5.会長と副会長
今度は長い。
ところ変わって中央本館四階東、生徒会室前。
「なあ、俺急用あったの思い出したから帰っていいか?」
返事を聞く前に回れ右。片足を浮かしたところで両腕を後ろから掴まれた。
「ここまで来ておいて逃げるなんて許さないよー。ね、カナタ」
「……………」
左腕を掴んだうえに捻り上げて逃走を不可能にしたアズミと、
右腕を掴んで隠れた目から鋭い眼光を発しているカナタ。
アズミが暴力的なのはいつものことだがカナタの髪の隙間からわずかに覗く目が怖い。蛇に睨まれたカエルっていうのはこういう状態のことを言うんだなぁと身をもって実感。
なんでこんなことになったのかと言うと俺が逃げ、いや戦略的撤退を行おうとしたところを二人に捕まったせいなんだが、俺がそれを実行しようとしたのには理由がある。
「いや、あのさ。これを見たなら帰りたくなるのも分かるだろ?」
「確かにそうだけど、それとこれとは話が別」
言い訳、もとい抗議もあっさり返された。
俺が言った『これ』ってのは生徒会室の入口のドアに貼り付けてある貼り紙のことで、曰く
『警告:生徒会長がいます』
生徒会室なんだから生徒会長がいるなんて当たり前、とか思った奴は手を挙げろ。とりあえずそこの窓からいっぺん落下してこい。
というのはまあ冗談で、うちの生徒会長はたまにしかいない。そしてあの会長のことを説明するのに必要なのは一言だけだ。
―――変人。
それだけでいい。なのに。
生徒会以外の何も知らない他の生徒たちはいろいろとアイツを持ち上げ過ぎてる。立場的にアイツなんて呼び方本当はやばいんだが、自分で好きなように呼べって言ったんだからまぁ別にいいだろう。ってそうじゃなくて、アイツのことを良く知らないから他の奴等は(特に女子は)頼ってくるんだ。
確かに、確かに眉目秀麗で頭脳明晰で運動神経抜群ではあるけれども!!
「サタン、それほとんどけなしてない。むしろ後半褒めすぎ」
「はっっ!」
アズミにつっこまれて我に返る。つーかなんで俺が考えてることわかったんだ?エスパーか!?
「さっきから全部口に出てるよ。もちろんエスパーってのも」
「………サタンの悪い癖。治さないと後で困ることになる」
う、まじかよ。カナタにまで言われるとは。実は今日始めて二十文字以上喋ってるし。
「ん?」
ふと見ると貼り紙の端っこにまだ何か書いてある。えーと……
「『本日、月読がいないので会長の機嫌が良い。入る者はそれなりの覚悟を 副会長より』ってはぁ!?」
「うそ!月読先輩いないの!?」
「………無事に帰れる?」
「ほぼ不可能に近い。ぜってーいじられる」
「どうしよう、わたしまだ遺書とか書いてない!」
「俺もだ……」
「………………僕も」
「いっそのこと一回書きに帰るか?」
「さんせー!」
「……………」
カナタは無言で首肯。よって賛成3、反対0のため一時撤退。三十六計逃げるにしかず。昔の人は良いこと言うなホント。
貼り紙に背を向け走り、だそうとしたところで生徒会室内から声がかかった。
「そこの入口で漫才してる三人、早く入れ」
とっても不機嫌そうな声。半音以上低くて誰なのか判別がつきにくいがまぁ副会長だろう。
「「「………はい」」」
逃げるに逃げれなくなったので、俺たちは(かなり嫌々ながら)大人しく部屋に入ることにした。
「ああ、紅宮さんに夜凪さんに空嶺さん。お久しぶりです。そろそろ高校の生活にも慣れましたか?」
入口の真っ正面、広い室内の一番奥に設置された立派な事務机に着いている人物は、俺たちが中に入るとすぐに声をかけてきた。
アズミは無表情であるように努めているがうんざりしている様子だ。俺もそんな感じだが、カナタは無表情を通り越して能面みたいになっていた。
「……お久しぶり、と言っても一週間ほど前の招集日に会ったばかりだろう。挨拶としてはおかしいぞ、天照」
無言の俺たちを見かねたのか、不機嫌さを抑えて言葉を返したのは別のデスクでノートパソコンを操作している男子生徒。それでもどことなく棘々しい感じが見て取れる。
「いえいえ、私は生徒会の皆を気に入っているから一日でも会わないと淋しいんです。ですからお久しぶりでいいんですよ、ねぇ?」
飄々とした態度と言葉で向けられた毒をかわす奥の人物。最後の台詞はこっちに向いているが俺たちに同意を求められても困る。よって無視。
「それはそうとして、クロスくん。いつも言っていることなのですが、私のことは名前で呼んでください。出会ってから丸二年、私と君の仲でしょう?」
「誤解を生みそうな発言は止めろ。おれとお前の関係は万神高校生徒会の会長と副会長にすぎない。出会ったと言っても一方的にお前がおれを生徒会に引きずり込んだだけだろうが。それに他人行儀と言うならお前が先に敬語をやめろ。そうしたら考えてやらんこともない」
無視されても気にも留めていないのか、会話の矛先を変えることにしたらしい。だが相手の機嫌は最悪なので、冗談もそれ以外もまとめて叩き返される。
あの飄々とした人物がここの生徒会長、天照美神。銀色の髪に紅い瞳、美貌と言ってよい整った顔立ち、雪のように白い肌、そして頭脳明晰、運動神経抜群の文武両道。非の打ち所がないカリスマ的存在――――ってなに褒めてんだ俺!
とまあ、これだけ聞くと素晴らしい人物だと言えるが名前やその美貌に騙されることなかれ、奴は男だ!!
人をからかったり、ちょっかいかけたりするのが大好きで、仕事はまったくしないくせに人を惹き付ける俺的に大嫌いな奴だ。
「サタン、それはひがんでるって言うんだよ」
「うるせぇ」
アズミに小声でつっこまれた。また口に出していたらしい。
「だいたいお前は何で月読がいないと仕事をしないんだ。会長印がないと提出できない書類もあるんだ。さっ・さ・と・や・れ」
さっきからずっと不機嫌でイライラしてる男子生徒は副会長の紅宮玄守。名字が俺と同じなのは偶然じゃなくて、俺の兄だからだ。
俺と同じくせのある髪だが、俺より大分短く色は黒い。それをオールバックにして、眼鏡をかけているので今流行りの執事っぽい印象がある。成績優秀で運動もでき、会長と唯一肩を並べる存在らしい。
だが誰に対しても丁寧な口調の会長とはまったく正反対に口があまりよろしくない。それがなければもっともてるだろうに。
「お前には言われたくないな、サタン。お前も人のこと言うより先に自分のを治してこい」
………どうやら口に出ていたらしい。兄貴の目がめちゃくちゃヤバい。
アズミとカナタを見ると目を逸らされた。ひでぇ。
会長を見ると何かいい感じの妙な笑顔を返された。このSめ。
「まぁいい。サタン、アズミ、カナタ。何か用事か?」
気を取り直したらしく兄貴が尋ねてきた。普通最初に聞くべきじゃないのか。
「聞くのが遅くて悪かったな」
………もう悪口は考えないことにしよう。
「ついさっき、放課後になってすぐに依頼があったんです。危険はなさそうだったので受けたんですけれど」
だんだん悪化していく雰囲気を遮るためか、アズミが端的に用件を言った。
「ふむ、依頼は構わないけれど内容はどうなんだい?」
黙って俺たちのやり取りを見ていた会長が口をはさんだ。その瞳は新しいおもちゃを見つけた子供みたいに輝いている。―――マジ帰りてぇ。
「えーと、内容は………」
会長の様子に気づいていながらもしっかりと話すアズミ。時折カナタが付け足しつつ説明は問題なく終わった。……二人とも半分逃げ腰だが。
ともかく、気絶していた(させられていた)俺も始めて細かな依頼内容を知った。
普通は移動中に教えてもらっているもんなんだろうが……さっきまで忘れていた。アズミとカナタが話さなかったのは俺も道連れにするためだろう。皆さんいい性格してるよホント。
会長がゆっくりとうなずく。
「わかりました。恋愛七不思議の噂は前から聞いていましたし、一度調べてみようかと思っていたところです。必要なら他の生徒会メンバーにも話を通しておきましょう」
「ありがとうございます」
こういう時だけは真面目で行動が早い、一応生徒会のトップという自覚はあるようだ。まあ滅多にあることじゃないから絶対に裏があるんだろうな。
視線を感じたのでそちらを見ると、当の生徒会長がこちらを見ていた。
「……………」
無言で返すと、急にニタリと笑った。
鳥肌たちました。それはもう一気に。嘘じゃなくです。
ばっ、と目を逸らし周囲の様子を伺うと、アズミと兄貴は細かい打ち合わせをしているらしく気づいていなかった。だが、
「……………………」
左横でカナタが固まっていた。……見てしまったようだ。
その後、俺たちは(正確に言うと俺とカナタは)できる限り早く生徒会室から脱出した。
………理由は、尋ねないでほしい。