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仕事ってのはクソだ

作者: 赤猿
掲載日:2026/02/26

 子供の頃、自分の将来が楽しみで仕方なかった。空を自由に駆け回るパイロット? 世界で1番偉い大統領? それとも皆に憧れるヒーロー?



 でもこれは、現実だった。



 仕事ってのはクソだ。これが、31年生きた俺の結論。


 内定貰った会社に入ってから早9年、朝起きて現場行って頭下げて寝るだけの日々。


 一体何が楽しくて生きてるのかって?



 死ぬのが怖いだけだ。






佐伯(さえき)さーん! おはようございます!」


「……お前は朝から元気だな」


「そうっすか? それより聞きました? 今度正社員全員給料3%アップですって!」


「あぁ、この前決まった法案の」


「それです! いやぁありがたいっすよねぇ」


「……そうだな」


 実際、20万の3%なんてたかだか6000円。そんなんで何になる? 一度飲みに行ったらそれだけで消えちまうような額だ。


 分かってる。勿論昇給というのは喜ばしい事だし、雀の涙のような金額でも塵も積もれば何とやらだと。



 でも何故か、失敗よりも心が折れる。



「それじゃあ自分現場の見回り行ってきますね」


「頼む。あぁそうだ、5工区の足場で職人さんに伝えたい事あったからついでに……はいこれ、渡せば分かるから」


「了解です!」



 勢い良く閉まる扉を確認した俺は深くため息を吐く。


「何でアイツはあんなに前向きなんだ……でもちょっと疲れてたか? ま、とりあえず少し仮眠でもーー」


「オイッ!!」


 怒号と共に部屋に入って来たのはだらしない服装の中年男性だった。

 格好からして職人ではない。


「どうされました? ここはマンション修繕工事の事務所ですよ」


「んな事は分かってるよ! それよりどうなってんだおたくの社員は!? タバコ吸いながら仕事って俺らの事舐めてんのか!?」


(ウチの社員じゃねーよ)

「そうでしたか、大変申し訳ありません。私の方から注意しておきます」


 どうやらこの冷静な態度がまずかったらしい。その後10分もの間コイツはギャーギャーうるさく喚いていた。最終的には音がうるさいだの言ってきたがそれは仕方ないだろ。


 男がようやく出て行ったかと思うとぞろぞろと一服休憩に多業種の職人達が集まってくる。



 現場には沢山の人間が関わっている。俺達のような施工管理、足場や塗装に電気や防水、様々な職人さん達。そして、こういうマンションや住宅では住人さん達。

 それぞれが同じ場所で全く違う事をしている為、トラブルは尽きない。



「大変だったねぇ、監督さん」


「本当ですよ……」


 話しかけてきたのは今回の足場を担当している鳶職人の1人だった。

 そして恐らく今回の件の犯人も彼だろう。


「何? また騒音関係?」


「いや、えっと……そうなんですよ〜」


「音なんか仕方ねぇのになぁ? たっくこっちは仕事してんだから勘弁して欲しいねぇ」


「あはは……」

(タバコ吸いながらだろ?)


 本当はガツンと言ってやりたいが、今この人の機嫌を損ねるのはまずい。ただでさえ工期が押しているのにも関わらず、こっちの都合で何度も足場を組み直して貰っている。

 ここでもし飛ばれでもしたら現場が終わりかねない。



「あ、それより5工区の変更大丈夫でしたか?」


「え? 5工区何か変わったの?」


「あれ、田代(たしろ)の方から伝わってませんか?」


「いや何も聞いて無いけど」


「えっと……」

(クソ……田代の奴……)


「何? あの若い監督また伝え忘れ?」



「……いや、自分がちょっと忘れてて……」


 空気が悪くなっていくのを感じながら新しく印刷した図面を広げ、鳶さんに見せる。



「ここの組み替えをお願いしたくて……」


「いや無理だよ、そこ組み直したら上まで全部やり直しじゃん」


「そうなんですけど、ちょっとお願いしたくて」


「工期伸びんの?」


「いや、工期はこのままで……」


「じゃあ無理でしょ? ただでさえ組み替えばっかで進んでねーんだから」


「そうなんですけど……」


「いや、本当無理だって。ただでさえこっちも毎日5時まで現場でやってんのに」


「いやぁそこをなんとか……」


「大体さ、言うのが遅すぎるんだよ。せめて朝言ってくれたら何とかなったかもしれないけど今言われてももう無理でしょ。何? 職人舐めてんの?」


「いえいえ! そんな事は…………」




(うるせぇバーーーカ!!!!!!」



「え? さ、佐伯さん?」


「こっちだって……ヒック……今日の朝上から言われたんだから仕方ねーだろーがよぉ……」


「ちょっと佐伯さん! 声大きいですって! 飲み過ぎですよ?」


「ネチネチ言ってきやがって……舐めてんのはどっちだこんちくしょう……ヒック」


「分かりましたから、ほら水飲んで下さい」


「……田代ぉ……」


「はい?」


「…………吐きそう」


「えぇ!? ちょっ、立ってください! トイレまで我慢して!」


「無理……うぅッ……」


「うわぁッ!? マジすか……」


 周囲の客の視線が突き刺さる。当然だ。肩に担いだ上司が滝のように吐瀉物をまき散らしたんだから。

 あぁ、死にたい……何で誘い断らなかったんだろう……



「ちゃんと家帰ったら水沢山飲んで下さいね? ていうか真っ直ぐ家帰って下さいね?」


「わかってるよぉ…………田代ぉ」


「はい?」


「今日、楽しかったなぁ……」


「……そうっすね」



 夜の街へと消えていくタクシーを僕はただ見送る。火照った身体に夜風が心地良い。



 仕事というものはクソだ。それが、26年生きた僕の結論。

 朝起きて現場行って頭下げて寝るだけの日々。それももう気が付けば4年になろうとしている。




 何が楽しくて生きてるのかって?



 別に楽しくなんかないさ。


 でも僕もいつか、後輩の失敗を庇って怒られたり、その後輩が疲れてたら飲みに誘ってくれたりする。


 毎日誰よりも早く来て職人さん達への差し入れを準備したり、毎日誰よりも遅くまで残って少しでも工期を縮める為に方々に連絡したりする。



 そんなカッコいい誰かの先輩になりたいだけ。

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