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担任教師より「職員室に来るように」との声が掛かったのは、大森が登校してすぐのことだった。朝一番に呼ばれたのは大森の他に鈴村、成田、イリエーサーがいた。このメンバーが職員室に集められる理由として思い当たる節は一つしかない。ゲームセンターでの件がバレてしまったのである。いずれはこういう日もやってくるだろうと考え、教員たちを欺く計画を立てていたが、少し悠長にし過ぎたようだ。計算していた時期よりもずっと早く発覚してしまい、周到だったプランは狂ってしまった。
廊下を歩きながら腰巾着らが、不安げに顔を見合わせている。大森は職員室に着くまでの間、情報の出所がどこなのかを考えた。イリエーサーが担任に相談した、麻雀部が告げ口をした、他の誰かがゲームセンターでのやり取りを目撃して学校にチクったなど、いくつか候補が浮かんだが、その中で最も有力なのが麻雀部の告げ口である。柚木と金井。生意気なあの二人が直接担任に言ったのか、イリエーサーを唆して言わせたのか、どちらかだろう。英語が苦手だとか、文化の違いがどうだとか言って、イリエーサーを敬遠していたくせに、最近は昼休みになると小意気にも、一緒に昼食を摂ったりしている。つくづく目障りな存在である。考えれば考えるほど、腸が煮えくり返る思いだ。あいつらは大森たちが何をしているのか突き止めるため、わざと苦手なイリエーサーと親しくなったに違いない。大森たちが課していた守秘義務をあっさりと破った、イリエーサーもイリエーサーである。本当に余計なことをしてくれた。本人は否定しているが、その焦り具合を見たら第三者に話したのは一目瞭然である。どいつもこいつもムカつく奴ばかりで気分が悪い。
大森は怨恨の籠った眼差しで、前方を歩くイリエーサーを睨みつける。クラスに来たその日から優しく接するだけでなく、日本語や日本文化を丁寧に教えてやったのに、こいつは恩を仇で返してきた。後姿を見ていると憎悪は膨らむばかりだ。事実が露呈されれば、停学だけでは済まされない。何を聞かれても断固として「知らない」を押し通すつもりでいるが、失敗すれば退学も十分にあり得る。最悪、処罰が決まっても、大森だけは親のコネを利用して何かの間違いだったと撤回させたり、鈴村、成田が主導でやったことにして逃げ切る道がある。ただ、それらが上手くいく保証はどこにもない。親父の慈悲で高校に進学出来た、腰巾着二人の将来がどうなろうと知ったことではないが、自分の経歴に傷がついてしまうのは避けなければならない。それこそ邪魔な金井や柚木、吉川らの思う壺である。
「どうするの。本当にやばいよ……。だから僕はそろそろやめておいた方が良いって言ったんだ」
「今更それを言ってもどうにもならないだろ。畜生! 絶対、クソ生意気なあいつらがチクったに決まっている。ただでは済ませないからな」
腰巾着の低能ぶりに呆れ果て、舌打ちする。こいつらは焦燥するだけで打開策を練ろうともしない。
「おい、クソ野郎どもへの報復は後回しにしろ。今はとにかく、この状況をどうやって乗り切るかだ」
「本当、そうだね。僕たちどうすれば良いか」
「どうやって、と言われてもな……何を聞かれても違うと言い続けるくらいしかないだろ」
「でも、そんなことしてもイリエーサーに全部話されたら、誤魔化しきれないよ? 大森のクラス担任は英語教師だし絶望的だよ」
「うるせえな、他に選択肢はないだろうが」
「いいや、待て。他にもある」
「だったら、教えてくれよ」
「簡単なことだ。イリエーサーに何も言わせなければ良い。あいつに擁護してもらうんだよ」
「そんなこと、どうやって……」
「今からあいつを人目のつかないところに連れて行く。お前らは余計なことしないで俺に話を合わせろ。いいな、余計なことは言うな。俺の真似をするんだぞ」
大森は物分りの悪い二人に念を押し、先を歩くイリエーサーを追い掛ける。職員室までたどり着かせたら手遅れになるので、迷っている暇などない。情緒に訴えかければ、少しはイリエーサーの気持ちも揺らぐ筈だ。そこに付け込ませてもらう。
「ちょっと待った、イリエーサー」
「ハイ」
「俺らと一緒に来てくれ」
「ナゼデスカ?」
「謝りたいんだ。頼む、一生のお願い。話を聞くだけで良いからさ……職員室に行く前に謝罪をさせてくれ」
「良い……デスヨ」
容易いものだ。イリエーサーはいきなり声を掛けられ、不審そうにしていたが、両手を合わせて頼み込むとすぐに頷いてくれた。彼を連れ、そのまま近くにあった障がい者用のトイレに入る。狙いの分からない鈴村、成田も大森に倣ってついてきた。
「ドウカしましたカ?」
個室での報復を恐れてか、若干怯えている。確かにこの馬鹿な未開人を袋叩きにしてやりたい気持ちもあるが、今は我慢だ。
「ごめん、イリエーサー」
大森は狭いトイレの床に両手と膝をつき、頭を下げる。トイレで子分以下の存在に土下座する行為は、人生で最大規模の屈辱だが、イリエーサーの口を封じるにはこうするより他になかった。脅して従わせても、教員に見破られる恐れがあるため、自発的に大森たちを助けたいと思わせなければ意味がないのだ。
突然の土下座にイリエーサーはもちろん、一緒に来た鈴村、成田も戸惑いを露わにする。床は掃除したばかりのようで僅かに湿り気が残っていた。
「この通りだ、許してくれ。俺たちはただ、外人の友達が出来たのが嬉しくて、調子に乗り過ぎただけなんだ。分かってくれ、支払いを無理強いするつもりなんてなかった。あれは国民性の違いが巻き起こした事故みたいなものなんだよ。今更、謝ってどうにか出来る問題じゃないけど、もう二度としない。だから、お願いだ。今日までのことは先生に言わないでくれ。このままだと俺たちは三人揃って、学校を辞めないといけなくなる」
「退学、デスカ?」
「そうだ。退学させられるんだ。頼む、何とか先生を誤魔化して、何もなかったことにしてくれ。俺たちまだ、高校生でいたいんだ。友達だろ? 助けてくれよ」
恥を堪え、無理やり涙を絞り出して懇願する。謝罪の気持ちなど微塵もないが、学校からの追及を避けるには、必要なことだった。
「ちょっと、待ッテ下サイ。ボクはアナタたちのコトを先生に話シテイマセン」
「俺も謝るよ。悪かった、もう二度としない。学校を辞めたくないんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
腰巾着二人も大森を真似て土下座する。プライドも威勢も捨て、許しを請うまで一人で謝り通すつもりでいたのでこれは助かる。馬鹿だから呑みこみも遅いと思っていたが、案外早くこちらの意図を察してくれた。
「分かりマシタ。謝らないデ下サイ、ダイジョウブです。ボクが皆サンを助ケマス」
白熱した演技が相手の心を捉えたようだ。あっさりと謝罪を受け入れ、微笑み返した。
「本当に……?」
「ハイ、ボクが先生に言イマス。皆サンは悪イ人ではナイと言イマス。困ッテいるトモダチ、放ッテハおけマセン」
「ありがとう、イリエーサー。やっぱり君は親友だ」
嘘泣きとも知らず、心配してくれる未開人は実に滑稽である。本当にピュアで騙しやすい。
「約束するよ。もうお前の負担になるようなことはしない」
大森は大げさに涙を拭い、握手を交わす。ひとまずこれで今日一日は、乗り越えられそうだ。
「プロミス?」
「ああ、プロミスだよ。プロミス、オッケイ?」
「OK」
演技力には自信があったが、これほど簡単に騙されてしまうイリエーサーは何なのだろう。仮に逆の立場で大森が謝られても、すぐに嘘だと見抜いて相手にもしないのに。演技を演技と見抜けず、大真面目に受け止めるなんて馬鹿としか言いようがないが、こいつの馬鹿さ加減はケタ違いだ。見ていて、将来が心配になってくる。間違いなく怪しい壺や数珠を高額で買ってしまうタイプの人間である。
「じゃあ、行こう。頼むぞ」
「任せて下サイ」
三人は順番にイリエーサーと握手し、トイレを出る。職員室で教員に囲まれてからは予告通り、ゲームセンターでの金銭トラブルを根も葉もない噂だと否定し、擁護に回ってくれた。自分が払うこともあったが、不当に要求されたわけではなく、自らが希望して払ったのだと、ねつ造まで滞りなかった。告げ口したのがイリエーサーではなかったこともあり、割と早めに職員室からは解放された。
その後、事なきを得た喜びを噛み締めつつ、大森は今後の方針について考えた。遊びたいのは山々だが、しばらくは辛抱しなければならない。イリエーサーには今まで以上に優しく接してやり、娯楽施設に誘うのを一時休む。二、三週間で元に戻るのが理想的である。次はゲームセンターからボーリング、カラオケ中心に切り替える。初めだけ支払わせる額を抑え、時間と共に少しずつ増やしていく作戦はこれまでとは大きく変わらない。学校や警察、クラスの奴らにバレてしまうことさえ気に掛けていれば、十分行ける。
別にあの未開人がどうなろうが大森の知ったことではない。所詮、イリエーサーなんて帰国まで財布代わりでいて貰わなければ存在価値もない奴なのだ。




