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日和、人里へ向かう

 彼女とは幼馴染であり、友達であった。その女子が教室の中で、こちらを見て笑っている。

 中学の頃を境に、私の世界は崩れた。それまで何とか形を保っていた砂城が波に飲まれ、溶けていくように。



 ──目を開けると、木でできた天井が見える。見慣れない風景に私は一瞬戸惑ったが、直ぐに意識を取り戻す。


(……そうか、幻想郷に着たんだっけ)


 魔理沙の家に泊まらせてもらっていたんだ。身体を起こして時計を見ると、時刻は朝の八時を過ぎていた。シワだらけのシャツを上着で隠し、部屋の中を見渡す。


(魔理沙は、いないのかな……?)


 昨日と変わらず汚い部屋である。部屋が明るい分、その様は余計際立って見える。

 ベッドから降りると、机の上に昨日までは無い紙切れを見付けた。そこには棒人間みたいなのがキノコを拾っているらしき絵が描いてある。察するに、魔理沙はキノコ採りにでも出かけたんだろう。文章で良いじゃん、と突っ込みを入れそうになったが、文字が読めないと言っていたことに気を使ってくれたのかもしれない。


「……お腹減ったな」


 寝起き一番の腹の虫が空腹を思い出させてきた。とはいえ勝手に食べ物を拝借するわけにもいかない。またコップに一杯、水だけ貰って空腹を誤魔化すことにする。


 ひとまず私は家の外に出てみた。外はやはり森の中。変わった景色があるとすれば、昨日彼女が放った魔法の痕跡だろう。あんなもの、一度撃たれれば私なんて即死なんじゃないか。この世界の住人はあるルールに従って戦うと聞いたが、これじゃ命が幾つあっても足らない気がする。


「──おー日和、起きてたか。おはよう」


 草を踏みしめる音と共に、魔理沙が姿を現した。


「おはよう。ベッド、ありがとう」


 私は礼を言いしまに彼女の動向を見ていた。背中に装着された籠が外されると、中には沢山のキノコが入っている。色とりどりで何ともまぁ、毒々しい。


「気にすんな。よく眠れ……てはいないようだな。ほれ、そこの井戸で顔でも洗って来い」


 どこか気を使うような物言いにハッと自分の状況に気が付く。あんな夢を見たばかりに、どうも酷い顔になっていたらしい。彼女に言われるまま井戸に向かい、手押しのポンプを動かして桶の中に水を出す。テレビで見ただけの動作ではあったが、実際にやるとこれは中々面白い。


「早速ホームシックにでもなったか?」


 冷たい水で顔を洗い流していると、タオルを片手に持った魔理沙が冗談混じりに言う。


「……ちょっと懐かしい夢を見ただけよ。別に家が恋しい訳じゃない」

「そりゃ結構なことで」


 表情を変えずに言葉を返すと、彼女はあっさりとした返事で済ませてタオルを投げてきた。それを受け取った私は彼女に礼を言い、水滴を拭き取る。髪も濡れたのでついでに拭いていると、今更ながらお風呂に入ってないことにも気付かされる。


「人里って、温泉とかそういうのあるのかな」

「いやいや、さすがに風呂くらいあるぞ」

「左様で」


 思わず口に出ていたらしく、魔理沙は心外な口振りでそれに答えた。


「で、今日はどうするつもりだ?」


 そう聞かれても答えは決まっているようなもの、ではあるのだが。


「……人里、かなぁ?」


 彼女にタオルを返しつつ、質問に疑問系で言葉を濁す。

 人里に行きたいのも本音だけど、もうちょっと彼女に着いていたいっていうのもある。色々と教えてくれた事や一晩を貸してくれた恩もあるし、何か彼女にしてやれる事でもないかとも思う。


「ま、その辺はお前に任せるぜ。朝飯まだだろ? 食ってくか?」

「え、良いの?」

「別に構わん。特別に、私特製のスペシャルなフルコースを振舞ってやろう」


 そう言って彼女は腕を組んで胸を張った。その自信有り気な態度に、私のお腹は再び活動を再開してしまう。


「へぇ。料理出来るんだ」

「当然だ。今朝だってその具材を採ってきたんだぜ?」


 一人感心していると、彼女の右手の親指がその背後にある例の籠へと向けられる。


「……人里って、ここからどれくらい?」


 私はあの毒々しい色合いを思い出し、顔を引きつらせて魔理沙に聞いたのであった。



 ──結局スペシャルなコース料理を遠慮した私は、彼女に案内されて人里へと向かうことになる。もっとも、あの空中ジェットコースターを用いたこともあり時間は差ほどかからなかった。

 降りた場所は人里より少し離れた場所。視線の先に平屋のような建物が数多く確認できる。先日見た灯りの範囲よりも、この立ち位置からはもっと広く感じられた。


「はー……」

「何だ溜息なんか吐いて。そんなに私と別れるのが寂しいのか」


 二度目のぐったり感を満喫していた私に、魔理沙は見当違いの台詞を吐いてくる。


「……まぁ、寂しいといえば寂しい」


 あながち間違ってはいない言葉だったので、私は素直に答えた。彼女と別れたら、私はまた一人でこの世界を歩かなければいけない。そう思うと不安になるのは当然だろう。


「お、案外素直だな」


 少し嬉しそうな顔をする魔理沙。それから少し考えている様子を見せ、程なく人差し指を立ててくる。


「困ったら寺子屋に行けば良い。そこに居る慧音を尋ねてみるんだな」

「慧音?」


 またも新しいワードが彼女の口から放たれる。寺子屋って確か、今で言う学校みたいなやつだった気がする。


「先生さ。面倒見が良い奴だから、きっとお前の力になってくれるだろう」

「へー」


 なるほど。後で尋ねてみよう。実際人里に行った所で途方にくれるのは目に見えてる。どんな人物かは分からないが、ここまで助けてくれた彼女が言うのなら悪い人じゃなさそうだし。


「……魔理沙、色々とありがとう。あんたのおかげで何とかやっていけそうだよ」


 彼女に礼を言い、頭を下げる。


「よせよせ。困った時はお互い様、って昨日も言っただろ?」


 魔理沙は私に対し、あくまでも礼など要らないと言い切ってくる。


「お前が生きてればどっかでまた会うさ。私はどこにでも行くからな」


 そう言って笑う彼女の顔は、年相応の愛らしさがあった。本当、私より小さいくせにしっかりしている。


「今度会ったらあの奇妙な光のことを教えてくれよ──それじゃあ日和、私は行くぜ」

「喜んで。それじゃ、また」


 軽く握手を交わして別れの挨拶を済ますと魔理沙はこちらにウィンクをして見せ、箒に乗ってどこかへと飛んでいった。


「……さて」


 とりあえず寺子屋は一番最後にして、まずはこの人里を散策してみようか。

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