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人里にて 1

 人里は、テレビで見る時代劇の風景に近かかった。別に誰かが刀を腰掛けてたり某チンドン屋が歩いている訳ではないが、例えるならそんな情景だと思う。家は木で造られた平屋がほとんどだ。二階建ての家もあったが、幻想郷ではごく少数らしい。

 たまに家の玄関先でテーブルを出して、その上に果物や野菜など売っている様子も見受けられる。その中、甘味処という捨て難い場所を見付けてお腹の虫が思い出したように鳴る。何度目の声かも忘れたが、通貨が違うために買うことも叶わない。 

 住人は布素材の衣類を着ており、草鞋を履いている姿が大半で……私のこのスーツ姿は場違いにも程があると気付かされる。というより、それらを見るまで忘れていたと言った方が正しい。


(……やばい、物凄く視線を感じる)


 道行く通行人は、どれも珍しいものでも見るような視線を私に送ってきていた。かといって誰かが声をかけてくる訳でもない。その気まずさから私の態度はどんどん挙動不審になってしまう。


(これはさっさと寺子屋って所に行った方が良いかもしれない)


 散策は一旦中止にして、私は慧音とやらが居る寺子屋を探すことにした。そして願わくばご飯を食べさせて貰おう。いい加減、空腹を通り越して気持ち悪くなってきたし。


 寺子屋は、人里の外側で見付かった。方角がまだ把握できない為どっち側だとは言えない。二階建ての建物で、玄関には看板が立っている。中からは子どもっぽい声が複数と、大人の女性の声が一つ聞こえており今はまだ授業中だと知る。

 どうしたものかと周りをウロウロしていた所、障子が少し開いている箇所を見付けた。


(どれどれ……)


 こっそりと、中の様子を覗いてみる事にする。

 机らしきローテーブルには二、三人の子どもが着いていた。その机は横に二つ、前後に四つ備わっており、席に着く子ども達は畳みの上に座布団を敷いて座っていた。計六つの机が配置されても尚スペースには余裕がある辺り、室内は結構な広さを持っているようだ。

 子ども達の正面には一人の女性が立っていて、本を片手に何かを喋っている。話の内容的に、ここの世界の歴史か何かだろうか。


 その女性は何と言えば良いか、こう、母性的な雰囲気を醸し出していた。

 腰まで届く長い髪は銀の色をしていて、部分的に青のメッシュが入っている。袖のある、襟付きのワンピースのような青い服。頭部には小さな青帽子、その頂部と胸元には赤いリボンが付いていた。豊満な胸元は若干大きめに開かれており、子どもの衛生教育上よろしくないんじゃないかと思ってしまう。


「せんせー。さっきから知らないおねーちゃんがこっち見てるー」


 なるほど、子ども達から「先生」と呼ばれている辺り、彼女が魔理沙の言っていた慧音という人物だろう。


「ふむ……知らない顔だな。皆、済まないがその項を読みながら待っていてくれ」


 とりあえず中の様子は確認できた事だし、後は授業が終わるのを待とうか。私は彼女がこちらに近寄って来るのを眺めながら、どう暇を潰すかを考え始める。


(……ん? こっちに来て……あ)


 自分を馬鹿だと罵るも時既に遅し。姿を隠そうにも、彼女の姿は障子越しの距離にまで縮まっていた。


「盗み見とは感心しないぞ」


 彼女は厳しい口調で言いながら、その視線を上下に動かす。


「見慣れない姿……貴女は、人里の者ではないな? どこから来た?」

「ま、魔理沙に慧音って人を訪ねてみろって言われたんだ」


 問い詰められるも私はこれをチャンスだと思い、これまでの経緯を簡単に説明した。紫に幻想郷(こちら)へと連れてこられた事、魔理沙に世話になった事、困ったら慧音に助けを求めろと言われた事。

 詳細は省いているが、彼女は一つ一つ頷きながら聞いてくれたのでそのまま話を続けていく。そしてこちらの話が終わると少しだけ沈黙し、やがて大きく頷いた。


「……なるほどな。確かに私が彼女の言う人物で合っている。上白沢慧音、それが私の本名だ。それで、良ければ貴女の名前も聞かせてもらえないだろうか?」

「あー、うん、そうだった。私の名前は──」


 恒例になった自己紹介をすると、毎度同じ返事が来る。私はそれに否定的な意見を述べるばかりで、相手も毎度怪訝な顔をする。それは彼女にとっても同様であった。


「ふむ、まぁ積もる話もあるだろう……分かった、後三十分ほどで今日の授業は終わる。悪いがそれまで待っていてくれるか?」

「わかった。私はその辺で待ってるよ」

「済まないな。では後ほど」


 慧音は私に頭を垂れると、踵を返して教壇へと戻っていった。真面目な人だ。

 赤の他人である私の話を聞いて、そうあっさり理解してもらえるものだとは思いもよらなかった。それだけ紫や魔理沙は知名度があるのだろうか。それとも慧音が人の良い性格なだけか。

 考えても仕方が無いので、私は寺子屋から少し離れた場所で見つけた長椅子に腰を掛けて待つことにする。


(あの人も魔法みたいなの使えるのかなぁ?)


 ふとそんな事を思い付くと、魔理沙からスペルカードとやらの説明を聞きそびれた事に気が付く。挙句に彼女に恩の一つも返していない。今度会う時があれば、この携帯でもあげてやろうか。

 そう思いながら携帯を取り出して画面を出すと、電池の残りは一つになっていた。


(……お母さんは何してるかな)


 こちらと同じ様に時間が進んでいるのなら、今頃心配の一つでもしてくれているだろうか。それとも仕事に夢中で気付いていないか。大学……は別にどうでもいいや。


 紫には売り言葉に買い言葉でつい大口を叩いてしまったが、よくよく考えれば"此処での生き方"っていうのを見付けるのは困難な気がする。知らない土地で、時計の数字以外の文字も読めない、人食い妖怪だっている、そんな世界でどう過ごして行けば良いのか。いくら考えても、誰かに頼るってことくらいしか思い付かない。

 昨日、魔理沙と共に見た空の上からの景色は確かに覚えている。非現実的な光景を見る度に胸は高鳴ったし、刺激的な日々を送れるであろう事に期待もできた。


(本当、どうしたもんかな……)


 それでも──どうして幻想郷に興味を持ってしまったのか。情けない話だけど私は、早くも少し後悔をしていた。



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