第三十一話:そしてただの人へ
第三十一話
彼女が出来れば、出来ればの話である。
出来ていれば今頃夏休みの思い出を二人で語り合っていた事間違いなしだ。
今年はここにいったから、来年は二人でどこそこへ行こうといった楽しい計画を立てる事が出来ていたはずなのだ。
更に言うなら、夏休み明けの学力検査特別テストの点数だってそれなりの結果を出せたに違いない。
こんな事を話しているのはつまり、どれもこれも実現しなかった未来の話だ。こうやってもしもの話が好きな人間は今の自分に納得していない節があるものだと思う。
学力検査特別テストの結果なんざお粗末なものだったさ。両親と一緒に住んでなくて心底よかったと思ってる。
どれもこれも土谷真登と関わったせいだと文句の一つも言っていいはずだ。
だから逆に、土谷真登をこのまま野放しにしておくことは絶対にしてはいけない事なのだ。
「待たせたな」
「待ったさ、凄く待った。毎日毎日、お前に負けたあの日から今日は手紙が入っていないか下駄箱を開けるのが楽しみの一つでもあった」
戦闘狂という単語が頭に浮かんで消えた。
そんな人間いるわけないと思うかもしれない。土谷真登ではない人でそう言った人を俺は見た事がある。
中学の頃だったかな、出鱈目に強い人がいてその人はいくつもの部を掛け持ちしていたんだよ。まぁ、掛け持ちできる部の数なんざたかが知れていて三つぐらいだったけど。
とりあえず其処で基礎を学んで道場破りみたいなことをしていくのだ。それが終わると飽きるのか辞めてしまう。最終的にその人は暴力事件を起こして警察にお世話になったそうだ。それからは知らない。
目の前に居る人間もその類なのだろう。
爛々と輝くその双眸は俺を捕らえて放さない。全く、どえらい相手に気に居られたものだなとため息をつく。
「来ないのかい。それじゃあこっちから行くよっ」
子供がおもちゃを見つけた時の声に違いない。もっとも、子供と言うのは自分の思い通りに事が進むと考え行動し、失敗をして外の世界を徐々に知って行くのだ。
突き出された右手をいなして腹部に一撃を喰らわす。
「女子生徒相手に容赦ないな、なんて後で絶対に言われるぜ」
「ぐっ」
転がって行く土谷を見下ろして思う。
こんなことは早く終わらせなければいけないと。
「くそっ」
未だ立ち上がれない土谷の頭に右手を乗せる。たったそれだけで土谷真登から俺へと力が流れ込んでくるのを感じる。
「な、なんだこれ」
土谷真登の動揺に俺は苦笑するしかない。何せ、初めての表情だ。ああ、あの土谷もこんな表情をするのだなと少しだけ嬉しくなる。
ただの女子生徒へと成り果てた土谷にため息をついた。
「終わったよ」
「終わった、だとぉ」
「ああ、そうだよ。土谷はこれからもうただの女子生徒なんだ。俺とお前の間じゃ、二度と覆せない壁が出来たんだ」
「どういう事だよっ」
噛みついてくる相手にどんな説明をすれば納得してもらえるか考える。
「そうだな、俺は土谷と仲良くしたいんだ」
「仲良くしてただろ。あたいとこれだけ遊べていたんだ。楽しくないわけが無い」
土谷の持論だろうなぁ。
「俺はこんな事楽しくもなんともなかった。土谷のせいで夏休み明けのテストも散々だったんだ」
「あたいの知ったこっちゃない」
「だろうな。だから、俺も自分の都合で動いた結果が今なんだよ」
正確に言うと俺の意思じゃないし、都合でも何でもない。
「ちくしょーっ」
拳を振るいあげて校舎にたたきつける。これまでの土谷ならあっさりとコンクリを穿った事が出来ただろうな。
「いてぇ、何でだ」
「だから、お前はもうただの女子生徒なんだよ」
右腕を抑えて痛みを我慢している姿は不謹慎ながら可愛かった。血だって滲んでいるのでその場で応急手当てを行った。
その間も動ける手で俺のことを散々殴ったりけったりして来ていたけど、痛くもかゆくもなかった。
「何でだよ」
「えと、じゃあまた学園でな」
痛々しいその姿を見るに堪えなくなった俺は逃げるように学園から出て行った。ほんの少しだけ、土谷が追いかけてくるかもしれないと思ってその考えを捨てたのだった。




