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非常事態にこそ人の本性が現れる

『いやああああああ!』

「ぐっ!」


 耳をつんざくようなシェーラの悲鳴を聞きながらも、智人はすべきことを開始する。

 そして常に最悪を想定して動く智人に取って問題なのは、今自分らを囲んでいる鉄柵に電気系トラップが仕掛けられているという可能性だ。まずこの問題に対処しなければならない。

 無論、最強のサイコキネシストと言えど感電するなどご免だ。そしてそれはこの場にいる全員が思っていることだろう。


「んじゃまずはっ!」


 全てを把握した智人は躊躇うことなく自身の能力、つまりサイコキネシスを行使する。 対象は自分と、九人の少年少女たちだ。

 まずこの場にいる全員にサイコキネシスを行使してその動きを完全にコントロールする。右へ左へ縦へ横への不規則な動きを停止させ、全員の動きを吹き飛びつつある鉄柵の動きと同調させ、誰も鉄柵へ触れないようにと配慮した。

 普通に考えれば誰も鉄柵に触れないというのはおかしな事なのだが、皆それどころではないだろうし、感電しないのならそれに越したことはないだろう。

 やがて鉄柵は派手な音を立てながら地面に落下し、回転運動も含め全て停止した。

 そうなると、十人の少年少女たちが虚空に浮いているというシュールな光景が出来上がるわけだ。生憎と足を付けるべき地面の側は鉄柵になってしまったのでサイコキネシスを解除することは出来ない。


『ん……あ、あれ? 何とも無い、って私浮いてる?』


 さすがにこの状況になれば自分が異常な状態であると気付けたようで、真っ先にシェールが素っ頓狂な声を上げる。

 だがどうせ言語による状況説明は出来ないのでこちらはすべきことをするだけだ。


「んで次は!」


 十人全員にサイコキネシスを行使して空中に固定しつつ、今度こそ鉄柵にサイコキネシスを行使して無理矢理に出入り口をこさえた。人一人が通れるくらいの大きさの穴だ。

 この光景もシェールたちの驚愕を増させる要因になったのだがそんなのはお構いなしだ。まずは全員の安全を確保するのが先決である。


「そして!」


 次のステップは、少年少女たちを繋ぐ縄を適当な長さでカットしていく。そうしなければ鉄柵から出た後大変だろうと配慮したのだ。

 そして縄を切断した後は未だ虚空に浮いたままの少年少女たちを適当な順番で鉄柵の外へ放っていく。

 その時点でこの状況に対する基本的な処置は終了だ。


「よし、完璧だ」


 全員を鉄柵の外へ放り出したことを確認してから智人も鉄柵の外へと移動する。

 そうして鉄柵を背にした時点でサイコキネシスを解除し、自らの足で地面に降り立った。

 それから、なぜこんな状況に至ったのかを確認しようと考えたのだが、それは突如として大声を上げたシェールによって遮られてしまった。


『の、智人さん! もしかしてこれって智人さんがしてくれたんですか!』


 先に地面へ降り立っていたシェールが息を荒げながら智人の元へと駆け寄ってきた。

 そして、一瞬の躊躇いもなく智人に抱きついてくる。

 瞬間、柔らかく温かなものに包まれる幸福感を感じ、加えて爽やかな花の香りが鼻孔をくすぐった。


「うわっ! お、落ち着け落ち着け! どーどー!」


 と言う自分がまず落ち着かなければならないのだが、何せ殺しを稼業としていたものだから(一般人の)少女とは全くといって良いほど縁がなかったのだ。

 なので黒髪美少女に抱きつかれてはもうたまらない。状況確認なんて二の次になってしまう。


『で、でも喜ぶ前に逃げなくちゃ! 智人さんも一緒に、さあ!』


 智人が顔を真っ赤にして慌てている内にもシェールはてんやわんやと何事かを訴え、勢いよく智人の右手を取った。

 そして未だ真っ赤の智人の手を引きながら全力で駆け出した。シェールに対して強く出られない智人はただそれに従って走るしかない。


「お、おお? これは逃げる流れか? って、もう他のみんな逃げてるし。いやいやその前に、手なんて引いてくれなくても大丈夫だから! 付いてく付いてく!」


 そう叫びつつ繋ぎ合っている手を振り払おうと揺らしてみたのだが、そうやって手を振り払おうとしたがために更に強く手を握り込まれてしまった。


『わ、私が智人さんを護りますから! 大丈夫です安心してください!』

「ちょっとちょっと! 少しだけでも状況を把握しておきたいんだけど!」


 と、叫んでも智人の要望はやはり受け入れられることはなくシェールは走り続けるだけだ。


「……はあ」

 

 観念してふと辺りを見渡せば、智人が外に放り出してやった少年少女たちはシェールを除いてすでに全員が逃げ出しているのだった。八人の背中が視線の遙か先に見える。

 皆同じ方向に向かって逃げているので、それはつまり逆方向にある何かから逃げようとしていることの表れでもあるはずだ。

 それが何なのかはわからないのだが、まあシェールたちを運んでいた護送者だと当たりを付けておいてもあながち間違いではないだろう。


『きゃっ!』


 不意に、智人の手を引いて走っていたシェールが木の根に躓いて派手に転んでしまった。ちらちらと後ろにいる智人の様子を伺っていたために前方不注意になっていたようだ。

 そして、これがシェールという人間の性格なのだろう。

 と言うのも、今の今まで頑なに離そうとしなかったその手を、転びそうになった瞬間には離してくれたのだ。

 これは転んでしまう時に手を繋ぎ合っていては智人を巻き込んでしまうと考えての行為だ。相手を自らの失態に巻き込ませないようにという行為。

 これがシェールの、危機的状況であっても相手を思いやることの出来るシェールの根底なのだ。


「おい、大丈夫か!」


 顔を真っ赤にしてどぎまぎしていた自分に檄を入れつつシェールの元へ駆け寄る。

 これは、安全なところへ辿り着くまでシェールの面倒を見てやらねばなるまい。


『あ、ははは。大丈夫です。私身体だけは頑丈なので。それより智人さんは大丈夫ですか? 足とかくじいていませんか?』


 駆け寄ってきた智人に対し、シェールは必死に作り笑いを浮かべながら何事かを答えた。

 未だシェールの口にする言語の意味はわからないが、今、シェールの口にした台詞は自分を心配してくれている内容であるとはっきり理解することが出来た。


「別に俺の心配なんて、うっ!」


 シェールの怪我の状態を確かめようと不躾にも足下へ視線を向けたのだが、驚いた。

 怪我が思っていたよりも酷かったのだ。

 両足の膝、そして脛が真っ赤に染まり、それを見た者全員が思わず自分の膝と脛を触れてしまいそうなほどの痛々しさだ。智人も思わず自分の膝に手を当ててしまうが、無論そこに怪我は無い。

 何せ、シェールが智人は転ばないようにと配慮してくれたのだから。


「ちょっと待て!」

『い、良いんです! それより早く逃げてください! 魔物が来ます!』

「あー、何言ってるのかわからないから無視無視!」


 ぎゃーぎゃーとわめくシェールを無視し、まず上着を脱ぐ。そして適当な長さに引き裂いてシェールの患部にきつく結びつけた。


『っ!』


 強く結んだその瞬間にシェールが笑顔を崩して苦々しい表情を浮かべたが、ここで温い処置をしてしまっては意味が無い。


「治癒能力持ちじゃなくて悪かったな!」


 治癒能力の有能さはピカ一であったがとんでもない守銭奴でもあった友人の顔を思い出しながらも的確な処置を続ける。

 その間中ずっとシェールが必死の形相で何事かを伝えようとしてくるのだがそれは無視だ。


「よしっ! これで終わり、そんで!」

『私の事はもういいですから逃げ、きゃっ!』


 普通の者なら“怪我をして動けないシェールは置いて行く、という選択肢も発生してしまうのだろう。

 だが智人は普通の人間はない。

 世界最強のサイコキネシストに掛かれば、人の一人や百人は容易に運ぶことが出来る。


『ううう浮いてます! や、やっぱりこれも智人さんの魔法なんですね!』


 先ほどまで苦しげな表情を浮かべていたシェールだが、その身が虚空に浮かんでいるということに気付いてからは無邪気な子供のように輝きを放ち始めた。

 もちろんこれは智人の能力であり、サイコキネシスの基本中の基本の使い方だ。対象を浮遊させ、智人の意思によって動かすというわけである。

 これならばシェールに歩かせることはないので患部に負担を掛けることもない。


「テレポートの次に快適な移動手段だよ! んじゃこのままとんずらこく、ぜ……」


 勇み十分だった智人の足が、止まった。

 そして凍ったままの智人は、間抜け面を浮かべながら、それを見つめる。


「……なんだこいつ」

『あ、あ。ま、魔物』


 智人の視線の先には、蛾をとんでもなく巨大化させたかのような異様な生物が鈍い羽音を轟かせながら滞空しているのだった。しかもその巨大生物が三匹である。

 虫嫌いの者が見れば絶叫必至だろう。


「……きもっ」


 ちなみに、世界最強のサイコキネシストは虫があまり得意ではないのだった。

予想外に長くなってしまったので、戦闘は次です。

さ、さすがに次こそは。

何かあればどうぞ。

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