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モドキの怪奇録  作者: 水二七市松
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第一話

『文芸部』

 そう書かれた扉の前に私は立っている。

 とは言っても、この部室棟の中にはその表札以外は存在しないのだけれど。

 というのも、わが校は私たちが入学する前、つまり今から三年前に旧校舎を取り壊し、新しく校舎を建て替えたのだが、新校舎の中には新しい部室棟も組み込まれていた。

 そのため本来ならばこの部室棟も取り壊される予定だったが、予算の都合上で部室棟の取り壊しと体育館の改築は後回しになったそうだ。

 そんな中、新校舎の部室棟を各部に割り振っていく際に、一室だけ足りないことが判明し、そんな中で文芸部は「書籍等の移動が面倒」と言う理由で新校舎の部室の使用を辞退したらしい。

 その名残で、今でも結局部室棟は足りていないので何だかんだ取り壊されずに、そのまま文芸部が独占してしまっている状況がまかり通ってしまっているのだが……。

 その問題の文芸部も、昨年私たちが入学してきた際には既に三年生しか残っておらず、入部希望者も一名のみだった。

 今年になっても入部希望者は現れず、この文芸部も今やたったの一名の部員しか居らず、この部室棟は実質的にその文芸部員一名の根城と化しているのだった。

 この校内でそんなイレギュラーがまかり通っているのは不思議ではあるが、恐らくはその生徒には表面上何も問題はない事、そしてこのままいけば文芸部はどうせ来年度には廃部になるのが原因だろう。

 そんな文芸部の前に私が立っている訳は、何を隠そうその件の文芸部員に用事があるからだった。

 とは言え、私はここまで来ておいて、そのドアを開ける直前で止まってしまっている。

 ここを開けるという事は、私は話さなければならない、という事だ。

 それでも、私が抱える悩みを解決する方法を、件の生徒が持っているとは限らない。

 もし話すだけ話して何も解決しないようであれば、私の悩みは瞬く間に校内に広がり、「訳の分からないうわ言を話す中二病女」というレッテルが貼られることも否めない。

 なんてことは杞憂が過ぎるとは思うけれど、それならいっそのこともっと専門的な人間に頼む方が良いのかもしれない。

 と思いつつも、正直こんなことにまともな専門家がいるのかもわからないし、私にはこういった悩みを聞いてくれるプロが本物なのか、それとも悪い大人なのかを見分けられる自信はなかった。

 だからこそ、一縷の望みをかけて相談した相手が''オカルト部顧問の織部先生''だったのだが―――

「んー、私にはわからんから、文芸部に行ってみな」

 ―――と、丸投げされ、今に至るわけだ。

 そんな私に残された最後の砦なのだったが、ここに来てから引くか否かの心の押し問答は既に体感では30分を経過している。

 しかし、私が抱える悩みは日を追うごとに深刻さを増している。正直これ以上時間を掛けてはいられないことも事実だ。

 私はようやく意を決し、駄目で元々、と扉をあけ放った。


 中は、八畳ほどのスペースに長机が二つあって、壁には窓を避けて一面本棚が並んでおり、言うなれば小さめの図書館のようになっている。

 その中心あたりで、パイプ椅子の背もたれに体重を預けながら、本を頭にのせて居眠りしている男子生徒の姿があった。

 私はその時に初めて、自分がノックもせずに部室のドアを開けたことに気付く。

 バツが悪いので、既に開いているドアを一応ノックしながら「ご、ごめんくださぁい……」と声をかけた。

 すると「んぁっ!?」と言う声と共に、その男子生徒は起き上がる。

 その反動で少し浮いたのか、椅子がカタリと床を打ち鳴らして、同時に頭に乗っていた本はばさりと床に落下した。

「え、えっと……起こしてごめんなさぁい……」

 私が申し訳程度に声を漏らすと、男子生徒は大きく伸びをして立ち上がった。

 髪は天然なのかパーマがかっていて、前髪は長く左側に寄せていて、片目が隠れている。

 なんというか、言っちゃあ悪いけれど、全体的にもっさりとしてて暗そうだなぁと私は思った。

 彼は私の方へ向くと、軽く首を鳴らしてから口を開いた。

「わざわざ放課後にこんな旧部室棟くんだりまで来るってことは、なんだか僕に用事があるんだと思うけれど」

 そう言って彼は自分が座っていた反対側の椅子を引き、「まぁ座りなよ」と言いつつ時計の方を見やる。

「25分か、まぁそんだけ入り口でウロウロしてたんなら、まぁちょっと込み入った話なんだろ」

 彼がそういうと、私は自分の顔が真っ赤に染まっていくのがはっきりと分かった。


「で、君は誰だったっけ。同級生だという事は、ネクタイを見ればわかるけれど」

 改めて座ってから彼は、私に尋ねる。ちなみに我が校は期別ごとに、男女共に制服のネクタイの色が変わる。私たちの代は赤、下が緑で上が青だ。

「私は二年二組、朝霧。朝霧悠由(あさぎりゆうゆ)だよ」

「あぁ、剣道部員の」

 反応を見る限り、私のことを名前だけは知っているようだ。

 恐らく、前年度の夏の大会で、女子剣道部員の中では唯一''個人戦地区予選準優勝、県大会ベスト16''というまぁまずまずではあるが形に残る成績を残し、「すごい一年が入った!!」などと先輩連中が吹聴して回ったせいだろう。

 悪い気はしないでも、正直うちの学校でもてはやされても、ただの地元の公立高校である我が校、宇佐原第一高校(うさはらだいいちこうこう)は特に部活動のレベルは高くないので、別段うれしくもない。

 ともかく私は、それなら話早い、と本題を切り出そうとしたが、そこであることに気付く。

「そういえば私も、あなたのこと知らないや」

 私がそう零すと、彼はすこしぽかんとしてから

「呆れたなぁ。込み入った話をしようって相手の名前も知らずに来るとは……」

 と少し笑いながら言った。

「僕は東條真津里(とうじょうまつり)だ。二年三組。隣のクラスだよ、よろしく」

 彼はそう言ってから、右手を差し出してきたので反射的に握手を交わした。

 しかし、異性の手を握るなんてよく考えれば小学生の遠足や社会見学で列になって歩く時以来で、少し恥ずかしくなって早めに手を引いた。

「それで、東條君に相談っていうか……聞いてほしい話と言うか、そんな感じのがあってここに来たんだけれど」

 と、私はさっさと本題を切り出した。

 しかし彼は私に対する関心は依然として低いのか、あくび交じりに

「僕が乗れる相談かぁ……。心当たりは少ないけどなぁ」

 と答える。

「じゃあ、私のはその少ない方のことかも……」

 私がそう返すと、少しだけ彼は表情を変えた。

「へぇ、どうしてそう思うんだ?」

「実は織部先生から、文芸部に行ってみろって言われたから、私はここに来たの」

 そこまで言うと、彼は完全に先程までのどこかだらしない表情をやめ、真剣な顔つきに変わった。

「織部を頼ったってことは、きっとオカルト絡みのことだと思うけれど、織部はなんて?」

「私には分からん、文芸部へ行ってみろって言われただけで……」

「なのになんで君はそこで右往左往してたんだ?」

「私にとっても、''これ''がなんなのか全くわからないの。だからこそ困っているけれど、何かわからないから誰に話していいのかもわからないし、それにできることなら私だってこんなもの、他人に見せたくないの。どんな噂が立つかもわからないし」

「わかった。秘密は守ろう。話してくれ」

 彼は依然、真剣な顔つきのままだ。私も、それに応えることにした。

「多分東條君が本当に''何かわかる人''なら、見てもらった方が早いだろうから、見せるね」

 私は意を決して、自分の左腕の袖をめくり上げた。

 そこにはとても人間の体にそぐわない色の痣が、我が物顔でのさばっている。

 私でさえ、自分の体なのに未だ見慣れることのないそれを、東條君は特に身じろぎもせず凝視している。

「少し触ってもいいか」

「え?う、うん」

 彼は痣のある腕を、少しだけ遠慮しながら、押したり撫でたりしながら矢継ぎ早に質問を始める。

「もちろん医者には見せたんだろうが、時期は何時からだ?痛みや何か体に変化は?」

「えっと、勿論病院に入ったけど、ただの表面的な痣で体には何も異常はないって。時期はひと月くらい前から。最初は手首の下くらいに十円玉くらいの痣があるくらいだったんだけど、今は肩くらいまで来てる。でも痛かったり何か体がおかしかったりすることはないよ」

「なるほど」

 東條君は少しの間黙って何かを考える様に、私の痣を見ていた。

 ややあって立ち上がったかと思うと、今度は本棚を物色しながら話し始めた。

「確証はまだないけど、多分僕はそれが何なのかを調べることは出来ると思う」

「本当に?!」

 願ってもない言葉に私は思わず立ち上がる。

「だから確証はまだないって。それに、それが何なのかわかったとしても、それをどうにかできるとは限らない」

 そう付け足されても、私にとっては僥倖だった。

 今までなんの進展も見せなかった問題が、少しでも光明が見えたのだ。

 そう思っている私をよそに、彼は何か古いハードカバーの図鑑のようなものを取り出して机の上に置いた。

「どういった理由で織部を訪ねたのかは知らないけど、朝霧の感覚は正しいよ。その痣に不吉で不気味な、’’普通じゃない’’何かを感じたんだろ?」

「うぅん、そうかもね」

 そう言われると、自分の感覚にそこまで信頼を置けるわけではないけれど、医者に「何の問題もない」と言われても、母に「そのうち消えるでしょう」と言われても、なんとなく身に押し寄せる危機感がぬぐえなかった。

 消えるどころか広がっていく痣に、オカルトじみた’’呪い’’などの可能性を、バカバカしいと思いつつも否定できないでいた。

 だからこそ私は、一縷の望みを賭けて織部先生に相談したのだ。

「まぁ、織部は''科学的にオカルトを否定検証する''ってのが専門分野だから、結果的には専門外だったわけだが」

「じゃあこれは……本当にオカルトな物だってことなの?」

「それはそうとも言えるし、違うとも言える。人間の定義で''世界''を測るなら、それはオカルトな話なのかもしれないけれど、もう少し引いてみれば、それは''世界''にとっては当然の現象だったり、症状だったりする」

 彼が何を言っているのかは本当さっぱり要領を得ないが、目の前に開いている本は黒魔術とか神話とか、そんなオカルトの言葉が並んでいる。

 私はますます訳が分からなくなっていくばかりだが、かまうことなく東條君は続けた。

「まぁ中世はこういう今では馬鹿げてると言われるようなことでも本気で研究していたわけだけども、まぁそんなことを研究するにも根拠は必要ってことだ」

 そこまで話してから東條君は初めて私の方に視線を戻した。すると、私が相当怪訝な表情をしていたせいだろう。彼は少し考え直す素振りを見せてから、「いや、先に''それ''についての話をしておこうか」と、私の左腕を指さした。

「分からない意味があっても無視してくれ。これは君を納得させるために前置きとして君に起こっていることを話しておくが、その中で疑わしい、理解できない、知らない言葉があっても一先ず話が進まなくなるから、スルーすること。オーケイ?」

 彼は何だか有無を言わせぬ表情で言うので、「は、はい」と答えるほかなかった。

「じゃあまず説明するけれど、朝霧のその腕に起こっているのは、一種の現象だ」

「現象?」

「そう。それは『浸食』と主に呼ばれている現象で、浸食には大きく分けて四つある。一つ目は『呪い』。ただこれは浸食途中で無視できないほどの肉体的制約、もしくは苦痛があるから、除外する」

 既に頭はパニックだけれど、彼との約束通りとにかく最後まで話を聞くことにする。

「二つ目は『憑依』。これは他者に少しずつ肉体を乗っ取られる浸食だが、経過中に性格の変化や意識の混濁が見られ、無視できない異変があるからこれも違うはずだ。で、三つめが『毒』だが、これは論外だな。医者に見逃されるわけがない。だから消去法にはなるが、君の話を聞く限り、可能性が最も高いのは四つ目の『洗脳』だ」

 オカルト部の顧問である織部先生からならば、或いはこんな類の話を聞かされてもある程度覚悟を決めていた分多少納得も出来たかもしれない。

 けれどまさか、ここでこんな話を聞かされるとは……と言う気分だった。

「で、その洗脳についてだけれど、特に参考になる神話も聖書も心当たりはない、っていうのが僕の現状の……質問どころじゃなさそうだな」

「頭が痛いよ……」

「はは、正常な反応だろうな」

 そういうと彼は出していた本を閉じて、隅の方にある小さな棚からマグカップを取り出し、紅茶とコーヒーを淹れた。

 紅茶の方を私の前に置く。

「ありがと」

「まぁ今の話をかみ砕いて理解する必要はない。理解しておいてほしいのは、こんな話をする僕が、オカルトマニアって訳でもなければ、頭がおかしい奴でもないってことだ」

「うーん……でも思考が追い付かないというか」

「だから、理解しなくてもいい」

 彼はコーヒーを一口すすると、少し落ち着いた表情で言った。

「信じるとかどうかはどうでもいいんだ。ただ、今現実に朝霧には普通じゃないことが起きている。それは間違いなく現実、''そこ''にあるんだ。それは朝霧にとって解決しなくちゃならないことなんだ」

 そこまで言うと、もう一口珈琲を啜った。

 私もそれに習って、入れてもらった紅茶に口をつけ、少し心を落ち着かせてみる。

 確かに彼の言っていることは現代社会の常識に当てはめると、随分と異端的なことばかりだけれど、その''常識''に当てはめて解決していない事実が今もなお私の左腕に居座っていることは確かなのだ。

 そして彼は、調べることが出来るかもしれない、と言ってくれている。

 その言葉には少なくとも、敬意を示すべきだ。

 そう思い、私はとにかく最後まで話を聞く覚悟を決める。

「とにかく、今説明したことは朝霧の''それ''に対する説明で、''何がどうなってそうなっているのか''という事は、これから調べることになる。だけど僕がそれに協力する前に、どうしても朝霧には理解してもらわないといけないことがある。何度も言うけれど、僕はオカルトマニアではないし、頭も大丈夫だ。ただ他の人間よりも、とある理由で''世界''に対しての視野が広い。ただそれだけだ。だから、僕の説明は朝霧にとっては、受け入れがたいことだとは思うし、突拍子もないことだとは思うが」

 私は深呼吸をする。

「大丈夫。''これ''が普通じゃないことはわかったもの。ちょっとやそっとのことで驚いている場合じゃないよね」

 私はそう言って、彼を見据えた。

「そうか、じゃあまず一から話していこう―――魔人について」

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