SS.マルゲリータ
育ってきた環境が違うのだから、価値観の相違は否めない。
自分にとって大事なことが相手にとってはどうでもよかったり、その逆も然り。
そんな時にはいくら好きな相手でもがっかりさせられたり、ムカッとすることもある。
子供のころから料理が好きで、食の道を志し、調理師になった僕にとって、料理に関する否定的な意見は、自分のすべてを否定されるようで正直許せない。
しかもそれが「マックのハンバーガーが最高のご馳走」などと本気で言うような奴の発言だと尚更。
「てゆーかさ、食べる物なんてお腹の中に入ればどうでもいいんだからさ、盛り付けとか、見た目とか正直あんまり意味無いと思うんだよねー」
思い出してまたちょっとイラッと来たが、ぐっとこらえて現在捏ねているパン生地に力を込める。
彼女は子供のころから両親が共働きで、まともな家庭料理を食べてこなかったから、多少は同情もする。だが、その意見は僕にとっては特大の地雷だ。
料理は美しく飾ることで味覚だけでなく、五感すべてで味わえるようになり、美味しさが増し加わるというのが僕の料理の美学だ。
成形して伸ばした白い生地に角切りの真っ赤なトマトを散らし、緑色のフレッシュバジルを隙間に飾り、真っ白なモッツァレラチーズをたっぷりと載せて美しくなったそれを高温のオーブンで焼き上げる。
「あ、なんかすごくいい匂い~」
香ばしい匂いにつられてキッチンにやってきた彼女の目の前で、焼きあがったばかりのピザ・マルゲリータにエキストラバージンオイルをかけてみせる。
――じゅわっ
濃厚なオリーブの芳香に彼女が歓声を上げる。
「わっ、すごい」
色のコントラストが引き立つ黒い陶器の皿にピザのピースを載せて差し出すと、彼女はちょっと決まり悪そうに笑いながら僕の望んでいた一言を発した。
「……うっわぁ、美味しそうだね」
Fin.