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あやかしマイスター 西秋院 白虎 VS クレーマーおばさん王 ~~子犬系美少年・綱吉 真夜に迫る毒牙!!~~

「ふぅ~、疲れたけど、これで渾身の作品が出来上がったぞー!!」


 ゴールデンウィークの最終日。


 自室でパソコンに向かい合いながら、一仕事終えたらしいこの少年の名は、綱吉つなよし 真夜しんや


 彼はその名前の読み方から『ツナマヨ』と呼ばれており、近所のお姉さま方から上品なマダム、おませな幼女から果ては「お前って本当は女なんだろ?まぁ、実際のところ別に男でも良いから、とりあえずちんちん触らせろよ!」などと要求してくる同性の友人達にまで大人気な、愛らしい容姿と見る者の保護欲を掻き立てる事で有名な子犬系美少年である--!!


 そんな彼がパソコンの画面を開いてしていた事とは、一体何なのだろうか……?





読者の面々「ぶひひっ、エッチなサイトを観ていたのは丸わかりなんですぞ~!!……この事をばらされたくなければ、そのポーク〇ッツを見せてごらん?www」





 ……キモッ。(ドン引き)



 大方の読者の予想に反して、真夜が開いていたのは『キモオタを殺そう!』という小説投稿サイトであった。


 真夜はこの小説投稿サイトに処女作となる『TOKYO同人海賊とフクイリップのキャラクターが遭遇したら?』という作品を投稿していたのだ。


 この作品は、ぺろぺろ珍太ちんた氏の作品である『TOKYO同人海賊』(大都会トンキンを舞台に、複数の同人海賊達が”三択ジャンケン”による抗争を通して、違法海賊版業界の覇権を賭けて争う青春群像劇)と『フクイリップ』(フクイって素敵だね。っていう雰囲気の作品。特に意味はない)の両作品のキャラが遭遇したら、どんなことになるのか?というのを真夜なりに描いてみた意欲的な二次創作である--!!


「ふふふ~♪どっちも有名な作品だから、きっとたくさんの人達に読んでもらえるよね~!!……ポ、ポイントとかもらい過ぎて、僕が有名になりすぎちゃったらどうしよう……」


 真夜がそのように浮足立った悩みに浸っていたそのときである--!!



「やれやれ、いくら愛らしい容姿をしているからとはいえ、軽はずみなことをするべきではないな……!!」



「!?だ、誰ッ!?」


 真夜が慌てて声のした方へと振り向く。


 そこにいたのは、いつの間にか開いていたベランダとそこから入る風でたなびくカーテンを背に佇む、一人の青年であった。


 高校生でありながら、女生徒と間違えられるほどの背丈しかない真夜から見ると、威圧感を感じてしまいそうなほどの長身。


 しかし、それだけではない流麗な雰囲気を帯びた表情と、自分にはない凛々しさを備えた端正な顔つきを前に、真夜は相手が不審者であることを忘れて思わず見惚れていた。


(……い、いけない、いけない!!相手が格好いい人とはいえ、お母さん達が仕事で留守な以上、僕が何とかしなくちゃいけないんだ!!……ここはどうにかしないと!)


 そうすぐに思考を切り替えた真夜は、自分なりに睨むような顔つきを意識しながら、目前の男へと詰め寄る。


「すいません、勝手に人の家に上がり込んでおきながら、『軽はずみなことをするな』っていうのはどういうつもり……!?」



 真夜が言葉を言い切るよりも早く、彼の唇は目前の男のそれと重ねられていた。



 思考が止まる。


 ……が、そんな真似は認めない、といわんばかりに、男の舌が真夜の口内を蹂躙し逃げることを許してはくれない。


 数秒、いや、数分にも思える時間が過ぎ去った中。

 

 ぷはぁ、と息をするように口を離した真夜と男の間から、唾液が糸となって緩やかに地面へと堕ちていく。


 そんな中で、先に口を開いたのは、男の方だった。


「……ふむ、どういうつもりなのか、か。実は私はあやかしマイスターをしている西秋院せいしゅういん 白虎びゃっこという者でね。……君が軽はずみな真似をしてくれたばかりに、とんでもない”魔物”がこの地に押し寄せてくることになりそうなのだよ」


「か、軽はずみな真似……?それに、”魔物”って」


 謎の青年の出現に唐突なキス。


 それでもって、訳が分からない説教(?)にあやかしマイスターやら魔物とかいう出来の悪い創作物のような単語が飛び交い、若干うだるような熱を帯びた状態の思考回路ではあったが、それでも尋ねなければならないと真夜は問いただす。


 白虎と名乗った青年は、「うむ」と神妙そうに頷きながら、話を続ける。


「この『キモオタを殺そう!』という界隈には、実は”クレーマーおばさん王”という強大かつ凶悪な魔物が潜んでいるんだ。”彼女”は杓子定規な法律解釈と誰が言いだしたのか分からない道徳の上に胡坐あぐらをかきながら、自分基準でサイトの規約違反をしたと判断した相手を執拗に世界の終末まで嬲り続けるというとてつもない習性を持っている事で有名なんだ」


「そ、そんな恐ろしい魔物が潜んでいたなんて……!?で、でも、そんなクレーマーおばさん王とかいう魔物が、僕なんかと関係あるんですか……?」


「……大有りに決まっているだろう、馬鹿者ッ!!」


 ドンッ!!と、白虎が自身の右腕を、真夜の後ろの壁へと向けて強く叩きつける――!!


 ……何故だろうか、真夜は自身が怒りを向けられているにも関わらず、胸が脈打つのを強く感じ取っていた。


「……君は、このサイトで容認されていない作品の”二次創作”を無許可で大胆にも投稿してしまった。それを嗅ぎつけた”クレーマーおばさん王”の瘴気がこの場に集まり始めているのを感じ取った私は、事態を解決するために、急ぎ君の前に姿を現したというわけだ」


「そ、そんな事って……!?」


 自分はただ単に好きな作品をもとに、それを好きな他の人達と自作を通じて交流を深めたり、感動を与えたかっただけだった。


 なのに、この『キモオタを殺そう!』というサイトの暗部ともいえる魔物という存在に目をつけられることになるなんて――。


 真夜の胸中に深い絶望と悲しみが刻み込まれる。


 しかし、それと同時に、それとは別のある感情が浮かび上がっていた。


「あ、あの、結局どういうつもり、なんですか……?」


「……ん?君が置かれている立場については、一通り答えたつもりだが?」


「そ、そうじゃなくて……いや、その疑問も最初はあったんだけど、それとは別に、な、なんで、いきなり僕にキスとかしたのかな、って……」


 顔を赤らめながら、モジモジとする真夜。


 それに対して白虎は、クスリ、と笑みを浮かべながら、真夜の頭を撫でる。


「……あぅ。勝手になでなでしないでください」


「あぁ、すまないな。……ただ、”クレーマーおばさん王”という魔物は強大な存在ではあるが、その力の代償ともいうべきか、本人にはどうしようもない弱点を持っていてね。その弱点というのが、人間の”陽”の部分なんだ」


「……”陽”の部分、ですか?」


「そうだ。”クレーマーおばさん王”は自身が生きている者に仇を為す”魔物”という存在でありながら、”正義”や”道徳”を標榜する傾向にあるんだが、これは彼女がそれらを本当に大事に想っているわけではなく、他者を安易に排除するのに適した言葉だからその上に乗っかっているだけなんだ」


 クレーマーおばさん王に限らず、人類史を俯瞰してみれば、大抵の戦争は自身を”正義”と位置付ける者達によって引き起こされている。


 ならば、人類の抱える”業”と言っても過言ではないクレーマーおばさん王を人の手でどうにかする事は不可能なのだろうか。


 西秋院 白虎という青年は、そのような考えは”否”だと告げる。


「クレーマーおばさん王は、人生に恨みつらみを溜め込んだ女性の怨念から生まれた存在とも言われていてね。そういう出自なだけに手当たり次第に襲い掛かるイメージがあるかもしれないが、実は自身より劣っていたり、悪と見做した存在にだけ執拗に攻撃するようになっているんだ……もっとも、君の場合は自身の投稿で『これが初投稿です!』と書いてしまったあたり、”潰しやすい弱者”と位置付けられてしまったようだがね」


「そ、そんな……!?それじゃあ、僕はどうしたら良いんですか!!」


 逃れようのない絶望的な状況を改めて説明されて、半狂乱状態に陥る真夜。


 だが、白虎はそんな彼をあやすかのように優しく頬を撫でる。


「……だ、だから、そういう風に勝手になでなでしないでください……僕はもう大丈夫ですから……」


「そうか、それなら安心した。……とまぁ、クレーマーおばさん王が襲う人間というのが”潰しやすい弱者”というなら、狙われている君自身がそんなターゲット像からかけ離れた存在に変わるしかないんだよ」


「か、変わるですか?……それってどんな風に?」


「……陰湿な相手に狙われないようにするには、『自分を狙っても何の得もないし、そんな事をしたらタダでは済まさない』というのを誇示出来たらベストなんだが、君は今回の規約違反な投稿でそういう理論武装などとは程遠い愚かしさを晒してしまったし、私も切り札はいくつか用意しているとはいえ、流石にクレーマーおばさん王ほどの強大な魔物とぶつかって、確実に勝利を得られるとは限らない。……だから、狙われている君自身に、クレーマーおばさん王に狙われないような存在に生まれ変わってもらうしかないんだよ」


 こんな風にね、と言うのが先だったか。


 なんと、白虎が唐突に真夜の服をたくし上げたのだ--!!


「う、うわぁ!?びゃ、白虎さん、一体何をするの!!」


 白虎はその質問には答えず、無言のまま左手で真夜の両腕を壁に押さえつけると、器用に懐から取り出した呪符のようなものを、真夜の右と左の胸にそれぞれ一枚ずつ張り付けていく。


「な、何これぇ……何だか、お札を貼られたところが熱いよぅ……!」


「……まだ、こんなものでは終わらないよ。今度はこっちだ!!」


 ひゃあっ!と真夜が驚きの声を上げるのも、仕方がない。


 白虎は、そのまま右手でジーッ、と真夜のファスナーを開けると、彼の秘部に再び取り出した呪符を張り付けたのだ--!!


「ッ!?と、取って!!これ、取ってよぉぉぉっ!?」


 自身の胸と股間から感じる耐えがたい熱の衝動。


 苦痛という言葉にすることも出来ない未知の感覚を前に、真夜はみっともなく涙と鼻水を流しながら誰にともなく懇願する。


 だが、この場で唯一真夜の声を聞き入れることが出来る立場の白虎は、ここで離すわけにはいかないとその端正な顔つきを歪ませた険しい顔つきのまま、左手で真夜の両手を押さえ続ける。


「君自身が急激にクレーマーおばさん王に対抗できるほど強くなれないというのなら、クレーマーおばさん王が触れることすら出来ないほど眩しい存在に変われば良いんだ。……そう、例えば、誰からも愛されるほど愛らしくて素敵な女の子へと、ね」


 クレーマーおばさん王が人間の汚濁のような部分が凝り固まって出来た存在なら、そのような要素に惹かれるのは自明の理。


 だが、強大な魔物と成り果てながらも、ついぞ自身が手に入れる事敵わなかった幸福を体現しているような存在が目前に現れたらどうだろうか?


 どれほど立派な言葉で飾りながら他者を害そうと、自身には持ちえぬ幸福な輝きに照らされ、対照的に内部で膨れ上がる嫉妬に押しつぶされそうになれば、自然にクレーマーおばさん王という存在は自壊していくほかない。


 そんな結末を潔く認めるような性根ではないからこそ、クレーマーおばさん王という存在は長年『キモオタを殺そう!』というサイトに潜伏し続けているのであり、滅びを受け入れるくらいならば、今まで通り不都合な現実から逃避しよう!という姿勢で真夜を攻撃することを諦めるはず、と白虎は判断したのだ。


「……あ、あぁ……ボ、ボクの身体が、女の子になっちゃった……」


 ――かくして、綱吉 真夜という少年はここに、女性へと新たな転身を遂げることとなる。




「……とまぁ、このように、私が所持する性転換の効能を持った呪符で、君を女性に変えたというわけだが……これで一通り、君の質問には答えられたのではないかな」


 そう言いながら、優しく真夜を彼女・・のベッドへと寝かせる白虎。


 身体が変化して間もないため、安定させるためにも呪符は張り付けられたままである。


 真夜はそんな自身の身体を少しまさぐって諦めた表情を浮かべてから、「むぅ~!」と拗ねたような声を出して姿勢を横にする。


「……君の了承も得ずに勝手なことばかりしてすまなかった。だが、本当に時間が少ないことを分かってほしい。クレーマーおばさん王がここを嗅ぎつけるまでに、君が素敵な女性になれるように男の段階からキスをしてそういう気持ちにさせなければならないほど、危ない状況だったんだ」


 先程見せた流麗な第一印象からは想像もつかないほど、申し訳なさそうな様子で慌てて弁明する白虎。


 そんな彼の必死な声を背に聞きながら、「本当に自分の事を真剣に助けようとしてくれているんだ……」という想いに真夜は包まれる。


 こんな状況ながらも内心で温かな気持ちが芽生えている事を自覚しながらも、真夜は表面上怒った風を装って、再び口を開く。


「……白虎さんは僕の質問に一通り答えた、って言っているけど、まだ教えてもらってないことがある、よ……」


「なにかな?クレーマーおばさん王に対抗するための私の切り札についてかね?」


 ……しっかりしてそうなのに、肝心なところで抜けているんだな、と思いながら、今度こそクスリ、と笑う真夜。


 気づかれたかもしれないけれど、それでも認めるのは悔しいから、このまま不機嫌なふりをしたまま背を向けて話を続ける。


「……白虎さんはここに来た理由と、突然キスした事について教えてくれたけど、それとは別に、最初にボクの事を”愛らしい”って言ったのはどういうつもりなの……?」



『やれやれ、いくら愛らしい容姿をしているからとはいえ、軽はずみなことをするべきではないな……!!』



 それは、この家に白虎が姿を現して初めて真夜に告げた発言である。


 今まで女性や友人達から言われ慣れてきた言葉のはずなのに、何故か白虎からの言われた言葉だけが耳からついて離れない。


 その真意が知りたい――。


 その気持ちに気づいた以上、これ以上、自身を押さえつけるのは無理だった。


「白虎さんはボクのこと、女の子になっても可愛い、って想ってるの?ボクの事を必死に助けようとしてくれているのは、あやかしマイスターとしての仕事のため……?」


 さっきまでは不機嫌さを隠すためだったが、今は単純に恥ずかしさから顔を見せることが出来ない。


 きっと、今の自分の耳は真っ赤になっているに違いない。



 そんな真夜の右耳を、白虎がカプッ、と口で咥えた。



「ッ!?い、いきなり何してるんですか!!」


 ガバッ、と身を起こす真夜。


 そんな彼女・・を笑いながら、白虎が手で制していた。


「ハハハッ!……いや、すまない。だが、君の方も大概だぞ?サイトの規約違反を行うだけでは飽き足らず、リスクを背負いながらも必死に職務をこなそうとしている私に対して、職務放棄までさせようとは!……おかげで風流こそが私の流儀だったのはずなのに、ここまで言われて何もしないことこそ無粋、などと言い訳がしい事さえ考え始めている……!!」


 問いただすよりも先に、白虎の唇が再び近づいてくる。


 二度目のキスをすることになる……。と真夜がぼんやりと考えていたそのときだった。



「グフフフフッ!規約違反ユーザーちゃん、みーつけたぁ♡」



 すかさず白虎が振り向き、真夜が目を見開く。


 そこにいたのは、ブヨブヨとした巨大なイナゴのような体躯に、贅肉でたるんだ4本の腕と醜悪な人の顔を持った奇怪な生物であった。


「出たな、クレーマーおばさん王!!……クソッ、彼女を幸せな女性にするには、やはり時間が少なすぎたのか!?」


「グフフフフッ、何か小細工をしようとしていたみたいだけど、全部無駄だったようだねぇ?……それじゃあ、絶対不可侵なサイト規約と圧倒的な道徳観念のもと、規約違反の糞ユーザーを自殺しようがお構いなしに、世界の終末はてまで追い詰めちゃいまーす♡」


 そういうが早いか、突如クレーマーおばさん王の4本の腕にそれぞれ、屈強な剣や斧が出現する――!!


 クレーマーおばさん王がブンッ!と腕を振るうと、その衝撃波がベッドの上にいた真夜へと放たれていた。


「キャアァァァァァァッ!?」


 ……駄目なんだ。


 せっかく、白虎さんのような素敵な人が自分みたいな規約違反のどうしようもない人間を救おうと必死になってくれていたのに、こんな場所で簡単に死んだりしちゃ駄目なんだ!!


 そう考えながらも、為す術もなくむざむざとやられるしかないのか。


 だが、真夜が覚悟していた激痛らしきモノはいつまでたっても訪れなかった。


 恐る恐る瞳を開けると、そこには――。



「良かった。その様子だと、怪我はないようだな……」



 西秋院 白虎という青年が、真夜を庇うように敵を背にして立っていた。



 ……嘘だ、こんなことがあって良いはずがない。


 そんな思いが真夜の口から、言葉にならない形で飛び出す。


「嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 そんな2人の姿を嘲笑うかのように、愉快気に腹を抱えて終末の化身は声を上げる。


「ククククククッ!!イケメンをなぶれて嗜虐心マーックス!!少しばかり若くて小奇麗なだけの、糞ブスハイパー規約違反の底辺の泣きっ面を見れてハッピー♡この調子でどんどん苦しめちゃいまーす!!……だ・け・ど~!誤解しないでほしいのは、これも『キモオタを殺そう!』というサイトを守るための正当な行為なんでーす!!だ、だ、大正義~~~~~~~~~~ッ!!」


 自身の正当性とやらを誇りながら、他者を嬲ることに酔いしれるクレーマーおばさん王。


 ……まっとうな手段で他者に優越を誇ることが出来ない者は、これほど醜い存在に成り下がらなければ、マトモに他者と同じ舞台に立つことも出来ないのだろうか。


 それでも、そんな極限の邪悪さと、その道を選んだ卑小な悪意に為す術もなく人はただ、蹂躙されるしかないのだろうか。


 いや、この世にはそのような邪悪なモノを打ち払う術と力があるのだ、と一人の青年がなおも立ち上がる。


「……思い上がるなよ、クレーマーおばさん王。貴様は終末を語るまでもなく、この場でその醜悪な在り方を終えることになる……!!」


「びゃ、白虎さん!?」


 意思を宿した瞳で、クレーマーおばさん王を睨みつける白虎。


 状況で言えば圧倒的に優位なはずだが、彼から並々ならぬ気配を感じ取ったクレーマーおばさん王は思わず冷や汗を流す。


「……ふん、どうやら何か秘策があるようだね。ならば、念には念をって奴だ!!何か仕掛けていると言うのなら、むざむざ罠に飛び込んでやる必要はない。確実な手段でアンタ達を仕留めてくれるッ!!」


 クレーマーおばさん王がそういうのと同時に、彼女の周りに黒い瘴気が複数渦を巻いて形を成し始める。


 それらは瞬く間に、複数のイナゴ兵へと変化していた。


「行け、お前達!!サイトの絶対的な規約と圧倒的道徳のもとに、確実に奴らを葬り去るんだよ!」


 親玉であるクレーマーおばさん王の命を受けて、イナゴ兵達が白虎達のもとへと殺到する――!!


「イナゴゴゴゴッ!異端審問とは素晴らしいではありませんか!!……今宵の私は、実に気分が良い……!!」

 

「よーし、相互クラスタでポイント稼ぎながら、邪魔な他の作家は規約違反という大義のもとに、ぶっ潰しちゃうですー!!」


 ……大義の尖兵であるはずのイナゴ兵達の方が、問題行動やら規約違反をしていそうな言動をしているが、これは別に不思議なことではない。


 クレーマーおばさん王にとっては、自分の思い通りに動く人材なら、人格破綻者だろうと相互クラスタだろうと一向に構わないわけであり、イナゴ兵のような存在にとっても、自分達の好きなようにやらせてくれて利益をもたらしてくれるのであれば、クレーマーおばさん王のもとで、盲目的に美辞麗句を並び立てながら矛盾した行動を取ることに大して何の恥も抵抗も感じたりはしないのだ。


「オラァッ、圧倒的な人海戦術の前に死ねェェェッ!!」


「んでもって、傍にいる女を目の前でレイプしてやるぞこのタコッ!!」


「に、逃げて、白虎さん!!」


 迫りくるイナゴ兵達の姿を目にして、真夜が叫ぶ。


 だが、白虎は守るべき者のために一歩も退こうとしない。


 それどころか、この状況を前にしながら、微塵も瞳の闘志は消えようとしていないのだ。


 ……果たして、白虎の手段とは一体何なのか。


 その答えは、彼が握り締めている1つの物体が示していたーー!!


「ッ!?な、なんだ、それは!!」



「ふっ、これこそが巷で大人気のカードゲーム『あやかしおっぱい』だ……!!さぁ、腕に自信がある者から前に出ろッ!!」



 ”あやかしおっぱい”。


 それは、胸が大きかったり小さかったりする”あやかし”という様々な姿や能力を持った女の子が描かれたキャラクターカードを駆使して戦う高度な戦略カードゲームのことである!!


 白虎はクレーマーおばさん王の強大な戦力、彼女が使役するイナゴ兵の圧倒的な数量に対して、自分の実力では敵わないと分析し、代わりに世間で大人気のカードゲーム『あやかしおっぱい』を用いて、戦いを自身に有利な状況へ移行するほかない、と判断していた。


 幸いにも、自分を取り囲んでいるのは、自身の頭で判断することも出来ず、上の命令をただ聞きながら好き勝手に振る舞う事しか出来ない短絡的なイナゴ兵の群れ。


 高度な戦略を用いることが必要とされるこのカードゲームの上でなら、白虎にとって勝機は十二分にあり得ると言えた。





「ふざけてんのか、テメー!!」


「死ねッ!!」



 ……まぁ、それも相手が提案に乗ってきたらの話である。


 最初から実力行使に来ているイナゴ兵が、わざわざ白虎とカードゲームに興じるはずがなく、彼は四方から囲むイナゴ兵によって袋叩きにされていた。


「白虎さん!!」


 真夜が悲痛な叫びを漏らす。


 だが、白虎はそのような目に遭いながらも、彼女に対して安堵させるかのような笑みを向けていた。


「安心しろ、私にはとっておきの切り札である”コレ”がある……!!」


 ”あやかしおっぱい”とは違う、別のモノが白虎の右手に握られていた。


 それを目にした瞬間、真夜の表情に驚愕の色が浮かぶ。


「そ、それは……!!」


「……これが、私の最後の手段だ……行くぞ!!」











 結論から言うと、クレーマーおばさん王とイナゴ兵達は、押しかけた警官隊によって一斉に検挙された。


 そう、白虎が手にしていたのは”スマホ”であり、彼は袋叩きに遭いながらも警察に110番することによって、クレーマーおばさん王やイナゴ兵達を脅迫や暴行罪で一斉検挙させることに成功したのである。(クレーマーおばさん王が姿を現した時点で、録音機能は用意していた)


 この家にとって突如現れた不審者といえる白虎も連行されかねないリスクがあったが、それは真夜が彼を擁護したことによって、事なきを得た。


「……いや、終末の化身と呼ばれるだけあって、かなりの強敵だったな」


 ズタボロになった白虎が、隣の真夜に話しかけるが、彼女はムスッとしたままだ。


「……やはり、こんなやり方でしか事態を解決できなかった私に幻滅しているかね?」


 呆れられてもしょうがない。


 そんな諦念を含みながら、白虎が力なく笑ったそのときである。



「そんなわけないじゃないか!」



 気弱な子犬系とは思えないくらいはっきりとした意思を持って、真夜が否定の言葉を紡ぐ。


 キョトン、とした表情の白虎に対して、真夜が瞳に涙を浮かべながら、彼に向き合う。


「……そりゃ、あやかしマイスターっていうわりに、全然それっぽいカッコいい呪文とかなかったし、”あやかしおっぱい”って何だよそれ、とか思ったよ?でも、ボクの事を身体を張って守ろうとした白虎さんのことを、幻滅したりなんか出来るはずないじゃないか!!」


 グシッ、と鼻をすすりながら、真夜は続ける。


「それに、例えそんな風にカッコつけたところで、白虎さんが死んじゃったりする方が、ボクは嫌だ……!!」


 そこまでが限界だったのだろう。


 堰を切ったように泣き始めた真夜を抱きしめながら、白虎は彼女の頭を撫でる。


「撫でるな、馬鹿ぁ……!!絶対に許さないんだから……!」


「……ごめん。だが、どうやったら君に許してもらえるかな?」


 白虎の中でスンスン、泣いていた真夜だったが、ポツリ、と小声で呟く。


「……真夜」


「うん?」


「……ボクの名前。君じゃなくて、綱吉 真夜。……ちゃんと、そういう名前で呼ぶ関係になったら許してあげる……」


 その言葉を聞いて、白虎がそうか、そうか。と頷く。


 だが、その直後に「それは残念だな」と真夜の上から、声が投げかけられる。


(……何それ。ここに来てボク、振られちゃった、って事?……やっぱり、仕事としてボクを素敵な女の子にするための演技をしていたっていう事なの……?)


 冷静に考えたら、さっきまで男だった人間に告白されても気持ち悪いよね……。駄目だ、理屈で分かってもコレ無理だ……。


 暗い気持ちが自分の中で渦を巻いて、押し寄せてくる。


 本当は男なのに、またみっともなく泣き出しそうになってくる。


 今なら、クレーマーおばさん王のような存在の気持ちも分かる気がする。


 こんな絶望に突き付けられるくらいなら、世界や他者をどこまでも呪い続ける魔物にだってなってしまうに違いない。


 そうして、今、追い打ちをかけるかのように、白虎の口からとどめの言葉が--。



「いや、せっかく知ったばかりではあるが、真夜殿の名字はすぐに”西秋院”に変わることになるのだからな」



「……えっ?」


 呆けたように、白虎を見つめる真夜。


 それに対して、白虎も「何を驚いているんだ」と言わんばかりに、ポカンとしていた。


「……いや、真夜殿が私に求めるのはそういう関係だろう?君のような愛しい存在と一緒になる以上は、遊びで終わらすつもりなど私には毛頭ないのだよ」


 ……やっぱり、涙を止めるのは無理そうだ。


 それでも、先程とは違って、自分はクレーマーおばさん王のような存在とは程遠い、”幸せな女の子”になれたのだ、という温かな幸福感が胸の中に満ちていく--。


「……風流を気取りながら不甲斐ない私ではあるが、これで許してもらえるかな?」


 ――それに対して、真夜の答えは――。



「……絶対に幸せにしてくれないと、許さないんだからね!」



 涙を流しながらも、満面の笑顔で愛しい男性へと誓いの言葉を口にしていた――。












 子犬系男子として爆発的な人気を誇っていた綱吉 真夜が一夜にして女になる――。


 その衝撃的な知らせは町内だけでなく一都市を巻き込む暴動に発展し、政府が鎮圧するための特殊部隊を派遣することになるのだが、当時の出来事が真夜本人の口から語られ、それと同時に美形のあやかしマイスター:西秋院 白虎との交際&結婚を視野に入れている事が市民の間に伝わると、「それだけのことがあったんならしょうがないよね」といった感じで収束を迎えていくこととなる。


 最後までしぶとく残ったのは、「真夜が男でも女でも構わないから、とにかくちんちん触らせろ!」という過激な主張の男子高校生テロリスト達だったが、彼らも凶悪で危険な存在であるクレーマーおばさん王から、身を呈して真夜を守り抜いた白虎という人間の人となりを時間が経つごとに知っていくようになると「イケメンなのは気にくわねぇが、そんな状態で真夜を助けた漢気は認めなきゃいけないよな」という風になり、大人しく全員投降することとなった。





 ――そして、数か月後――


 トントン、と厨房に小気味良い包丁の音が響く。


 料理をしているのは、エプロン姿の真夜だった。


 髪を伸ばし、すっかり女性らしく身体つきになった彼女は、愛する夫のためにこうして手料理を用意していたのだった。


「ふんふふ~ん。今日は愛妻料理の定番:肉じゃがで~す!!……白虎さん、喜んでくれるかな?」


 白虎は真夜の前であんな目に遭ったにも関わらず、未だにあやかしマイスターなどという仕事をしている。


 実力は相変わらずながらも、自分のような誰かを見捨てられないのだろう、と割り切っているが、それとは別にあんながむしゃらに誰かのために頑張る姿を見たら、他の女性も自分のように白虎に惚れてしまわないだろうか、と真夜は気が気でならない。


(だって、白虎さんって実力はともかく、凄くイケメンだし何事にも一生懸命なんだもん……あれで、女の子が夢中にならない方がおかしいよ……)


 これって、自分の贔屓目だけじゃないよね?などと思いながら、調理していたそのときである。



「いや、どんな料理だろうと、マヨが作る料理ならばどんなモノだろうと至福のひと時を迎えられることは間違いないが、欲を言えばその前に『おかえり』の一言くらい欲しいところだね」



 ……自分の愛する夫が、どうやら背後にいるようである。


 後ろを見ないまま、調理を続けて返事を返す。


「それなら、最初に『ただいま』くらい言って欲しいけどね。あと、気配も音もなく部屋に入らないでって言ってるでしょ」


 少し厳しい言い方になったかもしれない。


 だけど、今はこれくらい言っておかなければならない時期なのだ。


 そんな真夜の心情を知らぬ白虎は、困惑した様子で謝罪を述べる。


「……いや、1ヵ月ぶりの再会で気が舞い上がっていたようだ。すまない。今度からは気をつける」


 反省したようだ。


 なら、許してあげるとしよう。


 それにこうやって不機嫌なふりをしているけれど、真夜自身、あの時のように嬉しい気持ちでいっぱいなのだ。


 そんな思いを隠したまま、火を一旦止めてから、黙って身体を後ろにいる白虎へと預ける。


 さらに困惑することになったものの、すぐに優しく真夜の身体を抱きとめる白虎。


 だけれど、真夜の追撃はこんなモノでは終わらない。


(何を安心してるのかな?ボクのとっておきのサプライズはまだこれからだよ?)


 そんな気持ちを代弁するかのように、真夜が白虎の両手をそっと自分の腹部へと重ねさせる。


「……マヨ、これは一体どういうつもり……ってまさか!?」


 肝心なところで鈍い、と思っていたけど、今回はすぐに分かってくれたようだ。


 それが真夜にとって、たまらなく嬉しい。


 後ろを振り返って、クスリ、と愛しい人へと微笑みかける。





「これからも"ボク達"をよろしくお願いしますね……旦那様♡」





 そんな真夜へと答えるかのように、白虎の口づけが優しく重ねられていた――。





~~fin~

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