大御所様! それおでんじゃありません! 村正です!
徳川家は妖刀『村正』を恐れていた。
「ええー! おでんだと思ったのに。村正は不吉だ! 徳川家に仇をなす! なぜ、俺のアパートにある!? むにゃむにゃ、夢か…………ぐぅ〜、すぴー」
俺は徳川家の遠い子孫、徳川黒家(♂・25歳)。自動車部品工場に勤めている。
友人や会社の同僚は俺が徳川家の末裔と知ってて揶揄するように“大御所様”と呼ぶ。
そんで、俺は休みの日に彼女のサツキに起こされる。
「黒家、いつまで寝てるの! デートの約束は?」
「後5分……」
「布団から出て。村正を持ってくるわよ?」
シャキーン! 俺は飛び起きる。
「村正は不吉じゃ! やめい!」
「いつまで家康ごっこをしてるの? コンビニでおでんを買ってきたから、朝ごはんにして」
「ありがとー、助かるよ」
「ムラ・タダシっていう新しくできたコンビニのよ。どんな味か早く食べてみてよ」
「ムラ・タダシ…………? 漢字にすると」
「村正ね」
俺はテーブルに置かれた、おでんのカップを見る。『村正』とプリントされていた。
「不吉じゃ〜、不吉じゃ〜」
「いいから食べなさい!」
「はいー!」
俺はサツキには逆らえない。徳川家の末裔と言えども、サツキの親は俺が勤めている会社の社長様だ。
俺は仕方なく、村正のおでんを食べる。まずはつゆを飲む。美味い! そして、シラタキを食べる。もぐもぐ、問題ない。次に玉子だ。もぐもぐっ…………。
「黒家、どうしたの?」
「うっ! 口中の水分を玉子に! ゴホッ。水! 水を持ってきて!」
「えー! つゆを飲みなさい」
「もうつゆねえよ! 水! 急いで! ゴホッ」
玉子の黄身が喉を詰まらせる。村正の呪いだ!
「しょうがないわね。これ飲んで」
サツキはバッグからペットボトルのお茶を渡してくれた。
俺はキャップを開けてぐびぐびと飲む。何とか生き返った。
「死ぬところだったわい。やはり、村正は妖刀だ」
「どこに刀があるのよ〜。ただの玉子の黄身でしょ?」
「そうだけどさ。ムラ・タダシ恐るべし!」
「じゃあ、着替えてドライブに行こうよ」
ピピピ。俺の携帯電話にメールが入る。会社の先輩、島崎さんからだ。
「島崎さんからのメールを読んだら行こう」
「島崎さん? うちの会社の人ね」
「そうだよ。飲みの誘いかな」
俺はメールを読む。
【よっ! 土曜の朝から悪いね。大御所様って本当に徳川家の末裔? 紹介したい人がいるんだけど……歴史学者なんだ。今からいい?】
「なんて書いてあったの?」
「今から歴史学者と会ってくれ、みたいな感じ」
「デートはどうするのよ」
「島崎さんには世話になってるし……サツキ、デートは午後に回してくれないかな」
「大御所様、本気?」
「サツキも一緒に居てくれ。ディナーは弾むからさ」
「全く、分かったわよ。お洒落なレストランにしてよね」
俺は島崎さんに返信する。
【いいですよ。でも手短にお願いします】
すぐにメールが返ってきた。
【じゃあ、10分後に元町の喫茶店、ラスベガス三丁目まで来てくれ】
「サツキ、出かける準備するから、車のエンジンをかけといて」
俺はテーブルにあるマイカーのキーを渡す。
「分かった。スポーツカーのエンジンをかける時ってドキドキするのよね〜」
「ちゃんとニュートラルになってるか確認してね」
サツキは部屋をあとにした。
俺はジャージからデニムとパーカーに着替えて、財布、携帯電話をポケットへ入れる。
俺とサツキはシルビアに乗って、ラスベガス三丁目に着く。
「結構古びたカフェだよね。やってるのかな」
サツキは助手席から店の外観を眺めている。
俺はシルビアを駐車場にバックで停める。車輪止めにマフラーの口を当てないように。
「5分で着いたな」
「黒家のアパートから元町なんて歩いて10分よ」
「とりあえず、中に入ろう」
カランカラン。俺は喫茶店、ラスベガス三丁目のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
ザ・マスターって感じの白髪に白髭、メガネのマスターが居た。
カウンター6席にテーブル席は3つ。昭和レトロ感満載の店だ。島崎さん達はまだ来てないな。
「私達だけね。黒家、テーブル席に座ろう?」
「ああ」
「お客様、ご注文は何にいたしましょう?」
俺とサツキはテーブル席に座り、メニューを見る。懐かしい、レトロな物があった。
「俺はクリームソーダとレモン香るレアチーズケーキ」
「私はカフェラテとフルーツタルトをお願い」
「かしこまりました」
「あっ、マスター。連れが2人くらい来るから」
「はい、分かりました」
数分でクリームソーダ、カフェラテ、ケーキ、タルトが運ばれてきた。
「島崎さん達、遅いね〜」
「もう約束の時間を15分は過ぎてる。遅い!」
カランカラン。ラスベガス三丁目のドアが開く。やっと島崎さん達が来たか。
「いらっしゃいませ」
「いや〜、悪い悪い。待たせちゃったかな? サツキちゃんも一緒か」
「遅いですよ、島崎さん」
島崎さんの隣には50代くらいの禿げたオッサンが居た。この人が歴史学者かな? 手に細長い木箱を持っている。
「貴方が噂の徳川黒家さんですね?」
「まあ、座って下さい」
「マスター、レーコー2つ」
「かしこまりました」
「早速なんですが、これ視てもらえません?」
「その前に、お名前は?」
「これは申し訳ありません。わたくし、歴史学者の石田と言います」
俺は名刺を渡される。そこそこ有名な大学の准教授か。
「それでさ、大御所様、この品を視てもらいたいんだけど」
石田というオッサンは木箱を開ける。巻物かな。
しかし、短い日本刀、脇差しが出てきて、俺の前に差し出される。
「刃は落としてあるので持っても大丈夫ですよ」
俺は刀を手に取り、鞘から抜いてみる。美しい、波紋が綺麗だ…………。
「これは村正でしょ?」
「やっぱりそうですか」
「俺に見せて良かったの? 徳川家の仇となる妖刀だよ?」
俺は刀を仕舞い、石田ってオッサンに返す。
「だからこそです。幾らくらいになりそうですかね?」
俺は少し考えてから指を3本立てる。
「大御所様。って事は…………」
「3000万ですか?」
「桁違い」
「本当ですか? じゃあ、3億?」
石田ってオッサンはかなり興奮してる。
「アイスコーヒー2つおまちどおさま」
テーブルの上にコーヒーが置かれる。
「30万だね」
「えー! もう一度視て下さい!」
「これは精巧に造られた村正の偽物だ。妖気を感じない」
「妖気…………ですか」
「徳川家の者は村正の妖気を感じ取る、シックスセンスがあるんだよ」
「そんな…………」
オッサンは肩を落としている。
「まあ、ちゃんとした鑑定士でもギリ見破られないと思うから、色は付くよ」
「いえ、偽物と判れば処分します」
「良いのか?」
――俺とサツキは海沿いをドライブデートしてから、こ洒落たレストランに入り、A4ランクのビーフステーキを食べる。
「美味しいね」
「やっぱり肉はA4ランクに限る。美味い」
ピピピ。島崎さんからメールだ。
【よっ! 大御所様。石田さんはあの脇差しを機械でへし折ったってさ】
【そうですか。歴史学者のプライドですかね】
「黒家、誰から?」
「島崎さんからだよ。石田ってオッサンは村正を折って処分したみたい」
「勿体ないね」
「これでいいのさ」
徳川家から俺に課せられた使命は村正の破壊だ。