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 授業終了のチャイムが鳴り、更衣室への移動が始まる。体育の授業を次に控えた教室は慌ただしい。満は机のフックから体操服の入ったビニール製の手提げ袋を取り、準備を整える。こういう場合は静かになるまでじっくりと待ち、人が減ってから動いた方が気分的に楽である。

 ふと隣席を窺うと、イリエーサーが鞄を広げてゴソゴソしていた。意外なことだが、彼はまだ、あの自己中で横暴な三人組と親しくしている。何かきっかけがあったのか、満たちの挑発に受けて立ったのかは分からないが、放課後になるとほぼ毎日、四人で一緒に帰っている。イリエーサーの様子を見ても、嫌々付き合わされているわけではなく、逆に他のクラスメイトといるときより、彼らに誘われて帰るときの方が楽しそうである。以前、大森が「留学生と仲良くなる」と宣言してきたときは、どうせ虚勢を張っているだけで、後になって上手な言い訳を用意してくるに違いないと軽く捉え、真に受けなかった。それが見事に短期間でイリエーサーと友達になっている。満としては負けたみたいで若干の悔しさはあったが、あれだけ鼻につく迷惑行為がなくなってくれたので、結果的には良かったと言えるだろう。ここ最近、あの三人が朝っぱらから階段の踊り場を占拠し、菓子を食い散らかしたり、大笑いしたりする光景を見ていない。同年代の外国人から何らかの刺激を受け、素行の悪さを改めるに至ったのだとすれば、イリエーサーがクラスにやってきた意義は大きいと言える。




「オーマイガー」

 イリエーサーは鞄を漁る手を止め、困った表情でため息をついた。どうやら、体操服を忘れてしまったらしい。体操服がなければ授業には参加出来ず、見学しなければならなくなる。この高校では、体育の授業を見学した生徒に対し、レポート課題を科すというシステムが導入されている。海外からの留学生と言えど、免除されることはない筈だ。体育は選択制で、彼は満と同じソフトボールを選択している。担当の体育教師は、些細なことでも生徒を怒鳴りつける嫌な性格の男である。自分の授業が世界で最も尊いものであると、勘違いしているような奴で、特に忘れ物での欠席を嫌う。

「体操服忘れたの?」

 満はロッカーに予備の体操服が入っているのを思い出し、咄嗟に声を掛ける。隣席であるにも関わらず、滅多に話し掛けないので緊張する。

「俺ので良ければ貸すよ。ちょっと待ってて」

「おいおい」

 いつの間にか、アキラが傍にいて肩を叩く。外国人に苦手意識のある彼は「止めておけ」と言いたいようだ。ただ、ここで困っている相手を無視して、退くのが賢いとは思えない。アキラに首を振り、そのままロッカーへと進む。

「使ってくれ」

 具体的なサイズまでは分からないが、満とイリエーサーの体格にはそこまで差がないので、問題なく着られるだろう。体操服を上下合わせてイリエーサーの机に置いてやる。

「サンキュー、ウレシイデス。あの……皆サン、一緒にいきマセンカ?」

「俺は別にオッケイだよ、お前も良いよな?」

「ったく……しょうがねえな。このお人好しめ」

 アキラは苦笑いを浮かべて、了承する。他のクラスメイトは既に更衣室へと向かっているので、教室内はガラガラである。電気を消し、急いで教室を後にする。



もしも吉川涼夏がこの変哲な組み合わせを目撃したら、どんな感想を漏らすのだろう。満は廊下を進みながら、そんなどうでも良いシチュエーションを想像する。彼女のことなので素通りせず、何かしら絡んで来る筈だ。でも、まだ彼女とは会話らしい会話もしていないので、アキラを弄ったおまけ程度の些細なやり取りしか出来ないだろう。何かハプニングでも起きて、会話のきっかけが生まれてくれたらいいのに。ふわっと邪な願望が浮かび、背筋に寒気を覚えて我に返る。変な妄想が膨らんでくるのは、きっと無言で歩いているせいだ。満は半ば不貞腐れたアキラを見て、小さく咳払いする。せっかくの機会なのでここで疑問点を解消しておきたい。

「イリエーサーってさ、大森たちと仲良いの?」

「ハイ、いつもボクに親切シテクレマス」

 イリエーサーは話し掛けられた途端、嬉しそうな表情をする。

「親切か、なら良いんだけれど」

「さあ、どうかね。パシリみたいなことをやらされている、との噂もあるが」

「何だ、それ? 初耳だ」

 何かと黒い噂の多い連中だが、パシられていると聞いてもピンとこない。イリエーサーと彼らはどう見ても、仲のいい友達同士である。

「俺も確証はない。あくまで噂だよ、噂。だけど、大森たちのことだからあり得るぞ」

「パシリ……ねえ」

「パシリではアリマセン。皆サン、僕に親切デス」

 イリエーサーが「パシリ」という単語に憤慨する。

「そうだよな。ごめん、無神経なことを言った。ほら、アキラも謝れ」

 余計な横やりを入れてきたアキラの後頭部に手を当て、無理やり頭を下げさせる。

「はいはい、悪かったよ」

さすがに申し訳ないと思ったのか、本人も抵抗せずに従う。

「しかし、パシリなんて日本語、よく知ってるな。外国では割と浸透している単語なのか?」

「ううん、浸透はしてないと思うよ。パシリなんて日本のスラングみたいなものだからな。イリエーサーは日本のアニメが好きだと言っているし、それで影響を受けたんじゃねえの?」

「アニメで覚えマシタ。日本語でトランスレートしたアニメです」

「ほらな」

 アキラはまるで自分の手柄を示しているかのように、誇らしげだ。

「それにしても大森の奴、友達になったって言うんだったら、学校でもこいつのことを気に掛けてやれば良いのにな」

「何が?」

「いや、あいつらって放課後以外、あんまりイリエーサーと絡んでないだろ?」

「ああ、言われてみると確かに」

関係を遮断しているとまではいかなくとも、放課後になるまでイリエーサーは、ほとんど三バカの輪に加わっていない。実際、大森は視聴覚室で授業があるのを知っておきながら、イリエーサーには声すら掛けず、一人でそそくさと準備して、自分だけ先に教室に着いていたことがある。置いてけぼりにされたイリエーサーは廊下で迷い偶然、通りがかった吉川涼夏に視聴覚室の場所を教えてもらっていたが、改めて思い返せば友達になった相手に対して、薄情な扱いである。放課後、イリエーサーを遊びに誘うくらいなら、色々と教えてあげれば良いのだ。

「あんまり言いたくないけどさ、あいつらはイリエーサーをそこまで大事な友達だと思ってない気がする」

 イリエーサーに配慮して、アキラは声量を落とす。彼は三バカのことが大嫌いだが、言葉の中には私怨だけでなく、冷静な分析も入っているようだ。

「やっぱり、パシリ説を疑っていると?」

「何か臭うってだけだ。あいつらにとって言葉が通じない留学生ほど、利用価値のある奴はいないからな」

「まあ、お前が大森たちを良く思っていないのは分かるが、あいつらだって留学生と交流して進歩したのかも知れないし」

「だと良いんだが」

「アナタたち、ナニを話シテいるのデスカ?」

 一階、更衣室への通路に差し掛かったところでイリエーサーが立ち止まる。二度目とあって、明らかに不愉快になっている。

「ちょっとね。放課後、大森たちと何して遊んでいるのかなって」

「放課後? そうデスネ……」




「おいおい、イリエーサー。どういう風の吹き回しだ? そんな奴らとつるんでさ」

イリエーサーの答えは大森の腰巾着、鈴村によって遮られた。更衣室の入り口付近で成田と二人、胡坐をかいて座っている。まとめ役の大森は一足先に着替えてグラウンドに出ているようだ。

「クラスメイトなんだから、別におかしくないだろ」

 そんな奴、呼ばわりされたアキラが臨戦態勢に入って、相手を睨む。リーダーを欠いた二人と向かい合うと、本当にただのバカコンビにしか見えない。

「そんなに怒るなよ、俺らは心配してやっているんだ。留学生にビビりまくっていたお前らのことだし、どうせ外人さんとはろくなコミュニケーションも取れてないんだろうなってな」

 三バカを見直し、進歩したと評価するのはまだ早かったようだ。二週間やそこらで他人に成長は望めない。

「余計なお世話だね。心配なんかしてもらわなくて結構」

「お前、相変わらずクソうぜえな、眼鏡。英語もろくった話せないビビりが偉そうに」

「良いんだよ。英語は俺が話しているから」

「でも、お前は外人そのものにビビッてるじゃねえか。女子に助けてもらい、外人は怖いってダサすぎるな」

「で? 何が言いたいんだ?」

「逆にそれ、僕たちに聞かなきゃ分からない?」

「そんな空気を察してくれ、みたいな態度で言われても知るかよ。何だよ? うざい、ダサいってだけか? なら『今すぐ消えろ』で終了だが」

「終了、じゃねえよ。目障りだからイリエーサーに絡むなっつってんだよ。お前らは人目につかない、狭くて暑苦しい部屋でこそこそと麻雀でもやってろ。根暗どもにお似合いのお遊戯会でもしてろよ」

「お前……麻雀部を侮辱しているのか? 許さねえぞ」

「許さない? だったら、どうする。僕たちを殴ってみる?」

「ノー、ノー」

 イリエーサーも言葉は通じないが、自分が原因で揉めていることを薄々、勘付いているようだ。口論が続く中、両手を上げて、首を振る。

「よせよ、アキラ。あんな奴らの挑発に乗るな」

「分かってるよ……」

「どうした、来ないのか?」

「うるせえな、授業が始まるから、お前らの相手なんかしてられないんだよ」

「腰抜けだな」

「ううん、大人なだけだよ。他人の友達付き合いに難癖付けてくるあんたらよりね」

「理屈ばっかりこねてんなよ、オタク野郎」

「ふん。どっかの腰巾着二人は、そのオタク野郎に言い負かされて惨めだがな」

「何だと?」

「ストップ、ヤメテください、ヤメテください」

イリエーサーはこうなってしまうのが、残念でならないといった表情で言い争いを止める。これ以上、続けても無駄に彼を落ち込ませるだけだろう。




「もう良いよ。早く着替えよう。授業に遅刻する」

「それもそうだな、あんなの放っておいて行こうか」

懇願するイリエーサーの肩をアキラが優しく叩いて言う。

「何だよ。逃げるのか、お前ら」

「別に逃げないよ。取り敢えず、一時休戦。お互い授業もあるし、今ここで罵り合いしても仕方がないから、この続きは昼休みとか時間があるときにしようや」

「言い出しっぺはお前だからな、眼鏡。逃げんなよ」

鈴村と成田は憤りを露わにしながらも渋々、提案を受け入れて腰を上げる。大森がいない分、聞きわけは良いようだ。

「分かってる。俺だって笑いものにはされたくないからな」

「ああ、それは手遅れだ。女子に庇ってもらったお前らはもう、うちのクラスで笑いものになってるからな」

「スズモトさん、ナリタさん」

去り際にイリエーサーが声を掛ける。しかし、二人は彼のことなど眼中にないかのような冷淡な態度で見向きもしない。

「へこんでいる場合か。急ぐぞ、遅刻だ」

アキラが友達に無視されて寂しそうに俯くイリエーサーの背中を押す。満も何か言わなければと思ったが、励ましている時間はない。大急ぎで着替え、グラウンドに走り出る。

ソフトボールの授業では、初めにジョギングとキャッチボールで体を慣らし、二チームに分かれて試合をする。流れは大体、いつも一緒だが、この日は珍しくアキラがイリエーサーとペアを組み、ボールを投げ合っていた。



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