暁(あかつき)のエメラルドノヴァ
月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。
ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。
すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。
近未来都市、ネオ・トウキョウの朝は、いつも目まぐるしい。ホログラム広告が煌めき、リニアカーが空中を滑るように駆け抜けていく。その喧騒の中、緑川 星は今日も走っていた。
「くっ、遅刻するってば!」
息を切らし、細い路地を駆け抜ける彼女の姿は、とてもじゃないが新米刑事には見えない。茶色い髪は風に乱れ、眼鏡の奥の瞳は焦燥に揺れる。制服のスカートがひらりと舞うたびに、彼女のもう一つの顔が脳裏をよぎった。煌めくステージ、浴びるスポットライト、そして胸を揺さぶる大歓声――。かつて「奇跡の歌声」と称された国民的アイドル。だが、それは過去の栄光。今はただ、この街の平和を守る、ごく普通の、いや、ちょっとドジな新米刑事なのだ。
大学の法学部で学ぶ傍ら、警察官として地域課に配属されてまだ三ヶ月。座学と実務のギャップに戸惑う日々だ。
「緑川、またお前か! 現場は一分一秒を争うんだぞ!」
署に着くなり、鬼の形相の先輩刑事・黒岩に怒鳴られ、星は小さく肩をすくめた。
「申し訳ありませんっ!」
元気いっぱいの返事だけは、アイドル時代と変わらない。
その日の午後、事件は唐突に、しかし悪夢のように幕を開けた。
平和なショッピングモールが、突如として禍々しい緑色の光に包まれた。耳をつんざくような爆音と、人々の悲鳴。
「カオス・インベーターズだ! 全員、避難しろ!」
黒岩先輩の声が響く中、星も現場へ向かった。
眼前に広がるのは、地獄絵図だった。巨大な異形の怪物が、無差別に街を破壊し、人々を恐怖に陥れている。警察官たちが必死に応戦するも、銃弾はまるで効かず、次々と吹き飛ばされていく。
「くそっ、なんて力だ…!」
瓦礫の陰に身を隠しながら、星は歯を食いしばる。拳銃を構える手が震える。法と秩序を守るための力が、こんなにも無力だなんて。
「だめだ…私じゃ、何もできないのか…!」
目の前で泣き叫ぶ子ども、瓦礫の下敷きになる人々。アイドルとして輝いていた頃の自分には、彼らの笑顔を守る術があったかもしれない。けれど、今の自分には、ただ見ていることしかできない。そう、絶望しかけた、その時だった。
星の制服のポケットから、わずかな光が漏れ出した。
「ピピッ!」
それは、彼女の相棒である小型AIロボット「グリフ」だった。普段はまるで子猫のように愛らしい姿だが、その目は緑色の光を放ち、どこか真剣な表情をしている。
『マスター…このままでは、間に合いません』
グリフの電子音声が、脳内に直接響く。
「でも、私には…」
『貴女には、もう一つの使命があるはずです。この星の希望を、もう一度輝かせてください』
グリフの体が、さらに強い光を放ち始める。その光が、星の掌に吸い込まれるように、神秘的なデバイスへと姿を変えた。エメラルドグリーンに煌めく、ユニコーンの角を模したような形状。
「これは…?」
デバイスを握りしめた瞬間、星の脳裏に、忘れかけていた遠い記憶が蘇った。子供の頃に見た、夢の中の白い幻獣。そして、その幻獣から与えられた、この世界の危機を救うという使命。
「まさか、あれが…本当だったなんて…!」
目の前の惨状、そしてグリフの言葉、そして掌に宿った光。全てが繋がり、彼女の中で何かが弾けた。
そうだ、私は諦めない。警察官として無力でも、アイドルとしてステージを降りても、この街と人々を守るための方法は、きっとあるはずだ。
私は、緑川 星だ。そして、この街の希望となる、新星だ。
「…行くよ、グリフ!」
星は立ち上がった。瓦礫の山の上、怪人が見下ろす中、彼女はデバイスを掲げ、叫んだ。
「変身!」
緑色の光が、星の全身を包み込む。粒子が高速で螺旋を描き、素肌のラインを辿るように、エメラルドグリーンの強化スーツが形成されていく。煌めく金属パーツが、その身を守るように装着され、流線形のしなやかなボディが完成する。髪は風になびき、瞳には確固たる決意の光が宿る。
「エメラルドノヴァ!」
光の中から現れたのは、戦う女神だった。
その姿を見た瞬間、怪人の動きが一瞬止まる。人々は目を見張り、希望とも絶望ともつかない声を上げた。
「私の正義は、誰にも譲らない!」
エ彼女は瓦礫を蹴り、光の槍を構える。その槍の先端には、青白いエネルギーがスパークしている。
「行くぞ、グリフ!」
『承知いたしました、マスター!』
小型AIロボットだったグリフもまた、光に包まれ、巨大なサイバーユニコーンの姿に変貌する。白銀のボディは鋼のように輝き、額の角からはエメラルドの光を放つ。
「シャァアァトカ! 新星の光光!」
エメラルドノヴァは、グリフの背に飛び乗った。一瞬にして加速したユニコーンと共に、彼女は空中を駆け、怪人へと向かっていく。
怪人の放つ破壊光線を、光の槍で受け止め、捌く。華麗な体術で懐に潜り込み、電光石火の突きを繰り出す。スーツの至る所から放たれる緑色のエネルギーが、怪人を怯ませる。
「私のノヴァスパークで、あなたたちを止める!」
全身にエネルギーを集中させ、エメラルドノヴァは叫んだ。光の槍の先端に、巨大なエメラルドグリーンの輝きが凝縮されていく。
「希望を…照らせ!」
必殺の一撃が、怪人を貫いた。轟音と共に、怪人は緑色の粒子となって消滅していく。
戦いが終わり、街に静寂が戻った。
エメラルドノヴァは、グリフの背からゆっくりと降り立つ。人々の歓声と、警察官たちの驚きに満ちた視線が、彼女に注がれている。
疲労に体を震わせながらも、彼女はそっと変身を解除した。緑色の粒子が消え去り、再び制服姿の緑川 星に戻る。膝をつき、大きく息を吐き出す彼女の横顔には、汗と、そして微かな涙の跡が光っていた。
「私…本当に、やったの…?」
傍らに寄り添う小型AIロボットのグリフが、優しくその腕に触れる。
『はい、マスター。貴女は、この街の希望の光となったのです』
彼女は、静かに夜明け前の空を見上げた。遠くのビル群の向こうから、一筋の光が差し込み始めている。
そうだ。私は、もう、ただの新米刑事じゃない。人々の希望を守る、エメラルドノヴァ。
「私は、戦う…」
星の瞳には、疲れの中に、確かな決意の光が宿っていた。
これは、緑川 星の、新たな物語の始まりである。




