人里にて 2
自問自答を繰り返していると、寺子屋から慧音が姿を現す。その後ろから小学生くらいの子ども達が元気良く外に飛び出す。慧音を抜き去って我先にと向かったのは、私の所であった。何事かと驚く暇もなく、皆はあっという間に椅子の周りを囲う。
「おねーちゃんどこから来たの!?」
「その服はどこで買ったの?」
「おばさん何歳!?」
「いや待て誰だおばさんとか言ったヤツは」
次々と捲くし立てられ、どの子が何を言ってきたかも区別がつかない。興味津々なのは結構だが、最後の言葉だけは咄嗟に反応する。
「私はまだ二十歳だ!」
「……はたち?」
強く反論したら、皆揃ってきょとんとした顔になる。その様子に思わず顔が綻んだ。
「そうそう。十を二つ足したら何になる?」
「……あ! にじゅうか!」
「正解。それをはたちって言うんだ。そして二十歳はまだおばさんって歳じゃない。分かった?」
「はーい!」
私の言葉に一斉に声を上げて答えた子ども達。こんなに聞いて気持ちの良い返事は子どもならではじゃなかろうか。大人がこんな間延びした返事をしたら舐めてんのかと言われる始末、子どもは色々と許されて羨ましい。
しかしその返事で皆が大人しくなった訳ではなく、今度はスーツを触ってきたりポケットを広げてきたりと興味は尽きない様子。
「──こらこら止めないか。彼女が困っているだろう」
あっちこっちと触られて揉みくちゃになっていた私に、ようやく救いの手が差し伸べられた。
「私はこれから彼女と話をしなければいけない。皆は別の所で遊んでいるんだ。良いね?」
「はぁい……」
慧音がそう言うとピタリと子ども達の動きが止まり、渋々ながらも私から手を離していく。あれだけ騒いでいたのがこの静けさである。これが鶴の一声ってやつか。
「それじゃあ先生におねーちゃん、さようなら!」
「ああ、気を付けてな」
元気の良い挨拶と会釈に、慧音は笑顔で頷き返す。ぽかんとしてその様子を眺めていた私も我に返り、子ども達に手を振って見送った。
「……さて。何から話したものか」
子ども達が各自走り去っていくのを見届けた慧音はそう呟き、私へと顔を向ける。
「……ふむ、日和。まずは服と髪を直そうか」
「ぅえっ!? あっ、うん」
乱れた衣服と髪がそのままな事を、すっかり忘れていた私であった。
一時でも純粋無垢な子ども達と戯れた効果だろうか、先ほどまで感じていたストレスはいつの間にか解消されていた。全部の不安が無くなったわけじゃないが、それでも気が楽になったことに違いはない。少しでも考える事を忘れさせてくれたあの子達に私は感謝すべきだと思う。
「──あまり見応えのない物かもしれないが、私ので良ければ食べてくれ」
場所を寺子屋の中に移し、私と慧音は机を挟んで向かい合う形で座っていた。
「うぅ、面目ない」
机の上には、彼女お手製の弁当箱が広げられている。
いざ話をしようと思ったら、私のお腹がいよいよ節操のない音を出し始めた。慧音はそれを聞くと苦笑をし、部屋の奥からそれを持って来てくれたのだ。
中身は米を主食に、卵焼きに野菜のおひたしや大根の煮物がおかずとなって箱の中に収められている。
(幻想郷の食べ物ってあっちとほとんど変わらないみたいだ)
人里で見た食材を見た限り、その点については心配なさそうである。魔理沙のキノコ料理とは何だったのか。
「どうした? 食べないのか?」
「あぁいや、それじゃあ遠慮なくいただきます!」
慧音が小首を傾げたのを見るや私はとんでもないと頭を振り、箸を手に弁当を頂くことにする。
約一日半振りの食事は言うまでもなく美味しかった。彼女の腕前は相当なもので、それが箸の往復速度を余計に速める。それぞれのおかずが絶妙な味加減で仕上げてあるため、ご飯が進む進む。
「ふふっ、そんなにお腹が減ってたんだな」
一時も箸を休めない私を見てか、慧音は可笑しそうに微笑んでいる。
「……それもあるけど。この料理が美味しいから、つい」
言われて気恥ずかしさが表に出てきた私は、その視線に顔が熱くなったのを感じた。
「そうか、美味しいか。それなら作った甲斐があるというものだ。口に合うようで良かったよ……どれ、私はお茶でも注いでこよう。遠慮なく続けていてくれ」
嬉しそうに答えた慧音はそこで立ち上がり、また奥の方へと向かっていく。
そして彼女が戻ってくる頃には弁当箱の中身はすっかり空になっていた。お腹もそうだが、心まで満たされたような気分である。
「ご馳走様でした。生き返りました」
「お粗末様でした。それは何よりだ。しかし早かったな」
時間にして食事は五分とかからなかったかも知れない。再度姿を見せた慧音はお盆を手にしており、その上に湯飲みが湯気を立てて置いてある。それらが机の上に置かれ、私は食後の一口を味わう。中身は緑茶のようだ。
「あぁ美味しい……」
「ふふ、今の日和なら何を与えても美味しいと言いそうだな」
「……否定は出来ないかも」
餌付けされる野良犬もこんな気持ちなんだろうか。お茶を啜りながら、ふとそんな事を考えてしまう。
しばしお茶を飲んで一息をつきつつ、弁当箱を片付けて慧音に返す。その際お礼を言って頭を下げると、彼女は気にするなと答えてくる。魔理沙もそうだったが、此処の住人はどうしてこうも心が広いのか。
そしてもう一つ。満腹中枢と思考は直結しているようで、弁当を平らげた辺りから今まで感じていた不安がまた少し解消されていた。
「……単純だなぁ私って……」
「うん? 何がだ?」
自虐の念を込めて苦笑いをすると、慧音は怪訝な顔をして聞いてくる。
「あぁ、いやこっちの話だよ」
それだけ答えて、私は慧音の眉をさらに寄せさせた。
「……ふむ。では、一息ついた所で悪いが話の続きをしようか」
程なく表情を元に戻した慧音は本題へと話を勧めようとし、私もそれに頷いて答えた。とはいえ話の根本は変わっていないため、詳細を付け加えつつ、私が今感じている不安感を軸に話すこととなる。
さすがに先生を勤めているだけあり、慧音はやはり聞き上手であった。一つの話題だけでも何かしらの反応を示すので口が止まることなく進められる。
「そんなこんなで今に至るって感じかな」
一通り話し終えて、私は口を紡ぐ。
「なるほど。知らない世界で生きていかなければならない……不安に感じるのは当たり前だろうな」
慧音は私の話を全面的に同意してくれた。紫の話をした際、魔理沙と同じ反応を起こした時は思わず吹き出しそうになったものである。
「しかし気に病むな。事情を知った以上、私は貴女がこの世界に慣れるよう協力しよう」
「え、良いの?」
「ああ。ただ、"生き方"という哲学的なことは私では教えられないぞ? それは日和、貴女が自分で見付けていくしかない。それは忘れないでくれ」
彼女が手助けとなってくれるのなら心強い。魔理沙の言っていた事は、確かに現実となった。
「……うん、それは分かってるつもり」
「まぁ生き方なんてものはそう簡単に見付かるものではないが、貴女がこの幻想郷に来たのが興味本位だったとはいえ、何かしら縁があったからこの世界に来れたのだろう。その縁が何なのか、焦らずじっくりと考えると良い」
慧音は優しい口調で言い、私に手を差し伸べてきた。
「これからよろしくな」
私はその手を取って握手をし、感謝を込めてそれに答える。
「こちらこそ、よろしく。しばらくお世話になります」
そのしばらくが一体どれくらいの期間なのか、今は知る由もない。
今更で恐縮ですが、ここまで見て下さってありがとうございます。作者です。
「あ、何か小説っぽいのを書きたい」と思ったのが数日前で、いつの間にか現在に至ります。推敲もろくにせず思うがまま書いているという作者失格さ具合ですが中身はいかがでしょうか。
変な文章が多々あって見苦しいかとは思いますが、どうか温かい目で気楽に見てもらえると幸いです。それでは。