第3話 意外な弱点
「みっちゃん、このおだんごおいしいよ。あっ、はるちゃん。さっきからおにくばっかりたべてる。やさいもたべないとだめ!」
「はは。まゆまゆが鍋奉行だったとはな」
光海の言葉通り、まゆまゆは食べながら色んな指示を出す。白菜は芯を先に入れて、ほうれん草はゆで過ぎない、マロニーはちょっと硬めがおいしい、等々。その指示を、千早が忠実に実行していた。湯気で眼鏡が曇るたびに、ジャージの袖で拭きながら。
「あ、あの~……千早さん。眼鏡って、バトルん時邪魔じゃないですか?」
ずっと気になっていた眼鏡のことを、春輝は訊いてみることにした。バトル時に邪魔なのはもちろんだが、あの容姿なら最強かつ超絶美形バトラーとして人気を博すること間違いないだろう。
それを分かっているのかいないのか、千早は「大丈夫だよ」と笑い、ちょっと得意げに胸を張って答える。
「知り合いに腕のいい眼鏡職人がいて、特注で作ってもらってるんだ。超軽量でフィット感も最高。どんなに激しい動きをしてもずれたり外れたりすることはない。これでも、眼鏡にはうるさい方でね」
「はあ、そうすか……じゃなくてっ、えっとその、つまりですね。コンタクトにした方が、色んな意味でいいんじゃないかと──」
春輝が言い終わらないうちに、千早の手がおたまを持ったままぴたりと止まった。そしてぶるぶる震え出す。
「コ……コンタクト……」
「千早……さん?」
「い、嫌だ……いやだぁっ……コンタクト、コンタクトはっ……!」
おたまを投げ出して膝を抱え、丸くなってガタガタ震える千早を、春輝は呆然と見つめる。
「千早は、コンタクト恐怖症なんだ」
「コンタクト恐怖症?!」
「ああ。以前、社長に無理やりコンタクトレンズを入れられたことがあって、それがトラウマになっているらしい」
「はあ、なるほど」
そう言われてみると、春輝たちが『コンタクト』と言うたびに、千早の丸まった背中がびくっと震える。根は相当深いらしい。春輝は努めて明るい声で、
「実は俺もコンタクトなんですよ。確かに最初はちょっと怖いですけど、慣れれば快適っすよ。薄いレンズを、眼球の上にふわっと乗せる感じで──」
「が、眼球?! レンズを眼球の上に乗せる?! あり得ない! いやだぁぁぁ~~」
余計に恐怖をあおってしまったようだ。春輝は必死になだめすかして、何とか千早に平常心を取り戻させた。ちなみにその間、まゆまゆと光海は我関せずで鍋を堪能していた。千早の恐怖症には慣れているらしい。
「な、なんかすいませんでした、千早さん」
「いや、僕の方こそごめん。何ていうか、あれのことになるとつい……」
千早は申し訳ないと思っているのか、春輝の器に肉をたくさん入れてくれた。それをすかさずまゆまゆがチェックし、「おにくとおやさいははんぶんずつ!」と叱責を飛ばす。
そうして鍋パーティーは和やかに進み、アルコールもいい具合に入ってきたころ、まゆまゆが「アイスがたべたい!」と言い出した。千早は「しょうがないなあ」と笑い、
「近くのコンビニまでちょっと行ってくるよ。アルコールも足りないみたいだし」
光海の前には、ビールや焼酎の空き缶がずらっと並んでいた。相当強いのか、表情も言動も普段と全く変わりない。俺が行きますと春輝が腰を上げたが、千早は「いいよいいよ」と言って立ち上がった。
「まゆまゆも!」
「うん。じゃあ一緒に行こうか」
二人は手を繋いで出ていった。春輝は見送りながら、思わず呟く。
「なんか、いいなあ、家族って」
「お前、家族は? 親はいないのか」
「いますよ。でも絶縁状態っつうか。バトラーになるの大反対されて家を飛び出したんです」
「まともな親なら反対して当たり前だ」
光海にぴしゃりと言われ、「そうですよね……」と返すしかできない。
「あの、光海先輩は? ご両親に反対されなかったんですか?」
「両親は、私が養成所に入る前に死んだ」
「あっ、そ、そうだったんですか……」
知らなかったとはいえ、無神経なことを訊いてしまった。春輝が自責の念に押されてうなだれると、氷の女王らしからぬ温かな声で、
「たぶん、生きていたら反対しただろうな」
春輝は、近いうちに勇気を出して実家に帰ってみようと思った。




