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こんにちは世界

「……」


 感謝だ。

 何に感謝するかと言えば、物に触れることの出来る身体が存在していることにだ。

 結局、明美が装置を起動したせいで有無を言わさずテレポート装置の実験台にされてしまったわけだが、どうやら即死には至らなかったらしい。


「……なんだ、この状況」


 身体は無事となれば次に興味が向くのは“エジプトに転移できたのか?”という問題である。テレポート装置が問題無く稼働したというのなら素晴らしい事だ。

 なのでその疑問を解決するために辺りへと視線を走らせたのだが、びっくりたまげた。

 智人の周りにはスフィンクスではなく、粗末な布きれを纏った人が多数座っていたからだ。

 しかも、まあこれは当然のことなのかも知れないが、突如として現れた智人に穴が空くほどの視線を向けているのだった。

 具体的な人数だが、九人。歳はすべからず若そうに見え、少年が三人、そして少女が六人という構成である。


「う、は、ハロー? あ、いやここはエジプトだからサバーヒンヌール?」


 智人は世界中の言語を把握しているためエジプトの公用語であるアラビア語も喋れるのだが、智人の「こんにちは」というアラビア語は空しく空を切り、少年少女たちはただおっかなびっくりの視線を智人に向けるだけだ。

 となると、言語問題以前に自分の思考だけで現状を把握せねばならないようである。


「牢屋、か?」


 まず、九人の少年少女と自分がいるのは鉄柵で囲まれた部屋らしき空間である。ただ牢屋としては異色の屋外であり、それもガタガタと揺れ動く感覚がするので馬車か何かに揺られているのだろうと当たりを付けた。鉄柵の外は森なのか青々とした木々が見える。

 そして現代人である智人にとって最も衝撃的であったのが、この場にいる少年少女たちの首に首輪らしきものが巻かれているという事実だった。しかも、少年少女たちの動きを制限させたいのか一本の縄で全員が繋がれている。

 もちろん、智人本人は突如としてこの空間に現れた訳なので首輪も巻かれていないし縄によって繋がれていることもないが。


「……」


 にしてもわからない。

 まず、ここが牢屋であるというのならそれはそれで良いのだ。屋外にあるというのは少々考えものだが。

 だが今回の場合に考えなければならないのは、ここにいる少年少女たちはなぜ牢屋に入れられているのか? ということである。

 少年少女たちの印象を何も考えずパッと答えるのなら、奴隷、だ。

 確かに、エジプトにはピラミッド建設のための奴隷のような存在がいたという苦い歴史があるのだが、そんなのは遙か昔の話だ。この21世紀に奴隷など存在しない。

 では別の可能性を考えなければならないとしたら、次に浮かぶのは“犯罪者の護送”である。

 ただこの可能性も限りなく薄い。まず、犯罪者と言えど首輪をさせるというのはいくら何でもやり過ぎだ。それにここにいる少年少女たちは二十歳未満だろうので、外から中の様子が見られるような牢屋には入れられないはずである。

 では次の可能性として、映画の撮影という線。

 この場にいる少年少女たちは全員が美少年美少女であり、映像作品にすればかなり映えそうな容姿をしている。智人はあまり映画を見ないので海外の若い俳優なんて知らないが、この少年少女たちが「私たちは映画俳優です」と言えば信じてしまうと思う。

 が、もし撮影中なのだとしたら、突如現れた智人に対しすぐにスタッフが飛んでくるだろう。しかし、智人がここに現れてから五分以上は経っているだろうのに飛んではこない。

 では、この場に年若い少年少女たちがいるのはなぜなのだろうか。考えても考えてもそれに対する明確な答えが出ない。

 なので「うーん、うーん」と堂々巡りをしていたのだが、ここで初めて少年少女たちのほうからアクションがあった。


『あの、あのあの。あなた、誰ですか?』


 唸っていた智人に声を掛けてきたのは六人いる少女の内の一人だった。

 突如現れた智人の一番近くにおり、長い黒髪が綺麗な少女だ。町を歩けば男たちに声を掛けられること必至の可愛らしいお顔をしている。

 そして智人は、大変驚いた。

 いや、見目麗しい少女に声を掛けられて慌てたというわけではない。

 智人は少女が口にした言語に対して驚いたのだ。


「! な、なんて言ったんだ?」


 ずいぶんな話だが、智人にとってこの現象はおかしいのだ。

 たとえばの話、生粋の日本人が道端で外国人に外国語で話し掛けられた場合にも今の智人と同じく「こいつなんて言ったんだ?」というふうに考えるだろう。

 だが智人は違う。

 智人の場合、その外国人がどの国籍の人間で、どんな言語で話し掛けてこようともスムーズに応対することが出来るのだ。何せ世界中の言語を把握しているのだから。まさしく人間翻訳機である。

 だが、そんな智人でも少女の口にした言葉の意味が理解できないのだ。

 するとここに、逆転の発想によってある結論が導き出されてしまう。

 地球上に智人の理解できない言語はない。だが少女は未知なる言語を持って智人とコミュニケーションを図ろうと試みている。

 つまりここは、智人の知らない言語が話される、地球ではない世界であるという推測が立ってしまう。

 また、ここが地球ではない世界だと考えるのならば、少年少女たちが奴隷のような格好でこの場にいる理由付けも出来てしまう。


『……あの、もしかして私の言葉通じてないんですか?』

「うん、何言ってるのかさっぱりわからん。これはマズイ状況じゃないか?」


 智人は職業柄、常に最悪を想定して行動している。何せ常に最悪の事態を考えていれば、その想定よりも事態が悪くなる事など無いのだから。

 そして今回もその通例に従い思考を働かせると、自分が今とんでもない状況に陥っていると瞬間的に察知することが出来る。

 ただ最悪の事態を想定すると言っても、結局はその状況も打破してしまうのが世界最強のサイコキネシストであった。

 乗っていた飛行機を爆撃されようとも、1㎞スナイパーが数多配置されている道を駆けようとも、短機関銃に数万発の弾丸をお見舞いされようとも、結局智人はその状況を打破し生き抜いてきた。

 だがそんな智人でも、今の状況を打破するための手は思いつけない。

 たとえこの場にいる全員を血祭りに上げたところで、自分が異世界にいるという状況は変わらないだろう。

 であるならば、言語の壁を甘んじて受け入れつつも共に状況確認をした方が賢いはずだ。少女の方からアクションを取ってくれたのでその希望はあると見て良いだろう。


『こ、困りました。どうもまだ翻訳水を飲んでないみたいですね。どうしてこの場に現れたのかはわかりましたが、何とかして状況を把握してくれないと、マズイ状況です』

「拷問、は言葉が通じなきゃあんまり意味無いし。……ともかく、逃げちまうか。少なくともこの場にいるより状況が悪くなることはないだろうからな」


 最悪を想定するとして、智人の中ではこの少年少女たちは奴隷で決定した。となるとここは奴隷を閉じ込めておくための牢屋であるという推測も立つので長居は無用である。

 であるとするならば、まずしなければならないのは脱獄だ。


「んじゃあ、鉄柵を曲げちまおうか。言葉通じてないけど、お前らもついでに逃げられるようにしてやるさ」


 言いながら立ち上がり、一番傍にある鉄柵へ手を伸ばそうとするが、指先が鉄柵に触れるかというところで少女が甲高い悲鳴をあげた。

 反射的に、鉄柵へ伸ばし掛けていた右手を止めてしまう。


『だめっ!』

「うおっ、何だ何だ?」


 そして少女は智人の右手を掴み、首をブンブンと横に振り始める。


『この鉄柵には電撃の魔法が付与されていて、触れると感電してしばらく動けなくなってしまうんです! だから触っちゃダメです!』

「……その台詞の勢いと、俺の右手を掴むという行為から推測するに、この鉄柵には触れちゃいけないようだな。まあ、罠か。牢屋の鉄柵に対するオーソドックスな仕掛けだけど、ちょっと無警戒すぎた。助かったよ、ありがとう。って、これも通じないか」


 智人の思い描いていた手順は、まず鉄柵を右手で掴み、そして筋力でこじ開けたと見せかけてサイコキネシスでこじ開けるのである。見た目が筋肉質な身体ではないのでどうしたって怪しまれてしまうが、手で触れずに鉄柵をぐにゃぐにゃにするよりかは遙かにマシに見えるだろう。


「じゃあどうするかなあ。いざとなりゃ手で触れずに鉄柵をぐにゃぐにゃにしたって良いんだけど。それは最終手段だな」

『言葉が通じないとこんなにも不自由なんですね。翻訳水のありがたさに改めて気付かされました』

「つーか、どんな技術を持ってこの鉄柵にトラップを仕掛けてんだ? 鉄柵トラップとくればたぶん電気系なんだろうけど、だってここ馬車の上だろ? 電源は何処だよ」

『……やっぱり、この人は奴隷じゃないんだよね。それじゃあ何とかして、この人だけでも逃がしてあげなくちゃ』


 色々と考えを巡らせるが、結局の所鉄柵をぐにゃぐにゃにするしか手は無いのではなかろうかと思えてくる。

 ではここで思案するのは、鉄柵をぐにゃぐにゃにした後のことだ。

 思案通り鉄柵をぐにゃぐにゃにすれば智人は問題無く逃げられるだろう。

 問題は少年少女たちの方だが、思案すべき問題は二つある。

 まず大前提の話として、この少女たちは望んでここにいるわけではないということはわかる。何せ鉄柵にトラップが仕掛けてあるのだから。

 トラップを仕掛ける、それはつまり中にいる者の逃走を防ぐという目的があり、更に話を発展させれば、この檻の中に拘束するのは逃走する意思のある者、ということになる。

 となれば逃がしてあげるのが正しい選択になるのだろう。

 話が出来ないとこういった推測を元にして行動指針を決めなければならないのが面倒だ。やはり言語というのは偉大なコミュニケーションツールだと思うし、またそう思っていたからこそ智人は地球上の言語全てを習得したのだが。


「……結局鉄柵はどうにかなるとして、思案すべき問題は」

というわけで投稿です。

『』括弧内の台詞は未知の言語という設定なので、二人の間で会話は成立していません。ただ、この物語において言語は重要な問題ではないのですぐに解決してしまうつもりです。

何かあればどうぞ。

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