12.調査一日目・2
生徒会室。そう書かれたプレートを目の前に、俺は立ち止まった。つられてカナタたちも止まる。
この中には先に戻ったアズミや兄貴たちが待っているだろう。だったら入ればいいと思うかもしれないが……
「サタン、入らないのか?」
……なんでさっき階段から蹴落とした奴がここにいる?
「……さも当然のようについてくんなスサ。また階段を転がりたいのか?」
「何を言う、オレがついていったら悪いか!?」
「悪い」
「カルチャーショック!!」
いや文化は関係ないから。というかあれくらいでショック受けんなよ。
……つーかドアを開けようにもなんか嫌な予感がするんだよなぁ。なんとなく原因の予想はついてるんだが、この予想が当たってた場合、何をどうしても俺が責められそうだし……あ、そうだ。
「おいスサ」
「ショーック!ってなんだサタン?」
「うるさい。あと名前で呼ぶな」
「ガーン!!」
ムンクの『叫び』ってこんな感じか?それに自分で効果音言うなよイタいから。
「冗談だ……。お前、先に入れ」
「え、いいのか?」
「ああ」
「ふふん。ついにサタンも俺が頂点に立つのにふさわしいと理解したか!」
「あー理解した理解した、この場合は先頭を進むだがな。だからさっさと逝ってこい」
「みぎゃー!?」
ドアに向かってスサを蹴飛ばし、ぶつかると思った瞬間にカナタがドアを開けた。
もちろん、スサは生徒会室に突っ込み……
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
すごい悲鳴だな。先にバカを突っ込んどいて良かった。
少しだけ中を覗くと、のたうち回る芋虫みたいな奴の姿が見えた。……普通は駆け寄るべきなんだろうが、転がってるのはスサだから問題ない。むしろ追撃に警戒すべきだ。あの人たちがこれくらいで終わらせる訳がない。
そして案の定……
「薙隊員!罠が作動しました!」
「波隊員!動作は正常です!」
「「では捕獲!!」」
重なった二つの声が聞こえたかと思うと、バサリ、とスサの上に編み目の粗い網が落ちてきた。五メートル四方の網の中でスサが暴れるが、動けば動くだけ網に絡まっている。……近寄らなくてホント良かった。スサ、お前の尊い犠牲は忘れないぞ…
「死んでねぇよ!勝手に殺すな!」
もぞもぞと網の下で動く物体が何か言っている。……生きてたか。
「ああ良かったいきてたんだなスサ俺は嬉しいよ。…………ちっ」
「超棒読みな上に舌打ち!?」
「うるせー黙れ。芋虫は芋虫らしく床でも這ってろ」
「誰が芋虫だぐぇっ!」
「サタンだ!」
「ホントだ!」
「うわっ」
生徒会室から飛び出してきた二人の少女(というか見た目的に女の子)が俺の腕を左右から掴んできた。
……えー、その直前に何が起こったかというと……まあスサが踏まれた。そんだけ。
「サタン、久しぶり!」
「サタン、元気?」
俺の両腕を引っ張っている二人は本当にそっくりな格好をしていた。Tシャツにジーンズ、裾が地面につきそうなくらい大きい白衣。Tシャツの色と髪をツインテールにまとめているゴムの色に違いがなければ同じと言っていいだろう。そして、二人は顔までそっくりだった。
俺の胸ぐらいの位置にある双子の少女の表情は、おもちゃを見つけた子供みたいにキラキラと輝いているように見えた。……実際、この比喩はあながち間違ってはいないのだが。
「寝坊してない?」
「宿題してる?」
「実験台になって!」
「ご飯作って!」
「ナギにも!」
「ナミが先!」
「むぅー」
「くぅー」
「「ううー!」」
代わる代わる矢継ぎ早に左右から飛んでくる言葉にちょっと疲れるが、当分終わりそうにない二人の会話に仕方なく仲裁に入る。
「先輩方、実験台は嫌だけど料理はまた作るから離れてください」
「「えー、だってー」」
「二人の好きなもの作りますんで」
「「ちぇー」」
しぶしぶといったように手を放す双子。あー、腕が痛い。小さいとはいえ二人ぶんの体重をかけられるとさすがにしんどい。
黄泉平坂薙と黄泉平坂波。それがこの二人の名前だ。髪ゴムとTシャツがオレンジなのがナギ先輩、ピンクなのがナミ先輩。月読先輩と同じ二年生で、そこで痙攣してるバカとは違いちゃんとした生徒会のメンバーだ。とはいえ、その行動はあまりちゃんとしているとは言えない。なぜなら――
「仕方ないか」
「仕方ないね」
「サタンが駄目なら」
「スサくんにしよう」
「「うん、そうしよう!!」」
そう言って楽しそうな笑顔を浮かべ、二人は生徒会室の入口に振り向く。
「……くう、これでも無理か。ならばこれでどうだ、って手首変な方向むいたー!?」
そこには未だに網から脱出できずおかしな試行錯誤をしているバカの姿が。何故か一人でツイ○ターゲームみたいな動きしてるが、それでどうやって網から抜け出すつもりなんだ?というか抜け出せると思ってんのか?今なんか右手の手のひらが外側向いたし。見てるこっちが痛くなってくる。
そして双子はゆっくりとスサに近付いていく。
「オレは負けねえええ!って、何ですかお二人さ、ん……?」
どうやらとても楽しげな二人に気づいたらしく、スサが少し引きつった笑みを浮かべた。……お前の予想は間違ってないぞ。たぶん。
「あははははは」
「うふふふふふ」
「あのねスサくん」
「お願いがあるんだ」
「「実験台になってくれないかな」」
「へ、…………な、なんの、ですか?」
スサがじりじりと後ずさりしているが、網に引っかかってうまく下がれないらしい。その間にも先輩たちは少しずつスサとの距離を詰めていっている。
「「もちろん」」
「さっきのトラップに使ってた」
「新しく発明した催涙スプレーの」
「「実験台」」
独特な話し方が余計に恐怖感を煽るんだよな。普段は慣れてるから気にしないけど、こういう時の二人は怖い。
今までの会話、いやほぼ一方通行だったからそう呼べるかは不明だが……に発明という単語が混じっていたのは、ナギ先輩とナミ先輩の二人が生徒会の事務部に属する自称・天才発明家で色々な道具を作り出しているからだ。そしてそれゆえに…………生徒会の問題児と呼ばれている。
二人が何かを作ると、それを試すために実験台を探し始める。その何かが時には罠だったり今言ってた催涙スプレーなんかだったりするわけだ。
「いやもうさっきのスプレーで威力はじゅうぶんに体感しましたからこれ以上はちょっと……!」
「「遠慮しなくていいんだよ」」
「遠慮じゃな……」
「「さあレッツゴー!」」
「いやですって痛っ、ちょ、先輩網ごと引きずらないでって擦れてる!めっちゃ擦れて痛いうえに摩擦熱で熱いんですけど誰か助けてヘルプみ゛っ……」
あ、舌噛んだ。
そのまま二人がかりで網を引っ張って廊下に出て行くのを俺は安堵して見送った。薄情だって?一回でも実験台にされたらそんなこと気にもしなくなるぞ。
「え、あの、今のはいったい……」
あ、ショウコがいること忘れてた。俺やカナタは慣れてるから良いけど、初めて見たらそりゃ驚くよな。普通。
「あー、さっきの双子は生徒会のメンバーで一応二年生。二人とも発明や実験が好きだからああやってよく実験台を探してる。たまに罠を仕掛けて、さっきのスサみたいに捕まえてることもあるんだよ」
「せ、…先輩?……それに、実験って……」
「そこらへんは割愛させてくれ。めんど、……………話すと長くなるから。そのうちわかるし」
「はぁ……?」
まだショウコは首を傾げてはいるが、納得とまでは行かないにしても一応ある程度理解したらしい。……にしても、危うく本音言うとこだった。セーフ。
「……………」
視線を感じて振り向くと、ドアの横で事の顛末を見ていたらしいカナタが俺に目を向けていた。いつもは隠れている目が灰色髪の隙間から覗いて、咎めるような感情が伝わってくる。…………だって面倒なものは面倒なんだから仕方ないだろ。
「サタン、カナタにショウコさんもなんでここに?」
部屋の奥にいたアズミが不思議そうに言った。