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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Lie

作者: 橘

春。桜の季節。新学期の季節。五年ぶりに会った彼女は男になっていた。



 柔らかいダークブラウンのウェーブがかかった長い髪の毛は、襟足がちょっと長いが短髪で、身長だって考えられないくらい伸びている。男を象徴するパーツである喉仏も、ある。でもその瞳と綺麗な顔立ちは見間違いようがない。

「リエ・・・? 」

 僕の問いかけに男は反応した。男にしては大きな瞳をさらに大きくして、顔を青くして、まるで死人に挨拶されたような反応だ。

「リエ、だよな? 」

「ちょっとこっちに来い」

 リエ、と思わしき男は僕の腕を掴み人気のない方に引っ張った。この力は間違いなく男だ。


「誰、だ? 」

 校舎裏、建物に寄りかかりながらリエ? が問う。

「立花、敦也(あつや)、覚えてないかな、リエと一緒に遊園地のCMに出た事あるんだけど、」

 遊園地、CM、これらの単語を出すと、リエ、かどうかわからない人物は怪訝だった表情を納得したようにほぐした。この反応、リエで間違いはない、はずだ。

「ああ、あの時の少年か。」

 どうポジティブに考えても懐かしんでくれてはいないらしい。哀しそうな表情がやけに印象に残った。



 ここ、L県I市は政令指定都市に指定されるような大きな都市ではない、そこそこという言葉が一番よく似合う都市だった。しかしながら、繁華街には多くのブランドが店舗を構え華やかだし、そこから二駅も離れればカラオケやゲームセンターが立ち並ぶ学生街がある。この2つをつなぐ駅で降りると県唯一の遊園地があった。


 僕は2度この遊園地のCMに出演したことがある。一度目は五歳の時。遊園地のオープンを知らせるCM。僕と同じ歳の小さな女の子と観覧車に乗り、てっぺんで夕日に照らされた街を背景にキスをする。もちろん逆光を効果的に使ってキスをするフリをしただけだったのだが、このCMが結構受けて、五年後の十歳の時に「五年後の天使たち」というタイトルでもう一度撮影をした。

 こちらはミラーハウスでの撮影で、過去のフィルムから持ち出した五年前の僕と今の僕を鏡合わせにしたり、今の僕と五年前の彼女を背中合わせに映したり、「あやふやな時間をさまよい、最後に現在の僕と彼女が出会い、手を繋ぎミラーハウスを後にする」とこれまたロマンチックなCMだった。

 こちらもそこそこに支持を得たようで僕は県内でちょっとした有名人だった。それは彼女の方にも言えるはずなのだけれど、彼女はCM以外での目撃情報が一切なく本当に存在しているのかどうか怪しいなんてもっぱら噂だった。


 僕の元にも彼女の正体を教えて欲しいという人間が後をたたなかったが僕の方が聞きたいくらいだ。僕が知っている個人を特定できる情報は「リエ」という名前と、年齢が自分と同じであるという事。この二つしかない。

 その程度しか知らないのに僕はリエに恋をした。目の前にいる男がリエならば僕の恋は美しい思い出から黒歴史に変わってしまう。会えて嬉しい。けど、否定して欲しい。僕は複雑な気持ちで目の前の男の返答を待った。


「久しぶり、敦也。五年ぶり、になるのかな? 」

 困ったように笑うリエをみて僕の方まで困ってしまった。その笑顔は間違いなく僕が好きになったリエの笑い方だったから。




 夏。夏休み。恋の季節。

「なー。リエ。遊園地行こうよ、一回だけでいいからさ。」

 十三回目の不毛なやりとり。この男は僕が恋した少女本人だった。ただ違うのは。

「ライだって言ってるだろう。何でそっちで呼ぶんだよ。」

 名前が「ライ」だった事。リエというのは死んでしまったお姉さんの名前でライの芸名。故人の名前を使うとはなんて悪趣味だと思った僕は、その場でライに尋ねた。それも不機嫌全開で。そしたら寂しそうに言ったんだ。

『一人でも覚えててくれて、愛してくれる人がいたら生きていけるんだよ。』

「だろ? 人がいる時はライって呼んでるんだから許してくれよ。」

 ライは話してくれた。お母さんがリエを大好きだった事。自分が女装した時リエが生きてるみたいに見えたと喜んでくれた事。お母さんとライにとってリエはどうしても忘れたくなくて一緒に成長していきたい相手らしい。

 僕だって思う事はあるが、経験がなかった。大切な人を亡くした家族がどんな選択をとるかなんて指図していい立場ではないし、経験がないためアドバイスもできない。だから、

 ライの方法に合わせることにした。一日に一度だけリエの名前を呼ぶ。僕の初恋の人の名前を。


 春に出会った時の印象は最悪だったけど、話してみたらライはいい奴で、気が合って、そこからすぐに仲良くなった。僕はリエに対してとは違う種類の好きという感情をライに抱いていた。

「なー、ライ。覚えてるか? 初めて会った時さー。CMとった後、僕遊びに行こうって言ったじゃん? 」

「またその話? 何回目だよ。また、何であんなことしたんだ? って聞くんだろ? 」

 困ったようにライは笑った。僕の好きな笑顔だ。


 五歳の僕はCM撮影の後遊園地で遊びたくて遊びたくてしょうがなかった。だから休憩時間リエを遊びに誘った。

「遊びにいこうよ! 」

「えー。」

 ひらひらの白のスカートを着たリエがくねくねと身をよじる。いかにも嫌です。という反応だ。それでも遊びたいものは遊びたくて、「まだアトラクション動いてないし」という女の子に向かって僕は駄々をこね続けた。すると彼女の方が折れて「遊んであげてもいいよ。」というから僕は嬉しくなった。

「ただし。次会った時ね。」

「なにそれ! 今遊ぼうよ! 」

 ちゃんと聞いて! と言うリエの剣幕に負けて僕は黙った。

「遊んであげてもいいわ。でも次会った時よ。キスをしたんだから責任をとってずっと私だけを好きでいなくちゃ嫌よ。」

 いや、キスしてねーし。あの時は意味がわからなかったけど、今思い出すとませた女の子だな、と思う。男の子だけど。


「覚えてないって言ってるだろ。」

「でも僕のこと誑かそうとしてたんだろ? 」

「してないし。てか誑かされたの? 」

「いいや、全然。遊びたいしか考えてなかった。」

「平和だな。なによりだ。」

 そう。僕がリエを好きになったのはもっと後だ。

「なー。ライ。遊園地行こうよ。」

「懲りないなあ、何回目だよ。」

「あんまり言いたくなかったんだけど実はさ、遊園地でリエの目撃情報がでてるんだよ。」

「は? 」

 僕の至極真面目な話に、ライは信じられないと言った表情を浮かべた。ここ最近、遊園地で「CMの女の子を見かけた」という噂が広まっていた。一件、二件では済まされないその目撃情報はリエ本人が成長した姿を見せない事も相まってか留まるところをみせない。女の子の幽霊だ、と。そんな事を簡潔に伝えるとライは顔を青くした。

「観覧車の女の子、五歳くらいの少女って言われてるから多分最初のCMとった時の姿だな。お前にとっても僕にとっても、リエにとっても良い感じしないだろ。確かめるだけ確かめてみないか。誰がそんないたずらしてるのか。・・・ライ? 」

 夏だというのにライは真っ青で今にも倒れそうだった。ライの耳に入るのも時間の問題だと思ってバラしたけど失敗したな。

「ライ、しっかりしろ、どう考えてもいたずらだ。見つけだしてやめてもらおう。」

「・・・八月三日。」

「うん? 」

 絞り出すようにライは言った。

「八月三日でもいい? その日なら、多分リエ出てくるから。」

「いやいや、出てこないから。落ち着け。」

「・・・そっか。そうだよな。」

「ああ」

 八月三日という事で話はまとまり。その日は解散となった。




 八月三日。ライは女装してきた。

「は? 」

「どう? 似合う? 」

「いや、全然似合わない。」

「そう? 結構自信があったんだけどなぁ。」

 いや、全然似合わない。目の前の長身の男子高校生は、柔らかいダークブラウンのウェーブのかかったロングヘアーに清楚な白のワンピース、七部丈の淡いピンクのカーディガンという完璧な美少女だった。けど、訳がわからない。ライがなんで女装しなきゃいけないんだ。ライは。

「ライはいつもの格好の方がいいよ。」

「今はリエだよ。」

 困ったように微笑むライ。報われない初恋の続きが始まってしまう前にやめて頂きたい。

「ジェットコースター、ミラーハウス、観覧車。なるほど、初めてあった日に向かって遡っていくつもりなんだね。いいよ。あっ、観覧車の前にドリームキャッスル寄ってもいい? 」

 大きめの籠バッグを持った手を後ろに組んで前かがみ。ちょっと首を傾げたその姿はかなりクる。

「いいよ。」

「やった。」

 なんで女の子になりきってんだよ。やめてください。普通に可愛い。


 はしゃぎながら走る兄弟、風船を配って歩く着ぐるみ、アイスを落として泣いている子供とあやす母親、仲の良さそうな男女混合の大学生グループ。そして、寄り添う恋人。幸せな人々を見ているとなんだかこちらまで浮き足立ってしまう。

「いないね。」

 ライのあまりの冷たい声に一気に現実に戻される。

「ああ、そうだね。」

 今日の目的はリエを探す事だものな。

「なー。ライー。」

「リエだって言ってるだろ。」

「声ひっく! 」


 ジェットコースターの思い出は二度目のCM撮影の、僕たちが十歳の時。あの時の僕は思春期を迎えたこと、久しぶりの撮影だった事、リエの雰囲気が変わってドキドキしていた。そのせいか僕はミスを出し続けて撮影の足をひっぱっていた。思春期特有のプライドはズタズタのボロボロ。もう逃げ出そうと思ったその時。

「すみません。休憩もらえますか? ちょっと調子悪くて。」

 ああ最悪だ。調子の悪いリエをこんなに振り回してしまったなんて。一時間休憩を取るためリエと共に休憩室に向かうことになった。

「調子悪いのにごめん。」

「あれ、嘘だよ。」

「は? 」

 リエはケロっとして言った。

「緊張しすぎだよ。ちょっと抜け出そう! 」

 いたずらをするように笑うリエに、ああ、僕のため。なんて自惚れてしまう。

「じゃあさ、前の約束、今いい? 」

「約束? 」

「キスした責任とって、ずっと好きでいたら遊んでくれるってやつ。」

「そんな約束したんだ・・・。」

 リエは引き気味に笑った。言ったの自分じゃん。

「いいよ。アトラクション一つだけね、みんな心配するから。」

 決死の告白はなんとも簡単にスルーされた。

「何に乗る? 」

「リエの好きなやつに乗ろう。」

「私の? いいの? ・・・それじゃあ。」


「ジェットコースターは意外だったな。」

 安全バーを下ろしながら僕はいう。

「ああ、あの時の事ね。乗った事なかったの。これ、身長制限あるしね。」

 間も無く発車します。という声をバックにライは楽しそうに笑う。百四十五センチメートル。それより小さい子は安全上の問題でこのジェットコースターには乗れない。僕たちは幸い身長が大きい方だったから問題なく乗車できた。

 あの頃小学生は誰もがジェットコースターに憧れていた。その怖さも知らず。結局、僕もライも初めてのジェットコースターで、大泣きして、結局撮影が再開したのは休憩開始から二時間後だった。

 もちろん、親やら関係者やらにしこたま怒られた。「怒られちゃったね。」なんて困ったように笑うリエの表情に確かに僕は恋をしたんだ。



「ミラーハウス。懐かしいね。淳也めちゃくちゃ緊張してて、何回もセリフとちって。」

 クスクスとライが笑う。

「悪かったよ。ライがあまりにも雰囲気変わっててドキドキしたんだ。」

 僕も笑う。ライは困ったように笑う。

「ライじゃなくてリエだよ。」

 なんでだろう。今の笑顔は好きじゃないな。


 実のことをいうとミラーハウスはあまり得意じゃない。自分がどこにいるのか、何処を歩いているのかわからなくなる。全面に貼られた鏡に映るのは。無数の自分たちでオリジナルにしたがって、同じ動きを映し出す。

 その無数のうちの一つ、視界の右端に僕でもライでもない白のスカートが映る。見覚えがある、あのスカートは。

「リ、エ? 」

「何、淳也? 右と左どっちいくか決めた? 」

 自分が呼ばれたと思ったらしいライが返事をする。

「僕、右行くから、ライは左行ってくれる? 」

「競争? いいよ? じゃあお先に! 」

 とっさに俯いたことによって表情は読まれなかったらしい、声はどうだろう、震えて無かっただろうか。ライには気づいて欲しくない。僕は急ぎ足で右の道に向かった。


 ひとつ角を曲がるごとに、緊張が増していく、次の角で現れるかもしれない。次の角を曲がったらリエがいるかもしれない。大丈夫。きっと誰かのいたずらだ、リエに憧れた小さい女の子がリエの真似をしているんだ。大丈夫。

 またひとつ角を曲がった時心臓が一度大きく鳴ってから止まったような錯覚に陥った。

「り、リエ・・・? 」

 小さい身長にダークブラウンのウェーブのかかったロングヘアー。白い天使のような衣装。後ろ姿だけでは確認しきれない。こちらを向いて欲しい。向いて欲しくない。知りたい。知りたくない。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか少女は走って角を曲がってしまう。僕も弾かれたように後を追う。

「リエ! リエ! 」

 角を曲がると行き止まりだった。少女の姿は何処にもない。

 右、正面、左と順に鏡を確認するが仕掛けも道もない。自分以外写っていない。上を見上げ、確認。続いてガラス張りの床を確認。鏡に足が写っている、自分のものと、何もはいていない子供の足。

 ドク、ドク、ドク、心臓の音が大きくてうるさい。ドク、ドク、ドク。

「ウソツキ。」

 息を飲んだ。楽しそうな少女の声が鼓膜に張り付く。呼吸の仕方を忘れたようにヒュー、ヒューと肺がおかしくなる。

 僕は覚悟を決めて勢いよく顔を上げた。


「遅いよ! 淳也! 」

「・・・。ああ、悪い。」

「顔色悪いけど大丈夫? 」

「ああ、次ドリームキャッスルだろ、大丈夫。行こう。」

ライと共にドリームキャッスルに向かう。

 あの時、顔を上げたとき、誰もいなかった。全部妄想だと思いたい。思いたいのに。ウソツキ。その声が頭から離れない。



 ドリームキャッスルと呼ばれる建物は四階建てで、一階がアトラクション。二、三階がスタッフ以外立ち入り禁止。四階はロッカールームと県の展示コーナーになっている。

 夏休みの期間は夜にパレードの一環としてドリームキャッスルの後ろに花火があがる。小さいなりにもお城の外観と花火という組み合わせは、小さい子供から大人まで人々を魅了して離さない。県内では有名な夏の風物詩でもあった。

 

 ライは迷わず四階のロッカールームへ向かった。ロッカールームの奥にある「関係者以外立ち入り禁止」を無視し、ライは先へ進む。

「おい。」

「いいんだよ。関係者なんだから。」

「ちょっとCMに出たからって図々しいぞ。」

「そうじゃないんだ。」

 ライは一室のドアを開ける。そこには祭壇があってたくさんの白い花と、リエの写真が飾られていた。

 動けなくなっている僕を他所に大きめのバッグから小さい白い花束を取り出した。

 花を供えて、手を合わせる。それじゃあまるで。

「リエはここで亡くなったんだ。」

 ライの話を纏めるとこうだった。

 父親がこの遊園地を管理している人のうちのひとりで、二人はよくオープン前の遊園地に遊びにきていた。そして八月三日。その日は、かくれんぼをしてした。リエは今いる一室の大きな金庫に隠れたが扉が開かなくなってしまった。ライはいくら探しても見つからずおかしいと思い大人に助けを求めた。

 大人たち見つけた頃には金庫の中のリエは熱中症と脱水症を併発していて、すぐに病院に運ばれたがそのまま命を落とした。

「でもそんな話聞いたことないぞ。」

「うん。知らなくて当然。遊園地のイメージダウンに繋がるから公表されなかったんだ。ねえ、リエに手合わせてもらってもいい? 」

「もちろん。」

 慌てて手を合わせる。リエは命を落とすにはあまりにも幼なかった。そのせいで今もここを彷徨っているんだろうか。それはとても悲しい事だと思った。

「僕、リエの事好きだった。結局ライだったけど。」

「一人でも覚えててくれて、愛してくれる人がいたら生きていけるんだよ。」

 ライはいつもの口癖をいってから悲しそうに笑った。励ましになってねーよ。

「ウソツキ。」

 背筋が凍りついた。嘘だ。聞き間違いだ。そんな都合のいい想像を打ち消すように。

「ウソツキ。」

 もう一度、しっかりと発音されたその四文字が背後から聞こえた。

「あ、あ・・・。リ、エ? 」

 ライのこんな情けない声初めて聞いた今にも泣きじゃくりそうだ。ただ僕はもっと情けない。声どころか満足に呼吸すらできない。生きた心地がしないままに返答を待つ。

 もし、本当にリエがいるならライに見せるわけにはいかない。呼吸を無理やり整え、一気に振り返る。

「い、ない。」

 出た声は弱々しく掠れていた。



 僕たちは無言だった。観覧車内に皮肉にもあの時と同じ夕日が差し込んで、僕たちを照らしていた。ドリームキャッスルから僕たちは一度もお互いの目を合わせていない。

 先ほどのリエについて話さなければいけない。ミラーハウスでも見た、と。ただそれを聞いた時ライはどうなる? 考えるだけで恐ろしい。

 そもそも、ウソツキ、とは何なのか。ああ、イライラする。

「あのさ・・・。」

 心臓が跳ねた。急に話しかけないでほしい。ライの方をみる。

 ライの瞳に映る僕はそれはそれはひどい顔をしていた。視線だけで続きを促す。

「俺のことだ。」

 ぐしゃぐしゃな泣きそうな顔をしてライは続けた。

「ウソツキって俺のことだ。リエは怒ってるんだよ。」

「なんで、そう考えたんだ? 」

「俺が、リエを殺したから。」

「わけわかんないよ。説明して。」


 引っ込み思案だった俺と天真爛漫むしろ女王様のように振る舞うリエ。俺たち姉弟の力関係は明らかだった。

「ねえ、リエ。やめようよ。」

 いつも通り遊園地に遊びに来た。しかし、その日はいつもと違ってリエは俺に女装をさせた。

 ダークブラウンのウェーブのかかったロングヘアーに白いひらひらのスカート。瓜二つな容姿。俺とリエはまるで鏡合わせのようだった。

 リエは満足したように笑った。

「おんなじ見た目ね。きっと私があなたのフリしても誰もわかんないわね。」

「そうかな? 」

「そうよ。私たち見た目は同じだもん。」

「そう、かな? 」

「ライは私とおんなじ見た目なのにママに愛されないね。」

 無邪気な笑顔と言葉は俺の心をたやすく抉った。この頃俺たちの両親は既に仲が悪く、母は男という理由で俺を嫌った。

「そうだね。」

 両親が仲が良かった頃は引っ込み思案の俺の方が、両親に気にかけてもらっていた。リエの方が利発で社交的だったのにも関わらずだ。

 この経験からリエは僕を妬み嫌っていたし。母の視線を自分に向けることに躍起になっていた。

「じゃあこの服借りるね。」

 リエは僕の髪型と同じウィッグをリュックサックから取り出し被り、僕の服を着た。鏡の前に2人で並ぶ。

「交換成功だね。」

 リエは満足そうに呟いた。

「いーい? 私が今からライのフリして隠れるから、ライは私のフリしてママのそばに居て。バレないようにしてね。ママを試すんだから。絶対聞かれないと思うけど、ママに『ライはどこ? 』って聞かれても、かくれんぼ中って答えるのよ。」

「本当にやるの? 」

「当たり前よ。私はママに愛されてるもの、ライが私のフリしてるって気がつかないわけないもん。」

 リエの瞳は揺れていた。

「リエがそれでいいなら、わかった。二時間たっても母さんが気づかなければ、本当のこと話すからね。」

「・・・いいよ。絶対気付くもん。」

「うん。じゃあ、いくね。」

 リエはもう何も答えなかった。これが八月三日午前十一時。


 八月三日午後一時約束の時間。母さんはまだ気が付かなかった。それどころか父さんと喧嘩をしだす。俺は相手にされない。

 いい子にしていてね、とレストランに連れていかれパフェを出される。母さんはライのことは一切頭に無いようだった。はやくリエに戻ってきてほしい。


 八月三日午後三時、我慢できず俺は父さんと母さんの元に向かった。リエが心配だ。

「父さん! 母さん! リエは!? 」

 父と母の顔が忘れられない。

「リエはお前だろう? 」

 自分の子供もわからないのか。俺は奥歯を噛んだ。


 八月三日午後五時、リエがみつかる。熱中症と極度の脱水症状。なんでよりにもよって金庫なんかに隠れているんだよ。見つかるわけがないだろう。

 リエは直ぐに病院に搬送される。病院にいる間ずっと母さんが何かを泣き叫んでいた。左頬がいたい。父さんの姿が見えない、仕事に戻ったのだろう。となれば左頬を打ったのは母さんか。


 八月三日午後十時。リエが息をひきとる。僕たちの入れ替わりはリエの死をもって戻ることが出来なくなってしまった。

 馬鹿なリエ。直ぐにでてくればいいのに、なんでずっと隠れてるんだよ。父さんと母さんが俺たちを見てるはずがないだろう。お前だってわかってたじゃないか。


 ライの話が終わる頃には観覧車はのこり四分の一のところまで進んでいた。

「なんだよ、それ」

「だから、俺がリエを殺したんだよ。」

 ライは目を合わせず気だるげに外を見ていた。

「お前は悪くないだろ。」

「そうかな? 本当に悪くないと・・・母さん? 」

「は? 」

「母さんがドリームキャッスルに入っていった。悪いけど今日はこれで解散だ。観覧車降りたら俺、すぐいくから。」

 他に、今日は悪かったな、だとか。リエの事はこちらでなんとかしてみるから気にしないでほしい。とか言われた気がするが、よく覚えていない。

 霊だとか、死んだだとか、殺しただとか、頭が追いつかない。働かない頭で色々と考えるとふと、ひとつの疑問が浮かんだ。

 なんでリエの幽霊はCMをとった時の服を着ているんだ。僕は何か重要な事を見落としている。

 リエが死んだのは夏。CMを取ったのは春。五歳のリエは女王様気質だった。十歳のリエは優しくて、それで僕は・・・。

 ひとつの仮説を立てる。五歳の時、僕とリエは出会った。そのあとリエは亡くなった。十歳の時、僕とライは出会った。

 スマートフォンで動画サイトを開きミラーハウスで撮ったCMを再生する。一時停止。五歳のリエと十歳のライがすれ違うシーン。こんな風にすれ違い続けたのだろうか10年以上も、あんまりだろう。

「1人でも覚えていてくれて、愛してくれる人がいたら生きていけるんだよ。」

 不意にライの言葉が頭の中に浮かんだ。1人も自分を覚えていなくて愛していなかったら生きていけないのかよ。僕が好きになったリエはお前なのに。

 僕はどうしても今日伝えなければいけない気がして、ドリームキャッスルに向かうことにした。まだライが居るといいけれど。



 四階のロッカールームからキャリーバッグを取り出し、もう一度リエの祭壇のある部屋に向かう。

「母さん。」

 祭壇の前に佇む女性に声をかけドアを閉める。

「リエ? 」

 女性が振り返る。美しかったはずのその人は痩せこけ、顔色が悪く、生気がない。もうずっと、何年もこんな調子だ。

 見せつけるようにウィッグをとる。

「ああ、違うわね。ライよね。」

「そうだね。ライだよ。」

「ライ。私のリエを返して? 」

「これのことかな? 母さんが来てくれるか賭けだったんだけど、もって来てよかったなぁ。」

 言葉とは裏腹な冷たいやりとりをしながら、俺はキャリーバッグからたくさんのアルバムを取り出す。

「それよ。さあ、こちらに渡して? 」

「それは出来ないかな。」

 バサバサと十冊ほどのアルバムを床に投げる。やり終えると今度は大量に印刷された写真をばら撒く。写真だけで五千枚程度だろうか。

「ちょっと! 何をするの!? 」

「よく見てよ母さん。それ全部俺だよ。」

 リエが死んだ後に撮った俺が女装した写真。よくもまあ飽きもせず十年間毎日毎日繰り返したものだ。キャリーバッグが壊れるかと思った。本物のリエの写真は家に置いてきている。

 もっとも、生前のリエの写真なんて殆どないけど。

「リエは死んだんだよ。母さん。」

 散らばった写真の上を踏み歩き母に近づく。

「そんなことないわ。みて。」

 本能的に足を止める。動けない。

「リエがね、生き返ったの。」


 母は祭壇にあった何かを抱えてこちらにみせた。

「・・・っ! 」

 何かはベビー用のバスローブに包まれいて、ちょうど顔に当たる部分のみを露出していた。露出された部分にあったのは茶色の干からびたような表皮に、大きな穴がふたつ空いているばかり。

 知識を総動員して一番近いものに当てはめるなら、目の穴のサイズが不気味なほど大きいミイラの赤ん坊。が近いような気がする。

「リエ、ライよ。」

 リエと呼ばれた何かからはギェッギェッと何かが擦れるような音がした。

「なんだよそれ! リエなわけがないだろう! 」

「リエよ。ある人にね、私の爪とリエの髪の毛それとへその緒を渡したら蘇らせてくださったの。」

「は? 」

「リエの髪の毛はなかったからあなたのものを使ったのよ、この子は正真正銘私たちの家族だわ。」

 その場に座り込んで胃の中のものを吐き出した。なんだよそれ、俺の一部からできてるのかよ。

「ね、リエ。」

 母は何かに頬ずりをする。

「うっ・・・うえっ。」

 もう情けないやら、気持ち悪いやら怖いやら色々な感情が混ざって、胃の中には何もないのに何度も何度も嘔吐する真似をした。

 ああ、もう何もかも壊れていたんだ。俺もリエも愛されたかっただけなのに、それを諦めないからリエは死んで、そこから俺が何も学ばないから母は理解の範疇を超えた化け物に縋った。

 吐き気をこらえ四つん這いになってキャリーバッグまで移動する。

「さあお家に帰りましょう。リエ。」

 キャリーバッグから小型のバーナーを取り出す。手元近くの写真を鷲掴んで火をつけた。火がついた事を確認してから床に投げ捨てる。すると床中にばら撒かれた写真にゆっくりと火が広がり始めた。

「行かせないよ。」

 さらにコンロ用のガスボンベを二つ取り出す。一つを入り口の方に転がし、もう一つは片手でもち、ゆっくり起き上がりながら床に向けて噴射する。火の回りが早くなり祭壇に燃え広がる。

「何をするの、ライ。やめて、死んじゃうわ、やめて、せっかくリエが生き返ったのに。」

「ごめんなさい。でももっと早くにこうするべきだったんだ、ごめんなさい。」

 何かがギェギェと叫ぶ音がだんだん大きくなる。ああ、怖いなぁ。



 ドリームキャッスルへと続く広場は花火を待つ人々で賑わっていた。人混みを掻き分けて僕はドリームキャッスルに向かった。

 ドリームキャッスルの中は花火のライトアップに合わせて真っ暗になっていた。花火の間は立ち入り禁止になっているから見つからないようにこっそりと階段を登っていると、すぐ近くに大きな音とそれに合わせて遠くに歓声が聞こえた。花火、始まったんだな。ライ、もう帰ったかな。

 四階のロッカールームの奥、昼に案内してもらった部屋へ迷わず進む。親子の問題に立ち入っていいんだろうか、いや、良くないよな。話し込んでいたら外で待たせてもらおう。

 そんな事を考えながら忍び足で移動する。なんだか奥の方が明るい、電気でもつけているんだろうか。

 突然一室から爆発音が聞こえてボロボロに焦げて折れ曲がったドアが音を立てて倒れた。

「なっ。あの部屋! 」

 火事だ、リエの遺影があるあの部屋が燃えている。ライの身を案じて一目散に駆け寄る。

「ライ? 」

 部屋一面に火が回っていて近づくことができない。気が遠くなるをグッと抑えた。

「ライ! いるのか! 」

 僕は力の限り叫ぶが熱さに喉が焼かれて噎せる。炎の隙間にライがいた。

「何やってんだ! こっちこい!! 」

 火を消さなければ、人を呼ばなければ、ライを助けなければ。

「十歳の時ライが好きだった! 今も好きだけど、そうじゃなくて! ずっと恋してた、ずっと忘れられなかった! 助け呼んでくるから勝手に死ぬな! 生きるぞ!! 」

 火の隙間からチラリと見えたライは今までで一番穏やかで綺麗な笑顔をしていた。死なせるわけにはいかない。僕は一目散に係員のいる三階に走った。



「一人でも覚えててくれて、愛してくれる人がいたら生きていけるんだよ。」たった一人だけでいい俺を覚えていてほしい。愛してほしい。生きてていいと肯定してほしい。そんな叫びにあんなめちゃくちゃな叫びが帰ってくるなんて思わなかった。嬉しかった。

 少しの希望にかけてスマートフォンを起動する。触れた部分から火傷していくのがわかる。よかった、まだ動く。俺は素早く五文字を打ち込むと送信を押した。送信中の画面から動かない。

 ああ悔しいな。見届けることも叶わずそのまま意識を失った。



 

 急いで消火作業に当たったにも関わらずドリームキャッスルはその三割が焼けてしまった。事件当日はなぜか、消火設備が一切起動しなかった。のちに何者かが意図的にシステムを切っていた事が判明するが、犯人は見つかってない。

 焼け跡からは何も見つからず、親友が火の中にいたと主張し続けた僕はリエの幽霊の話をしたこともあって、一ヶ月間精神病院に入院することになった。

 入院生活2週間目、ライとライの母親が行方不明だと知らされた。ライがあの火の中「ありがとう」と送ってくれたメールが最後の足取りなだけあって事情聴取を何度も受けた。色々な人に何度も同じ話をしたが僕の主張を受け入れる大人は一人もいなかった。

 それどころか、幽霊なんてばかばかしい。気がふれている。大体焼け跡からは何も見つかっていないんだぞ。もう少し入院期間を長くするべきか。だって。たまったもんじゃない。

 火災によりリエの件が露呈した遊園地は半年も経たないうちに取り壊しが決まった。その頃には僕の精神的な疾患の疑いも晴れ自由になっていた。


「遅くなってごめんな。」

 花を供える。僕は例のドリームキャッスルを訪れていた。

 ライに関しては死体も見つかってないせいで未だに葬式すら執り行われていない。

「どうにかするっていってたけどお前まで着いてくことないだろ。」

 自然と涙が溢れた。僕が火の中に飛び込んだら救えたのだろうか。そんな事ができるならライの方から火の外に飛び出してるなんて考えなくてもわかるのについ何度もそんな事が思い浮かぶ。

 ライもリエが亡くなった時こんな気持ちだったのだろうか。もっと沢山話したかった。もっと沢山遊びたかった。もっと一緒に居たかった。



 どれくらいの時間だろうか、ひとしきり泣いて、すこしすっきりした。

「帰るか。」

 そんな独り言と共に立ち上がる。

「ウソツキ。」

 心臓が凍った。

「リエ・・・? 」

「ウソツキ、ウソツキ、ウソツキ。」

 腰に何かがしがみつき思わず悲鳴をあげる。

「ウソツキ、ウソツキ、ウソツキ。」

 腰にしがみつく何かはどんどん力を強める。視線だけ右下におくる、なにがいるのか確認するために。

 リエと目があった。

「ウソツキ、ウソツキ。」

 楽しそうな表情で青白く充血した赤い目のリエは繰り返す。

「何が嘘つきなんだよ! 離れろ! 離れてくれ! だれか! だれか! 」

 僕は錯乱し体制を崩す。尻餅をつくと腰にしがみついていたリエは離れたらしく感覚が戻る。

 逃げよう、離れよう。そう思うのに体がうまく動かない。四つん這いで不恰好に必死に逃げる。

「ウソツキ、ウソツキ、ウソツキ。」

 だんだん声が近くなる。早く、早く逃げなきゃ。四肢がもつれる。

「ヒイッ」

 首に小さな手が回される。ひとつひとつの指がじわりじわりと食い込んでいく。

 嫌だ嫌だ怖い怖い死にたくない。ぎゅっと目を閉じる。

「ウソツキ。ずっと私だけを好きでいなくちゃ嫌よ。って言ったでしょ? 」

 耳元で聞こえた声は内緒話をするような柔らかさを含んでいた。


 どうやら嘘つきは僕だったらしい。


描写不足でお恥ずかしい限りです。

かなり端折ったのでいつか10万字程度の作品としてお届けできる機会に恵まれたら嬉しいです。

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