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深夜の一幕

 戻ってきた慧音から衣服と食材を受け取り、寺子屋の探索をし終わる時にはもう日が暮れる頃合だった。

 案内された二階の部屋は、慧音が泊まり込みで作業をする際使用する一室とのこと。室内は8畳ほどの広さで、小さな机に座椅子、本棚等が設置されている。整頓された小綺麗な部屋で布団も隅の方にしっかり畳んである辺り、彼女の性格が良く表れている。どこぞの魔法使いにも見せてやりたい。


 渡された服は小さい振袖の付いた着物である。式の際着るような華々しいものではなく、茶と白を基調とした簡素な色合いや作りではあるが、よもやここにきて着物姿になるとは思わなかった。帯の結び方などの着付けを慧音から教わりつつ、四苦八苦しながらようやく着ることに成功する。


「……似合わねぇ」


 慧音から姿見を向けられた私は、たまらずそう呟いたものだ。


「そうか? 私は似合っていると思うがな」

「それはどうも」


 動きなれない服の具合を確かめつつ、脱いだスーツを畳んで押入れに仕舞っておく。どうせクリーニングに出す事はないだろうし、いくらシワが付いても構わなかった。腕時計も動かないのでついでにその中へ。携帯はといえば、いくらボタンを押しても画面が真っ暗なままである。


「電池切れてら……」


 開いた携帯を閉じ、これも押入れに投げた。


 食材を置く場所を兼ねていた調理部屋の中は、一人で作業する分には十分な広さを持っている。心配な点はそこではなく、調理の手段な訳で。


(釜とか使ったことねえ!)


 初めて現物を見たことに対する興奮は置いておいて、その使い方に不安を覚える私であった。



「──それじゃあ、私はそろそろ帰るよ」

「……あい」


 火打石などの道具で行う火の起こし方を教わっていたら、時計の針はもう八時を過ぎていた。彼女は慣れるまでの辛抱だと言うが、実際にやるとこれが中々難しい。ようやくコツを掴んだと喜んでいたらこんな時間だ。


「疲れた……腕が痛い」

「ふふ。後は実戦あるのみだよ。それじゃあ、戸締りはよろしくな。それと無闇に外に出かけるんじゃないぞ?」


 出入り口で慧音からの注意事項を聞いていた私は、くたびれた口振りでそれを了解する。そんな私に苦笑いして手を振り、引き戸に手をかけた。


「あ、慧音。その、何から何まで色々とありがとう」


 慧音が外に出る前に改めて感謝の礼を言うと、彼女は横顔を見せてくすりと笑う。


「気にしないで良い。私は魔理沙が言った通り、人の世話が好きなようだからな。それに教え子が一人増えたところで今更何も変わらないさ」


 ああ、やはり私は子ども扱いなのか。彼女は背中越しに手を振って寺子屋から出て行き、外から引き戸が閉められる。


(よく出来た人だなぁ)


 内側の鍵を閉めつつそんなことを思う。床に置いておいた提灯を手に取り、足元を確認しながら二階の部屋に向かう。ちなみにこの提灯の火は私が先ほどやっとこさ発火し、点けられた第一号である。

 軋む階段を踏んで二階へ上り、部屋の中に入って提灯を机に置いて座椅子に腰掛ける。一人になっていざ落ち着くと、また疲労感が身体の中から吹き出してきた。新しい刺激が常に訪れてきて、心身共に休まる暇もない。


「こういう時は、寝るに限るか」


 ご飯は明日の朝でもいいだろう。当面衣食住に困らなくなった私は、慧音と会う前の自分が嘘のようだと自嘲気味に笑う。

 何にしても、私は運が良い。魔理沙や慧音と出会えたことは奇跡のようなものだと思う。こうして布団を敷けてるのはあの二人のおかげだ。


「明日は早く起きてご飯作ってみるかな……」


 布団の中に潜り込んだ私は疲れもあってか、そのまま直ぐに眠りについた。



 ──目を覚ましたのは、まだ外が暗い時である。


(さむっ……)


 掛け布団でもどかしていたのかと思いきやそうでもない。私はすっぽりと布団に包まって横になっている。しかし、それをしても寒いと感じたのだ。もちろん風邪の時の寒気でもない。

 幻想郷の暦が私の世界のそれと同じであれば、あの成人式がゴールデンウィーク中だった事を思えばまだ五月の頭なはず。


(掛け布団、余ってないかな)


 その寒さに疑問を抱きながらも一度起き上がり、押入れに向かう。この世界の夜はこんなにも冷えるのだろうか。ひんやりと肌を刺すこの冷え具合は中々堪える。

 寝起き眼で押入れを漁っていると一枚の薄い毛布を発見し、それを抱いてまた布団の中に潜り込む。


(あ、ちょっと温かい)


 少しは気が紛れたのでそれ幸いに、就寝に付こうと瞼を閉じる。が、温かいと思ったのも束の間。やはりどこか寒くて目が覚めてしまう。


「もー、何なんだ一体……」


 布団を巻いたまま起き上がり、仏頂面で呟く。


『ほら、やっぱり誰かいるよ』


 そこで、部屋の外から何か聞こえたのに気が付いた。


『慧音先生だったらどうするの?』

『いーや、慧音せんせーはこんな時間になんか眠らないねっ』


 外は外でも、寺子屋の外側からのようだ。少女らしき声が三つほど聞こえてくる。


『チルノちゃん止めようよー。もし先生だったら怒られちゃうよ?』


 三人で何やら言い合っている様子。こんな時間にお遊びとは困った子達もいるものだと窓の方を見ると、その少女らは窓の外から少し離れたところにいた。


「……は? ここ、二階だよね……?」


 何を隠そう三人は、空に浮いていた。別の意味で目が覚めた私は思わず身を屈め、外から見えないように体勢をとる。そのままほふく前進で窓際に着き、聞き耳を立てて外の様子を窺うことにした。


『大ちゃんは相変わらず気が弱いなー。中にいるのは絶対違う人だよ、あたいの勘がそう言うのさ』

『知らない人なら食べても良いのか?』

『もうっ、ルーミアちゃんまでそんなこと言う』


 聞き覚えのある名前を出されて、ただでさえ高鳴っていた胸の鼓動が更に早くなる。


(ルーミア!? ルーミアって確か人を食う妖怪じゃ……!)


 これは本格的にやばいかもしれない。外ではまだ何か言い合っているようだが、それが終わる前に逃げるか何かしないと。


(って、何処へ逃げろっていうんだ)


 慧音の家の場所なんて聞いてもいない。魔理沙の所なんて行こうにも迷うのが関の山だ。誰かに助けを求めたとしても、その合間に奴らに見付かってしまっては元も子もない。


(慎重に、慎重に……)


 窓の縁越しに、外の様子を覗いてみる。三人は未だ話し合いの途中らしい。

 少女達はそれぞれ特徴のある姿をしていた。水色のような髪の毛で水晶のようなものが六つ、背中辺りから出ている子。緑色の髪をサイドポニーテールにして、絵本で見たような羽が生えている子。その部分だけ黒い謎の塊。こっそりと見た中でそれだけ確認できる。そしてすぐさま顔を戻し、壁に背を預けて静かに息を吐く。


(見た目に惑わされちゃいけない。奴らは人食い妖怪なんだ)


 次第に私の目はルーミアだけではなく、他の二人も人を食う前提として映し出されていた。というかどれが誰なのか分からないのでそう勝手に思わざるを得ない。あの黒い塊に至っては見た目すら把握出来ないために余計怖く感じる。


『食事の話をしたらお腹が空いたわ。ミスティアの八目鰻でも食べに行こうかなー』


 しかし唐突に、一人がそんなことを言い始めたのを耳にする。


『おっ、あたいもミスティが作ったジュース飲みたい! 行こう行こう!』


 すると一番張り切っていたらしき少女も何故かその意見に同意。


『ああっちょっと待って二人ともー!』


 そして三人の中で唯一抑えに入っていた子が慌てるような口振りで続けた。



 ……うん。この恐怖心はどこへ向ければいいのやら。次第に遠くなる呑気な声に、私は一気に脱力を起こす。さっきまでの言い合いは何だったのだろうか。試しに窓の外を覗いてみると、あの三人の姿はもう見えなかった。


「ともかく、助かった……のかな?」


 高まった緊張を深呼吸でなだめて安堵の息を吐く。あの冷え込みも気付けば無くなっていた。巻いた布団を解いても、もう寒くはない。


「何だったんだよ……本当に」


 私はしばらく寝るのを躊躇ってから、押入れの中に寝床を移して再び眠りに就くのであった。



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