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モドキの怪奇録  作者: 水二七市松
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第二話

「ちょっと待って」

 私は、今始まろうとしている話を信じられないでいた。

 いや、分かっている。分かっているけれど。

 彼のいう事を受け入れる、と宣言した後で、舌の根も乾かぬうちに遮ろうとしていることは分かっているのだけれども。

「何だよ」

 彼がそういうのも分かっていたけれども。

「ちょっと待って。……魔人?」

「驚かないって言っただろうが」

「言ったよ?確かに言ったけど!ちょっとやそっとのことでってね!でもこれちょっとなの?そっとなの??」

「うるせえなぁ、続けていいか?」

 私の講義などまるでない物のように続けようとする彼。

 確かに驚かないと覚悟を決めた。しかし『魔人』とは、古くからあるランプの精のようなもの?

 バカバカしいというよりも、それ以上の形容が見つからないほどに信じられない。

 そんな私をに呆れながら、彼は再開する。

「まあ理解は出来なくていいから、とにかく最後まで聞いてくれ。取り敢えず、今説明した浸食現象については、主に魔人の生体が引き起こす現象だ」

 彼は私にも分かりやすく説明する為か、先程の怪しげな図鑑をパラパラめくり、神話などにまつわるページを開く。

「魔人とは、主に精霊、悪魔、天使、妖精、妖怪なんて呼ばれているものの総称だ」

「そんなものが、現実にいるってこと?この人間社会に?」

「それはちょっと違うかもな。僕ら人間と魔人は本来全く別の次元で生活している存在だ。だから当然生体も違う。人間は社会の発展を開発で行ってきたように対して、魔人はそれを進化で補ってきた」

「進化?」

「そう。だから魔人達はそれぞれ自分達の役割に順ずる『特別な能力』を備えている。昆虫が自分の身を守ったり、繁殖のために能力を持ったようにな」

「そしたらこの痣は、その魔人の能力のせいだってこと?」

「その可能性が高いだろうな」

 東條君はそこまで言うと、本を閉じて棚へと戻した。

「人間界と魔人界は、次元を隔てて本来は干渉できないようになっているけど、次元には歪みが生じたりすることもあるらしい。その拍子にこちらに迷い込んでくる人や動物がいるんだ。その逆ももちろんな」

 私はとにかく頭を整理するため紅茶を飲み干した。

「とりあえず今説明できることはこれくらいだ。信じるかどうかはまあ任せるけど、どうあれ詳しく調べるから、連絡先を教えてくれ」

 ―――結局、その後東條君に『資料』と称して写真を一枚だけ撮られた後に連絡先を交換して、旧部室棟を後にした。


 魔人……かぁ。まだ『黒魔術』とか『超能力』とか言われた方が、納得できたかもしれないな。いや、同じレベルの話なのは分かっているけれど。

 でも、悪魔とか天使とかそんな幻想的な存在の話をされるよりかは、人間の超常的な力が……なんて言われた方が納得できるってものだ。

 東條君が言うには、そんな悪魔だとか天使なんて呼び方は、勝手に人間が決めたものだと言うけれど。

 私は、ぼーっと左腕を見つめながら今日のことを思い出していた。


 * * * * * *

「あの、織部先生」

 私は放課後、職員室で仕事をしている先生を訪ねていた。

 この左腕のことを聞くために、練習のないこの水曜日を選んで、授業が終わってから足早に職員室へ来たのだった。

 ホームルームの終わっていないクラスもまだあるようなタイミングだったが、担任のクラスを持っていない織部先生は、既に職員室に戻っていた。

「あの、二年二組の朝霧です」

「おー、どうした。テスト期間でもねーのに」

「今日はオカ研は休みですか?」

「ああ。水曜と土日はないけど、うちの部は。なんで?」

「あの、織部先生に相談というか……見てもらいたいものがあるんです。ちょっとだけ時間をもらえませんか?」

 私が小声でそう伝えると、先生は少し「面白そうだ」といういたずらな顔をして

「ほー。じゃあ部室に行こうか?そこで聞いてやろう」

 と、切れ長の目を光らせた。


 部室について、私は概ね東條君と同じような前置きをしてから、左腕を織部先生に見せる。

 すると先生はそれを凝視しながら、少しだけガッカリした顔をして言った。

「朝霧、お前私の動画見たことある?」

「え?あ、はい。いくつか拝見したことは……」

 先生の言う動画とは、オカ研でやっている所謂『検証動画』というものだ。

 織部先生は大学の時から似たようなことをずっとやっていて、我が校のオカ研の顧問になってからは科学室の設備などを利用しながら、投稿者から寄せられた怪奇現象や都市伝説を科学的に否定検証する、という趣旨の、他行のオカ研では考えられないテーマの活動をしながら、その記録を動画サイトにアップしている。

 そのため、一部のネット業界や生徒たちからはカルト的な人気があるそうだが、同僚の教師は色々と良く思ってない人も多いのだとか。

「なら話は早いだろうが、私の専門はオカルトへの’’否定検証’’だ」

「ええ、分かります。だから織部先生なら何か原因が分かるかもと思って」

 私はすがる様に言ったが、先生は少しバツが悪そうに言う。

「そうかぁ~……いやすまんな朝霧。医者が分からんなら私にもそいつは分からん。ただな、分かる奴の心当たりはある」

「ほ、本当ですか?」

「いや、大きな期待はするな。取り敢えず文芸部を訪ねてみろ」

「文芸部……?ですか?」

「ああ、一応私は文芸部の顧問でもあってな。まぁ殆ど機能はしてないから形だけだが……とにかくこういうのはその文芸部の生徒が何か知ってるかもしれん。どうせ毎日馬鹿みたいに活動日誌だけは欠かさず書いてるような奴だから、今行ったら居ると思うぞ」

 私はそうして、先生に言われるがまま、文芸部へと足を運んだのだった。


 * * * * * *


 織部先生は暗に、『本物は専門外だ』と言うような言い方をしていた気がしないでもない。

 という事は、東條君が『本物に詳しい』という事を知っていることにもなるし、織部先生自体も''否定検証''なんて活動をしていながら、『魔人』なるものの存在を認識している、という事なのだろうか?

「はぁー、もう全然意味わかんない……」


 私は家に帰ってからお風呂に浸かっているときにまで、ずっとそんな考えの堂々巡りをしていた。

 改めて左腕の痣を見る。肩口まで広がってきたこのグロテスクな色をした歪な痣は、少しずつ確実に、私の体を蝕んでいる。

 仮に東條君のいう事を否定したって、この事実は変わらない。

 正直、解決の糸口が見えたかも、と一瞬は喜んだ。

 それになんとなく、どれだけ突拍子のないことを言っているにしても、東條君がでたらめなものを妄信して、それを他人の問題に平気で持ち出してきているにも見えない。

「僕はオカルトマニアでもなければ、頭がおかしいわけでもない」と彼は言った。''妄信的なそれ''の存在を主張する人間は、そんな言い方はしないように思う。

 それは彼自身も、普通に考えれば''魔人''なんて存在はオカルト的であり得ないものだと思っている、という事だ。

 だとすれば、彼は本当に私のこの悩みと向き合ってくれようとしているのかもしれない。

 明日また、ちゃんと話を聞いてみよう。と、そこまで考えたところで

「姉ちゃん風呂なげーよ!!俺もそろそろ入りたいんだけど!!」

 と、外から文句が聞こえて来たので、ここから先は明日の私に任せることにした。

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