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ジミネクラガール桃原ちゃん

丸山君は将来大物になるはず。

 携帯なんて、親との連絡以外に使ったことはない。だから普段は、少しかさばる時計代わりだ。その携帯を眺めながら、私はもう一時間も何もせず椅子に座っていた。

 流されるままにメールアドレスを交換してしまったのだ。

 彼は、名を丸山一樹というらしい。なんとも単純な名前だなぁとも思ったが、今はそんなことはどうでも良いのだ。

 画面には彼からの一通目のメールが表示されている。

『丸山です。よろしくお願いします』

 簡素な内容だが、メールアドレスを送るためだけのメールなのだから当然か。

 そして私は今、その返信内容で悩んでいた。

 勿論、もう十回以上はやめようとした。馬鹿馬鹿しい、と携帯を放り投げようとしたが、今回だけは、何故だがそれが出来ずにいた。理由は分からないし、考えたくもない。

 一切の感情を捨てて客観的に考察するとすれば、彼の気迫に押されてしまっている、というのが今の状況だろう。その状況を分かった上で、つまり私が今これだけ悩まされているのは彼が原因なのだと考えるとやはり怒りの念が胸に蟠る。

 それからさらに三十分くらい経っただろうか、丸山からさらにメールが届いた。

『今日の放課後の、返事が聴きたいです。メールでも構わないのでお願いします』

 なんだか、若干予想はしていた。今日の私の様子を見て、狼狽していると思ったのだろう。メールであればその状態でも返答しやすい。丸山は、姑息な奴だ。

 しかし私はこれでとうとう頭を抱えた。何と書こう、ではなく、書こうか書くまいか、という逡巡を始めてしまった。ここまで周到な手段で攻められると、こちらとしては丸山の『慣れ』を感じざるを得ない。奴はおそらく、こういうことが初めてではないのだろう。一年生と言えども男子高校生だ。それは別段不思議に思わない。だが、私はそれが気に喰わないのだ。なんだか奴の手の内で踊らされているような、『攻略』されているような気分になって、不快なのだ。

――と、ここまで彼に対する憤怒をまとめたら、もう決心できた。

 寝よう。返信はしない。


 翌朝、私が通学路を歩いていると、前方に見たことのある顔が見えてきた。待ち伏せしていやがった。ストーカー一歩手前だ。

 特に反応することなく近づくと、丸山は「あ」というような顔をしてこちらに駆け寄ってきた。

「おはようございます。……学校まで、一緒に行っても良いですか?」

 私は返事をしない。朝は、放課後にも増して人が多いというのに、こいつは本当に何も考慮していないのだろうか。

 私が歩くのに合わせて、丸山も後ろから付いて来ていた。言葉は発していない。何も知らない奴からすれば、たまたま女子生徒と男子生徒が連なって歩いているだけにしか見えないだろうが、昨日の事情を知っている者が、この中に居ないとは限らない。むしろ、居る確率の方が高いような気さえする。そいつからしてみれば、私と丸山はもれなくとっても恥ずかしい奴らだ。本当に、嫌だった。

 昇降口辺りに差し掛かったところで、丸山はやっと口を開いた。

「またメールを送っても良いですか」

 私も私で、目線だけだが、つい丸山の方を見やってしまった。昨日、さらに言えばもっと前、紙切れを渡してきた時からそうだったが、こいつの目はあまり長く見ていたいものじゃない。真っ直ぐと対象を睨みつけんばかりに見つめるので、その真剣さが、私にとっては逆に直視できないプレッシャーを放っているのだ。

「ぁ……う、うん……」

 聞こえたのかどうかすら分からないような音量で、背中を向けたまま私は呟いた。聞かせる気がないような声なら、どうせなら否定すれば良かったものを、結局私は了解するしかできなかった。

 昨日、返信しなかったことを特に言及したりするのではなく、そして同じ疑問を繰り返すでもない。ただ、メールを送って良いかどうかだけの了承を得る。相変わらずやり方がずる賢いというか、私にとっては最早卑怯とも言いたい。



 次に来たメールは、当たり障りのないような、というと少し語弊があるが、あからさまにレベルを下げているのが分かった。

 休日何をして過ごしますか、音楽は何を聞きますか、みたいな質問形式のメールだ。これならばどれだけ「口下手」「メール下手」な人間でも返信がしやすい。究極、単語だけで送信してもやり取りとしては成立するのだ。

 これには流石の私も思わず返信しそうになってしまった。本当に危なかった。だが寸前で止まることが出来た。私は休日は寝ているだけだし、音楽も聴かないのだ。有効な返答文句がない以上、どれだけ返信しやすいメールであっても、返せないものは返せない。ざまあ見ろ丸山。



 それから二、三日の間、丸山は半ばストーカー同然の挙動で朝夕と私を付け回した。朝はともかくとして、放課後、私が校門を出るまでの間に必ず彼が合流するのは、一体どういうカラクリがあるのだろうか。

 掛けられる言葉も変わっていった。ただの質問でも私が答えないと分かった丸山は、「はい」か「いいえ」のみで答えられるような質問しかしてこなくなった。私のような人間に対してはとても有効な手段と言えるが、当の本人の私は、その対応の変え方が、不愉快でたまらない。



 ある日の放課後、私はついに話を切り出された。

「初めの質問のこと、やっぱりちゃんと返事が聞きたいです」

 私と丸山の帰路が別れる交差点で、丸山はそう言った。丸山と私の家はそこまで離れていないので、その交差点も住宅街の中の一方通行の道路が生えている道に過ぎない。隣に小さな児童公園があるだけの場所だ。生徒もそれなりに少ない。ここなら、過剰に人目を気にする必要もないし、かといってメールのように無視して逃げることもできない。その辺も、やっぱり考えてあるんだろう。

 いつものように、丸山の言葉を背中で聞きながら、私は歩みを止めないことに成功した。歩きながらであれば、話しかけられても、逃げることはそこまで難しくない。例えその話題が足を止めざるを得ないものだったとしても、だ。こうして逃げられれば、また、私は――。

 ぱっと、肩に手を置かれた。

「待ってください。お願いします」

 近道として、児童公園を横切ろうとした私を、丸山はその動きで制した。もう私に、逃げるという選択肢はない。それは完全なる『無視』になり、流れも何も関係なくなってしまう。

「……」

「……」

 半身だけ振り返り、九十度の向きで丸山と対峙した。沈黙している私達の傍を、馬鹿笑いしながら鬼ごっこをしている小学生が通り過ぎる。いくら馬鹿な小学生でも、数人は私達の空気に気付いたのか、「なあアレどうしたんだろうな」みたいなことを言っている奴らも居た。その中で坊主頭の奴が「カップルじゃねーのがはははは」みたいな高笑いをしていたので、殺意が湧いた。

「お、お前のこと、嫌いだ」

 喋ること自体が久しぶりだったから、舌がうまく回らず、案の定どもってしまった。自分が今言っていることがどういうことなのかを考えると、それだけで倒れてしまいそうになるので、頭を空にして、無心で言葉を吐き出した。心臓が狂ったように拍動していて、頭に血が上って汗をかくほど暑くなってきた。こんな緊張を強いる丸山が、私は嫌いなのだ。

「返事は待ってくれるし、話は聞いてくれるし……嫌いになれないから、嫌になれないから……だから、本当に嫌いだ」

 だいぶ前から、丸山のことが嫌いじゃないんだとは気付いていた。慣れたよう扱いにイラつくのも、丁寧な対応に不快になるのも、全部自分がその対象となってしまっているからなのだ。

 だって、告白されたから好きになるとか、優しくされたから好きになるとか、そんなのは、なんだか普通の恋愛っぽくて恥ずかしいじゃないか。普段はさんざんそういう奴らのことを発情期だとかなんとか言って馬鹿にしていたのに、いざ自分が同じ立場になってみると、満足に抵抗することすら出来ず、果ては全くテンプレート通りの結末にたどり着いてしまうなど、悔しくてならなかったのだ。

「嫌いだから……」

 胸に何かが痞える。大きなものが喉元まで上って来て、私が言葉を出すのを阻害している。

 それでも、言わなくては。

 こいつを嫌って、振って、見捨てて、それでようやく、私は私に戻る。

 これから私の精神を安泰にするために、世界中の人間を憎むために、先ずはこいつを乗り越えなければならない。

「だから……」

 ただ一言、付き合わない、もう会うなと言うだけだ。大した労力も使わない。声を絞り出すだけで良い。

「だから……!」

 真横に居る丸山に向き直って、今度こそはっきりと言ってやろう、と首を回した瞬間。

 目に入った丸山の真剣な眼差しは、やっぱり直視出来るものではなかった。

 だって、恥ずかしいじゃないか。格好良いから好きになるとか、そういうのは、普通の、人の恋愛みたいで、恥ずかしいじゃないか。


「……私と付き合ってください」

「はい。ありがとうございます」

 結局私は、降参した。


お読み頂きありがとうございました。

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