第十五話:矢光冬治(覚醒)
第十五話
本当に嫌な事があったある日、何かに力を分けてもらいたい、すがりたい…そう思うのは心が弱い人間なら一度はあるだろう。いいや、絶対にあるはずだっ。
誰かに支えてもらっているのを感じる…それは本当にすばらしいことなのだ。
温かい気持ち、信じる力、己が正義を守る事…そんなポジティブで熱気あふれる何かが心からあふれてくるのだ。
「おや、起きたのかい?」
「はいっ」
保健室の先生が俺のことを驚愕の眼差しで見つめている。
「信じてくれないだろうけどね、君は本当に危ない状況だった」
あってよかったAEDと先生は呟いている。保健室に居ていいのか、俺。
「俺、大丈夫ですから」
「うん?」
「暴君を倒さねばいけないんです。使命に目覚めました」
俺の使命は、この学園を暴君から救う事なのだ。その為に、やるべきことはたった一つ、誰一人として敵う事のない暴君を倒すことなのだ。
今の俺なら、多分出来る。
どういったやり取りがあって、結果がどうなったかといった詳細までは覚えていない。
どっかの仙人みたいな人から何か特別な力を授かったのだろう。
今現在の俺はただの人間ではない…言わば、矢光冬治(覚醒)だ。
「じゃあ、行ってきます…右腕がうずくんです、悪を倒すべきだと…暴君を封印するんだとささやくんです」
「そ、そうかい…」
別の病気が発症したんじゃないか…先生の言葉が聞こえたものの、そんなことはどうでもいいのだ。俺がやるべきことは、俺の存在意義は暴君を抑える事。
放課後の廊下を駆けて、自分の教室へと向かう。
スライド式のドアを力一杯を開けて叫ぶ。
「おら―、土谷真登っ。俺と勝負しやがれっ」
夕方のHR中だった為に視線が集中している。心地よい視線だ。誰もが正義の味方の登場を望んでいた…そうに違いない。
「…あれ?いない」
気弱そうなおじいちゃん先生が俺に何か言おうとしている。しりすぼみで聞こえてこない。
「…あたいの名前を気安く呼ぶとはいい度胸じゃないか」
てっきり、教室に居ないとばかり思っていた本人が何故か掃除用具から出てきた。
『え、何で?』
今のクラスメート全員の気持ちはこれだろうな。
何でそんなところから出てくるんだという言葉ではなく、指を指して一言宣言。今の俺は突っ込み役ではないのだ。
「お前の暴君時代は終わりだ。俺がお前に優しさというものを教えてや…ぐはっ」
それはもう本当に一瞬、相手の動きなんて全然見えなかった。
「冬治くーんっ」
教室を出て行く俺の体、そのまま壁にぶつかろうとして…なんとか立つ事が出来た。廊下が抉れて土煙がのぼっている。
「おお、痛くないっ」
凄い、凄いぞ俺っ。本当に覚醒しているじゃないかっ。
「まだまだーっ、俺はまだ終わっちゃいないっ」
平然とした顔で教室に戻るとクラスメート全員が驚いていた。七色なんて目に涙を浮かべているし、友人も顔が真っ青だった。
「今のはさすがに死んだかと思った」
「よかったぁ…」
しかし、誰より意外な顔をしていたのは土谷真登だ。それも一瞬。
てっきり、驚いているかと思えば凄く嬉しそうな表情をしていた。
「へぇ、何とも無いのかい?」
「おうよ。かかってこいよ」
それからはもう、説明する必要もないかもしれないな。
俺の華やかな復活劇は…あっという間にサンドバック劇場へと変わってしまったのだ。
相手の攻撃が痛くない、やられてもすぐに復活するのはいいとして、相手の攻撃が全く見えない、避けられないのだ。
三十分もすればクラスに居るのは俺と土谷だけである。
他の生徒達は吹き飛んだか、退避しており、様子を見にやってきた生徒達も途中から普通の日常へ戻って行ってしまった。
「あーすっきりした」
そして、三十五分後、文字通りすっきりしたと言う顔で土谷は鞄を掴んでこっちへとやってきた。
「あたいは土谷真登だ。あんたは?」
「俺は矢光冬治…まだ負けちゃいない」
「矢光冬治か…ふん、覚えておいてやるよ」
それだけ言って土谷は廊下に出て行った。追いかけようとした俺に椅子が飛んできてそのまま壁に磔にされてしまう。
特に俺が何かをしたと言うわけではない物の…達成感に満ち溢れていたりする。
「クラスは…ちょっと明日すぐに授業開始できないだろうけどな」
これは間違いなく、物理的な学級閉鎖に成る事だろう。




