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久しぶりに入ってみて思ったが、ここのレンタルショップは照明が眩しい。立ち読み客に配慮しているのか、店全体が昼光色に包まれている。陳列棚の配置はアキラがしばらく来ない間に、変更されていて唯一、移動されていないのが新作映画の棚である。同じタイトルのアクション系ハリウッド映画は、いつもの見慣れた場所にずらりと横並びになっているが、ほとんどが貸し出し中で中身は入っていない。貸出期間が二泊三日の短期でも、人気の映画だとこうしてすぐ空箱だらけになる。アキラ自身もレンタル開始を待ちわびていた映画作品だが、会員カードを持って来ていないので、借りるのは次回への持ち越しとなる。利用は出来なくても、暇な時間を潰すのにレンタルショップは最適である。新刊本や雑誌、CDなどが販売されているので、一時間以上、店内を徘徊しても飽きることはない。

アキラは新作映画のジェケットを一通り見終え、新刊雑誌コーナーへと向かう。土曜日の夜というだけあって、立ち読みしている中高生も多い。人気のボーカロイド「初音ミク」が表紙に描かれた音楽雑誌があったので、手に取ってみた。ボーカロイドには知識も興味もなかったが、クラスの留学生が好んで聞いていると知り、最近になって好奇心が芽生えつつある。他国の文化を学ぶために渡航するというのは、海外留学希望者にありがちな動機だが、留学生のイリエーサーは日本古来の伝統や風習以上に、オタク層が好む分野に興味を示している。アニメやボーカロイド、ゲームに至っては日本在住のアキラよりも知識が豊富である。海外でも日本発祥のオタク文化が浸透してきていると聞くが、そのために貯金し、日本語を勉強して海を渡って来るイリエーサーは熱心というか、変人の類だ。




アキラには、イギリスで生活していた時期がある。そのため、日常会話程度の英語であれば問題なく話せる。言葉が通じる同級生というのは、入国したばかりの留学生にとって非常に心強い存在である。言語の障壁がなく、話しやすくて頼もしい。昔の自分がそうであったように、最も親しみの沸く相手であり、友人になるのに相応しいのも理解している。それでも、初めから友達になる気はなく、最小限の関りを保つだけで良いと思っていたのは、南の島を生活圏としているイリエーサーの価値観や文化が分からなかったからである。些細な理由だが、イギリスで暮らしていた当時、それを知らなかったばかりに現地のクラスメイトと酷く揉め、最後まで関係の修復に至ることはなかった。仲直りしようと務めて失敗し、辛い気持ちを残したまま、帰国して以降、アキラは外国人に対して、強い苦手意識を持つようになった。この閉鎖的な感情はイリエーサーがやって来ても変わらず、彼には少し距離を置いて接していた。なのに、一ヶ月もすれば当たり前のように一緒にいる。正直、複雑な心境だ。涼夏も「あれほど、外人は苦手だって言っていたのにね」と驚いていた。きっかけとなったのは昼休み、のけ者にされていたイリエーサーを満が誘ったことにある。あのお人好しとは毎日、机を挟んで弁当を食べる程度の仲だったので、昼は必然的にイリエーサーとも一緒に過ごすようになった。そこで、イリエーサーの口から「ボーカロイド」という単語が出なければ、こうしてレンタルショップでボカロ雑誌を手にする機会もなかっただろう。

アキラは人気の楽曲を一、二曲覚えてから、雑誌を棚に戻す。レジカウンターの奥に設置された掛け時計を窺うと、既に午後七時を回っていた。そろそろ、店を出る時間帯だ。ポケットから携帯を取り出し、表示された時間と照らし合わせて、店の時計に狂いがないのを確認する。

レンタルショップの真向かいには、パチンコ店と大きなゲームセンターある。イリエーサーは少し前まで、三バカとアミューズメント施設を巡っていたというので、あのゲームセンターにも一度くらいは足を運んだことがあるのかも知れない。憎たらしい三バカは貧乏人でもないくせに、イリエーサーの小遣いだけを宛てにして執拗に誘い、あちこち連れまわしていた。言葉の通じない留学生をたぶらかし、人の金で遊び呆けていたのである。そのタチの悪さ、卑劣さには呆れてものが言えない。

アキラがそういった事実をイリエーサーから聞いた時、「今すぐにでも先生に相談しに行くべきだ」とアドバイスした。また、どうしても言えないようなら、満と二人で職員室まで同行しても構わないとも言った。まんまと騙され金を払う情けない留学生のために、そこまでする道理はないのだが、三バカを調子付かせているといずれ、自分たちにも危害を加えて来るようになる。目の敵にされている身ともなれば尚更、予防線を張っておく必要があるだろう。連中の悪行を教員に報告することがイリエーサーのためになり、アキラたちの自衛にも繋がるのなら、利害は一致している。同行を躊躇う余地などなかった。

それなのに、当のイリエーサーはどうするべきか悩み、解決を先延ばしにした。彼の優柔不断さには苛々させられたものだ。後になって思惑を知ったときは、ため息を溢さずにはいられなかった。イリエーサーはアキラと満が三バカの攻撃対象にならないようにと考えて、一緒に相談しに行くのを避けたというのである。今更、三バカに責められたところでどうってことはないくらい険悪なのに、そんなくだらない理由で、協力を拒んだと聞いて絶句した。自分の日常が脅かされているにも関わらず、本当に馬鹿な奴だと思った。

ただ、イリエーサーの行動に呆れる一方で、アキラには新鮮な感情が宿っていた。国籍や人種、文化の違いを口実にクラスメイトを避ける行為は卑怯ではないか、と自省するようになったのだ。数ヵ月前の自分を冷静に振り返っても、距離を置こうとしていたのが滑稽で、「言葉の壁」がない奴が、勝手な思い込みだけで人工的な壁を作っていたのが、馬鹿馬鹿しくて仕方なくなっていた。




土日を挟んで迎えた翌週の月曜日、三バカとイリエーサーが担任に呼び出された。この件についてアキラは何も関与していないし、満も知らないと言っているので、イリエーサーが一人で勇気を振り絞り、担任に相談しに行ったのだと結論付けた。具体的に職員室でどういったやり取りがなされたのかまでは分からない。だが、それ以降の三バカは態度を改め、学校内でも積極的にイリエーサーと絡むようになり、金銭の要求はしなくなった。呼び出しに懲りて大人しくなったのなら、「めでたし、めでたし」で締めくくっても良さそうだが、胡散臭さはまだ払拭できていない。当事者の様子を見ていると、仲良さそうにしておきながら、再びイリエーサーを詭計に陥れようと企んでいても、何ら不思議ではなかったのである。

 アキラは肩を竦め、伸びをしながらパチンコ店とゲームセンターの外観を眺める。

「うわっ、マジかよ……」

 入り口付近で大森を発見し、小さく悲鳴を上げる。余計なことを考えなければ良かった。いつものように三人揃っている。大森は携帯で誰かと話し、他二人は耳を寄せて、その会話を聞き取ろうとしている。イリエーサーはいない。通話が終わると、全員がこの世の終わりを見たかのような酷い顔で、周囲を窺い始めた。そこへ女性店員がやって来て声を掛ける。時間が時間なので「帰れ」と催促しに来たのだろう。大森が必死になって弁解している。みっともない高校生だ。当然、抗議が聞き入れられることはなく、女は店内へと戻っていった。残された三バカはまた、挙動不審になる。見つかって、面倒事に巻き込まれたくないのでさっさと帰ってしまおう。土曜日の夜にまで鬱陶しい奴らの相手をするのはごめんだ。アキラは顔を背け、無関係な一般人を装って早足で歩いていく。

「柚木。おい、柚木ー」

 自然な素振りで横切ろうとすると、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。無視を決め込んでそのまま、通り過ぎようとしたが、野次馬根性が邪魔をして足が止まる。ゲームセンターの入り口付近に目をやると、鈴村と成田が「こっちへ来い」と手招きしている。こんなことになるのなら、レンタルショップなんかに立ち寄らず、大人しく帰るべきだった。大森が慌てて遮るが二人は従わない。両手を合わせる仕草までしてアピールを続けている。取り合わないのが一番なのは承知しているが、あれほど嫌っているアキラにお願いしてくるなんて、普通ではあり得ないことだ。

「仕方ないな、あいつら」

 アキラは深々とため息をつき、道路を渡る。行きたくないのが本音だが、事情だけでも聞いてやるとしよう。ゲームセンター側の駐車場に入り、不審な行動を取る三バカと合流する。

「柚木……」

「何してんだよ、お前ら。高校生はもう帰る時間だぞ? 今、店員にも注意されてたんじゃないのか?」

 アキラは自動ドアに張り付けられた「入店禁止」の貼り紙を指さし、わざと周囲に聞こえるように大声を出した。嫌がらせ半分で言ったつもりだが、大森たちは恐れ戦き、小刻みに震えるだけで張り紙には一瞥もくれない。

「お前らって本当、クズだよな。こんな時間までゲームセンターに入り浸りやがって。まさかとは思うが、まだあの外人から金、巻き上げたりしてないよな?」

「そんなことより、お願いだ。柚木、助けてくれ。俺たちヤバいことになった」

 人に聞こえでもしたら大ごとになるのか、鈴村が最小限に声を潜めて懇願する。アキラを呼ぶときに大声を出していたのに、この一瞬で忘れてしまったようだ。隣で成田が涙目になっている。つくづく、鬱陶しい奴らだ。

「僕たち殺されちゃうよ。ねえ、お願い。助けて……」

「はいはい、それは大変だね。もう帰っていいか? 休みの日まで、お前らの馬鹿みたいな冗談に、付き合ってられないんだよ」

「待ってくれ、本当なんだって。イリエーサーの奴が連れて行かれた」

「連れて行かれたって、どこにだよ? 火星か? 地下のアジトか?」

「ここから約二キロ離れた空き地で……神社の近く。俺ら、誘拐犯からそこに行くように言われている」

「逃げたらイリエーサーの命は保証出来ないって」

「何だそりゃ……。誘拐犯? とうとう、ゲームと現実の区別もつかなくなったのか」

「だから、本当だって言っているだろうが。なあ、大森」

「……ああ」

「なら、ちゃんと説明出来るよな? いつ、どこで、誰が、何を、どうしたのか。具体的に言えるよな? 5W1Hで」

「分かった、説明するから聞いてくれ」

 大森があまりにも素直に頷くので、返って気持ち悪い。いつもの調子だと、間違いなく逆上して罵声を浴びせてくるのに。

「人にものを頼むなら、誠意を見せろ。『聞いてくれ』じゃなくて『聞いて下さい』だろうが」

「何だと、てめえ? こっちが下手に出たら調子に乗りやがって」

 鈴村が胸ぐらを掴んで激怒する。挑発すると必ず喚く、単純な男である。

「待て、鈴村」

 大森が止め、アキラに向き直る。

「ちゃんと説明するので聞いてください」

 相手の出方次第では、もっと毒を吐いてやろうかと思っていたが、頭を下げるという信じられない光景を前にして何も言えなくなった。こんなに低姿勢で来られたら、追い打ちを掛けようにも掛けられない。

「分かったよ、俺も強く言いすぎた。一体、何があったんだ?」

三人を代表して大森が説明を始める。馬鹿みたいに非現実的なあらましだったので、途中でうんざりしてきたが一応、我慢して最後まで聞いてやった。

「信じられんな」

 大森の言っていることが正しければ、イリエーサーは現在、ゴウダという男に連れ去られている。故意にやったのかは分からないが、相手の車を傷付けたのが原因らしい。救出するには誘拐犯の命令に従い、待ち合わせ場所まで歩いて行かなければならないそうだ。

「頼む、信じてくれ。一生のお願いだ」

 他人を欺く能力に長けている大森だが、即興で作ったネタ話とは思えないほど、リアリティがある。

「取り敢えず、誘拐事件があったってことにはしといてやる。警察への通報はまだなんだな?」

「ゴウダの部下に見張られているから、そんなことしたら終わりだよ」

「部下が見張る? なんか嘘っぽいな」

「嘘じゃないよ。さっきここにいた女の店員もゴウダの部下で、言われた通りにしろって脅してきた」

「それで店には入れないと?」

「ああ」

「で、俺にどうして欲しい? お前らに同行して、誘拐犯と交渉でもすれば良いのか? 相手は三人で来いって言ってたんだろ?」

「それはそうだけど……」

 大森が口籠ってすぐ、彼の携帯に着信が入った。

「どうしよう、掛かってきた。多分、ゴウダからだ」

「何? ちょっと、俺にも聞かせろ」

 アキラは鈴村と成田を押し退け、電話口に耳を寄せる。日が暮れても日中の蒸し暑さが残り、額には大粒の汗が集まっている。

「今、そっちにいる奴から連絡が入った。お前ら、別の友達を呼んだだろ?」

「……いえ」

「とぼけても無駄だ。いるんだろ? 俺のことも話したよな?」

「ごめんなさい、あの……違うんです。こいつが偶然、近くを通り掛かって」

「言い訳してんじゃねえよ。とにかく、そいつに代われ。事情を知られて放っておくわけにはいかない。連帯責任だ。早くしろ」

「よしっ、ちょっと貸せ。俺が話してやる」

「良いか、怒らせるようなことは絶対に言うなよ? イリエーサーの命が掛かっているんだからな? これで、あいつが殺されたらお前のせいになるぞ」

「じれったいな。分かってるよ、そんなもん」

 アキラは携帯を受け取り、軽く咳払いする。嫌いな奴らに四方八方から密接され、暑苦しくてたまらない。手短に終わらせたいものだ。

「もしもし、代わりました。あなたがゴウダさんですか? 一体、友達が何をやらかしたんです?」

「詳細はこっちに来てから教えてやるよ。それよりお前、俺がどこにいるのか聞いているか?」

「ええ。一通りは」

 男たちが待機している場所は、自宅の近所でここから約二キロ先にある。近くには県内でも割と有名な神社が立地しており、年末年始や祭りの季節には多くの人が集まって露店も立ち並ぶ。学区内なので道順は教えてもらうまでもなく、しっかりと頭の中に入っている。ゴウダやイリエーサーがいるのは神社の裏手、林を抜けた広い空き地で、二十年以上前に閉店した宿舎の駐車場跡である。未だに建物の取り壊しがされておらず、夏祭りやイベント時には駐車場として開放されるところだ。宿舎を営業していた当時は賑わってもいたのだろうが、廃墟と化した今は、鉄筋をむき出しにして不気味に佇むだけである。民家から離れているため、神社でお祭りでもない限り人の往来はない。木々に囲まれ、街頭の光は弱いので日が沈めば途端に暗くなる。アキラの通っていた小学校では「幽霊屋敷」とも呼ばれており、夕暮れ時に近づいたら呪われるという怪奇めいた迷信もあった。

「お前も一緒にそこへ来い。逃げるなよ?」

「分かりました。イリエーサーは返してもらいますからね」

 アキラは了解して、通話を終える。情けなく半べそを掻いている三バカよりも自分の方が、まともに交渉できる自信はあった。

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