現実一日目 出会い
意識が浮上してくる。眠りの底から少しずつ、私はユメからウツツへと戻ってくる。
「……なにも見えない」
期待していた。目を覚ました私の前に、広い世界が広がっていることを……。けれど、現実は残酷なものだ。私の視界は闇で満たされている。
「やっぱりユメだったのかな」
分かり切ったこと。あの世界に出てきた男も、あの世界をユメだと言っていた。しかし、期待せずにはいられなかった。あんな美しい光景を見せられたら……。
「忘れたほうがいいんだよね……」
私には関わりのない世界。空間が広がっていて、色があって、モノが見える。見えないことが当たり前で、疑問すら抱かなくなっていた漆黒の視界。いや、視界がないことを意識すらしなかった。
「支度しなきゃ……」
急いで大学に行く準備をする。親の反対を押し切ってまで都心の盲学校に通うことにした。寮生活が嫌で、盲導犬で私の相棒のアレキサンダー(サンちゃん)♂と一緒に二人暮らし(一人と一匹)をしている。
「よし、行くよサンちゃん」
ワンと答えるサンちゃん。いないと思ったら風呂場の方からバタバタという足音が近づいてきた。怠惰な時もあるが私とサンちゃんは以心伝心できるほど仲が良い。いてほしいと思う時に、サンちゃんは必ず側にいてくれるのだ。
「今日の天気は……」
ワンワンとサンちゃんが元気に答える。二回…なるほど今日は曇りか……。
「一応、折り畳み傘を持っていこうかな」
所定の場所に置いてある折り畳み傘を持って準備完了。家を出て鍵を閉める。
「はぁ、しかし昨日のアレはなんだったんだろうね」
ワンワンワン。たぶん尻尾を振りながら、元気よくサンちゃんが答えてくれる。今日のサンちゃんは随分機嫌がいい。
「昨日と言えば、あのお兄さん優しかったな」
夢を見る前に、実はちょっと珍しい出会いをしていた。昨日は学校が休みで、サンちゃんと一緒にブラブラと散歩をしていたのかだが、本当に珍しく私は人とぶつかった。私のようにあからさまに目が見えないように振る舞っていると、皆が避けてくれて人とぶつかるというのはめったにないことなのだ。
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『ひゃう』
『ごっごめんなさい!大丈夫ですか、怪我はありませんか?』
男の人の声。高校生ぐらいだろうか。二十歳前後の凛々しい声だ。だいたい同年代だろう。
『全然平気ですよ。ちょっとびっくりしたけど』
男の人を安心させるために自分が笑顔だと思う顔で答えてみる。
『怪我してますよ。ああっ、ためですよ動いたら。家はお近くですか?俺、肩を貸しますんでお送りします』
全く私の話を聞いちゃいない。
『本当に大丈夫ですよ。寧ろ、そんなに心配されると傷ついちゃうな』
『でもその傷は……、やっぱり俺家まで送ります!』
『大丈夫よ。すぐそこだもの』
『だったら尚更です!』
そう言いながら男の人は私の両手をがっちり握ってきた。
『だったらついてきて、行くよサンちゃん』
ワンと勢いよく答えるサンちゃん。サンちゃんが攻撃的にならないということは、この男の人はきっと害がないんじゃないかと思う。サンちゃん、私が嫌いなタイプの人に会うと狂ったように吠えだすから……。
『そういえば、貴方歳はいくつ?』
『俺ですか?21歳です。先週なったばかりですけど』
やばっ、年上だ……。
『ごめんなさい。私は19歳です。お兄さんだったんですね』
『うわぁ、やめてください。そのままでいいです』
よく分からないが彼はテンパっているようだ。声がうわずっている。
『そのままっていうのは?』
『口調や態度その他諸々、全てそのままでいいですから』
『そうですか。もし貴方も敬語をやめてくれるのであれば考えますよ』
そして沈黙。正直、声のコミュニケーションに依存している私にとって、沈黙が一番困ったりする。すると私の不安を感じ取ったのか彼が口を開いた。
『わかった。わかったから、そのままでいてよ』
先程から『そのまま』の意味を素直に受け取ると私は敬語を使わなきゃならないことになるだが、私のお願いを聞いてくれた彼にこれ以上意地悪をするのは気が引けるので、私が折れることにした。
『ふふっ。お兄さん、面白いね』
『よく言われる』
彼と話していると凄く愉快な気持ちになる。
『本当に不思議な人。普通の人は私のことなんて異物としか思ってないのよ。優しく接してくれる人はいるけど、みんな所詮は表面上の優しさなんだと思う。私と深く関わろうとする普通の人は両親以外に知らないもの。私って変わってて仲間とも本音で語り合えるほどに仲良くなったことないし……』
『世の中普通の人なんて存在しないよ。俺だって君だって違う人間だ。遺伝子が同じクローン人間だって何もかも同じ思考をするなんてことはあり得ない。同じ人間なんていないわけだから、「普通の人」っていうのは可笑しな話だと思わないかな?だから相手のことが理解できなくて当たり前なんだよ。大事なのは、相手を理解しようとする気持ちだと思うな』
胸に槍が突き刺さったような衝撃が走る。私を支配していた心の闇が晴れていくような感覚。暖かい何かに包まれるような。突然全身を駆け巡った高揚感に、私はますます動揺を感じていた。
『あっ……着きました。このアパートです。ちょっと待っててくださいね』
『一体何を待てばいいんだい?それと、敬語はやめてほしいな』
彼にそう言われて考える。あれ?私は何をしたいんだっけ……。
『君の怪我の処置をしないと。早く君の部屋に案内してくれるかい?』
『えっ?…… あっ、うん』
今更ながらに目的を思い出し、先程の自分の発言を思い出して恥ずかしさが込み上げてくる。照れ隠しに素早く部屋に案内し、未だ未使用の救急箱を彼に手渡した。
『よし、座ってくれるかい?』
彼にそう言われて私はソファーに腰を掛けた。
『ちょっと染みるだろうけど我慢してね』
そう言われて、まさか子供じゃあるまいしと思ったが、彼が傷口に薬を塗った瞬間に思わず「あっ」と声を出してしまう。
『やっぱり君は可愛いな。よし、これで大丈夫。俺はもう帰るね』
それだけを言い残し、お兄さんは帰ってしまった。バタンという玄関のドアが閉まる音がした。「君は可愛いな」なんて言われてしまい硬直していた私は、彼にお礼さえ言えずにいた。
『名前も聞いてないのに』
でも不思議と寂しさはなかった。きっと彼とはまたどこかで会える。そんな根拠のない確信があった。
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「今日も何か不思議なことは起きるかな?」
私の質問にワンと元気よく答えるサンちゃん。
「そうだよね。今日も元気に学校生活をエンジョイしますか」
楽しめるかどうかは自分ですら分からないが、昨日のお兄さんの言葉のおかげ晴れ晴れとした気分で学校に行くことができる。
「夢と現実か……」
どちらにせよ私は、未知の新しい世界に踏み出そうとしているのかもしれない。待ち構えるのは悪魔か天使か。いずれにせよ、私の日常に生じた小さな亀裂が、私の知らない世界に導いてくれることだろう。
こんな感じで、夢の世界と現実の世界で交互に話を展開して行こうと思っています。
うん、何とも私らしくないっていうのは変わりません。でもまぁ、ちょいといい感じになりつつあるかも知れない・・・。
本当に少しずつですけど、連載頑張ります!!
BSFともども、よろしくお願いします!!