1.ことの始まり
八百万事件ファイル“七不思議恋愛バトル”
首都圏にほど近い場所に、学芸都市として有名な八百万市は存在する。
そして八百万市の中心にあり市の発展をになっている国内最大級の高校、名を万神高校という。
大学と見間違えそうなほど広大な敷地に充実した設備、生徒総数二千人あまりのこの学校には何故か変わり者ばかりが集まり、毎日のように騒動が起こっていた。
これはそのうちのとある事件の顛末である。
「せ、生徒会の皆さんですかっ!?」
六月の始め、梅雨入りが発表された途端に晴天となったこの日の放課後、ある数人の生徒は一人の少女の言葉によって厄介事に巻き込まれる羽目になった。
その台詞を発したのは美人、というより可愛いといった方が正しいであろう美少女。私服OKの学校なので着ているのは制服ではなく青のワンピース。胸につけた校章と学年章で一年生だとわかる。
彼女の問いかけに返ってきた反応は三つだった。
「あ?誰だお前?」
「えっと、多分一応そういうことになってるらしいよ?」
「……え?あの、その………」
共通点は疑問符のみ、まさしく三者三様といったところだ。
そしていまいちまともな答えが得られず、どう返せばいいのかわからない少女。
まあガラが悪い男子生徒に不機嫌そうに質問で返され、おっとりした女子生徒にすごく微妙な肯定を受け、おどおどした男子生徒にいたってはまともに口を開いてさえいないのだ。そんな返答(?)をされれば大抵誰でも困るだろう。
ちなみに、こんな妙な状態を作り上げてしまった三人は多分でも一応でもなく生徒会のメンバーである。
といってもこの学校の生徒会は先輩や友人に半強制的に連れて来られた人ばかりで、協調性のなさはピカイチのため総勢四十人近いメンバーは各々でチームを組んで動いているのが普通だ。
生徒会の仕事は学校の運営と行事の司会、進行。加えて―――なんでも屋のようなことをしているのである。
そのため、この万神高校生徒会は通称“万屋”と呼ばれてもいるのだが……なぜかその“万屋”の中でトップクラスの解決率を誇って(?)いるのがこの三人のチームなのだ。
……本人たちにその自覚は一片たりともないだろうが。
最初に反応したガラが悪くて目付きも悪くてついでにファッションセンスもいまいち良くない不機嫌そうな少年。彼の名前は紅宮紗炎。……親のネーミングセンスも疑いたいところだ。通称
「サタン」、もしくはその名前と見た目から
「悪魔の暴君」と呼ばれ恐れられる、計十人いる生徒会一年団の実質的なトップに君臨する人物である。肩書きは
「一年団執行部長」。ちなみに茶髪(地毛)、黒目で少し長髪。白い長ズボン(!)に赤いTシャツ、白のワイシャツを重ね着している。
続いてとても曖昧な答えを返したのは(自称)チームの紅一点。常ににこやかな笑顔を浮かべ、ふわふわとした雰囲気をかもし出す少女、夜凪鴉澄。通称
「アズミ」、またの名を
「天然毒舌女神」だが本人の前で言うと・・・。生徒会の情報部に所属しており、一年団で最も情報通である。サタンとは幼なじみ、もしくは腐れ縁な関係。鴉の濡れ羽色のショートヘアに茶色い瞳。深緑のキュロットスカートに白いワイシャツを身につけているが、和服がとても似合いそうな、先の少女はまた違った清楚な美少女だ。
まともに返事さえなかった少年は、おどおどとしていて少し挙動不審だ。前髪が長くうつ向いているため顔はほとんど見えない。なのに普通というのが似合うのが不思議である。彼の名は空嶺彼方、サタンと同じく生徒会執行部に所属の一年生。といっても最近入ったばかりで、まだまだ経験不足。友人は少なく、サタンとアズミからは
「カナタ」と呼ばれている。墨色、というより灰色の髪、目は隠れて見えないが肌がかなり白い。黒のズボンに白のワイシャツ、黒いネクタイ。全体的に白と黒で統一されているようだった。
「という冗談はおいといてー。ほら、サタンがそんな怖い顔してるから怯えちゃってるよ」
「これが地顔だ。それに俺のせいじゃ………おいカナタ隠れてんじゃねぇ」
アズミがにこにこしながらサタンをたしなめる。サタンはうっとうしそうにそっぽを向くが、いつの間にか廊下の影に隠れるように移動していたカナタに気付き彼を引っ張り出す。
「……………」
身長は長身のサタンと大して変わらないのに、その様子が子犬のように見えて少女は思わずくすりと笑ってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
礼儀を欠いた自分の態度に気付き、少女は慌てて謝った。
「謝らなくていいよ。いつものことだし?」
アズミは手をひらひらさせながら言う。それでも恐縮している少女に、カナタが小さく呟いた。
「……こちらこそ、すみません」
その様子にサタンとアズミは驚いたようだった。意地悪そうな笑みを浮かべ、サタンが尋ねる。
「初対面の奴と話すなんて珍しいなぁ、カナタ?美少女に話しかけられて嬉しいのか?」
「……………」
再び黙るカナタ。その表情は特に変化があったようには見えない。
呆れたようにアズミが口を開く。
「サタン、カナタをからかうのはやめなよ。………それで、生徒会に用事ですか?」
前半は幼なじみの少年に、後半は話しかけてきた少女に向けられていた。
「はい。というよりは“万屋”さんになんですけれど……」
戸惑いながらもそう告げた少女。対してアズミはにっこりと笑い返した。
「わかりましたー。じゃあこんなところでは難ですし、食堂にでも行きましょう」
さっさと歩き出す三人に、少女は青いワンピースの裾をひるがえしながら急いで後を追いかけて行った。
誰かがその一部始終を見ていたのにも気付かずに。