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生贄様と厄災と  作者: 鈴川流
1. 生贄様、遭遇 (ギルド編)
7/14

3章 都へ 2

 悪臭から解放されたのは、道なき道を一時間ほど進んでからだった。

 鼻についた悪臭は離れず、ふとした拍子に臭ってくるような錯覚には、後一、二週間は悩まされるだろう。

 大きく肺に酸素濃度の濃い空気を吸い込み、二酸化炭素の塊を吐き出してから、すぐ後ろにいるラグゼルを肩越しに振り返って足を止める。

「で、なんで魔物が襲ってこないか、訳を聞いても?」

 その言葉にラグゼルはフードの下でわずかばかりに、顔を下へ、私の顔を覗き込むような仕草を見せた。

 そして、吐き出してきた言葉は、

「・・・・気付かんのか? 鈍感なのか? 阿呆なのか?」

 と、呆れ返ったような声音に乗せてきた。

「あ、あほ、あほうだって?! 言うに事欠いて阿呆?!」

 私が思わず声を張り上げれば、ラグゼルはやれやれとばかりに首を振りついでに溜息まで吐き出してきた。

「お前は一体どんな気配を探りながら、この道を進んでいるのだ?」

「そりゃ、動物の気配とか、魔物の気配が・・・」

 しないほうに、と続く語尾を、私は口ごもった。

 進む方角にも、周囲にも、魔物の気配はしない、だけではない。

 動物の気配もしやしない。一匹足りとて。

 私の張り上げた声に驚いて飛び立つ鳥も、人の気配に対して警戒音を発するモズの声すらもしない。

 いや、もっと前からだ。

 遡って思い起こしてみれば、このラグゼルを連れて洞窟を抜けた時、いや、洞窟の中にいた時。

 虫の声が聞こえたか。

 夜に鳴くフクロウの声を聞いたか。

 己の血の気が引く音が聞こえたような気がした。

 静寂すぎる山の中は、すべての生き物が息を殺し、身を潜め、発狂寸前の緊張感が濃霧のように漂っている。

 逃げる事と、進む事で頭がいっぱいだった。

 さっき見た光景を打ち払い、ただ臭いのしない距離まで離れるのに必死だった。

 気づいてしまったら、この緊張感と、今、私を見ているこの化け物に対して、体中の産毛という産毛が逆立つだけでなく、鳥肌が立つ。

 これは、人のような姿をしていても、その中身は洞窟の中で見た姿すらもわからない異様な化け物だ。

 怖い。

 衝動的に駆け出したくなった瞬間、

「逃げれると思うのか?」

 と、私の顔色と表情から、いともあっさりと私が思ってしまった事をラグゼルは見抜いてきた。

 それがなお恐ろしくて、私はその場にへたり込む。

 大して寒くもないはずなのに、体がガタガタと震え、奥歯を噛みしめる事ができずにカチカチと歯が音を鳴らす。

 どうしようもない本能的な恐怖に腰が抜けてしまった。

「立てぬのか」

 体中を浸食する恐怖に呼吸もままならず、

「た、たて・・たて、ると、おおおもう?」

 そう発するだけでも一苦労で、呂律が回るはずもない。

「ふむ・・・・。こんなところで道草を食われても暇で仕方がないではないか。仕様がない。お前の恐怖心を少し軽くしてやろう」

「な—」

 何をする気か、と発するよりも先にラグゼルはローブの下から右手を覗かせると、魔法をかけるようにパチン、と中指と親指をすり合わせた。

 ふっと体にのし掛かる重圧が軽くなった気がしたら、チチチチと鳥の鳴声が鼓膜を叩いた。

 肌に触れる緊張感がすっと消え失せ、止まりそうになっていた呼吸がほうっと戻って来る。

 ギャアギャアとどこかの大型の鳥が鳴き喚いて、バタバタと飛び立つ音も聞こえた。

 どこかで鹿が草を食む音も、狼が枝をへし折る音も聞こえた。

 すべての音がワッと戻ってきたせいで、鼓膜が揺すられすぎて、耳が痛くなるほどだった。

 反射的に両手で耳を塞げば、体の強張りも無くなっていることに気づく。

「これで良いな?」

 耳を両手で塞いでも明瞭に聞こえたラグゼルの声に、顔を上げる。

 相変わらずフードは目深にかぶっているし、身の丈は二メートルを越しそうな感じだが、今まで肌に感じていた重圧感は明らかに軽くなっている。

「いったい何を・・・?」

 ふらふらしながら立ち上がりつつ聞けば、ラグゼルはローブの下で腕を組んだようだった。

「己が能力に一定程度の制限を架しただけよ。定命じょうみょうの理における上限までにな」

「そんな・・あっさりとできる、もんなのね」

 この化け物の規格外さを見せつけられて、喉から出てこれた言葉はそれぐらいなものだった。

 定命の理、ということは、おそらくは人が到達しうるレベル的な上限のことを指してはいるのだろう。

 人が到達しうるレベルの上限は99、というのが定説だ。

 歳と共に上がるようなものではない。ただひたすらに魔物を倒すことで得られる経験値によって到達しうるレベル、とは言われている。

 だが、いまだ、この世界においてレベル99に至った者、というのは聞いた試しがない。

 ちなみに、私自身のレベルは幾つか、と問われても、私は自身のレベルを知らない。

 そういう専用の道具や能力スキル魔術スペルがあるらしいのだが、生憎と村にそんな者も物もない。

 村周辺の魔物は剣と弓さえあればどうとでも対処できたから、レベルという概念を知らねばならない生活でもなかった。

 ただひしひしと感じるのは、レベル99にまで下がったラグゼルでも、私は逃げ果せる事も、勝てる気も、まるでしなかった。

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