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日本留学の夢が叶い、憧れの国に渡航してから一週間、予想以上のカルチャーショックがイリエーサーを待ち受けていた。このアジアの先進国では、一歩外に出ると当たり前のように高層ビルやマンションが立ち並び、道路の舗装や整備も隅々まで行き届いている。雨が降ってもどこかに小池が出来ることはなく、街ゆく人々は誰もがおろしたてのように綺麗な服装で、素足で歩く子供もいない。十才にも満たない幼い子供でも、立派な靴を履いて通学している。

イリエーサーの地元では、大型犬が至るところで自由に徘徊していたが、この国では犬を放し飼いにする習慣はないようだ。外で見掛けるのはリードに繋がれ、毛並のしっかり整えられた飼い犬だけである。

 巨大な建物が散見する街を見ていると、自分が先進国にいるのだと実感する。飛鳥によると、日本の主要都市はこれとは比べ物にならないほど、規模が大きいという。つまり、東京や大阪などはもっとハイテクで人も多いのである。アニメや漫画は期待していた通り豊富で、街を歩いていると「オタク」と呼ばれる層が好む、美少女アニメキャラクターの看板やポスターが結構、目に付いた。ボカロ音楽や「初音ミク」に関してもコンビニや書店で頻繁に見聞きする。以前、ビチレブ島に来ていた日本人が、こういうのは一部の若者の間でのみ嗜まれているものだと言っていたが、現状は少し、異なっているようだ。




 日本での生活は何もかもが新鮮で刺激的だったが、特に引き込まれたのがアミューズメント・アーケードを初めとするアミューズメント施設である。日本のアミューズメント・アーケードは「ゲームセンター」という独特の名称を持っている。ビチレブ島の市街地にも小銭を払ってゲームするという趣旨の店はあるが、そこでは三十分単位の利用料金が設定されている。時間に応じた料金を支払うと、家庭用ゲーム機をプレイしたり、インターネットの利用が可能になる仕組みである。飲食物の持ち込みも自由で、娯楽施設としての人気は高い。しかし、日本のアミューズメント・アーケードはまるで次元が違う。扱うゲームはビデオゲームだけでなく、UFOキャッチャーやレーシングゲーム、ガンシューティング、音楽ゲーム、ダンシングゲームなどモニターを見ながら体感するゲームが満載である。この近代的な娯楽施設を高校の友人に紹介してもらった時、イリエーサーは我を忘れるほど興奮した。日本では家庭用ゲーム機や携帯ゲーム機の普及が進んでおり、わざわざ街に出なくとも自由に遊べる環境が整っているので、それ以上に面白いものを追求していかないと、店としての経営が難しいのかも知れない。




 現在、イリエーサーは飛鳥宅でテレビゲームの一人プレイを楽しんでいる。コントローラーで操作しているのは、任天堂の看板キャラクターである「マリオ」だ。任天堂は日本を代表するゲーム会社でマリオやヨッシーなどは、ビチレブ島でもお馴染みのキャラクターとなっている。

「じゃあ、君はその大森君たちと学校帰りにゲームセンターに立ち寄っているんだ?」

「ハイ、タノしいデス」

辞書なしで話しているので、日本語が正しく使えているのかどうかは微妙だが、特に飛鳥が気に留める様子はない。ソファには先日と同じく、黙々とイラストを手掛ける安城兎々津がいる。

「今日もトモダチとゲームセンターに行キマス」

「それは良い。楽しみだねえ」

日本語が分からないながらも、すっかり病み付きになってしまい、既にこの一週間で三回通っている。大森たちに誘われて、放課後みんなで遊ぶのだ。

「だけどさ、お金掛からない? それ」

「お金、デスカ?」

「お金」という単語を拾い、金銭面で大丈夫かどうか尋ねられているのだと解釈する。確かに、日本で生活していく上で物価が高いことは難点だ。彼の祖国では、日本の通貨に換算して一万円相当の金があれば、三食しっかり食べて最低一週間は過ごしていける。飛行機を乗り継ぎ、日本に渡って来られたのはたまたまイリエーサーが、裕福な家庭で育ったからに他ならないのだ。もし一般的な家庭に生まれていたら、五ヵ月もの留学費用に金銭を回せる余裕はなかった筈である。

 せっかく両親が自分のために大金を払ってくれたのだから、浪費は控え、有意義に過ごしていかなければならない。ゲームセンター巡りは楽しいし、日本文化を学ぶことにもつながるが、毎日行けば当然、生活は圧迫されてしまう。娯楽施設に入る度に金を払っているわけではないが、金銭にも多少は気を遣う必要があるだろう。




「問題アリマセン。ボクは大森から、お金を出シテもらうコトもアリマス。トモダチはみんな親切デス」

「へえ、払ってくれているんだ」

 ゲーム画面を見つめたまま、首肯を返す。友人たちのプレイ映像を見ているだけの時もあれば、彼らが代わりに払ってくれる時もある。何も自分だけが小銭を投入しているのではない。大森たちはイリエーサーの懐具合をちゃんと考え、出来るだけ金を使わせないように配慮してくれているのだ。

「大層なお金持ちなんだね、君のお友達。学校ではそのお友達と仲良く出来てるの?」

「ノープロブレム」

「ノープロブレム? でも、さっきから君はゲームセンターでの付き合いしか語っていないよね? 友達だったら学校の話題がもっと出ても良いと思うのだけど」

「何デスカ?」

 飛鳥の言葉を完璧に理解することは出来なかったが、大森たちに対して懐疑的であることは彼の語調からも読み取れる。イリエーサーの日本語にどこか誤りがあり、違った意味で捉えられているのだろうか。使用言語が違えば、互いにコミュニケーションを取る上で、何かしらの齟齬が生じてしまうのは避けられない。ここに来て日々、痛感させられるランゲージバリア、言葉の壁。普段のやり取りに異なる言語が加わった途端、会話が成立しにくくなる。自分の言いたいことがきちんと伝わっているのか、いないのか測るだけでも一苦労だ。

「(友達は悪いことしません。日本の文化を教えてくれているのです)」

 飛鳥たちにはある程度、英語が通じるので使用する言語を日本語から英語に切り替えて続ける。

「ははーん、そういうことか。悪かったよ。アンダースタンド、イリエーサーの友達は良い人だ。ごめんね、何も知らずに弟子の友達を馬鹿にするなんて、師匠として恥ずべき行いをしてしまった。お詫びにお小遣いを授けよう。これで許してくれるかな?」

 飛鳥が両手を合わせ、財布から千円札を差し出した。気持ちはありがたいが、受け取って良いものなのか迷う。日本人の国民性は控えめで、こういった場面では遠慮するのが普通なのだという。イリエーサーにはそれが理解できない。なぜ日本人は「遠慮」や「謙遜」など、本心をぼかすような振る舞いを美徳としているのだろう。相手の良心で、欲しいものをくれると言っているのに、断ってしまうなんてもったいない。日本で生活していく上で、千円の価値は高く、貰っておいて損はないのだ。

「サンキュー」

 日本人の観点で礼儀を欠いた行為になってはいけないので、極力喜びを隠し、千円札を仕舞う。飛鳥は満足そうに頷き、机に向き直った。

「あんたにしては珍しく良いことするじゃん」

 兎々津がペンタブレットを動かしながら、呟く。

「でしょ?」

「喜ばないで、痛烈な皮肉だから」

「えへへへへ」

 よく分からないが、飛鳥は舌を出しておどけている。




「スミマセン……大森と、待ち合わせてイルのでココでオワリマス」

「あーはいはい。了解」

 イリエーサーは飛鳥に教えて貰った手順に従い、セーブしてゲームの電源を落とす。もう少しここで遊んでいたかったが、遅れるわけにはいかない。急いで荷物をまとめ、飛鳥たちと別れる。日本のゲームセンターは夜まで開いているが、時刻六時を回ってしまうと法律により、高校生の入店が出来ない。なので、余裕を持って行かなければ友人たちの迷惑となり、彼らの機嫌を損ねてしまう。

 イリエーサーは靴を脱ぎ、両ポケットに靴下を入れる。靴を履いて走るより、素足で走った方が断然早い。ビチレブでも学校に遅刻しそうになると大抵、サンダルを脱ぎ、素足で走って間に合わせていた。今からでも裸足になれば、無駄に友人を待たせなくて済むだろう。両手に一つずつ靴を握り、一気に駆けていく。

「遅いぞ、イリエーサー。早く、早く」

ゲームセンターの駐車場付近で、成田が大きく手を振っている。今日は彼がお勧めのゲームを紹介してくれる予定である。先に到着していた大森、鈴村は既に店内でゲームを始めていた。



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