2.生徒会の三人
この学校の敷地内には合計20棟の建物がある。
北から男子寮、塀をはさんで運動部部室棟、特殊課教棟、理科教棟、普通課教棟が三つ(北本館、中央本館、南本館)、情報・商業課教棟、芸術課教棟、文化部部室棟、また塀があって女子寮。北西に体育館、南西に図書館があり、東側は広大な運動場。加えてテニスコート、プール、陸上競技専用トラックなんかもある。卓球場、武道場そのほか細々した建物がいくつか存在し、まさに学校として最高級の設備と言える。
ちなみにこの高校を西の正門、もしくは東の裏門から見ると左右対称に建物が並んでいることがわかる。……無駄に細かいが、どれが何の棟か覚えておかないと目的地と真逆に行ってしまう可能性があるため実に紛らわしい。更に無茶苦茶広いため、毎年新入生が迷子になるとか。
三人と少女がやって来たのは、校内に五ヶ所ほどある食堂のうち最も人気が高い中央本館にある食堂、通称本食。本職ではない。
四人が食堂に入ったとき偶然人が退いてたまたま空席になった六人掛けのテーブルの右端に腰を下ろすと、アズミが自己紹介を始めた。
「わたしは夜凪アズミ。ご存じの通り、生徒会員です。で、こっちの目付きが悪いのはー」
「目付き悪い言うな。……紅宮サタンだ。一応、生徒会一年団のトップってことになってる」
アズミの左側に座ったサタンが面倒そうに名乗った。
「……………」
「おい、名前くらい自分で言え」
左隣で無言のままうつ向いているカナタをサタンが急かす。やはり子犬っぽい。
「…………空嶺カナタ、生徒会執行部所属……」
一分くらいして口を開いたカナタはそれだけ言うとすぐに沈黙。それを聞いて唇の端をニッとつり上げると、サタンはカナタの頭を軽く叩いた。
「上出来。…………でお前は?」
最後の言葉が自分に向けられたものだということに、少女はしばらくしてから気付く。慌てる少女を手で制すと、アズミがおもむろに言った。
「そんなに慌てなくていいよー。大和名照詩子さん」
「えっ!!なんで私の名前……」
驚きを隠せない少女にアズミはさらりと続ける。
「生徒会員規約その一、全校生徒の名前と顔を覚えること。……数少ない生徒会の義務みたいなものの一つだから気にしないでー?ここのバカは例外だけど」
「誰が馬鹿だ誰が」
「あれ、自覚なし?」
「ないわけじゃないがお前にだけは言われたくない!」
「何よー、わたしより頭悪いのは事実でしょ」
「だから嫌なんだ!」
「む、こんな美人な幼なじみに言われて嫌なら、誰にだったら言われていいの?」
「美人で幼なじみなのは認めるが自分で言うな」
「にゃーんーでーすーとー!?小さい頃泣き虫だったくせにー!」
「げっ、何言って」
「ほかにもー……」
「やめろー!!」
他人をそっちのけにして口喧嘩を始めた二人に、おろおろと戸惑う少女。かなり気が動転しているようだ。
そんな彼女の耳にコツコツという音が聞こえた。音のする方を見てみると、カナタがボールペンで手の平サイズの手帳を叩いている。そこには達筆な文字でこう書かれていた。
『気にしなくていいので、自己紹介してください』
「でも……」
小さな呟きを聞き取ったのか、手帳に何か書き加えるカナタ。再び手帳が向けられたときには新たな一文が増えている。
『話し始めたら勝手に止まります』
その言葉でようやく決心したのか、やがて少女は勢いこんで言った。
「一年L組の大和名照詩子といいます!ショウコとお呼びくださいっ!今回は“万屋”の皆さんにお願いがあってきました!!」
するといつの間にかアズミとサタンは姿勢を正していた。かなりの早業である。……カナタは椅子ごと少し離れていたが。
ついでに言っておくと、テーブルには右からアズミ、サタン、カナタの順に座っており、カナタの対角線、つまりアズミの正面にショウコが座っていた。こんなおかしな配置にしたのはカナタをショウコから離すためである。変な意味ではなく。
「あの、自分たちでこう言うのも難なんだけど………わたしたちでいいの?」
言いにくそうに言葉を紡ぐアズミに、ショウコはきょとんとした目を向けた。
「……もしかして、生徒会のことあまり知らないのか?」
「………はい」
サタンの問いかけに恥ずかしそうにうなずくショウコ。アズミはなら仕方ないか、と笑ってから説明を始めた。
「簡単に言うと生徒会――通称“万屋”は執行部、情報部、事務部に別れてるの。そのうち各学年ごとに一年団、二年団、三年団っていうまとまりがあってそれぞれの学年の頼みを聞いてる。あ、各学年団は執行部員が六人、情報部員が四人の計十人で構成されてるよ。事務部はまた別」
そこでアズミははぁ、と溜め息をついた。
「でもねー、実は一年団は色々と問題があってね……。わたしたちのチーム、ほかの一年チームに嫌われてるの」
「え?」
「周り見てくれる?」
言われるままに辺りを見渡すと、広い食堂の真ん中あたりにいる四人の周りには半径五メートルほどの空間ができていた。それだけ離れている人々でも、サタンやアズミと視線が合いそうになった者は逃げるようにその場を立ち去っている。
「どうして……?」
「……俺にしてみれば俺たちの噂を知らないお前のほうが不思議なんだが」
サタンが唐突に口を開いた。だがアズミも同意見らしく、何も言わなかった。
「すみません」
「謝らなくていーの。………まあこんなになってる理由はそこの二人が色々と有名だからなんだよ」
「アズミ、さりげなく自分を外すな」
「まあ何で有名かはおいといてー」
アズミの言葉に鋭く口をはさんだサタンだがスルーされた。少し不憫だ。
「そんなこんなで、わたしたちはほかのチームに協力してもらえないんだ。だから依頼の解決にも時間がかかる。今までだって先輩たちに手伝ってもらってたし………」
「構いません」
寂しげなアズミの台詞を遮ってショウコが言った。
「一度頼んだことをそんなことだからって引き下げるなんて嫌です。そんな理由、私は気にしません!」
その言葉に三人はかなり驚いたように見えた。相変わらずカナタは表情が見えないのでよくわからなかったが。
落ち着いたらしいアズミが満面の笑みを浮かべて、ショウコを促す。
「じゃあ、どんな依頼か話してみて?」
少女はうなずくと、ゆっくりとその内容を告げた。
「実は……この学校に伝わる恋愛七不思議を探してほしいんです」
「「れんあいななふしぎ?」」
「……………」
サタンとアズミが思わず聞き返し、カナタはやっぱり無言だった。