国会議員の偉いおじさんが、過激な内容のライトノベルを規制しようとするお話。
この日、自分の事を次期首相候補だと思っている国会議員の藤原 ペン蔵は激しく憤っていた。
「くっそ~!!最近のラノベの過激な性描写にはイライラさせられるぜ~~!」
股間が~、とかいった下ネタ的な意味ではなく、ペン蔵は文字通り本気で頭に来ていた。
「大体、何だ!!R18指定もなしで登場人物のガキ共がパンチラや胸タッチで済まないようなS〇X!そしてC〇TY!!同然な行為を平気でやりやがって……!!そういうのがしたけりゃ、全年齢版じゃなくてしっかり成人指定のアダルトコンテンツでやりやがれってんだ!」
なおも、ペン蔵の怒りは続く。
「昨今規制が強くなりつつあるアダルト業界でも、そこで頑張り続けているクリエイターの連中がいるってのに……全年齢版ていう舞台でも同じような事を繰り返していたら、結局業界の寿命が縮むだけじゃろがい!!」
叫ぶのと同時に、部屋中のモノに当たり散らすペン蔵。
ゴミ箱を蹴飛ばし、机の書類を盛大に撒き散らしたりと散々な有様であった。
「……儂も一時期創作活動を志していた者として、なろうの異世界テンプレ無双な作品の作者の才能や人気に対して、嫉妬していると言われたらまだ素直に頷ける。……だが!何の専門知識や教養もなく、過激な性描写頼りなだけのライトノベルは全て悪!業界の寿命を縮めるだけの癌細胞そのもの!!……家族愛?仲間との絆?……それらを表現するのに、本当に全年齢向けであるライトノベル作品でそこまで過度な性行為をする必要があるのかッ!?」
ギリッ……!と歯を食いしばりながら、血管を浮き立たせたまま外を見やるペン蔵。
そこには昼であるにも関わらず、巨大な月と思しき眼球が空に浮かび、その下で魔の者達が地上に蔓延る異様な光景が広がっていた。
「……大体、この世とあの世の境というモノを天岩戸が塞いでいたという日本神話の故事にあるように、公に出せる一般向けと成人指定という境界はR18の暖簾によって明確に区切られておったのだ。……だが、その境界も暖簾を無視した昨今の過激なラノベが表に乱立してきた事により崩れ去り、この地上はこの世ならざる異界と繋がる事態を招くことになったのだ……!!」
ペン蔵が口にした通り、アダルトコンテンツと変わらないクオリティのライトノベルが表の世界に溢れ返ったことにより、この世とあの世の境界が崩れ混沌とした時代が到来していた。
空には巨大な一つの眼球が浮かび上がり、全てを廃滅へと誘う風が吹き抜ける。
明けることなき霧が一都市を覆い尽くしたかと思えば、別の場所で人を我欲へと誘う漆黒の闇が地の底より這い上がる。
そして、つい最近ではこれらの現象に次いで、人類の存在意義と役割全てを無に帰すような超巨大統制管理システムが出現し、既存の文明社会を廃滅するために人間社会へ向けて自動型の機械兵器による侵攻を開始していた。
これらの現象は、”蚩尤”、”バロール”、”サルワ”、”波旬”--そして、”ディストピア”という異界の”魔王”とでも言うべき者達が、この地上に顕現する予兆だと言われていた。
専門家のよって結成された政府認可の観測班によれば、”蚩尤”、”バロール”、”サルワ”、”波旬”の魔王四柱は『最古』を示す存在であり、”ディストピア”とは『最新』を意味する魔王四柱であるという。
ここに『最終』を冠するに相応しい魔王が顕現したとき--この世界は、まぎれもなく終わりを迎える。
まだ一柱としてその全容を見せていないというのに、その僅かな片鱗が出現しただけでこの地上には無視することができない甚大な影響が出ていた。
そのため、彼らの到来を早めることになる過激な性描写のライトノベルに対して、如何に対処するのか?というのが、すべての人類に課せられた早急の課題であった。
「……こんな不条理な光景も!儂を正当に評価しない世の中も!すべてが間違っておるんじゃ!!……見てろよ。儂が総理大臣になった暁には、儂のように真っ当に頑張ってきた者が報われる社会にするために、このような地球と異界などを繋げる元凶となった卑劣な全てのポルノもどきのライトノベルや、それを原作にした深夜アニメなんかは全て規制し、これまで規制が厳しいアダルトコンテンツで何とか頑張ってきた人達が正当に評価される社会基盤を築き上げてくれるわ……!!クックックッ……!!」
「だが、エルフの女の子や獣人の女の子を意図せずして隷属させちゃった感じのあの作品は、作者が他の出版社でしっかりしたテーマの戦記物を書いているから許す。……おっぱいなドラゴンの作品はエロだけでなく、ニチ朝の如き熱き血潮が根底に流れているから例外。……あと、エロゲー原作の深夜アニメなら全部許可。……」などと、ペン蔵が自分勝手な基準の戯言を繰り返していた--そのときである!!
「……やれやれ、醜いキモオタの二枚舌、ここに極まれりってヤツだね……!!」
現在、自分以外の誰もいないはずの自室において、突如背後から声がかかる。
ペン蔵は慌てて、振り返りながら問い質していた。
「ッ!?何奴ッ!!」
「冷奴、ってね……俺っちはこの混沌とした時代を旅する風来坊・十四代目:旅埜 博徒って者だ……!!」
ペン蔵の部屋に突如姿を現したのは、飄々とした印象の軽薄な笑みを浮かべた一人の青年だった。
正体不明の青年に対して、不信感を募らせながらペン蔵が激昂する--!!
「た、旅埜 博徒だと……ふざけた名前をしおって!!次期首相候補間違いなしの儂に向かって、何たる暴言だ!規制してやる!!」
「いや、オジサンはどう見てもMr.泡しぶきでしょ。……でも、そんな人物でも権力を使ってこの時代を”規制”っていうイッチバンつまらない形で終わらせられたりすると、こっちとしても困るんだよね……!!」
瞬間、それまでの飄々とした博徒の様子から一転、彼の気迫が跳ね上がったように--ペン蔵は感じた。
自分より二回りも年下の青年を前に、思わず身震いするペン蔵。
そんな彼の様子を察したのか、博徒は気を解いてニッコリとペン蔵に微笑みかける。
「オジサンの根底にあるのは、どう見ても自分が得る事が出来なかった人気があるヤツに対する”嫉妬”以外の何物でもないけどさ。実際はどうか知らないけど、『自分のように真っ当に頑張ってきた者が報われる社会にする』っていうのも、私欲だけじゃないオジサンの本音だと俺っちは判断したので!……強引な手段を取ることも出来るわけですが、一つ別のアプローチで試してみようと思いまーす!」
「べ、別のアプローチ、だと?……い、一体、何をするつもりなんじゃ!?」
ペン蔵の疑問に答えることなく、博徒が部屋の外にいるらしい人物に中へ入ってくるように促す。
「ハ、ハイ……!!」とどもりながらも室内に入ってきたのは、着物を纏い頭部を被衣で覆った一人の気弱そうな少女だった。
彼女の周りには何故か、広げられた巻物らしきモノが彼女を囲むように浮遊していた。
博徒に続いて現れた得体のしれない人物。
立て続けの来訪者を前に、ペン蔵は怒りを通り越してただただ困惑していた。
そんな彼に対して、今更わざとらしいほど恭しくしい態度を取りながら、博徒が紹介を始める。
「彼女は、妖怪:文車妖妃。……あの”キモオタ屋敷”からこちらの世界に現れた来訪者でございます……!!」
「ッ!?な、何ッ!?あの、”キモオタ屋敷”からだと!!」
”キモオタ屋敷”。
それは、この天変地異が起き始めた初期にこの地上に現れた特異点の事である--!!
キモオタ屋敷には、もともと三十後半になっても働きもせず、自室で毎日アニメ視聴やネットサーフィンなどをしながら、一日を終える一人の男性が住んでいた。
だが、年中通して全く風呂にも入らなかった結果、あまりの臭さで異界への入口が開き、男性はそこから現れた異形の者達によって命を奪われることとなったのだ。
以来、その屋敷からは彼を養っていた両親すらも逃げ出し、今となっては異界から出現した妖怪や魔物達が犇めく魔の巣窟となったのだ。
ゆえに、ペン蔵が”キモオタ屋敷”と聞いて、ここまで驚愕するのも当然のことと言えよう。
だが、博徒はペン蔵を安心させるように、朗らかに手を振る。
「いえいえ!この文車妖妃ちゃんは、先生が思われているような凶悪な魔物なんかじゃありませんよ!彼女は書物に関わる妖怪でして、今回は先生が毛嫌いなされている”過激な性描写のライトノベル”の世界がどんなモノかを実感して頂きたい、と思って、彼女に協力してもらう事にしたんですよ!」
「協力、って……一体なにをするつもりなんだ?」
「ハイ、それはですね……彼女の妖力を使って、先生を文字通り”過激な性描写のライトノベル”の中へと、送り込むんですよ!」
「な、なんだと!?そ、そんな事が本当に出来るのか?」
その質問に対して、博徒が蛇のような鋭い目つきのまま、口許に形だけの笑みを浮かべて聞き返す。
「……逆に、何で出来ないと思うんですか?」
先程とは違う質の気迫を前に、ゴクリ……と息をのむペン蔵。
「わ、分かった!その点については、最早疑う余地もなかろう!!……だが、儂がそんなところに行きたくない、と言えば、どうするつもりなんじゃ……?」
「えっ?行かない、って選択肢があるんですか?」
キョトン、とした表情で聞き返してくる博徒。
それを前に「結局、強引な手段をとるんじゃないか……!!」と内心で思いつつ、ペン蔵は腹をくくることにした。
「よし、儂も長年議員をやってきただけに、覚悟も出来た!……男、藤原 ペン蔵!”過激な性描写のライトノベル”の世界とやらへ、飛び込んでくれるわぁッ!!」
「その意気ですよ、先生♡……そんじゃ、妖妃ちゃん。あと、お願いな」
「ハ、ハイ……!!分かりました……!」
たどたどしく答えながらも、文車妖妃が裾からゴソゴソと一冊のライトノベルを取り出したかと思うと、それをポン、と軽く宙に浮かせる。
刹那、ライトノベルは盛大にパラパラ……!!と勝手にページをめくりながら浮かび上がり、目も眩むほどの輝きを放ち始める--!!
「ウ、ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
思わず、目を閉じるペン蔵の腕をしっかりと博徒が握る。
「それじゃ、議員先生。早速出発しますよ、っと……!!」
二人の身体が、眩いライトノベルの彼方へと消えていく--!!
「う~ん、ムニャムニャ。……って、ハッ!?あ、あれから一体どうなったんだ!?」
気絶していたモノの、何とか意識を取り戻したペン蔵。
そんな彼の口を瞬時に塞ぎながら、博徒が人差し指を立てて静止を促す。
真剣な表情をした彼の視線の先には、このライトノベルの世界のヒロインと思われる一人の少女が、何か、物語の設定上必要に駆られた感じで、主人公と思しき一人の青年といやらしい事をしている場面だった。
「んほほぉぉぉぉぉぉぉっん!!ら、らめぇぇぇぇぇぇぇぇっ♡私、いっちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ハァ……しょうもな。こんなんで抜くくらいなら、彼女作るかそういう店でサービスしてもらった方が、現実に異界とか魔王を呼び込まないぶん、平和で無害と違うんけ?……いくら、近くで見せられたところで、そういう接待を百戦錬磨で受けてきた儂からすれば、ホンマにお遊戯に等しいからな?こんなの」
「別にオジサンの気分を盛り上げたくて、わざわざライトノベルの世界にまで連れてきたわけじゃないッスよ。……見て欲しいのは、これからだぞ、っと……!」
「これから……?一体、何が……」
ペン蔵が問いかけようとした--そのときだった。
「ハイ、カーット!!……そんじゃ、お疲れ様でーす!!」
監督らしき人物の点呼とともに、一斉に周囲の動きが中断される。
それと同時に、あれほど主人公といちゃついていたヒロインもすぐに行為をやめ、雑談をいくらかした後に「お疲れ様です」と主人公や他のスタッフに別れの挨拶をして、そそくさと帰っていった。
その様子を見て、軽く困惑するペン蔵。
「???あのヒロインって、主人公といい感じじゃなかったのか?」
「ん~……まぁ、彼女もお仕事だからね。まぁ、そんじゃこのままついていってみようか!」
ヒロインは、過去の記憶を失った謎のグラマラス美少女であり、現在、学園の女子寮で暮らしている……という設定のはずだった。
だが、ペン蔵達が目にする彼女は、手慣れた様子でスーパーの食材を買いあさった後に、そのまま古い造りの一軒家へと足を運んでいた。
扉を開いた彼女のもとに、トタトタ……!と駆け寄ってくる足音がある。
それは、三歳くらいの少女だった。
少女は満面の笑みを浮かべながら、喜びを体全部で表現するようにヒロインへと抱き着く。
「ねーちゃ、ねーちゃ!おかえり~~~!!」
若干疲れた表情をしながらも、ヒロインも抱きしめ返す。
「ハイ、ただいまのむぎゅ~~~!!お姉ちゃんが帰ってきましたよ~!!」
「……なぁ、儂はこの作品あんまり知らないんだが、あのヒロインってあんな年の離れた妹とかおったのか?」
その問いに対して、「まさか」と言いながら、博徒が首を左右に振る。
「そんなわけないでしょ。それはライトノベルでの話。……本編を離れたら、彼ら彼女らにだってプライベートがあるに決まってるでしょ?」
そう言いながら、博徒が再び視線をヒロイン達へと向ける。
「……彼女の家は、2年前にお父さんを病気で失ってね。それ以来、お母さんが一人で切り盛りしてきたんだけど、最近頑張り過ぎで体調を崩した結果、入退院を繰り返すことになってるんだ。……以来、彼女は自分のお母さんや幼い妹のために、学業や部活そっちのけで過激な性描写のライトノベルに出演しながら、何とか入院費用や生活費を稼いでいるんだ」
見れば、ヒロインの少女はお腹をすかせていたらしい幼い妹に干し柿を与えながら、懸命に夕食作りに勤しもうとしているようだった。
母親がいないときには、出来るかぎり祖母が手伝いに来てくれるが、それも毎日というのは難しく、今日みたいに一人にさせてしまうときもある。
そういうときは、寂しい想いをさせていないか、何か大変な事に巻き込まれていないか、と不安を抱えながらも、それを表に出すことなくヒロインは頼れる姉として弱音を見せることなく、健気に振る舞う。
その姿を見ながら、ペン蔵は静かに思案していた。
(儂があの子と同じくらいの年だったとき、あそこまでしっかりと出来ていただろうか。……あの子は、儂のような人間に馬鹿にされるような仕事をしながらも、大事な存在のために懸命に頑張っている。……それなのに、それより遥かに生きてきたはずの儂はどうだ?……かつての夢を諦めるばかりか、みっともなくその道で成功している人達をやっかみ、彼らやあの子達の生活が干上がる行為に走ろうとしている……!!)
これまでペン蔵は、過激な性描写のライトノベルの作者は全て、『対して熱意があるわけでもないくせに、安易な金と人気欲しさに中高生相手のポルノコンテンツを量産するクズの集まり』という存在だと決めつけていた。
だが実際の作者の人格がどうであろうと、そのような作品が売れることによって、それに出演する者達が救われている、という現状を目の当たりにすることになった。
自分の安直な正義感や思い込みでは変わることのない現実を前に、ペン蔵が滂沱の涙を流す。
「……博徒とやらよ。どうやら、今までの儂が間違っておったようだ。……確かに、魔王達の顕現を阻止し、本来のアダルト業界を活性化させることは大事かもしれない。だが、そのために安易な規制に走り、彼女達の生活の基盤を干上がらせるのは愚かと言わざるをえんだろう」
「……それなら、どうするんですか?」
ゆっくり、確認するように問いかける博徒。
それに対して、ペン蔵は力強く答える。
「今の儂がすべきこと……それは、あの子達が干し柿を腹いっぱい安心して食べられる社会を築き上げることだ……!!」
そう言いながらペン蔵は、「あむあむ」と干し柿を頬張る幼い少女と、慌ただしく夕食を作るヒロインを見つめていた--。
文車妖妃の妖力によるライトノベルの世界から帰還したペン蔵は、その翌日に速攻で議員辞職を行った。
困惑する各方面に対しては、ただ「今の私にはやるべきことがある」とだけ言い、政界を後にした。
それからのペン蔵は何を思い立ったのか、『小説家になろう』というネット上の小説投稿サイトに実名で登録し、様々な事情を抱えながら過激な性描写のライトノベルに出演しているヒロイン達を、元国会議員の中年男性が一人残らず保護して人生丸ごと救い出す話を投稿し始めた。
当初はペン蔵を馬鹿にしたりネタ扱いする書き込みが相次いだが、作品を通じてライトノベルに出ているヒロイン達の実情が周知されていくようになると、『自分達の娯楽のために、そこまで未来ある子供達の人生を食いつぶしちゃいけないよね』という風潮が出来始め、なろうの読者を中心に人々はアダルトコンテンツを楽しみたいときは、キチンとR18の暖簾の先にある商品を手に取るようになった。
それにより、あやふやだったこの世界と異界との境界線が明確となり始め、この世界に破滅をもたらさんとする魔王達の顕現は見事、遠ざかっていくこととなったのである。
異界はまだ完全に塞がってはいないが、それらから生じる魔王の片鱗などは、”キモオタ屋敷”のような特異点から現れた文車妖妃のようなこちらの話が分かる妖怪や異種族の協力を得ながら、現世の人間達が対処できるくらいとなっていた。
ペン蔵は執筆活動をする傍ら、『これって、この時代を終わらせたくなかった博徒の思惑を外すことになるのでは……?』という懸念もあったのだが、今のところ特に動きがないあたり、”規制”という博徒がいうところの『つまらない』やり方でなければ、見逃してくれるつもりのようだ。
かくして、ペン蔵の作品は書籍化した結果大ヒットし、過激な性描写に頼らずとも成功できることの一例をこの星に刻みながら、数多のラノベヒロイン達に囲まれる余生を送ることとなる。
老害として終わるはずだった一人の国会議員は、その職を辞して作家となることによって、世界を未曽有の危機から救う存在となった。
藤原 ペン蔵。
彼の名は、永遠に人々の記憶に残り続けるだろう--。
~~Fin~~




