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闘う僕らのEveryday  作者: 凛紫水
番外編
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過去の情景(一)「温もりの行方・後編」

 千早とまゆまゆ。二人がどういう関係なのか分からない。親子というには歳が近いし、兄妹というには歳が離れすぎている。光海も初めは気になったが、二度三度と一緒に食事するうちにどうでもよくなった。二人は仲のいい家族。それ以上の但書きが必要とは思えなかった。


 二人と一緒にいると、心が安らぐ。その感覚は光海にとって大いなる喜びであったが、同時に脅威でもあった。復讐を遂げるためには不要の優しさや、人間らしい感情を呼び覚ます危険性を孕んでいたから。


 父と母に愛された記憶。幸せだった幼年時代。それらを全て封印して、この苛酷な世界に飛び込んだのだ。なのに。


「ちーちゃん! みっちゃんがケーキかってきてくれたよ!」

「わあ、おいしそうだね。光海、ありがとう。さっそくお茶でも淹れるかな。一緒に食べるだろ?」


 なぜか足が向いてしまう。二人の住む、決して立派でもお洒落でもないけれど、懐かしくて心地よい家。光海はいつしか考えることを放棄し、ただ欲求に従って会いに行くようになった。


 しかし、自分は彼らとは違うということを思い知るのに、時間はかからなかった。






「黒ばかり…狙う…とは……正義のバトラー気取…りか………」


 立ち上がる力もないのだろう、男は倒れたまま、顔だけ光海の方を向いてきれぎれに訊ねた。光海は「くだらん」と冷ややかに跳ね返し、背中を向けた。


 天性武器はもちろん、身体もプライドもずたずたに破壊してやった。黒バトラーとしての再起は不能だろう。黒薙のことを知らないと言ったのも、嘘ではなさそうだ。つまりもう、この男に用はない。


「待て、よ。俺を……殺せ」


 光海は思わず嗤った。黒の連中は、負けるとよくこう言う。これが、己に残された最後のプライドなのだろう。光海は男と向かい合い、


「私は、お前たち黒とは違う」

「ほう……どこが、違うと」


 光海は微かな苛立ちを覚えた。男の問いには、優位に立つ者の傲慢さが感じられたのだ。


「何もかもが違う。そもそも私は殺さない」

「殺さない? いや、あんたは殺してるも同然なんだよ」

「どういう意味だ」

「言葉通りの意味だよ。黒バトラーとして生きる道をあんたに奪われた奴らが、その後どうなったと思う」

「知らん。興味もない」


 男の双眸に、残忍な光が宿った。


「そうか。なら教えてやるよ。今、ここで」


 男はそう言うや否や懐中からナイフを取り出し、自らの喉を掻き切った。口から大量の鮮血が溢れ、男は暫しごぼごぼと呻いていたが、やがて静かに事切れた。その顔は苦悶に歪んでいるようでもあり、満足げに嗤っているようにも見えた。


「あ……あ……」


 男は自分で喉を掻き切った。


 ──私が……殺した。


 男は紛れもない自殺だ。


 ──私が殺した!


 理性の宥めは通用しなかった。喉にナイフを突き立てたのは男の手だが、その手を動かしたのは他ならぬ光海なのだ。


「わたしが……ころした……」


 光海はゆらりと身体を反転させると、見えない糸に操られているかのように覚束ない足取りで、その場を後にした。






 窓からこぼれる杏色の柔らかな光。この時間は居間で、ちゃぶ台を囲んで夕食の最中だろう。来訪を告げれば歓待してくれるに違いない。やあ、よく来たね光海。みっちゃんごはんいっしょにたべよう───


「ありがとう……」


 届かないと分かっていたけれど、礼を言わずにはいられなかった。ありがとう、短い間だったけれど楽しかった。あんまり楽しくて、忘れてしまうところだった。自分の手が、復讐の血に濡れていることを。


 光海は玄関の戸をじっと見つめ、声に出さず別れを告げた。もう二度とここを訪れることはないだろう。楽しい会話も温かい食事も無垢な小さい手も、自分には不相応な善意の結晶だと気付いたからだ。


 光海はゆっくり後ずさり、立ち去ろうとした。その時、庭からいきなり人影が現れた。


「寄っていかないのかい?」

「千早っ……」


 予期せぬ対面に光海は困惑をさらすばかり。千早の顔を正面から見ることができず、目を逸らして黙り込む。ややあって、ようよう口を開いた。


「あ、いや……寄ろうかと思ったんだが、今夜は帰る」


 すると千早は「それならちょっと待っててくれ」と言い置いて、家の中に戻った。そして程なくして戻ってきたその手には、包みのようなものが。


「これ、肉じゃがなんだけど、大なべで大量に作ったからお裾分け。家で食べてくれ」

「あ、ああ。ありがとう……」


 断るわけにもいかず、光海は素直に受け取った。両手にほんのり温もりが伝わる。


「あ、それで悪いんだけど、その容器は今度返してもらっていいかな。まゆまゆのお気に入りなんだ」

「え? あ、いや、でも……」

「ごめん、いつでもいいから。頼んだよ」


 千早は彼にしては珍しく強引な口調でそう言うと、「じゃあ、またね」と軽く手を挙げて家の中に入っていった。光海はそっと包みを開ける。確かに容器には、まゆまゆが好きなうさぎのキャラクターが描かれていた。


「っ……ぅ……」

 

 光海はその場に座り込み、温かくてかすかにだし汁の匂いがする容器を、たった今断ち切ろうとした善意の結晶を抱き締め、静かに、静かに泣いたのだった。

(Fin)

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