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 大森たちに金銭を要求されることなく、最低限の小遣いだけで一週間が経過した。負担が少なくなってひとまず安心だが、返金はなかった。可能であれば一人千円ずつでも返金もしてもらいたいのが本音だが、土下座までして謝った友人に追い打ちを掛けたくなかったので、黙っておくことにした。「土下座」は日本人が取る最大の詫びの姿勢と聞いている。学校でも大森たちと行動を共にするようになった今、過去にこだわって文句を言っても仕方がない。彼らと良好な関係を維持するには、さらりと水に流すことも必要なのである。

それより残念だったのが大森、鈴村、成田と満、アキラの溝が以前よりも、深まってしまったことである。大森たち三人といれば、自動的に満やアキラとは疎遠になる。元々、均衡を保ちながら両者と関わっていくのは難しいが、今回の一件でさらに反目し合うようになった。大森たちが本気で満、アキラが担任に報告したものと思い込み、憎悪しているからである。しかし、それは大きな間違いで、ゲームセンターでの出来事を暴露したのは二人ではないし、彼らが親しくしている吉川涼夏でもない。

「マージャン」部の部室で担任教師への相談を催促されたあの日、イリエーサーは二人にお願いして、もう少し待ってもらうことにした。認めたくはなかったが、確かに彼らの言い分はごもっともで、大森たちに利用されているとの自覚もあった。なのに、その場で職員室に直行しなかったのは、大森たちと麻雀部の関係を悪化させたくなかったからであり、出来れば二人に頼らない方法で解決させたかったからである。

「じゃあ、代わりに俺がチクってあげようか?」

 モヤモヤが残る翌日、思い切って飛鳥に相談すると、彼も満たちと同様の提案をしてきた。イリエーサーはここでも「部外者に迷惑は掛けられない」との理由で断ることを考えた。ただ、冷静になるとどうしても第三者の助けが必要だった。部室でのやり取りがあった当日でさえも、「No」の主張が聞き入れられず、娯楽施設でほとんど財布を空にしてしまう始末で、自力では解決の見通しが立たなくなっていたのだ。満、アキラには頼れないが、自分以外の誰とも接点がない飛鳥に頼れば、余計な争いも起こらず、平和的に解決できるのではないか。そんな期待もあり、思い切ってお願いすることにした。

 自分なりに考えて最善の選択を取ったつもりだった。なのに、蓋を開けてみれば何もかもが裏目に出てしまい、最善どころか最悪の選択になっていた。大森たちは「マージャン」部が担任に言いつけたものだと誤解し、彼らの怒りは無関係な吉川涼夏にまで、飛び火している。三人には申し訳ないと謝ったが、満はどこか素っ気ない態度を取るようになり、アキラには「勝手なことをしやがって」と英語で詰られた。涼夏は「別に気にしてないよ」と返してくれたが、彼女が罵倒されているところを見るたびに胸が痛んだ。




 この一週間、麻雀部の二人とは一度も昼食を取っていない。まだ、まともに話すら出来ていない段階である。大森たちと仲直り出来たのは良かったが、今度は満たちとギクシャクしてしまい、何とも後味が悪い状態で、再び週末を迎えていた。

「いやー、待ってたよ。この一週間ね、君のことが気になって、気になって仕方がなかったんだ」

インターホンを押すのとほぼ同時に扉が開き、飛鳥が出迎えてくれた。彼は本当にアニメが好きなようで、いつ会っても美少女キャラクターが、プリントされたタオルを肩に掛けている。入ると安城兎々津がいつものように、ペンタブレットを使ってイラストを描いていた。向かい合うパソコン画面には、天使と悪魔の格好をした二人の少女がいる。線画のままで色付けはされていなかったが、素人のイリエーサーが見ても、ずば抜けたセンスを持っているのが分かる。

「で、どうだった? 俺の活躍でお友達を退学にまで追いやれた?」

「退学」と聞き、トイレで頭を下げる大森の姿を思い出しながら首を振る。

「へえ、イリエーサーがどうなったのかよりも、友達がどう処分されたのかに興味があるんだ。可愛い弟子とかほざいておきながら、本当はそっちが楽しみなんだね」

「可愛い弟子を苦しめた分、お友達には不幸になって欲しいんだよ。大体、イリエーサーがどうなったのかなんて、原因を作った奴らがどんな目に遭ったのか聞いたら自ずと分かるでしょ?」

「まったく、そういう発言は匿名掲示板だけにしときなよ」

「いいじゃん、別に。日頃まっとうな生活を送ってネットだけで本性を現す輩よりも、俺のようにリアルだろうが、ネットだろうが分け隔てなく本性を露わに出来る人間の方が絶対、素晴らしいって。トトっちゃんもそう思わない?」

「全然、思わない。清々しいと言うか、厚かましいと言うか……。間違っても素晴らしくはないから安心して。あんたはどう考えても社会不適合者の駄目人間だよ」

「だから、大学卒業してもフリーターにしかなれないんじゃないか」

「それを堂々と胸張って言っちゃう辺り、重症だよ。あと、あんたの理屈には矛盾がある」

「矛盾? どこら辺が?」

「リアルでは見事に頭イカれてるけど、ネットではファンに対して謙虚じゃない。少なくとも私の知りうる限りでは」

「ああ、あれはユニットの縛りがあるからさ」

「それじゃあ、単独でやってたら誰彼構わず、『人の不幸は蜜の味なんだよ』とか言うの?」

「もちろん、躊躇いなく堂々と」

「……私が相方で良かったね。普通の人なら今の一言で解散すべきかどうか、考えるとこだわ」

「なんだかんだでトトッちゃんは甘いもんね」

「そうだね、蜜の味がするくらいには甘いね」

「これは参った。君の皮肉のセンスに脱帽だ」

「特に嬉しくはないけど、それはどうも。取り敢えず、イリエーサーには報告してもらうんでしょ? あんたが連絡して、何かが変わったのか、変わらなかったのか」

「そうだね。早速、お話聞かせてくれる? イリエーサー。必要ならこれ使って良いよ。もちろん、英語で話してくれても結構」

 飛鳥は電子辞書をテーブルに置く。日本語で話せる範囲はまだまだ狭いが、せっかくなので語学力の向上も兼ねて語句を調べながら、一週間を振り返ることにした。混乱させるといけないので満たちとの話には触れないようにする。




「どう思う、トトッちゃん? これって、マズいパターンじゃない?」

 語り終えると、飛鳥は腕を組み、足を投げ出して天井を見上げた。

「……正直言って、マズいパターンだね。三人が改心した可能性は低いと思う」

「いや、断言しても良い。改心した可能性はゼロだ。弟子がとんでもない失敗をやらかしたと嘆きたい気分だよ」

「シッパイ? どうして?」

 イリエーサーは予想外の反応に眉をひそめる。金を払わされることがなくなったのに、なぜなのか理解できない。

「だって、土下座だけで坊やたちの罪が帳消しになっちゃったじゃないか? 金を返しもしないでね? この時点で一番おいしいのは被害に遭った君ではなく、三バカなわけ」

「おいしい? デリシャス?」

「ううん、ここでの用法ならゲインが適切かな。日本語って難しいねえ」

「ボクたちの信頼ハ回復シマシタ」

「回復、リカバー? 馬鹿言っちゃいけないよ。言葉巧みに君を騙してきた相手だ。たった一度、掌を返したように謝罪しただけで、何もかもを悔い改めたりするわけないよ。その子たちは多分、謝るパフォーマンスをやっただけ。心の底から反省なんてしないで、儀礼的に頭を下げただけなの。おけい? 友達を庇いたいって気持ちが山々なのは分かるけど、このまま行くと(もと)木阿弥(もくあみ)、君は再びそいつらから、金を出してくれとせがまれることになるよ。そしたらどうする?」

「モトノモクアミ?」

 聞いたことのない言葉だが、おそらく日本のことわざかスラングの一種だろう。意味は分からずとも、ニュアンスで大体の推測はつく。彼は大森たちから再び金を要求されるようになると、警告しているのだ。でも、納得がいかない。今週はアミューズメント・アーケードには行ってないし、一度も金を払わされていない。真面目で勤勉な日本人が、簡単に約束を破ったりはするわけがない筈だ。

「ダイジョウブデス。約束をシテクレタので、それはナイデス」

「絶対に? ネバー?」

「ハイ」

「だってさ……。友達を信頼することも大事ではあるけどねえ」

 飛鳥は両手を広げ、とぼけた仕草で兎々津に目配せする。相談に乗ってくれるのはありがたいが、半笑いの彼を見ていると、馬鹿にされているような気持ちにもなり、少し不愉快だ。

「本人がそう言っているんだったら、両者の関係を無理に引きはがすようなことは、しなくてもいいんじゃない? 未来は確定事項ではないもの。彼の意見を尊重して、私らはしばらく様子を見てみようよ」

「まあ、本当にお友達の悪意が浄化されて、善良な高校生になったのなら、こんな議論しない方が良いもんね。痛い目を見れば多少は、考え方も変わって来るだろうし。うん、いいんじゃない。泳がせ捜査と行こうか。それではイリエーサー君、俺らはもう口出ししない。これからはしっかりと学園生活を満喫しなよ」

「ハイ」

「何かあったら、また俺に言ってきてよね。もう一回、学校に連絡してあげても構わないから」

「連絡と言っても、さすがに二回目は厳しいんじゃない? 学校側もいたずら電話だと思って、取りあってくれなくなるんじゃ」

「なら、どのみちお手上げなんだな。参った、参った。もう知ーらない」

「ここまで言っといて随分と冷淡な態度を取るね。そんなんだから、ぼっちになるんだよ。 あんたは」

「俺はぼっちじゃない。いつもみんなと一緒だ。見てくれよ、この錚々たるメンバーを。小学生に中学生、高校生、メイドさんに魔法少女に超能力者に宇宙人、騎士に戦士にサイボーグに猫耳に軍人……。こんなにも幅広いジャンルの萌えキャラに囲まれているじゃないか」

 飛鳥は棚に飾ってあるフィギュアを指し、自慢げに言う。

「分かったもう良い。あんたが痛い男で寂しくないのはよーく分かりました」

順番に名前を挙げ、キャラの説明を始めようとしたので、兎々津が面倒そうにあしらう。

「画面の向こうにはもっといるよ。次元を超越しているんだ。俺は」

「確かにあんたは、私の想像しうる次元の人ではない。いろんな意味で次元を超越している遥か彼方の遠い存在だ」

「ちなみに、トトッちゃんはどの属性に一番、萌える?」

「あ、イリエーサーの話はこれで閉幕なの?」

「閉幕でしょ、もう結論は出たもん。トトッちゃんの言った通り、何があっても自己責任ということで、弟子には今のまま学校生活を送ってもらう。んで、様子を見る。それで良いんでしょ、イリエーサー?」

「ハイ、良いデスヨ」

 飛鳥の挑戦的な問いかけには、半ば反抗する形で即答する。






アニメ鑑賞を終え、飛鳥宅を後にしたイリエーサーは、近くのアニメショップに立ち寄った。小さな店だが、飛鳥に教えて貰って以降、お気に入りの店で度々、足を運んでいる。既に青いエプロンを付けた店員の間では常連と認識されているようで、何人かとは顔なじみになっている。目が合うと「いらっしゃませ」と満面の笑みで、声を掛けてくれるのが嬉しい。店内にはDVDやブルーレイディスク、漫画やライトノベル、CDの他に数々のアニメグッズや同人雑誌が陳列されている。彼の知りうる範囲では、ビチレブにこのような店はない。そもそもこれだけ大量に書物やCD・DVDを納めている店自体、希少である。

外国人が一人で来るのが相当珍しいのか学制服姿の少女たちが、漫画本コーナーの棚とイリエーサーを交互に見て、何かを囁き合っている。少し幼い顔つきなので中学生くらいだろう。手を振ってやると、全員が嬉しそうに振り返してくれた。棚にはアニメ、声優、二次元アイドル、ボーカロイド、東方から歌い手まで多種多様なCDがずらりと並んでいる。初来店のとき、ボーカロイドのCDアルバムを一枚買っているので、今日は見るだけだ。

陳列棚の中に知っているアニメの主題歌CDを見つけ、手に取る。試聴が出来ないため、どの曲が入っているのかは分からないが、ジャケットのデザインに凝ったものが多いので、見ているだけでも十分面白みがある。DVDコーナーにはモニターが設置されており、近日公開予定のアニメ映画の予告編が流されていた。やはり日本のアニメーションは圧巻である。飛鳥も絶賛するこの美少女アニメの存在は来日してから初めて知ったが、日本で一種の社会現象を巻き起こした名作で海外進出も果たしている。幼年の女の子を惹きつけそうな、可愛らしい作画のキャラクターが印象的だが、決して子供向けに作られたアニメではないという。イリエーサーが視聴する際に、飛鳥と兎々津が口を揃えて、予想以上に過激でシリアスな展開が待っているのでくれぐれも注意するように、と言ってくるくらいだから嘘ではないだろう。まだ序盤の数話を見終えたばかりなのでなんとも言えないが、もうすぐその言葉の意味も理解できるそうだ。DVDには英語の吹き替え版もあるようだが、残念ながら飛鳥宅には置かれていない。




店内をのんびり巡っていると、鞄の中で携帯電話が鳴る。もう少しここに居たかったが、無視するわけにはいかないので、慌てて店を後にした。

「ハロー」

「やあ、イリエーサー。いきなり電話してごめんな」

 掛けてきたのは大森だ。一瞬、早く来いと催促されるのではないかと焦ったが、今となってはそれもただの取り越し苦労である。

「今から時間あったりする?」

「時間、あいてマスヨ?」

「よければ一緒に遊ばない? 行きたいところがあるんだよ」

「行きタイトコロ?」

「そう。面白いところだから、イリエーサーも絶対楽しめるよ。だから、一緒に行こう」

「良いデスヨ」

今日が土曜日で時刻はまだ、夕方四時を回ったばかりなので、遊ぶ時間はある。やけに早口でどこに行くのかまでは教えてくれなかったが、好意で誘ってくれているのを、断る理由はない。

「なら、四時半までにいつものゲームセンター前に来てくれる? あそこが一番わかりやすいでしょ?」

「オッケイ」

快諾した直後、そのゲームセンターがこのアニメショップからかなり離れていることに気が付いた。急いでも三十分やそこらで間に合わせるのは困難だ。出来れば他の場所での待ち合わせを希望したいが、臨機応変に日本語が出て来ない。

「一応でいいからさ、財布も持ってきてくれる? ああ、持ってないなら無理にとは言わない。金使いたくないなら空にしてくれても大丈夫。持ってくるだけで良いからさ」

「ハイ、あの……バショですが」

「じゃ、頼んだよ。また四時半にね。バイバーイ」

「マッテ下サイ」

 大森を引き留めようと声を張ったが、既に携帯は繋がらなくなっていた。折り返しを試みても応答はない。イリエーサーは落胆し、ため息を漏らす。相手の用件だけが一方的に告げられ終話するのは、ゲーム代を払わされていた約一週間前と何も変わっていない。

「君は再びそいつらから、金を出してくれとせがまれることになるよ。そしたらどうする?」

そんなことはあり得ない、あってはならない。イリエーサーは脳裏に生々しく蘇る飛鳥の言葉を強引に打ち消して首を振る。みんなは土下座して以降、変わったのだ。娯楽施設巡りを止め、学校で気さくに話しかけてくれる彼らの姿が何よりの証拠である。また、アドバイスをしてくれた飛鳥と兎々津は、実際に大森たちと会ったことがない。相手がどういう人物なのか全く知らないのである。だったら、ここで物事を深刻に捉え、悩むのは損ではないか。イリエーサーは肩の力を抜き、友人を疑わないようにしようと決意を固め、待ち合わせ場所へと急ぐ。








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