第三十九話:立ちはだかる妹
第三十九話
力を失った者に対してそれまで息をひそめて隠れていた者たちは容赦しない。ちょっとぐらいはからかってやろう、そんな魂胆だ。
「やーい、土谷のパンツクマさんパンツ―」
「やぁかあしいっ」
「ぐはっ、へへ、その程度かよ」
「んだとぉ」
「お、おいやめろって」
土谷もまさしくその典型で色々と仕掛けられていた。その度に相手を殴るもんだから更にややこしい事になる。
まぁ、比較的暴力的な事をしてきた割にはスカートめくり程度で済んでいるからまだいいのかな。
楽観的に考えていたからまずかったのかもしれない。昼休み、血相変えて友人が教室に飛び込んできた。
「お前何でこんなところに居るんだよっ」
「はぁ、そらぁ、お前さん、ここは俺のクラスだろ」
いきなり転校しろ、どっか別のクラスに意見と言いたいのかと考えてしまった。
「土谷が大変な事になってんだよっ」
「何だなんだ、パンツでも盗られたのか?」
「ばか、ちげぇよ。殴られてんだよ」
その言葉を聞いて友人をひっつかむ。今の俺ならゾウぐらい片手でオーケーだ。
「どこだよ」
「屋上だよ。しかも、相手がまずい」
いつか土谷の母親から『今はまだいい方だ』と言われた事を思い出した。
「そんな馬鹿な、今の土谷はただの女子高生だぞ」
「みんな知ってる。お前がそうやって無理やり浸透させたのも知ってるだろうよ。だから、多分こうなったんじゃないのか」
いまいちわからない友人の説明を聞いた頃には屋上へとたどり着いていた。
「おらおら、どうしたどうしたぁっ」
「ちっ」
血が飛び散っていた。全く、教師は何しているんだと思えば屋上は基本的に立ち入り禁止だと言う事を思い出した。
まぁ、徐々に人が集まりつつあるだろうから先生も来る事だろう。
俺は土谷をサンドバックにしている相手を見て愕然とした。
「葉奈ちゃん……」
圧倒的じゃないか。確かに、土谷は力が無くなったけども、普通の男子生徒相手なら楽勝だ。だから、俺だって最近は一緒に居ない事が増えていたのだ。
まるでいいわけだなと一人で考えて割って入る。
「待った、葉奈ちゃん」
お兄ちゃんの登場かと外野の声が聞こえてきた。
「兄さん、どいてくれっ。諸悪の根源はあたしが徹底的に叩きのめす」
既に叩きのめされていますとは土谷のプライドを考えて言わなかった。足にきているようで膝ががくがくふるえている。
「どけ、冬治。こんな相手ぐらい余裕だ」
せっかく助けに入ったと言うのに土谷はそんな事を言う。
「ちょうどいい機会なんだ。ハンデ、だ。まさかこの学園に風間葉奈がいるとはな」
口から垂れる血を拭って強がりを見せる。右目なんて瞼が腫れて碌に見えてもいないのだろう。しかし、葉奈ちゃんも手加減しないのね。
「兄さんがどれだけあんたのせいで迷惑かけたか、知らないからこうやって身体に教え込んでやってんだ」
「葉奈ちゃん俺は大丈夫だってば」
「あたしが納得しない。兄さんは引っ込んでて」
そうは言うけどさ、これどう見ても問題になるよね。
「それにさ、そいつの爺さんから力をもらったんだ」
「力だって?」
「そう、力だよ。信じてもらえないかもしれないけどさ、本気でやったら混凝土ぶっ壊すぐらいの力、あるんだよ」
実演して見せると周りからほんの少しだけ歓声が上がる。
ちなみに、二年以上は『何だ、土谷の二番煎じか』とか『全盛期の土谷の方がまだ上だな』と言っている奴もいる。
俺もそう思う。
「葉奈ちゃん、なおさらそんな変な力を持っている状態で土谷に手をあげると言うのなら兄として、許さないよ」
まるでそれは弱い者いじめだ。土谷もそんな事をしていたのだから、俺が立ちあがったのもある。
「兄さんは黙ってて」
「さっさとどけ、冬治」
「友達として、お前がやられているのをただ見ているわけにはいかない。というか、妹がこれ以上おかしくなるのを見るのも辛い」
力を抜いて、右手にだけ意識を集中させる。
「眠ってもらうよ、兄さんっ」
妹がそんな事を言うようになったらおしまいだ。
変に長引かせるのは得策ではないと土谷と闘っていて気付いたので素早く終わらせる。
葉奈ちゃんの額に触れた瞬間に力を入れるだけで相手の力が急速に無くなっていく。
へろへろしたパンチが俺の腹部に当たって、それっきりだった。
「あれ」
「終わりだよ、葉奈ちゃん。ほら、見世物じゃないんだから散った散った」
増えつつあった観客を散らして膝をついた土谷を抱える。
「下ろせよ」
「おバカ、怪我しているんだから保健室に連れて行く。何せ、犯人は俺の妹だからなぁ。悪かったよ」
「お前の知った事じゃないだろ。あたいの問題だ」
いいからおろせとパンチを浴びながら屋上の扉を出ようとする。
「兄さんっ」
「葉奈ちゃん、今日の晩御飯はせっかくハンバーグかオムライスにしようと思っていたのに今日は葉奈ちゃんの嫌いな魚料理にします」
「兄さんっ!」
それ以上は聞く耳持たないので保健室へと向かう事にしたのだった。
保健室で土谷を見て先生は一言『この学園はようやく平和になったんだな』といった。
「ま、この世の理ってやつだね。まるでお姫様見たいだったよ。土谷君」
「うっせぇ、知るか」
お守も大変なもんだ。
「じゃあ先生、お願いします」
「ん、任せておいてくれ。仕事だからね。ほら、土谷君も何か言ってあげないといけないよ」
ウザそうな顔を俺に向ける。
「なんで助けたんだ」
「そりゃあ、お前、俺が学園の愛と正義と秩序を護っているからだろ」
親指を立ててそう言うと変な顔をされる。
「正義ってなんだ」
「それは自分で考える事だ」
決して、俺が答えられないわけじゃない。毎回、ノリで言っているからな。




