超絶ご当地グルメ列伝 『KANAZAWA』
「はぁ、今日も残業でクタクタだっぴ……適当なコンビニでワンコインディナーで済ませることにしますかね」
神聖都市:カナザワ。
外法都市:ニイガタ、発展都市:クサツと並んで世界三大都市と称されるこの地であるが、そんな荘厳な印象の地に不釣り合いな表情をした青年がトボトボと歩いている。
彼の名は矢部 遊人。
学生の頃はその名の通り単位そっちのけで遊び歩く生活をしていたのだが、その結果として当然の如く就職活動に失敗し、今ではかつての状態が嘘のように仕事に追われながら疲れた表情で一日を終える日々を過ごしている。
「学生時代から付き合っていたアイツも逃げるように離れていったし……本当、俺の人生って何だったんだろうなぁ……」
遊人には学生時代から自分の事を慕ってくる後輩がおり、社会人になっても交際が続いていた。
だが、遊人が就職した会社があまりにも劣悪すぎたため、2人で遊んだりするための貯金も満足に出来ないどころか、連休に1度も休みを取る事が出来ないという異常事態が数年続いたため、それに耐えられなくなった彼女がつい先月に一方的な形で遊人に別れを切り出し破局することになったのだ。
「どこでこうなっちまったのかなぁ………まぁ、全部予定調和っちゃそうなんだろうけど」
彼女は遊人と違ってマトモな企業に就職しており、2人のための結婚資金として遊人以上の金額を積み立てしていた。
だから、どこまで行ってもこんな一人で寂しく節約のために僅かな賃金でやりくりするようになったのは自分がそんな企業にしか拾われないような人生を歩んできた事にあるのだろう。
しかし、『自業自得』という言葉を口に出来るほど遊人は達観出来てはいなかった。
そうしながら、一人寂しく駅中のコンビニに向かって歩いていた-―そのときである!!
「Merhaba」
声のした方を振り向くと、十代半ばだろうか。
一人のネコ耳を生やした少年がにこやかな笑顔でこちらに手を振っていた。
全く見知らぬ人物だったので、勘違いの可能性もあると思い自分を指さして尋ねると少年は嬉しそうに刻々と頷く。
「……君、誰?オスマン帝国の残党?」
「ぶっぶー!!正解は今日新快速の電車でやってきたネコ耳生やしただけのフクイ県民:立花 モミ夜君でした~~~!!レロレロレロレロレロッ!」
……面倒くさい事になりそうだ。
そう判断した遊人は早々に切り上げて退散する事にする。
「そうか、せっかくの新幹線に乗れなくて残念だったな……」
「し、しし、新幹線くらい乗ったことあるし!ら、ライブ?とかで?……てゆうか、人生に疲れ切ってて楽しみも張り合いもなさそうな顔しているお兄さんが、新幹線に乗って旅行とかに出かけているようには見えないんだけど?」
……図星である。
反論する言葉を持たず一瞬押し黙った遊人だったが、コホン!とわざとらしく咳払いし再び会話を切り上げようとする。
「……お兄さんはお前のような気楽な学生さんと違って忙しい身だからな。明日も朝から忙しいから、お前みたいなのと付き合っている時間はないんだよ」
「……えぇ?明日は日曜日じゃん……お兄さん、大丈夫?」
この仕事に就いてから、彼女だけじゃなく同僚以外のほとんどの人間からされたリアクションを見て遊人は今度こそ完全に沈黙する。
何度観ても、こういった反応に慣れる事はない。
慣れる事が出来たのは、この労働環境を当然と受け止めている他の同僚の態度だけだ。(自分がそれに適応出来ているとは言っていない)
そんな沈痛な面持ちの遊人の肩を生意気にもポン、と叩いて、モミ夜が話しかける。
「……まぁ、そんなヘコむなよ社畜の兄さん!お詫び、と言っては何だけど、俺がとっておきのカナザワオススメグルメスポットに案内してやるよ!!」
「えぇ……お前、今日カナザワに来たばっかりだろ?……不安しかないんですが」
「良いから良いから。そんじゃあ兄さんの驕りでぇ~……レッツゴー!!」
モミ夜がとんでもない提案を平然と口にする。
それに対して、疲労困憊だった遊人に与えた効果は劇的なモノだった。
「……俺の奢り!?ふざけんな!親元で脛かじりながら観光出来るような学生さんのお前と違ってこっちはしがない給料でやりくりしている社畜なんだぞ!!」
当然の如く、激昂していた。
だが、そんな遊人に対してもモミ夜は「まぁまぁ」と軽くいなす。
「俺も兄さんと同じようなモンで中卒の無職だから、あんまり金持ってないんだよ。……じゃあ、俺の案内する店で満足出来たら全額お兄さん持ち、不満タラタラだったら全部俺が払う!って事で良いぜ!!」
「良くねーよ!!俺は後5000円で残りの2週間を過ごさなきゃいけないんだぞ?リスクが高すぎる!でもって、お前もこんなところに観光しに来てる場合じゃないだろ!?ハロワに行けッ!!」
その後に「てゆうか!」と叫んだかと思うと、勢いよく地面に両腕を振り下ろして倒れ込む遊人。
「てゆうか!中卒無職のお前と、ギスギスした人間関係とストレス溜まるだけの生産性&将来性&適応性&やりがい絶無の仕事を日夜寿命を削りながらやり遂げている俺が『同じようなモン』のはずがないだろ!?……一緒にするんじゃねーッ!!!!」
底辺ドブラックに勤めながらも、ニートと同じ扱いにされた事には耐え切れなかったのか、人目も憚らず叫び出す遊人。
この辺りの無駄なプライドの高さや極端な苦労の神聖視が、彼が現状を抜け出せなくなっている事の原因なのかもしれなかった。
「……言っておくけど、俺本当に今金ないからな?俺が負けた時のこと考えて、ちゃんと払えるような店にしろよ?」
「分かってるって!……ほら、急いで急いで!」
何だかんだでモミ夜からの条件をのんだ遊人は、彼の案内する店とやらへ行く事になった。
遊人がこの勝負(?)を受けたのは何だかんだ人懐っこいモミ夜にほだされた……というわけではなく、何だかんだ不満タラタラにイチャモンをつけることによって、モミ夜に今夜の飲食費用を全額払わせよう!と画策していたからである。
(コイツは中卒無職という現状の癖に、自分探しのつもりか何かで他県にまで来るようなとびっきりヤバイ奴だ……だが、いくらコイツ自身に金がなかろうと未成年である以上、費用はコイツの保護者にでも払わせれば万事解決だぜ!!)
プライドが高いはずなのに、金銭が絡むと見るや年下の未成年相手に恥ずかしげもなくこのような算段を練る遊人。
矛盾しているように思われるかもしれないが、彼も長年の劣悪な社畜生活によって既に人としての正常な判断が出来なくなっているのかもしれなかった……。
(どうせ良さ気な店の看板が目に入ったモノの、金がなくて入れないから俺みたいな奴をダシにしてタダ飯いありつく魂胆だったんだろうが……俺はお前の勧める店なんかに絶対満足などしてやらん!!)
そう決意しながら、モミ夜に先導される形でついていく遊人。
彼は駅前やホリカワの飲み屋街にも目をくれず(まぁ、未成年だから当然だろうが)、横断歩道を渡りナルワ方面へと黙々と進んでいく。
(何だ……?あそこの寿司屋やラーメン屋にも目をくれずに歩いているが……この先に目ぼしい食い物屋なんてあったか?)
首を傾げながらもモミ夜についていってどれだけ歩いただろうか。
短くはない距離を歩いた遊人達は、気が付くとショウエイマチにまで足を運んでいた。
「……なぁ、そろそろ何を食うつもりかだけでも教えろよ。こっちだって忙しいし金欠な状態で付き合ってやってんだからさぁ!」
「もぅ、本当に社畜って金とか時間以上に心の余裕がないんだな~……ほら、目的地に御到着だ、っと!」
「目的地、って……こ、ここかよ!?」
モミ夜の指さす方にあるモノを見て、驚愕の表情を浮かべる遊人。
彼の眼前にあったのは……。
「……そう、みんな大好き!牛丼の松〇!せっかくここまで来たんなら、これを食べておかないと損でしょ!?」
「今じゃなくても良いだろォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?割といつでも気軽に立ち寄れる事がウリの安心、お得、そして安い!が自慢なチェーン店の牛丼屋さんじゃねーかァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
何だかんだこういう店が好きなのだろうか。
とにかく、遊人があらん限りの勢いで盛大に叫ぶ。
……確かにこれならば、勝負に負けても5000円が尽きる事はないだろう。
だが、せっかく地元に住んでいながらコンビニのおにぎりばかりで済ませる日々を過ごす自分がご当地グルメを堪能できるかもしれない!と期待していただけに、遊人の落胆も相当なモノだった。
(……いや、モノは考えようだな。なんせこういう安上がりで済む食事スポットならまだ俺の領分。ケチのつけ方ならいくらでも思いつくぜ!)
そんな事を考えるのに夢中になっていたのか、遊人は無意識に店の入り口へと足を運んでいた。
この松〇は店頭の券売機で食券を事前に購入してそれを店員に手渡す、というシステムになっているのだが……。
「なぁ~、これどれにしたらエェと思う~?」
「う~ん、豚バラ……あっ!やっぱカルビ定食の方がダンチでウマいわ!」
遊人の前には、30代のカップル(夫婦かは分からない)が券売機のタッチパネルを押しながら、どのメニューが良いのか、という事を話し合っていた。
長年の社ブラック勤務により、無駄なプライドがあってもこういった場面での積極性を完全に喪失していた遊人だったが、2人組の「じゃあ、カルビ丼にしようか?」「ちゃうちゃう、カルビ定食!」みたいなやり取りが延々と繰り広げられるのを見て、血管に青筋を立て始める--!!
(何だコイツ等……もしも俺が強大な魔法を使えたら、近年台頭しているおっぱい人革連やボルシチ公国を一発で黙らせたり俺を見下していた他の社員に圧倒的な実力差を見せつけたり無条件で俺の事全肯定してくれる女の子達に囲まれながらお前等みたいな奴を一発で原子分解する事も可能なんだからな……!!)
そう思いながら指先で拳銃の形を作り、心の中で(バキューン……)と小さく呟く遊人。
この原動力や情念を創作活動にでも活かせば、彼の人生も今とは違った成功を納めていたのかもしれない……。
そんな仮定が入り込む余地もなく、ただ牛丼屋の店先でカップルの背後で見えないようにしながら痛々しい一面を晒していた遊人だったが……突如、彼の左肩がポン、と叩かれる--!!
「ッ!?」
まさかの部長による予告なし他県への一週間前人事異動か!?と、コンマ2秒で高速判断する遊人。
だが、そんな社外に出ても自由になれない彼の思考とは裏腹に、肩を叩いていたのは部長とは程遠い屈託のない顔をした無職の少年だった。
彼は無言でクイッ、と自分達の後ろへと視線を促す。
そこにあったのは……。
「ッ!?う、嘘だろ……券売機がもう一台あるだとッ!!」
実を言うと、遊人は松〇よりもす〇家にの方に行く人間である。
そう言った経緯から、遊人は数年前に行った別の松〇に行った経験から、松〇の店頭には券売機が1台だけ置いてあるという思い込みがあったのだ。
ちなみに余談ではあるが、数カ月前にこの店は一度なくなったのだが、つい最近また同じ場所にリニューアルして出来たのがこの店なのである……!!
全く予期していなかった2台めの券売機の存在……それは、既存の固定観念に囚われていた遊人にとってはこれ以上にない衝撃に違いなかった。
(う、うぅ……考え事に夢中だったとはいえ、まさか、こんな凄いモノが身近にある事に気づかなかったとは……こ、これさえあれば、あのカップルのようなのがもう一組いない限り食券を買い放題、って事じゃねーか!!)
その言葉通り激しく興奮していた遊人は、気が付くと旨くてピリッと辛いネギ玉丼の特盛を2人分続けて購入していた……。
「あっ……」と呟く遊人は反対に、ニマニマ笑いを浮かべるモミ夜。
「おやおや、まだ食べてもない状態で俺の分まで払うほどのハシャギっぷり……これは、最早勝負あり!ではないですかな?」
「……!!ふ、フンッ!たまたま押し間違えただけだ!ネギ玉丼なだけに!」
「……いや、自分で思ってるほど上手い事は言えてないよ?」
「うるさい!!俺が満足しなかったら絶対にお前が払えよ!」
そんなやり取りをしながら、ようやく2人は店内に入っていく……。
カウンター席に座り購入した2人分の食券を店員に渡す遊人。
店員から渡された水を飲む遊人の表情は苦り切っている--わけではなかった。
(……ふん、つい浮かれていた事は認めよう。だが、俺も良い年した大人である以上、何の勝算もないわけではない……!!)
遊人の瞳の奥にあるのは職場では決して見せることのない確固たる自信。
果たして、彼の自信の根拠とは一体……。
(クククッ、俺は普段は簡素な食生活ながらもいざ外食するときはガッツリ食べる男……牛丼特盛などでは、到底足りぬ……!!)
遊人はこういう牛丼屋に注文するときは、「牛丼特盛、それとご飯大盛一つで」と頼み、店員に怪訝な顔で「えっ?」と尋ね返されるのがデフォである。
そして運ばれてきたご飯大盛の上に、特盛に乗っている牛肉の大半を乗っけて、味が染みわたった特盛の方を先に完食、後は悠々と牛丼に早変わりした大盛の方を心行くまで堪能するのが、彼の牛丼屋における流儀であった。
今回は無意識化で「赤の他人であるモミ夜の前で、そんな喰い方をするのは恥ずかしい」という思考が働いた結果、遊人にとって良い作用を産みだす事となったと言えよう。
(クククッ、そうなればどれだけ味が美味かろうと単純な量不足を理由に不満を挙げれば、この勝負俺がもらったも同然……!!モミ夜とやら、悪く思うなよ!)
そう思索を深めている間に、店員が「お待たせしましたー!」と注文の品を運んできた。
流石に迅速である。
そんな好意的な評価を打ち消そうと、さっさと料理に手をつけようとした遊人は--驚愕に目を見開くこととなる!!
「……み、味噌汁がついているだと!?」
遊人達のもとに運ばれてきたのは、牛丼特盛と別の容器に入れられた特性のタレでピリリと味付けされたネギ入り温玉子、そして--味噌汁である。
そう、あまり松〇に来た事がない遊人は知らなかった事だが--松〇では店内で食事される人にはサービスとして味噌汁がついてくるのである!!
予想外の事態に絶句する遊人。
だが、すぐに箸を構えて牛丼へと向き合う。
(ふ、ふん、たかが味噌汁の一杯……これがご飯大盛に匹敵などするものか!)
そう思いながら、ネギ玉を牛丼の上にかけていく遊人。
温玉を箸で崩すと、中からトロリ……と食欲をそそる黄身が溢れ出す。
だが、それと同時に遊人の中に脇ったのは得も言われぬ感情だった。
(クッ……何だその輝きは!!この望んでもいない生き方をしている俺を嘲笑っているのか!!)
温玉の黄身から放たれる眩いほどの輝き。
それは色あせ錆びついた日々を過ごす自分にとって、直視するにはあまりにも鮮烈な在り方であった。
(もう、自分はとっくに現実に打ちひしがれている……それがこんな牛丼屋に来てまで、追いつめられなければならんというのか!?)
そんな憤慨にも似た気持ちを半ば無理矢理に引きずり出して、遊人は勢いよくネギ玉牛丼をカッ喰らう--!!
その瞬間に、訪れた感情が如何なるモノだったのか。
それは、遊人の頬を伝う一筋の涙が幾千もの言葉よりも雄弁に証明していた。
(これは……俺の求めていた人生そのものだ……!!)
辛さはかつて学生時代の自分が常に求めていた未知の刺激。
温玉のほのかな甘さは、どんな辛い事があっても自分を抱きしめてくれるような安心感を口の中に再現してくれる。
濃厚な味付けの牛肉とご飯の組み合わせは、そんな激動に満ちた人生を支えてくれる基盤そのものだ。
遊人の心が至福の時を迎える。
だが、ここで満足するわけにはいかない。
何故なら、彼が生きる場所は理想の桃源郷などではなく--どこまでも戦い続けねばならないこの無間地獄なのだから。
(そうだ、俺は明日もあのブラックな現場で働き安い賃金をもらうために、自分の時間を切り売りして生きていかなきゃいけないんだ!!……立花 モミ夜、ここは例え己に嘘をつくことになろうがお前に代金を払わせてやる!!)
ブラックで生きていく以上、生活費は限界まで節約しなければならない。
そんな悲壮な決意を宿しながら、(自分に嘘をつく事なら、とっくに慣れている……)と内心で嘯きながら、遊人は味噌汁に口をつける。
(……俺は何を意固地になっていたんだ……!!)
具として入っている油揚げやわかめを掻き込み、味噌汁を飲み干した遊人の胸に去来したのはそのような想いだった。
味噌汁が運んでくれたのは、遊人が久しく忘れていた家庭的な温かさ。
それによって彼は、あり得たかもしれない自分のもう一つの生き方、だけでなくかつてのささやかな幸福に満ちていた過去に想いを馳せる事となる。
(そうだよな、家では母さんが作ってくれた味噌汁を兄貴や親父達と一緒にすすりながら、あーだこーだ言ってテレビを見たり……アイツと付き合い始めてから『新婚さんみたいだね』と冗談交じりに、朝食を作ってもらったりしたんだっけ)
彼女とももっと別の接し方をしていたら、いや、それこそ自分がもっとそれに相応しい生き方をしていたら、今もあの味噌汁を毎朝飲めるような日々を過ごせたかもしれない。
そう思いながら、遊人はポツリと呟く。
「……一回、実家に帰ろうかな」
何の気負いや見栄もなく。
それはこの数年あまり遊人が見せる事のなかったありのままの本心であった。
その事に気づき、思わず苦笑する遊人。
『今じゃなくても良いだろォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?割といつでも気軽に立ち寄れる事がウリの安心、お得、そして安い!が自慢なチェーン店の牛丼屋さんじゃねーかァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』
……まったく、自分は松〇の何を知っていたというのか。
この一杯を食べ終えると、自分が松〇を語ることのおこがましさに嫌でも気づかされる。
松〇は自分が到底及びもつかないような、深い感動を提供してくれる約束の地だったのだ。
それに気づけた事が、遊人に前を向く力を沸き立たせてくれる。
……今ならば、余計なプライドは捨て去り素直な気持ちで何事にも向き合えそうだ。
遊人の心は、そんな確かな満足感に満たされていた-―。
特盛の牛丼が遊人にもたらしたのは、精神的な満足感だけではなかった。
なんと、牛丼特盛とご飯大盛を食べてようやく満たされる彼の胃袋が、確かな満足感を遊人に伝えてきたのである--!!
……コンビニで夕食を済ませる遊人は知る由もなかったことだが、実を言うと、汁モノは腹に溜まるのである。
その事を知らずに、たかが味噌汁と侮ったのが今回の遊人の敗因と言えた。
だが、そこに後悔はない。
確かな充足感を感じる遊人だったが、ポンポン、と自分の腹を叩きながら横にいるモミ夜に問いかける。
「……いや~、予想に反して良かったんだが……なぁ?」
「何だよ、言いたい事があるならさっさと言えよ!そんだけご満悦!って顔しときながら、今更不満タラタラでーす!とかナシだからな!」
「いやいや、大満足だったって!牛丼の代金も俺持ちで良いよ……ただ、それとは別に、こんだけ素晴らしい時間を過ごせたんだから、このまま終わるのは惜しいな~……って思っただけだって」
驕る事になったのは、実質牛丼代の610円だけである。
遊人の財政的に無視できる金額ではないが、それでも、無理出来ない金額ではなかった。
だから、これはモミ夜に対して不満があるのではなく、ただ単に自分自身でも折り合いがつかない浮ついた感情の話なのだ。
こんな事を言ったところで、他人であるモミ夜にどうこう出来るとは思えないのだが、遊人の発言を聞いた瞬間にモミ夜が口にしたのは「な~んだ、そんな事か!」という軽い言葉だった。
「心配すんなよ兄ちゃん!……俺はオススメする店が一軒だけ、なんて言った覚えはないぜ?」
「えっ……気持ちは嬉しいけど、俺はもう満腹だから流石にもう何も食べられないんだけど……」
「へへっ、心配すんな。確かに俺が勧める店は食べ物も扱っているけど、それだけじゃないぜ!!俺が勧めるのは……この店だ!!」
「ッ!?は、はぅあ!!」
遊人が驚愕のあまり奇声をあげる。
モミ夜の指さした先にある店、それは……。
「「セ〇ン・イ〇ブン!!」」
そう、この牛丼屋の道路を挟んだ向かい側には、全国レベルで大人気のコンビニ:セ〇ン・イ〇ブンが堂々と鎮座していたのだ。
その圧倒的な威容に思わずゴクリ……と息をのむ遊人。
そんな遊人の様子を見ながら、得意げに胸を張るモミ夜。
「へへっ、ここならスゲー近いし食い物以外で兄ちゃんを満足させられる豊富な品揃えがあること間違いなし!!……こうしちゃいられねぇ。俺についてきな!!」
「お、おう!!」
モミ夜の掛け声を皮切りに、2人は颯爽と駆け出して横断歩道へ向かい、信号機のボタンを押して赤になるのを待ち続ける--!!
目と鼻の先にあったモノの、信号を待って若干のタイムロスを感じながらもコンビニに辿り着いた遊人達。
モミ夜は立ち読みのために雑誌コーナーへ……などと余計な寄り道をすることなく、悠然と目的の場所に歩を進める。
「さて、兄ちゃん。財布の中にはあとどれだけ残ってるんだ?」
「えぇと、松〇でなけなしの五千円札を使って残りが3780円だけど……俺はこれで残りの日にちを……」
「ヨーシ、それならこれだ!!」
そう言ってモミ夜は、一つの商品を手に取る--!!
「そ、それは!!」
「……そう、これは『ポ〇モンカード お日様とお月様』だ!!今なら、バラ売りを5パック購入すると限定版『ピ〇チュウ』カードがもらえるんだぞ!!」
「マ、マジかよ……これはボーナスつぎ込んででも買うしかねぇ!!まぁ、ウチはボーナスどころか昇給もないけど!!」
「兄さん、マジでその会社辞めた方が良いぜ!!とりあえず、それで一旦会計済ませてきな!」
「もう辞めるつもりだから別に良いぜ!!分かった、それじゃ行ってくる!」
自身の人生上ロクにカードゲームをしたこともなく、モミ夜の言葉にもどことなく引っ掛かりを覚えたが、傍から見れば鬱陶しいほど跳ね上がった高揚感のもと、遊人はレジへとカードを持っていく。
「お会計525円です」
「安い!!ありがとう!だけどお兄さん、これ限定カード付いてないよ!?」
「あ、すいません!今取ってきます!!」
「もー、お兄さんったら(笑)」
「すいませーん(笑)」
「(笑)」
「(笑)」
こうして朗らかな時間を過ごした遊人は会計を済ませると、待っていたモミ夜のもとへと戻ってきた。
「限定カード、ゲットだぜ!!」
「よし、後は残った3000円でその値段分のグー〇ルプレイカードをゲットだぜ!!」
「ファー!!マ、マジかよ!これで石を50個割り放題やないか!」
そう言うと、遊人は変なテンションのままレジへとプレイカードを持っていく。
……余談ではあるが、遊人は確かにソシャゲをやっていたのだが、『課金が思ったよりもかかる』という理由から先月アプリをアンインストールしたばかりであった。
本人がその事に気づくのは、もう少し先の話である。
「ありがとう、立花 モミ夜!!……最初は変な奴だと思ったけど、お前のおかげで最高の夜を過ごせたぜ!!」
「う~ん、語弊が生じかねない言い方な気がするけど……俺も楽しかったぜ!!機会があったらまたな!」
そう言いながら、颯爽と別々の方向へ歩いていく2人。
どちらも金がないためどこかに遊びに行くことなど出来ないし、何より無職と仕事を辞めるつもりの社畜なため、互いに会ったところで生産性があるとも思えず、2人は連絡先を交換する事もないまま素っ気ないほどに別れる事となった。
だが、それでも遊人は寂しくなどなかった。
彼は新たな決意を胸に、力強い一歩を踏み出す--!!
(そうだ、俺の人生はここから生まれ変わるんだ--!!)
~~エピローグ~~
遊人はあの日の翌日に速攻退職願いを会社に出して、引き継ぎ作業もロクにしないまま逃げるように退職。
預金も退職金もなかったが、財布の中に残った僅かな200円で宝くじを1枚購入。
――そう、遊人は人生を変えるための一発逆転の勝負に出たのである!!
その結果はもちろん--。
「いや~、盛大に負けたわ!!まぁ、元手が200円だから大したことないけど!」
今まで人生の局面で負け続けた人間がそう簡単に勝ち上れるはずもなく。
遊人は実家に出戻りして、今に至る。
「お前も良い年なんだから、いい加減人生設計しっかりしろよ」
「そろそろ働かないと、後が辛くなるぞ」
「負けた、とかヘラヘラしてんじゃないよ!!家事の一つくらいしたらどうだい!」
家族の反応はすこぶる冷たい。
だが、もう劣悪な労働環境で心をすり減らした哀れな社畜はいない。
ここにいるのは、生まれ変わって新しい強さを手に入れた『矢部 遊人』という一人の人間なのだから--。
「おっ、カジノか。それも良いねぇ……早くギャンブル解禁にならねーかなー」
「このバカ!!親不孝者!」
神出鬼没のネコ耳フクイ県民:立花 モミ夜。
彼が次に素敵な出会いをもたらしてくれるのは……貴方の町かもしれません。