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第二十一話:もしもヤンデレだったなら

第二十一話

 葉奈ちゃんが馬水さんのことを『土谷真登』なんて呼んだから俺は驚いていた。だってそうだろう?全く見ず知らずの名前を呟くんだからさ。

「あの、葉奈ちゃん…落ちついてる?」

「え?落ちついてるけど」

 何だか、葉奈ちゃんが雫さんのことを傷つけそうだった。

 彼女を守るのは彼氏の役目だろう、少なくとも俺はそう思うので葉奈ちゃんを鎮めようとした。

「猫かぶって兄さんに近づいたって事?そんなら、容赦しないけど?」

 どうやら、守るどころか火を注いだらしい。天を仰いでみたくなった。葉奈ちゃんは一度火がつくと止められない性格だ。

 こうなったら、雫さんと協力して何とか切り抜けなくてはいけない。

「ねぇ、雫さ…」

 そこには葉奈ちゃん並の怒気をたちこめる雫さんがいた。

「土谷真登は、死んだわ」

「死んだぁ?じゃあ、あんたはなにもんだい」

 乱暴な言葉遣いの葉奈ちゃんに対してあくまで冷静に…とはいっても、見た目だけ…雫さんは答えた。

「馬水雫というわ」

「はぁ?ばっかじゃないの?狙いは何?やっぱり、あたし?」

 俺はどちらかに説明してもらわなくてはいけないと感じた。きっと選択肢が出る事だろう…葉奈ちゃんに聞くか、それとも雫さんに聞くかだ。

 勿論、俺が尋ねるべき相手は決まっている。

「雫さん、何か知っているのなら詳しく説明してくれないかな?」

「…」

 彼女は黙っている。葉奈ちゃんが何かを言おうとするけど、それを俺は手で制した。

「葉奈ちゃん、二人きりにさせてもらえないかな」

「騙されてるって」

「ごめん、それは俺が決める事だよ。雫さん外に出よう」

 葉奈ちゃんに余分にお金を渡して俺たち二人は外へ出る。

「ちょっとあるこうか」

「…うん」

 もしも、葉奈ちゃんに尋ねていれば答えはすぐに分かったに違いない。人生にもしもはあっても、実際にそっちの未来へ行くことはできない。

 人生なんて偶然と選択肢の連続なのだ。

 だから出来るだけ変な話にならないよう努力するしかない。

「ふぃーちょっとばっかり、暑いね」

 雲から太陽が覗いている。

 最近は公園に子供がいない事が多い。変質者のせいか、はたまたそれ以外が原因か…結果はかわらないだろうが。

 変な話をするのなら二人だけのほうが都合がいい。公園のブランコに二人並んで座るなんて実に彼女彼氏っぽくていいじゃないか。

「あのね」

 彼女の話はそんな感じで始まった。

「話、長くなるかも」

「構わないよ」

「そっか、よかった。中学前からわたし、荒れててね。理由はさ、信じてもらえないと言うより…あほらしくて話したくない。黙っていていいかな?」

 こっくり頷く。多分、話が余計ややこしくなるだけだろう。そして、葉奈ちゃんとの中の悪さとは直接関係ないと思われる。

「人を襲っていたの。ヤンキー、不良とかそんな感じ。窓割るとかちゃちいことしないで、壁とか破壊してた。若いエネルギーが外に向かうの。爆発する寸前かなぁ」

 ヤンキーはそんなことしない。いいとこ、壁にスプレーで落書きするぐらいだと思う。

「だから、私みたいな連中全部、徹底的に叩きのめした」

「叩きのめしたって…」

 信じられなかった。でも、葉奈ちゃんに対して感じさせていた怒気を見せられればあながち嘘でもないような気もする。

「よく事件に発展しなかったね」

「記憶、無くすまでぼこってたから」

 その時のことを思い出したのか、懐かしそうでいて苦しそうな表情になる。

「悪くは無かったよ。人を殴るのさ」

「その割には楽しくなさそうだけど?」

「うん、恥ずかしい話…今はこうやって冬治君と一緒に居るほうが楽しい」

「そっか」

 照れた様子は人を殴って楽しむ人間には見えない。

「えーと、それで葉奈ちゃんとはどういった関係?」

「喧嘩友達。一回しかしてないけどね」

 喧嘩友達ねぇ、ちょっとだけ楽しそうな顔を…しているわけもない。

「今日出会って、びっくりした。冬治君の親戚?」

「ううん、妹」

「嘘、だってあいつには兄貴なんていなかったはずだけど」

 あいつ、のところに憎しみが軽く込められていた。

「ああ、両親が再婚してね。それで、俺が兄貴になってこっちに引っ越してきたの」

「そっか…あのさ、冬治君は私のことが怖くないの?」

 首をかしげる雫さんに俺は首をすくめた。

「その前に一つだけ聞いていい?」

「何を?」

「本名は土谷真登なの?」

 俺の質問に彼女は苦笑していた。

「ううん、そっちは偽名みたいなもの。私の両親は二つ名前を準備しててね、父親が馬水で、母親が土谷なの。それで父さんは雫とつけようとして母さんは真登にしたかったからかなぁ。土谷真登と名乗っていたけど、生まれ変わったつもりかなぁ」

 恥ずかしそうに頬を掻いて真剣な表情で俺を見据えていた。

「それで、私のことは怖くないの?」

「超ヤンキー、伝説の不良という目で見ればいいんだよね?」

「う、うーんそうなのかなぁ」

「俺は小学一年までおもらししてた」

「はぁ?」

「雫さんだけじゃ不公平だから。俺の恥ずかしい秘密を教えてあげるよ」

 誰だって、隠したい過去の一つや二つ、あるだろう。

「これでチャラね」

「おねしょと比べられても困るよ」

「俺にとってはその程度だよ。ところで、真登さんって呼んだ方がいいの?」

「ううん、雫でよんでほしい。さんもつけないで」

「わかった、雫って呼ぶ」

 不良かぁ…ヤンデレってやつかなぁ。


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