第51話 未来
超巨大魔力砲を止められたノアは立ち尽くしていた。未来視で見た未来の光景をアンナに変えられて、ショックを受けているのだ。
その隙にアリスは塩化で欠損したエミリアの指を治癒魔法で再生させる。
「さんきゅ」
「さてと、続きをやりましょうか」
世界の終わりはまだ続いている。ノアを倒すため六人の少女たちが杖と武器を構えた。
「何人束になっても私には勝てん。世界が滅びる未来は変わらん」
「未来なら今まさに変わりました!」
アリスの発破と共にユニコーン決闘部が動き出す。
前衛はキリエ、シオン、エミリア。後衛はアリス、ルーナ、椿姫。バランスのいい盤石な陣形だ。
まずは前衛が突込む。
キリエの剣、シオンの鎌がノアを攻撃する。ノアは未来視でそれを避けるが、同時にエミリアの石化の魔眼を未来の世界で見てしまう。
「その程度、容易く弾けるわ!」
ノアは石化する未来さえも見透し、保護魔法で防御した。
「生意気な小娘が、塩の柱となれ!」
今度は逆にエミリアが塩化魔法の対象にされてしまう。
「贖罪の山羊!」
先読みしていたアリスが瞬時に身代わりになり、エミリアを守る。
「ならば破裂しろ!」
今度は体内水分操作魔法がエミリアを襲う。
「それもバレバレ!」
即座にルーナが体内水分操作を解除する。
ユニコーン決闘部のコンビネーションにより、ノアの戦法は悉くメタられていた。
ノアの脳裏に未来の光景が連続で流れ込んでくる。それは新しい時代の魔法使いたちの可能性だとでもいうのか、あまりにも多く分岐し、処理しきれない。
今この瞬間にも成長し、進化する少女たちの未来は常に変化し続けているのだ。
「なんだこれは。未来が定まらんだと!?」
この未来視の異常はアンナに一度未来を変えられたことに起因していた。ノアの中で、未来という絶対の存在が揺らぎつつある。
突然ノアは足に激痛を感じて怯む。見ると膝を魔力の矢が貫通していた。椿姫が放った矢だ。
それは、あり得ないと切り捨てた未来の光景と同じだった。ノアは椿姫を侮っていたのだ。
バチバチとノアの視界にノイズが走る。今度は視界に大昔に死んだ家族や友人たちが映し出された。
「霊術……いや、これは幻覚か」
最初にノアに向けて様々な魔法を試した際に、アリスは密かに違法魔薬の天幻薬を空気中に散布していた。
敵に気が付かれないように無色透明無味無臭のガスに改良し、魔法薬物としての魔力反応も極限まで削ったため、即効性も無くなったが、見事バレずにノアの体内に蓄積され、この場面で効力を発揮した。
当然、仲間には予め抗幻覚薬を服用させてある。
「幻覚魔法に対する防御は完璧な筈だ。……まさか化学兵器の類か、外道め」
ノアは人間と同様に魔法の力を持たない通常兵器を見下していた。アリスはそこにつけ込んだのだ。
これでノアの未来視は完全に封じられた。
「今あなたが見ているのは現実でしょうか、それとも未来? もしかしたら幻覚かも知れませんね」
また意地悪く笑う小娘にノアは苛立ちを募らせる。
「貴様ら如き、未来予知に頼る必要もなし!」
本性の傲慢さを顕にし、ノアは更に魔力を解放する。
稲妻と津波と溶岩が融け合わさったかのような猛々しい魔力の発露は殺意を通り越した怒りだ。
「可能性を信じたことが間違いだった。慈悲を与えたことが過ちだった。やはり貴様らは欠陥品だ。成り上がりの劣等生風情を楽園に招くべきではなかった。ここで絶滅させる!」
火、水、雷属性の高出力攻撃魔法が同時に放たれ、更に青銅の剣が雨の様に降り注いだ。
そしてノア自身は常時『聖船』の絶対防御によって守られている。
幻覚を見ていようが、未来が見えなかろうが、全方位に攻撃し、常に防御していれば関係ないのだ。
「戦女神の盾!」
「灰被姫!」
エミリアとキリエが防御魔法を展開し、全員がその中に避難した。
ノアの攻撃をアリス、ルーナ、シオン、椿姫が迎撃し、なんとか持ち堪えるが、ジリ貧になる。
迎撃は撃ち負け、防御魔法にヒビが入り、遂に砕け散った。
「そのまま塵芥と化せ、矮小な弱者共が!」
無防備な六人を攻撃魔法の大群が襲う。
そこに向かって、突如として紅蓮の流星が激突した。凄まじい衝撃波でノアの攻撃魔法は消滅する。
突風と粉塵が晴れる。会場のど真ん中に、燃え盛るアンナ・フルルドリスが仁王立ちしていた。
「……イブリースの巫女!」
激情を顕にして、ノア・ジウスドラが吼える。
四度目だ。アンナがノアの企てを邪魔して、危機に陥った人を助けたのは四度目だった。
ノアはようやく気がついた。運命がアンナの味方をしているのではない。
運命は常にノアの味方であったが、それをアンナがメチャクチャに壊していたのだ。
アンナ・フルルドリスとは、この世界の運命から外れた異分子だった。
決まった運命の流れを変える特異点そのものだ。
アンナが現れたから、ノアの運命は狂い始めたと言っても過言ではない。
そんなことを知る由もないアンナは憤るノアを尻目に仲間に駆け寄った。
「みんな、無事でよかった!」
「おかげさまですわ。ともあれ、これでようやくユニコーン決闘部七人が揃いました。やっと、『本気』を出せますわね」
アンナたちの本気とは仲間と共に戦うことだ。
ノアが先程まで戦っていたのは未完成なチームに過ぎない。
「ユニコーン決闘部、いきますわよ!」
「おう!」
エミリアの号令に応えて、みんなで武器を構えた。
それとタイミングを同じくして、ノアが杖で床を突いた。呪文には憤りと悲しみが込められている。
「魂源界放! 顕現せよ、魔導優生機構ウトナピシュティム!」
一瞬にして世界が書き換えられる。
先程までいたはずの夜会会場は消え、アンナたちは砂浜にいた。
波打ち際には巨大な木製の方舟が打ち上げられており、ノアはその甲板から少女たちを見下ろしていた。
「貴様らは未来に必要のない異分子だ。我が計画を阻まんとする敵だ。排除しなくてはならない。しかし同時にその優れた能力は認めざるを得ない。故に、我が『方舟』に刻もう」
巨大な方舟の扉が開かれ、その中から様々な属性、性質の魔法が放射された。
まるで虹のような七つの魔法は空中で分離して、少女たち各々に向かってくる。
アリスには炎、キリエには水、ルーナには氷、エミリアには金剛の鎌、シオンには雷、椿姫には青銅の剣、アンナには幻覚魔法。
それは各々が苦手な属性や性質の魔法だった。
魔導優生機構ウトナピシュティムとは、ノアがその目で見た魔法を再現して保存する貯蔵庫だ。
ここには世界中のあらゆる魔法が保存されており、魂源界放中はそれを発動することができる。
つまり、その敵に対して最も有効な魔法攻撃を行えるということだ。
「それぞれが貴様らの死因だ。この未来、変えられるものなら、変えてみろ!」
ノアは幻覚と定まらない未来の中、無理やりに能動的な未来視を行い、少女たちの死の光景を見た。
そして、その瞬間を再現するように死因となった魔法を発動したのだ。
迫り来る必定の死。背筋に這い寄る冷たい死神の手。少女たちの身体と精神が怯む。
しかし、仄かな熱が身体を動かした。すぐ隣に仲間がいる。それだけで、死に抗うには充分だった。
全員、考えていることは同じだった。言葉も、目配せもなく、同時に動き出す。
アリスに迫る爆炎をキリエが無効化した。
キリエに降り注ぐ水をルーナが防ぐ。
ルーナを襲う氷塊を椿姫の日輪の矢が溶かした。
少女たちは互いに守り合い、迫り来る死を討ち倒していく。
シオンに向かって落ちる雷をエミリアは盾で防御する。
エミリアの首にかけられた鎌を、シオンの鎌が砕いた。
そしてアンナを幻覚魔法が襲う。
それは自分以外の家族と友達が死んだ未来の光景だった。
幻覚だとわかっているはずなのに、無力感と虚無感に支配される。孤独な無の世界に耐えきれず、アンナは自分の首に刀を当てた。
「───アンナちゃん!」
刀が引かれる直前、声が聞こえて、アンナの意識が現実に引き戻される。
アリスが抱きしめながら声をかけ続けてくれていた。
「ありがとう、アリスちゃん!」
目を覚ましたアンナは椿姫へと迫る青銅の剣を炎の斬撃で真っ二つにした。
アンナたちは全ての死を打ち負かし、未来を変えたのだ。
「……ありえん、本当に、未来を変えただと!?」
驚愕し、後退る。アンナたちはノアに向かって走り出した。
「ただの偶然だ、奇跡などではない。二度目はない!」
再び方舟から七色の死が放たれる。七人の勇者たちはそれを迎撃しながら、徐々にノアへと迫る。
ノアは自分が震えていることに気がついた。それは敗北への恐怖と、高揚感からだった。
「何故、私は楽しんでいる?」
いつのまにかノアはこの戦いを楽しんでいた。
アンナたちは自分の計画を邪魔する敵であると同時に、未来を担う若き魔法使いたちだった。
その成長を目の前で見たことで、怒りと使命感を超えるほどの高揚と期待を抱いた。
己の理想の未来すらも凌駕する希望たちが今目の前にいるのだ。男はその人生の中で最も幸福な時間を過ごしていた。
「くくく、ならば超えてみせろ。未来を担う希望に相応しいと証明してみせろ!」
ノアの背後に巨大な魔法陣が展開される。
それは先程地上の街を撃った超巨大魔力砲の魔法陣だった。
違いがあるとすればカウントダウンがないこと。
「究極魔法。放て、ウトナピシュティムの石火矢!」
膨大な魔力の奔流が放たれる。
『究極魔法』。それは最上位の戦闘魔法。謂わば奥義、必殺技だ。
ノアの本気の一撃は魂源界放世界の埋め尽くすほどの広範囲攻撃で、逃げ場はない。
アンナたちは各々最大火力の魔法を発動し、迎え撃った。
「ぶちかましますわよ! 女神の槍像!」
「穿て! 天日目見矢!」
「創世前夜粛清再生!」
光の槍、光の矢、激流の大砲が放たれ、超巨大魔力砲を僅かに押し留める。
「メルクリウス・トリスメギストス!」
シオンの蛇の杖から銀色の波動が撃ち出され、超巨大魔力砲と激突、更にその威力を削ぐ。
アリスの足元に生命の樹の魔法陣が出現し、光り輝く。
「十の天球を繋ぎ、三つの星へと至る。無は無限に、無限は光へ」
魔法陣の回路に光が満ち、掲げられた十字の杖から、光の奔流が撃ち出された。
「聖命樹無限光!」
超巨大魔力砲と光がぶつかり、拮抗する。
『聖命樹無限光』。それは『生命の樹の実』と『知恵の果実』、二つの禁断の果実の力を組み合わせた奥義。知恵の果実に宿る無限の魔力を発射する攻撃魔法だ。
その際、人間の肉体は無限の魔力に耐えきれず崩壊するが、生命の樹の実の不死の力でそれを免れることができる。
端的に言えば、めちゃくちゃ強いが撃つと銃が壊れる弾丸を、絶対に壊れない銃で撃つ。ということだ。
しかし厳密にはアリスはこの間も壊れ続けていて、痛みと精神の虚無感に耐えながら、この魔法を行使していた。
アリスの究極魔法と呼べる魔法だが、戦闘魔法が弱まる彼女の性質によって、本来の威力ではない。それでも凄まじい威力を持ち、ノアの究極魔法を押し留めた。
キリエとアンナが同時に剣を構える。その剣には炎が灯り、揺らいでいた。
「いくよ、アンナ!」
「うん、キリエちゃん!」
天に掲げられた二人の剣が燃え盛り、巨大な二柱の炎が聳え立つ。それは一つに重なり合い、振り下ろされた。
「炎の剣!!」
楽園の門を守るとされる天使の炎剣が魔力の奔流と激突。拮抗することなく、炎は魔力を両断した。
ノアに向かって炎の道ができる。
もうアンナは走り出していた。
地面を強く蹴って、聖装の翼で飛び上がり、足に纏った炎を爆発させて加速する。
「第四の天使。かつて私に予言の力を与えた御使が立ちはだかるとは。だが、それでも私はこの試練を越える! 出でよ、聖船!」
鉄壁の防御魔法がノアを囲う。その強度はかつて人類を救った方舟と同等。神の裁きすらもこの舟を沈めることはできない。
だったら、神より強い拳で殴るだけだ。
アンナの右手が大天使ウリエルの炎で燃え上がった。紅蓮の炎を纏い、流星となった少女が防御魔法に激突する。
「炎の拳!!」
その昔、神と格闘し、勝利した男がいた。
これはその男が起こした奇跡を再現する戦闘魔法だ。
この魔法を使いこなすことができれば、かつての男のように、神にさえも勝利することができる。
防壁にヒビが入る。それでも、あと一歩アンナの攻撃は届かない。ノアが勝利を確信してニヤリと笑った。
その顔がムカついて、左手に炎が灯る。第二打が撃ち込まれ、遂に聖船の守りが貫かれた。
その勢いのまま、アンナはノアの頬を殴りつけた。
「ぐっ!?」
ノアは衝撃で吹き飛ばされ、甲板を転がる。魂源界放が解除され、景色は夜会会場へと戻った。
ノアは杖をついて、のっそりと立ち上がった。
「まだだ、私は未来を変えなければならないのだ!」
先の戦いでノアも少女たちも魔力と体力を大きく消耗し満身創痍だ。
両者共もう魔法戦は無理だろう。魔法なしの喧嘩なら若くて人数も多いこっちに分があると、アンナは拳を握って構えた。
するとノアが杖を掲げた。何処からともなく魔力が集まり出す。
「一般居住者区画から魔力を吸っています!」
椿姫が千里眼で老人の愚行を見抜く。
ぶん殴って止めようとするが、すぐにノアに魔力が満ちてしまった。
「残念だ。君たちはあと一歩届かなかった」
本当に心底残念そうにノアは言った。
再び、超巨大魔力砲の魔法陣が展開される。
アンナたちはそれを防ぐために魔法を発動しようとするが、魔力が足りない。
アンナが当てにしているイブの魔力もルーナ、レヴィアタン、超巨大魔力砲、ノアとの連戦で無くなっていた。
頼みの魔力タンクアリスも、塩化のダメージと大技の反動で立ち上がれないほど消耗していた。
それでも誰一人として諦めていない。その少女たちの強い意志に影響されて、ノアは未来の光景を見た。
「……これは、なんということだ」
その未来は全ての人々が魔法を使える世界だった。
魔法教育制度、教育機関の発達、優れた指導者の出現によって、この未来は生まれた。
貧富、民族、国家、宗教、性別、年齢、あらゆる隔たりは解決されずに残ったままであるのにも関わらず、人々の生活には笑顔と幸せがあった。
それは魔法という奇跡が全員に平等に与えられていたからだ。
遂に、『魔法がなくなる未来』が変わり、ノアは涙した。その原因がアンナたちであることもわかっていた。
未来視の使用者が認知しているかに関係なく、この世界に新しい可能性や要素が出現すれば、自ずと未来も変わる。
未来を担う魔法使いたちが、今この瞬間も成長し続けていることで未来が変わったのだ。
全ての人々が魔法を使える世界。それはかつて魔女イブが望み、ノアもまた夢見た光景。
それは現在でもまだ叶えられていない。
しかし、この未来視が指し示す通り、いつかはきっとこの未来が訪れるだろう。ノアは目の前の少女たちを見て確信した。
そして同時に、この未来の光景の中に、ノア本人がいないことにも気がついた。
続けてノアは数秒後の未来の光景を見た。
それは死んだはずのカサノヴァが現れ、ノアを剣で突き刺している光景だった。
「やはり生きていたか、カサノヴァ!」
ノアは背後に来るカサノヴァを迎え撃つため振り返ろうとして、わずかに逡巡した。
自分が未来にいないこと、その意味がわかってしまった。
「すまないノア。君が未来を見た時にできる隙を突かせてもらった」
耳元で囁く声が聞こえる。
気がつくとノアは背後から剣で心臓を貫かれていた。
剣の使い手は未来視で見た通り、死んだはずのカサノヴァだった。
「カサノヴァ先生!」
突然現れたカサノヴァにアンナたちは驚く。
そして、キヴォトスの気候制御装置が止まったことから、戦いが終わったことに気がつき、脱力して、座り込んだり、尻餅をついたりした。
「みんな、よく頑張ったね。もう大丈夫だ」
カサノヴァは心臓から剣を抜くと、蹌踉めくノアを抱き止め、ゆっくりと横に寝かせた。
「あの子たちと戦えば、きっと未来の光景が変わるとボクは信じていた。そして、その未来を見た時、君は必ず動揺する」
「そうだな。今わかった。この世界の未来に不要なのは、この私自身だったのだ」
未来の光景が何をやっても変わらず、魔法がなくなる未来のままだったのは、ノアが生きているからに他ならなかった。
ノアの魔法至上主義に反発して反魔法主義の力が大きくなり、魔法使いたちが殺されてしまい、やがて世界から魔法が消えてしまうのだ。
疲弊した身でアリスは倒れたノアの元に駆け寄る。敵であっても、彼女が人を見捨てることはない。
「ありがとう、若き魔法医の卵よ。しかし、無駄だとわかっているだろう」
もうノアから敵意は感じられなかった。
傷は治したものの、ノアの生命力はだんだんと弱まっていく。
「カサノヴァ、君は教師になるのだろう? 種明かしがてら、その様を見せてくれないか」
「いいだろう」
頷くとカサノヴァは生徒たちを集めた。
「あの時塩になったのは人形か」
「半分正解だ。あれはボクが作った人形だけど、あの時はボクだったのさ。だから確かにあの時ボクは死んだ。今のボクは、死んだボクから魂と記憶を引き継いだ後継機ってとこかな」
カサノヴァが大昔から生きているのはこうして肉体を定期的に新しいものに取り換え続けていたからだった。
先程のように彼を殺しても、すぐに次の彼が動き出す。
「ではどうやって誰にも気づかれずに私の背後に現れた」
「それも話さないといけないのかい?」
「墓まで持っていくと約束しよう。すぐそこだしな」
「はは、それもそうか」
男たちは楽しげに語らう。最後は敵対することになったが、親しい友人だったのだろう。
「ずっと秘密にしてきたけど、ボクは時間を止められるのさ」
アンナたちは再び驚いてしまう。アリスも知らなかったようで怪訝な顔をしている。
「厳密には、ボクだけが世界の時間の流れから外れて、みんなが止まっている状態で動くことができる。それで君に近づいた」
ノアの塩化魔法からアンナを庇う時にもカサノヴァは時間停止魔法を使い、一瞬で移動していたのだ。時間を止めた状態で動いていたから、アンナでも追うことはできなかった。
「では何故時間が止まっている状態で私を攻撃しなかった。未来視で回避されてしまうかもしれないというのに」
「時間が止まっている間、ボクは他人に干渉できない。できるのは移動や覗きだけ。お触りはNGなんだ」
アリスに睨まれたカサノヴァは慌てて、「覗きはやってないよ! ボクがそんなケチなことする男に見えるかい?」などと弁明する。
それを見て、ノアは羨ましそうに微笑んだ。
「では最後に私を殺したその剣のことを聞こう」
「みんなも、もう気がついていると思うがボクは時間を操る魔法を使える。そしてこの剣は相手の寿命を削る剣なんだ。切った回数につき一年、寿命を削る恐ろしい剣さ。
人間には天命という絶対の寿命がある。魔法で寿命を伸ばしているボクやノアはその天命を無視して生き続けているけど、そんな奴らはこの剣に一回切られただけでイチコロというわけさ」
ノアは納得したようで満足そうに頷いた。その後、カサノヴァは真剣な顔になり、彼に尋ねた。
「ノア、君は何を見た。何が君をこうさせた」
「墓場まで持っていくつもりだったが、いいだろう。話してやる」
ノアの呼吸が徐々に浅くなってきた。誰もが彼の終わりが近いことを悟った。
「この世界から魔法がなくなる未来を見た。だから、魔法と魔法使いを守るため、魔法弱者を滅ぼそうとした」
彼が本当に魔法使いたちを大切に思っていることはアンナにもわかった。
彼は大きな力と責任を背負っているが故に、視野が狭くなり、短絡的な答えで解決を試みてしまったのだ。
ノアがアンナたちを見据えた。
「しかし、君たちがその未来を変えるだろう。君たちとの戦いの最中、全ての人々が魔法を使えるようになる未来の光景を見た」
未来は変わるものだ。未来視の光景も絶対とは限らない。それでも、その可能性があることがわかっただけで、ノアにとっては僥倖だった。
「カサノヴァ、いい授業だった。君が彼女たちを導け」
もう、ノアの目は見えていない。あらゆる感覚が途絶えた。発せられているかもわからない声で、旧友に別れを告げる。
そして、最後に偉大な魔法使いは少女たちに言い残した。
「君たちに、託す」
◇
雨が小降りになり、風は止んだ。雲の隙間から月光が差し込み、穏やかになった海を照らし出す。
世界の滅びは阻止された。世界は救われたのだ。
アクアの街の人々は再び大喜びして、踊り出した。世界中でも同じように人々は歓喜した。
キヴォトスの結界が消滅したことで、魔法騎士団が内部に突入。ノアの信奉者は逮捕され、一般居住者たちは救助された。
地上に降りたアンナたちはアクアの広場で、救助された一般居住者たちの介抱を手伝った。
するとアンナは担架に乗せられた少女に声をかけられた。
「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう」
続けて、その場にいた一般居住者や地上の人たちからも「ありがとう」とお礼を言われ、歓声と拍手が巻き起こった。
アンナはこんな風に注目を浴びるのは苦手で、赤面して縮こまってしまう。
「わ、わたしは全然すごくなくて、みんなが力を貸してくれたおかげです!」
両手を振って謙遜していると、エミリアが近づいてくる。
「た、助けてください、エミリア先輩!」
「お任せください」
何故か右手を掴まれて上に向かって高々と掲げさせられた。
「さあ皆様、お耳をカッポじって、よ〜くお聞きくださいませ! この方こそが世界を救ったヒーロー、アンナ・フルルドリスさんですわ! 脳みそにお刻みあそばせ!」
するとさらに歓声はデカくなってしまい、遂に『アンナコール』まで始まった。
助けるどころかトドメを刺された。終いには胴上げされ、それ以降の記憶はない。
しばらくして解放されたアンナはお祭り騒ぎの広場から、静かな波打ち際に避難した。
もう完全に雨は止み、空が徐々に明るくなり出した。
日の出を前に黄昏ていると、隣にマリアが座った。
「お疲れ様、よく頑張ったわね。見てたわよ。すごかった」
褒められて、また赤面してしまう。
それと同時に緊張が解ける。感じないようにしていた恐怖が込み上げて来て、マリアに縋りついた。
今やっと、怖くなった。
自分も友達も死ぬかもしれない戦いをしていたこと、世界中の人々の生命の行方を預かっていたことをようやく実感した。
「大丈夫よ。アンナのおかげで、みんな無事」
マリアが抱きしめてくれる。そして、人々の無事を伝えてくれた。
世界中が豪雨に見舞われたが、魔法技術が発達していたことと、世界各地の魔法使いが人々と街を守ったことで、大きな被害は出なかった。
勿論、アンナたちが早めにノアを倒せたからというのも大きい。
今回は死ななかった、助けられた。
それでも次同じようにできる保証はない。
そして、その『次』はきっとまた来る。それを思うと、アンナは怖くて震えた。
この道をやめることもできる。
この道は力があるものがやるべきだが、アンナの心は弱い。力はあっても、心は相応しくない。
それでも。心にある『答え』は変わらない。
一般居住者たちが苦しんでいることを知った時、仲間を馬鹿にされた時、怒りを覚えた。
世界中の人たちが死ぬと知った時、戦うための勇気が灯った。
みんなの声と思いが届いた時、力が湧いた。
人々の歓喜と安堵の笑顔を見て、お礼の言葉を聞いて、自分が生まれてきてよかったと実感した。
このために生まれてきたのだと確信できた。
それが答えだった。
己の心にある答えを確かめたことで、恐怖の震えが止まる。
もう大丈夫。顔を上げると、マリアが申し訳なさそうにしていた。
「ごめんなさい、アンナ。あなたが戦うことを止めないといけないのに、私にはそれができない。
アンナがいないと、助けられなかった人たちがいる。これから先の未来にも必ずあなたの助けが必要な人たちがいる。
私はその人たちを助けるために、あなたが傷つくかもしれない未来を選んだの」
それはアンナが誰かを助けられるくらいに強くなったと認めてくれているということだし、隠さずに打ち明けてくれたことが嬉しかった。
アンナはマリアが感じている罪悪感を拭ってあげたかった。今度はアンナが華奢な身体でマリアを抱きしめた。
「あのね、マリア。さっき、みんなが喜んでくれたことがすごく嬉しかったんだ。
わたしはこのためにこの世界に生まれてきたんだって思えた。これが自分のやるべきことだってわかった。
この道を選んだのはわたしだよ。それに、マリアが止めても、わたしはやると思う。だからマリアのせいじゃないよ」
それを聞いてマリアは少し驚いた後、微笑んだ。
「ありがとう、アンナ。少し目を離していた間に、また成長したわね。なんだか私の方が年下みたい」
マリアが笑ってくれて、アンナもほっとした。
マリアは強いから、あらゆることに責任を感じてしまう。アンナはもっと強くなって、彼女の負担を減らしてあげたかった。
ちなみに前世を合わせるとアンナの方が一歳だけ年上だったりする。
太陽と入れ替えに夜の紫は薄まり、空が青色に染まり始めた。
地平線の向こうに、大きな虹が架かる。それを目指すかのように、港から鳥たちが飛び立った。
アンナたちが守った世界の新しい一日が始まる。
滅多にしない夜更かしをしたせいで、アンナはうとうとしていた。
マリアが膝をぽんぽんと叩くから、チャンスとばかりにアンナは横になる。心地が良すぎて、膝枕を堪能する前に意識は眠りに誘われた。
「おやすみ、アンナ」
愛おしい母の温もりに包まれて、小さなヒーローは微睡んだ。
魔導優性機構キヴォトス【完】




