第20話 彼女の真実
「ら~ぶ~、ういんな~、か」
鉄板焼き大会の二日後。龍臣は鼻歌を歌いつつ街をぶらついていた。今月はあまり稼いでいなかったから、バトルでもしようかと相手を捜していたのだ。
こういう場合、普通なら所属企業からもっとバトルして成績を上げろとせっつかれるのだろうが、フリーランスのバトラーはそういった強制とは無縁だ。
ノルマも目標もなく自由気まま。自分の裁量で好きな時に好きなだけバトルできる自由さは魅力だったが、気をつけないとついサボりがちになってしまう。バトルの勘を鈍らせないためにも、定期的に仕掛けることが重要なのだ。
とはいえ、地砕の龍臣の名はフリー最強の冠とともに広く浸透しつつあったせいか、バトラーと遭遇してもなかなか挑戦を受けてもらえなかった。
宣戦の詞に対し、受諾の詞である『異存なし』ではなく戦闘回避の詞『意思なし』と答えるのは、すなわち敵前逃亡を意味するため、バトラーにとって恥辱とされていた。
だからとにかく宣戦の詞さえ言ってしまえば、乗り気じゃない相手でもバトルに引き込むことは可能なのだが、龍臣の腕の刺青を見た時点でみな逃げてしまうから、宣戦の詞を言うことすらできなかった。
「くっそ。どこかに猛者はいねえのかよ」
この場合、『猛者』とは『カモ』を意味する。龍臣がきょろきょろしながら歩いていると、視界を見知った顔がかすめた。
「あれは馬鹿アイドル……だよなあ」
顔は間違いなく琉香だったが、龍臣が首をひねるのももっともだった。いつものコスチュームではなくグレーの地味な上着をはおり、ツインテールの髪はひとつにまとめて、人目を忍ぶように背中を丸めて歩いていたのだ。
龍臣が彼女の後を追うことにしたのは、その不審さだけが理由ではなかった。鉄板焼き大会の日の帰り際、千早に言われたことがずっと頭に残っていたのだ。
『琉香に、あまり気を許さないようにしてほしい』
理由を質しても、まだ確証が持てないからとか何とか言葉を濁して答えてくれなかった。千早が何の理由もなくこんなことを言うはずないと分かってはいたが、その夜はなんとなく微妙な空気を抱えたままそれぞれ帰宅したのだった。
そんな回想をしつつ、前を歩く琉香と一定の距離を保って後をつけた。だんだん人通りが少なくなり、これ以上の尾行は困難かと思われた時、脇道からいきなり男が現れた。琉香はぴたりと立ち止まり、男とこそこそ会話を交わし始めた。
「なっ……!」
男の顔を見た龍臣は、一瞬頭の中が真っ白になった。その場で叫び、彼のもとに駆け寄らずに済んだのはほとんど奇跡だった。
──間違いねえ、あいつだ。でもなんで……。
二人が何を話し込んでいるのか気になったが、龍臣は背中を向けて立ち去った。今の混乱しきった精神状態では、上手く立ち回れる自信がなかったのだ。
──何がどうなってるのか、調べてみる必要があるな。
龍臣は自分に言い聞かせ、早鐘を打つ心臓を静めた。
「何やってるんだ。あの男の懐に入り込むことに成功したんだろ。さっさとやれ」
「簡単に言わないでよ、如月。千早さまは最強のバトラーなのよ。いくら親しくなったからって、そう簡単に隙を見せるはずないでしょ」
グレーの地味なスーツに身を包んだ琉香は、脇道から現れた男、如月の言葉に鋭く切り返した。その表情にも口調にも、アイドルバトラーの甘く夢見るような面影はない。
「やっぱり、君ごときには無理な仕事だったな。取りあえず、ボスに報告しないと。役立たずの琉香は失敗しました、と」
「…………」
琉香はぎりっと唇を噛み締めた。やはり、あの時やっておくべきだった。包丁を背中に突き立てるだけでよかったのだ。そうすればボスは、自分のことを必要な人間として認めてくれたはず──
「勝手に失敗って決めつけないでよ。確かに優先順位でいえば千早さまを殺すことが一番だったけど、あたしの任務はもうひとつあるのよ。千早さまの弱点を探ること」
「へえ。で、弱点は分かったのか?」
「ええ、もちろん。彼の弱点は、家族と仲間よ」
『ちーちゃん! まゆまゆのダンス見て~』
『やっぱ千早の作る飯は旨えよな』
『千早さん、今度手合わせお願いします。俺、強くなりたいんです!』
『千早、ジャージに穴が開いてるぞ。わ、私が繕ってやってもいいが』
「家族と仲間? ということは……」
「そう。彼らを楯にされたら、千早さまは手出しできない」
断言する琉香に対し、如月と呼ばれた男はあからさまに疑わしい表情を浮かべた。
「最強と謳われる男に、そんな甘さがあるとは思えない」
「そうね。大事なものなんて何もない、自分さえよければいいっていう利己主義の塊みたいな人間には分からないかもね」
如月は馬鹿にしたように嗤い、
「僕がそうだって言いたいのか」
「あんただけじゃない、あたしもよ」
そうだ、大事なのは自分だけ。ボスに捨てられないためなら何だってやる。
「なるほどね。彼と親しい君がそこまで言うなら信じよう。では早速行動に移る。ボスは気が短いから、あんまりちんたらやってると他の連中にやらせろと言い出しかねない」
「ええ、分かってる。ターゲットは、千早さまの唯一の家族であるまゆまゆと、仲間のうちで一番弱いバトラー」
「それは誰だ?」
「それは──」
次回、第21話「銀の月輪」




