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大学帰りの安城兎々津は、中途半端に薄暗い路地を歩いていた。ビジネスホテルとパチンコ店の間にあるこの小路は、車も入って来られないほど狭いが、便利な近道でもある。今日は昼過ぎまで雨が降っていたので、自転車での通学はしていない。雨天時は大体、市営のバスで自宅と大学を往復するが、たまに授業の演習が長引いてちょうどの便に乗り遅れることがある。バスは頻繁に運行しているわけではないので、一つ乗り過ごしてしまうと次の便まで、一時間近く待たなければならない。

学校に残り、研究室でレポート作成しながら時間を潰すことも出来たが、雨も上がっていたし、歩いて帰ろうと思えば帰れる距離だったので、そうすることにした。最近の研究室は後輩たちが余所のゼミ生を連れ込んで、やかましく騒いでいたりするので、わざわざ行く気にもならない。やたらと絡んでくる後輩もいて、その相手をするのも面倒だ。あれだけ騒がしい部屋で集中力を削がれながらレポートを続けるくらいなら、ボーカロイドの声や電子音が聞こえてくる飛鳥の部屋で、作業していた方がよっぽどマシである。




路地を途中まで歩くと、パチンコ店の駐車場に差し掛かった。この広い駐車場は隣接するゲームセンターと共用で使われている。時刻は午後七時を過ぎているが、街頭はまだ灯っていない。宇宙ステーションのような外観に、ゲーム会社の巨大なロゴが付いた建物が見える。こうして見ると、近年のパチンコ店やゲームセンターは華やかになったものだ。薄暗い街で、そこだけスポットライトが当たっているかのように眩しい。ゲームセンター側の自動ドア付近には「週末サービスデー」と書かれた看板が立っている。どこの店も集客に必死なのだろう。看板の周りでは高校生くらいの少年たちがたむろしている。午後六時以降は風俗営業法により、学生服を着用した青少年は入店できない。それをかわすためか全員が私服姿で、ラフな格好をしている。学校が終わって一旦は自宅に帰り、着替えてから合流したとかなのだろう。年齢を偽装してこの時間まで遊ぶのに、感心はしない。

「あれ……」

兎々津は高校生の一団から、面識のある外国人少年を発見して、立ち止まる。あれは飛鳥の数少ない友人の一人で、南の島からやってきたイリエーサー少年である。そういえば以前、飛鳥宅で会ったとき、学校の友達とはよくゲームセンターで遊んでいると言っていた。人数は揃っているので、あれがいつものメンバーなのだろう。彼らは駐車場の隅でイリエーサーの周りを囲んでいる。兎々津にはそれが談笑するためでなく、逃げないように行く手をふさいでいるように見えた。飛鳥の読みはあながち、間違いではないのかも知れない。三人は友達同士のやり取りとは思えない、異様な雰囲気を放っている。




兎々津は平静を装い、ゲームセンターの方へと向かう。面倒事には関わらないのが一番だが、顔見知りの外国人が困っているところを素通りしていくほど、薄情な人間ではない。イリエーサーが日本でどういう人付き合いをしているのか、少し探りを入れるくらいなら許される筈だ。適当にスマートフォンを弄りながら、少年たちの目の前に停まるワゴン車の裏に隠れ、耳を澄ませる。辺りが薄らと暗いのも影響しているせいか、高校生たちは兎々津の存在に気付いていない。他人の会話を盗み聞きするのは、あまり良い趣味ではないが、高校生として芳しくない行動を取っている連中に罪悪感を抱くのも馬鹿馬鹿しい。

 兎々津は自らの行いを正当化させながら、小さく舌打ちする。盗み聞きなんて朝飯前の奴が身近にいるせいで、段々と感覚が麻痺してきたようだ。

「何度も言うけど、俺ら友達だろ? 信頼出来る仲間と金を交換し合う、なんて日本では当たり前のことなんだよ。人に金を貸すのと恵んでやるのが同義になっているお前の国と同じ理屈さ」

「そうそう、お前には払う義務があるんだよ。毎回毎回、今度払うって言って済まされたら困るんだよ。俺らだって今まで何回も払って来たわけだしな」

「スミマセン……お金が高スギテ。持ってナイのデス」

 彼らが金銭のやり取りで揉めていることは文脈から判断出来る。いよいよ、飛鳥の懸念が現実味を帯びてきた。

「じゃあ、今払える分だけで良いから払って。でないと帰らせないよ」

「オーケー、ワカリマシタ」

イリエーサーは少年たちに言われるがまま、財布を開く。千円札の紙幣がチラッと見えた瞬間、リーダーと思しき少年が乱暴にひったくった。ここまで来ると、ただの強奪である。四人の間に何があるのか、詳しい事情までは分からないが、少年たちがイリエーサーを少しも友達だと思っていないのは明白である。




盗み聞きを続けながら、こうなった経緯を兎々津なりに推理する。おそらく、三人の少年にはイリエーサーに初めて声を掛けた時から、騙して利用する目的があったのだろう。彼らは本性を隠してイリエーサーに近づき、ゲームセンターに連れていくことで友達を演じたのである。最初こそ金銭の負担もしていたが、徐々に払う役目がイリエーサーへと切り替わり、こうして恐喝にも近いことをするようになった。少年たちは言葉の壁を都合良く利用し、卑劣な罠を仕掛けたのである。綿密な計画の元、日本に来てまだ間もない留学生を搾取の対象としているのであれば、彼らの言動にも合点がいく。まだ確定したわけではないが、一連のやり取りを見ていると、決して大げさなシナリオではないだろう。

 新しい友人について嬉しそうに語っていたイリエーサーには、とても残酷な話である。飛鳥からは、日本への留学に相当な大金を費やしていると聞いている。秘密を知ってしまったからには、放ってはおけない。少年たちとの付き合いを止めるよう、早めに説得しておかなければ、後で大変なことになる。時間が経てば経つほど、要求もエスカレートしていくに違いないのだ。

 兎々津は視聴用としてスマートフォンに落としてあったバトルアニメの主題歌を大音量で流し、そっと掲げる。毅然とした態度で談合を続けられたら正直、困っていたが案外、相手は小心者のようだ。アニメソングに気付いた彼らは慌てふためいて自転車に跨り、そそくさと逃げていった。

「ちょっと、良いかな」

 一人取り残されたイリエーサーが、寂しそうに振り向く。こういうときに何と声を掛けるべきなのか、過去の記憶を遡って模索する。

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