第十九話:新たなる力を
第十九話
今日も今日とて学園の愛と正義と秩序を守る俺は自傷暴君の女子学園生にぶん殴られていた。
「おらぁっ」
「年頃の娘がそんな言葉は…ごほっ」
学園の壁にたたきつけられても、俺は死んじゃいないし、怪我もしていない。
壁のほうが蜘蛛の巣みたいな後をつけて崩れてきているだけだ。生徒側から見たら嬉しい事なのか、全く干渉してこない。最初の頃は涙ぐんで俺のことを心配していた七色、只野両名も今では『日常だなー』と日和見を決め込んでいる。
俺からしたら一般生徒に手を出されないからいい事だとは思うよ。それまで身体が丈夫という理由で襲われていた柔道部、剣道部等からは色々ともらってるからボランティアでもない。
「ほんとーに、サンドバックだな」
「なめんな」
勢いよく飛び出して土谷に襲いかかるも、右手だけで吹き飛ばされた。軽くはたかれた程度で叩きつけられるのだから怖い話だ。
「くそぅ」
毎回、土谷が飽きてグッバイのパターンがおおい。今日も例にもれず、いつもより強く叩きつけられて脱出するまでに時間がかかった。
土谷はこちらに背を向けている。
せめて一学期の期末までには勝ちたかった。
「あいつに勝ったら転校するか」
人はそれを勝ち逃げと言う。
百戦中、九十九敗でも最後の一勝で勝ち逃げすればどっちがイライラするかわかりきっている事だ。
小さくなっていく土谷の背中に鬱憤をぶつけておいた。
「土谷のアホーっ」
どうやら聞こえたようで素早い動きで戻ってきた。
「ぐはっ」
「あー、飽きた」
それだけ言って今日も俺は事実上の完敗を喫した。
「くそぅ…」
「ふむ、これは面白い子だねママ」
「そうね、なかなか根性のある子だわパパ」
校門外へと放り出されたものだから、周りの視線が痛かった。さすがに学園外では珍しい事だろう。人だかりが出来た。
「立てるかい?」
「あ、はい」
紳士っぽい臭いがする男性が手を差し伸べてきたのでその手を掴む。
「わたしは土谷藤吉」
「私は土谷雅よ」
後光が差すのはデフォルトだろうか、そんな人間この世に居るわけが無い。
まるで仏か神様のようだと見ていたら名刺を差し出された。
「元神様って書いてある…」
普通だったら嘘っぱちの塊にしか見えなくなってしまう事間違いなし。
しかし、今の俺は信じてしまえる程、心が広い状態だ。
「元神様が俺に何か用事ですか」
「実は娘が家出をしていて…」
「他を当たってください」
実にくだらな過ぎる内容だった。
家に不満があるから、子供は家出をするのだ。
それを子供が悪いとか言うから、溝は深まっていく。
子供もいない俺が文句を言っても始まらないだろう…まして、他人の子供と言えばなおさら何かを言う権利なんてもっちゃいない。
「早急に結果を見ないでほしい…真登ちゃんが私たち二人の子供なんだ」
「そういえば土谷って名前でしたね」
完全にボケていたとしか言いようが無いな。
タイミング的に考えて両親以外の何者かと言いたくなった。
「さっきの話になるけど、真登ちゃんを更生させてほしい」
「更生ですか。うーん、俺としてはそれを望んでいます。でも、正直に言って俺じゃ無理です」
土谷真登の中では力がすべてだと思っているのだろうか?
それなら、今現在の俺では無理だ。いくら殴られても痛みを感じないものの、全く持って無力だから。
「だから、さらなる力を君に与えよう…ほあああああああ」
「おおおおおおおっ」
心の底から、全身へ…感じた事のない力の奔流はとどまるところを知らなかった。
「んあっ、んあっ、んああああああっ」
かすかな触感からかゆみ、痛みへ変わって行き、最終的には快感へ…。
「パパ、ちょっと力を流し過ぎてるわ」
「おっと、悪かったよママ」
「ふはっ、はぁ…はぁ…はぁー…」
脳みそが浸食される…感覚で言うのなら徐々にマヒしているところだった。
身体は拒否するが、それでも力が勝手に入ってくるのだ。
血が逆流しているんじゃないかという興奮を覚え、膝はがくがくふるえている。
「今日から君は、生まれ変わった。人知を超えた髪になったと言っても過言じゃない」
「何だろう、発電機に成った気分」
「そう、まさしくそう。人を電池に例えるなら君は発電機だ。正確に表現するのならアダプターを電源に差し込んだ状態だろう」
今なら土谷真登に勝てそうだった。
「真登ちゃんを更生させてほしい」
「あの、更生させたら何かくれるんですか?」
「全く、最近の子供はちょっと何かをしただけで対価を要求してくる…いいだろう、何か一つ君にあげようじゃないか」
「わかりました」
土谷真登が更生すれば、今以上に人の犠牲が減るはずだ。
そして、彼女自身が楽しい学園生活を送る事が出来るだろう…なにより、俺は元神様から何か一つ、もらえるのだからなかなかいい条件だと思えた。




