて彼が意を決したように口を開く。
「……楓、何が起きたとしても俺のことを信じてくれ……!!」
そう言うと、彼は両腕を中心に全身をユラリ、と回しながら気を練り上げていく。
「ヒヒッ、何をしているでヤンスか?……絶望的ともいえる未来を前に頭がおかしくなっちゃったでヤンスか~~~?」
ヤンス口調の男が余裕たっぷりに圭太君を煽る。
だけど、圭太君は先程に見せた冷徹な表情に戻りながら、男の挑発を受け流す。
「……あぁ、そうだ。この決断をした時点で俺は既にどこかおかしくなっているんだろう。だから、俺とは違ってアンタならマトモな未来とやらが見えるだろうよ!」
そうして、圭太君が両手を掲げるとその先に凄まじいエネルギーが収束していく!!
「ッ!?な、何なんでヤンスかそれは!!そんなもの、単なる”気”とやらそんなチャチなレベルを超えているでヤンス!!」
「……これが選ぶべき道を違えた愚者の選択の末路だ。盛大に嘲笑えば良いだろう」
やがて、エネルギーは一つの巨大な球体になって浮かび上がっていた。
ヤンス口調の男の表情に浮かんでいたのは、圭太君が促すような嘲笑などではなく、只々怯えや絶望を含んだ表情のみだった。
「……だが、そこに後悔はない。俺の渾身の一撃、とくと受け取りやがれェェェッ!!」
そんな圭太君の掛け声とともに、巨大なエネルギー弾が私の方へと放たれる--!!
これが直撃すればこの男だけでなく、彼に捕まっている私ごと助からないだろう。
……だけど、このとき私が想っていたのはそんな恐怖とは無縁の感情だった。
(凄く、キレイ……!!)
打ち上げ花火を間近で見ればこんな感じなのかな。
そんな事を考えながら、私は圧倒的な光に包まれていく--。
意識が鮮明になっていく。
……ここが死後の世界なのかな。
そう考えつつ、若干の違和感を感じながらも瞼を開く私。
「……あれ?嘘!?私、生きてる……?」
あたりを見渡せば、私を人質に取って乱暴しようとしていたあの男が大分離れたところまで吹き飛んだ状態で焼け焦げた状態で気絶していたものの、あの圧倒的な破壊のエネルギーが嘘だったかのように、周りには被害が出ていなかった。
軽く戸惑っている私のもとに、圭太君が近づいてきた。
「あのエネルギー弾は、俺が敵だと見做した存在のみを討ち果たすように出来てるんだ。……とはいえ、初めて使う技だったからイチかバチかだったけど、楓が無事で安心したよ」
「……ッ!!圭太君!」
彼が何か丁寧に説明してくれていたけど、私はそれどころじゃなかった。
気が付くと、無我夢中で彼のもとへと抱きついていた。
「圭太君、圭太君ッ……!!」
「ハハッ、少し痛いよ。楓」
やっぱり、彼は私の知っている圭太君だ。
少し困ったように、だけど私にだけは優しく笑顔を見せながら、苦笑交じりに私の事を抱きとめてくれていた。
……だけど、やっぱり少し違うかも。
確かにさっきまで戦っていたときとは全然違うけど、それでも、この抱きとめている状況とかに対して余裕があり過ぎるというか、そこらへんいつもの彼と違って大人ぶってる感じがしていて、私はすこぶる気に入りません!
そんな事を内心で考えながら「ム~~~ッ!!」と頬を膨らませる私に対して、ようやくいつもの彼らしく「な、何だよ楓……」と困惑の声を上げる圭太君。
その反応を見ながらようやく満足した私と、二転三転する私の態度に困惑していた圭太君。
そうして、ようやく不器用ながらもかけがえのない日常に戻ろうとしていた私達に対して、呼びかける声があった。
「……へへっ、やるじゃねーの。色男」
それは、圭太君の線香花火の如き一撃必中の拳によってダウンしたはずのチンピラだった。
といっても、彼は満身創痍で既に戦う意思はないらしく、仰向けの状態になりながら空を見上げていた。
「……そんな有様で、まだ俺と楓に何か用があるのか?」
「……へっ、安心しな。もうお前らに何かちょっかいかける気力もねーよ。……お前はただ現実に流されるだけじゃなくて、自分の意思で選び取ったもんで俺に勝ってそこの嬢ちゃんを守り抜いたんだ。そこは誇っときな」
「……そんな胸を張れるような事じゃない。楓を守るためとはいえ、俺は……!!」
圭太君が下唇を噛み、ギュッと拳を握り締めながら俯く。
……どう声を掛けたら良いんだろう。
困惑する私をよそに、口を開いたのはチンピラの方だった。
「……へっ、しけた顔してんじゃねーって言ってんだろ色男!……そら、最高の結末とやらが待ちきれないとばかりに、向こうからやってきやがったようだぜ!!」
何のことだろう、と首を傾げる私達だったが、それもすぐに分かる事となる。
何と、祭りに来ていたらしいたくさんの人達が私達2人めがけて殺到してきたのだ!!
あまりの出来事に驚愕して身動きを取れない私達に思わず激突するのではないか、という勢いで迫ってきていた彼らだったが、すんでのところで踏みとどまる。
私達を囲むばかりに集まっていたのは、屋台をしていたらしいオジサンや私と同じような浴衣を着た女子高生達、遊びに来ていた子供達など年齢も性別も様々な人達だったが、皆一様に瞳を輝かせながら興奮気味に話しかけてくる。
「いや~、兄ちゃん!惚れた女の為に身体を張っただけでなく、2人を相手にしながら勝っちまったんだって?……大したモンだ!!今度から困った事があったらオジちゃんに頼りな!」
「抜かせや、お前はチンピラ相手にビビッて見て見ぬふりしようとしていただけじゃねーか!!兄ちゃん、俺のところのタコ焼き喰いな!」
「オゥオゥ、誰がビビりだ!兄ちゃん、こんなホラ吹きに構わず俺のところの焼きそばドンといきな!!」
「誰がホラ吹きだコラァッ!!」
「やるかオラァッ!!」
「君、圭太君って言うの?すっごく強いんだね~!!どう?こっちにいる高飛車お嬢様や無表情ムッツリロリ腐女子は置いといて、私とだけ連絡交換しない?」
「ちょっと、鈴音さん!!この草薙財閥の令嬢たる私を差し置いて、何を勝手に圭太様の事を独り占めしようとしていますの!?文佳さんも何か言って差し上げなさい!!」
「……私も作品作りの参考のために、圭太の連絡先知りたい」
「いきなり呼び捨て!?2人の庶民が令嬢たる私に反逆ですって!?……こ、これは為政者として弾圧するしかありませんわー!!」
「お、文佳ちんが現実の男に興味持つなんて珍しー!!……って、圭太君!?こんな美女揃いを袖にしてどこ行くの!」
「なーなー、兄ちゃん!!あの柄の悪いチンピラ達をやっつけたんだって!?スゲーな!俺にも、強くなる方法教えてくれよ!」
「ぼ、僕達のような年下にも絡んで来たりして凄く怖かったんです……な、なんて言ったらいいか分からないけど、あの……スカッとしました!!カッコよかったです!」
「そっちのねーちゃんってにーちゃんの彼女やろ?……それならもうキスとかしたん?これからするん?この二択以外の答えとか存在するん?」
……どうやら、私達に絡んできた彼らはこの界隈でも評判が悪い人物だったようである。
彼らに怯えていた人々は圭太達が絡まれていても、助けを躊躇するくらいに危険な相手だったようだが、それを圭太君が一人で倒したことから、彼は皆から英雄的な扱いを受けていた。
そんな彼を横目にしながら、チンピラが何かをやりきったような表情で圭太君に言葉を投げかける。
「……お前が何をしていきなりそんなに強くなったのか知らねーよ。けど、あそこで俺に殴られて終わったままだったら、今みたいな景色に辿り着く事はなかっただろうよ。……なぁ、それでもお前はまだ何か後悔する事があるのか?」
恐らく、このチンピラも今みたいになるまでに何かを諦めて生きてきたのかもしれない。
だからこそ、諦めたままで終わらせなかった圭太君の在り方に自分が出来なかった何かを見出しているのかもしれなかった。
そんなチンピラをジッと見据えながら、それに答えることなく圭太君は私へと顔を向ける。
「……楓、俺がただ奪われて地面に転がったまま終わることなく、こうして多くの人達に囲まれながら立っていられるのは……間違いなく楓がいてくれるおかげなんだ」
「……ッ!?う、うん……!!」
告白……ともいえる大胆な彼の発言を受けて、思わず感銘を受ける私。
そんな私から照れたように視線を逸らしながら、彼が言葉を続ける。
「だけど、俺にとっては強い奴に勝つことやたくさんの人達に称賛される事よりも、楓、お前が隣にいてくれる事こそが”最高の結末”って奴なんだ……」
「うん、うん……!!」
彼の真摯な思いに打たれて、涙ぐみながら何度も深く頷く私。
そんな私に対して彼は--自嘲的な笑みを漏らしていた。
「だから、それが叶わなくなったこの結末は、誰が何と言おうと俺にとっては”最悪の結末”でしかないんだ」
「……えっ、何言ってるの、圭太君?」
彼の唐突な言葉に驚きを隠せない。
それは私だけでなく、圭太君の言葉を聞いていた周囲の人達にも困惑が広がっていく。
彼はそれでも優し気な微笑を浮かびながら、私を慈しむように見つめていた。
「……楓が捕まっていたときの俺には圧倒的に力が足りなかった。だから願ったんだ。『もしも、俺に楓を救うだけの力があったら』って。……そしたら、俺は手を出してはいけない相手から力を貸してもらうための”盟約”って奴を行う事になったんだ」
「盟約……?な、何それ?それをしたら圭太君はどうなっちゃうの!?」
その答えはすぐに目の前の変化として示された。
突如、彼の胸に禍々しき光の紋章が浮かび上がったかと思うと、彼の全身を漆黒の瘴気が包み込んでいく--!!
「……これが”盟約”をした者の成れの果てだ。例えどれほど俺に力がなかったとしても、俺は俺自身の手で楓を守り抜くべきだったんだ。……例え、殴られて無様に転がったままで終わらなかったとしても、俺はその選択の結果を他の誰かに委ねるような事をしちゃいけなかったんだ……!!」
……だったら、圭太君は無謀に挑んで痛めつけられながら、私があの男達に凌辱されるのが正しい結末だったというのだろうか。
そんなの、過酷すぎるよ……!!
「これから俺は”永遠の王”との盟約によって、この世界を一つの在るべき姿に定めるための尖兵と化す。……その過程で多くの犠牲が出るはずだ。……それでも楓、俺はそんな世界でもお前が生き残ってくれる事を祈っている」
そう言った彼の周囲に、漆黒の甲冑らしきものを纏った異形の者達が姿を現す。
集まった人達が悲鳴を上げてパニックを起こしかける中、圭太君は異形の軍勢に対して「待て!」と一喝して、彼らの動きを静止させる。
「……ここでお別れだ、楓。お前と過ごした日々は間違いなく俺の宝物だった」
「……ッ圭太君!!」
嫌だ。
過去形なんかで終わらせないでよ!
だけど、そんな言葉も口に出来ない私に背を向け、彼は軍勢を引き連れこの場から立ち去っていく。
周囲が突然の事態に呆然としている中、私はただ一人泣きじゃくる。
――こうして、私の夏祭りと初恋……それとこれまでの世界は唐突に終わりを迎えた――。
あの日から、世界は一変した。
”永遠の王”と呼ばれる上位存在の尖兵となり、強大な力を得た圭太君は『全ての可能性は絶対なる王の支配という一つの結論に集約すべし』という理念のもと、全世界に宣戦布告。
彼が引き連れる漆黒の異形の軍勢”堕淫棲隷武”によって、既存の文明社会は瞬く間に蹂躙される事となる。
気づけば、私達人類はいつの間にか霊長最上位としての地位を追われ逃げ惑うか、彼らの支配下に置かれるか、そのどちらかの決断を迫られるほどにまで追い詰められていた--。
圭太君が私のもとを去ったあの日から、3年の月日が流れた。
この日は例年通りならばこの日は夏祭りが行われているはずだが、圭太君が指揮する堕淫棲隷武達による被害は甚大であり、私達人類はそんな催しに現を抜かしている余裕はなかった。
今日も異形の軍勢によって、一つの集落が襲われようとしていた。
「お、お母さーん!!」
避難する人々の群れからはぐれ、転んだままの姿勢の幼い少年が母のいる前方に向かって涙ながらに手を伸ばす。
その背後からは、漆黒の装甲兵:堕淫棲隷武がその大剣を持って、少年の身を貫こうとしていた。
「ぼ、坊や!!」
「よしなさい、奥さん!アンタまでアイツらにやられてしまう!」
「放してください!!あの人も亡くなって、私にはあの子しかいないんです!!坊や!」
周囲の静止を振り切って、我が子のもとに駆け付けようとする母親。
………だが、怪物の動きが止まることなく、無残にも少年の命が奪われるのみかと思われた………次の瞬間!!
「そこまでよ、堕淫棲隷武。これ以上、彼に罪を重ねさせるような悪行を許すわけにはいかないわ」
その声と同時に放たれたグレネードランチャーの一撃によって、少年に迫ろうとしていた堕淫棲隷武の巨躯が見事に吹き飛ぶ。
異形の存在を退けたのは、武器を凛々しく携えた一人の少女--畏怖崎 楓だった。
チンピラ達に襲われていた頃と同一人物とは思えないほど、悲壮な覚悟を宿した凛々しい顔つきと、戦闘に特化した牝豹を想起させるようなしなやかかつ強靭な身体つき。
この3年という月日の間に、楓という少女がどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか、彼女からは揺るぎない闘志が迸っていた。
対する堕淫棲隷武達は無言ながらも、仲間がやられた事に対する確かな怒気を全身から放ちながら、楓に対して狙いを定める。
いくら楓がなうての戦士であろうと、これだけの数の堕淫棲隷武を前にしては一たまりもない。
このまま、為す術もなく蹂躙されるほかない--誰もがそう思ったそのときである!!
「ウオォォォッ、楓姉ちゃんを守れぇぇぇぇぇっ!!」
『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
楓に殺到しようとしていた堕淫棲隷武達を横合いから殴りつける形で武器を持った少年達が姿を現した。
彼らは3年前のあの日に、圭太や楓に駆け寄ってきた子供達の集まりだった。
彼らはまだ幼い身ながらも、この3年で楓と共に鍛えられたのか、卓越した戦闘能力で堕淫棲隷武を討ち取っていく。
「まったく………楓姉ちゃんを悲しませるなんて、圭太って奴は本当にロクでもない奴だな!いつか、俺がアイツのもとに辿り着いて一発ぶん殴ってやる!!」
「あぁ~………お前、楓姉ちゃんの事がすk」
「う、う、う、うっせー!!今は戦闘に集中しろ!」
無論、かつての因縁によって楓のもとに集まったのは彼らだけではない。
彼女のもとには、敵対していたはずの者達の姿があった。
「ガキ共にばっか良い恰好させられねぇな………オイ、お前等!とっとと行くぞ!!」
「合点承知でヤンス!」
「ヨ―ソロー!!」
少年達に続いて、チンピラ三人衆が戦場を疾走する--!!
ライヴァ―がスマホの画面を卓越した指捌きで操作する姿を見せることによって、堕淫棲隷武達を攪乱させ、その間にチンピラが殴打によって殴り倒す。
倒れた堕淫棲隷武をヤンスが足蹴にしながら侮辱することによって、彼らを更に激昂させて冷静さを失くさせることにより、軍勢の足並みを阻害するという凶悪な連携が発揮されていた。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!童貞を卒業するまでは、死ねないでヤンス!」
「人は皆、己の魂にそれぞれの”善きそば”を宿している………それらを奪うような貴様等の非道、断じて見過ごすわけにはいかんな!!」
「クククッ、圭太とやら。……俺がテメェにやられっぱなしで大人しくしてるようなタマだと思ってんじゃねぇぞ!?前のテメェならいざ知れず、王とやらの使いパシリに落ちぶれた今のお前なら、俺の敵じゃねぇんだよ!!………リベンジかましてやっから、首でも洗いながら待っていやがれ!!」
彼らの活躍によって、最初の勢いが嘘だったかのように駆逐されていく堕淫棲隷武の軍勢。
だが、正攻法ともいえる力押しが主体の堕淫棲隷武にしては珍しく、隠ぺい工作を施しながら、楓のもとまで接近していた者達がいた。
--肝心の楓は、目前の敵に応戦するのに夢中で、まだその影にすら気づく素振りもない。
そう判断した堕淫棲隷武の刃が彼女の身体を刺し貫く!!………ことはなかった。
「楓さん!!油断しすぎでしてよ!?」
一閃の太刀筋が走ったかと思うと、楓に迫ろうとしていた堕淫棲隷武の身体がドゥ………ッ!!と音を立てて崩れ落ちる。
そこに立っていたのは、楓よりも少しばかり年上と思われる3人の女性達だった。
その中の一人であるレイピアを構えた女性に向けて、楓が頭を下げる。
「ごめんなさい、彩華さん。つい敵を前に冷静さを欠いていたみたい。………彩華さん、本当にありがとう」
「ふ、ふん!分かれば良いんですのよ!貴方はこの草薙家の令嬢である私を差し置いて、集いし皆を束ねるリーダーとなったのですから、その自覚もなく迂闊に動かれては困ります!」
「ニシシッ!彩華ちん、お礼を言われて本当は嬉しいくせに~!!」
「……草薙、顔真っ赤」
「~~~ッ!!2人とも!くだらない事を言ってないでさっさと可及的速やかに、この場に秩序と平穏を取り戻しますわよ!」
「あいよ~!!りょ~かい!」
「……うぃ、まかせとけ~………」
レイピア、ランス、BL雑誌をそれぞれ手にした三人の美女が、戦場を賭ける戦乙女を思わせる鮮烈な姿で、敵を一掃していく--。
「おい、楓ちゃん!頼まれてた武器が出来上がったから、持ってきたぞ!」
「あの化物に対抗できるように改造しまくった特注品だ!受け取ってくれぃ!!」
屋台を切り盛りしていたおっちゃん達が、楓に対堕淫棲隷武用に改良した特製銃を投げ渡す。
敵味方が入り混じる戦場だったが、楓は彼らの想いに応えるかのように瞬時にそれを受け取る。
「ありがとう、おじさん達!!これで必ずアイツらをやっつけてみせるから!」
「オゥ、頼むぞ楓ちゃん!!俺らがまた縁日で楽しく商売出来るように、あぁいう景色を取り戻してくれ!頼む!!」
楓は彼らに強く頷いてみせると、眼前の敵へ対峙する。
残った敵は一体のみだったが、その堕淫棲隷武は、他と比べて一際大きな体躯を誇っていた。
他よりも遥かに強い戦闘能力を誇るのか、その堕淫棲隷武を前に、あれだけの味方が手も足も出せぬまま遠巻きに囲い込むことしか出来ていなかった。
「グウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ、ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
『ッ!?』
寡黙を通り越して、不気味ともいえるほどの沈黙を守るはずの堕淫棲隷武が異例ともいえる叫びを上げる。
それと同時に、巨体から信じられないほどの神速で囲い込む皆の視界から消えたかと思うと、背後から勢いよく大剣を振り下ろす--!!
「ウオォォォッ!?」
「キャアァァッ!?」
みな、歴戦の戦士であったためすんでのところで躱したものの、地面が盛大にえぐれており、尋常ではない破壊力を物語っていた。
一撃でも受ければ、死が待っている--。
それは今までの堕淫棲隷武であっても、同じ条件なのに、この敵は他と格が違う。
仲間達が呆然自失となり、動きを止める中--楓は一人、強大な敵へと疾走していく!!
「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「ッ!?フンッ!」
堕淫棲隷武の阿修羅を連想させる苛烈な連撃を全て避けながら、楓が敵の足を踏み台に巨躯を駆け上がっていく。
そして、彼女は敵の眼前に身を投げ出したかと思うと、特製銃の引き金に手をかけた。
「これで終わりよ、堕淫棲隷武。………今の私は貴方達に怯えるしかなかった弱虫なんかじゃない。貴方達を狩る存在だと、身をもって知りなさい………!!」
一発の銃弾が、強靭なはずの堕淫棲隷武の眉間を撃ち抜き、貫通していく--!!
豪快過ぎる衝撃と爆音と共に、堕淫棲隷武の肉体が崩れ落ちていく--。
最初、味方も避難民達も何が起きたのか分からずに呆然としていたが、目前の出来事を徐々に理解し、やがていっせいに勝利の雄たけびを上げていた。
「スゲーぜ、嬢ちゃん!まさかあんなおっかない化物までやっつけちまうなんて!」
「それでこそ、私が認めた存在ですわ!」
「ケケッ、まぁ、あのヤローに殴り込みに行くなら、このくらいはやってもらわねーとな」
そんな歓声の中で、母親に抱きかかえられた先程の少年が、涙目ながらも強いあこがれを持って楓を見つめていた。
「凄いや、あのお姉ちゃん………まるで、物語のヒーローみたい!」
皆に囲まれながら、楓は一人心の中で呟く。
(圭太君………私はもう、庇われたり守られるだけの存在じゃないんだよ?今だって、こんなにたくさんの人達が集まってくれるようになったんだから)
だから……と、内心で再び呟く。
(圭太君、今度は私が貴方の事を救い出してみせる。………だから、そのときまで、何があっても私の事を待ってて………!!)
強い決意と共に、一人の少女は空を見つめていた--。
漆黒に彩られた大広間。
そこで圭太はただ一人、椅子にもたれながら思考していた。
(確率の揺らぎを感じる……この波長は、楓のモノか?)
現在の自分には意思があるし、自由に行動する事は出来る。
だが、既にあの”永遠の王”という超越的存在と盟約を交わした以上、圭太はどこまで行っても彼の従者であり--人類の存続を脅かす脅威でしかなかった。
人の精神の在り様から離れ、月日が流れても楓という少女の事は分かる。
だからこそ、王の従僕と成り果て侵略者という存在に堕しながらも、願わずにはいられない。
(頼む、楓。君の手で俺を終わらせてくれ……!!)
”永遠の王”の尖兵である自分が生きている限り、この世界に平穏が訪れることは決してあり得ない。
ゆえに、あの日見たような花火大会が地上に取り戻されることはなく、圭太が存在し続ける限り楓が望むような光景が見られる事は……万に一つもないだろう。
それでも、楓ならば圭太といられるだけで良いと言うかもしれないが……。
「俺こそが、君から花火のように明るい全てを奪った張本人なんだ……だから、俺のことなんてとうに諦めろよ、楓……!!」
切なる圭太の呻きが室内に響く。
だが、誰も答える者はいない。
この世界を象徴するかのような闇の帳が圭太の心を覆うが、それでも、楓と見たあの打ち上げ花火の光景だけが脳裏に染みついて離れなかった……。