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稀竜と精霊の乙女〜アーゲルバインドの風〜  作者: 葉月クロル


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第6話 星読みと『予言の書』

 ミオッカがエアの手を引いて小屋に戻ると、おばあは難しい表情をしていたが、顔も服も白くなった若者が「わたしーの、なまえは、エアです」と自己紹介すると「おや、話せるようになったのかい」としわに埋もれた目を丸くした。


「うん、さっきね、この人に声の出し方を教えたんだよ。なかなか賢いみたいで、覚えも早いよ」


「ほほう」


 若者は、ふたりの顔を見比べてから竪琴を鳴らして言った。


「……なまえー?」


 エアがミオッカに尋ねて、星読みの老婆を見ながら首を傾げる。


「この人の名前はおおばあだよ」


「この、ひと? おーばー? おーばー」


「おばあ」


「このひとは、おばあ」


「そうだよ、上手だねえ」


 エアは褒められたのがわかったらしく「おばあ、じょずー」と嬉しそうな顔をした。だが、お婆は不満げな様子だ。


「ちょっと、ミオッカ! あたしだって、生まれ落ちてすぐに婆さんになったわけじゃあないのさ」


 ミオッカは笑いながら「そりゃそうだろうさ。だけどわたしはお婆の名前を教えてもらってないんだよ」と言った。


「……リーラ。それがあたしの名前だよ」


「可愛らしくて綺麗な名前じゃないか!」


「よしとくれ」


「きれい、きれい、りーらー」


「リーラ、で止めるんだよ」


「リーラ」


「今のを聞いたかい、お婆のリーラ! エアは言葉を覚えるのが早くて上手だよ」


 ミオッカはなぜか得意げに言ったが、星読みのお婆は「やっぱりお婆でいい」と顔をくしゃっとさせた。


「あっ、そうだ。お婆、いらない紐か端切れはない? この人の髪を縛りたいんだけど。長くて邪魔だろうからね」


「洗ったらずいぶんと綺麗な髪になったもんだね。ちょいと待ちな、なにか探してやろう」


 お婆はミオッカの面倒見の良さに目を細めながら、長い布の切れ端を探し出して渡してやった。ミオッカはエアの髪を指で整えてから、妙に嬉しそうな彼の髪をきりりと縛ってやった。


「さて、本題に入るよ」


 エアが空を眺めながら竪琴を弾き始めたので放置し、ふたりは小屋に入って腰を落ち着け話を始めた。


「星を読み、予言の書と照らし合わせて出た結果だけどね。風の月、前十二の空は『人にあらざる乙女が竜の王に乗る』と出た」


「人じゃないの? それに竜?」


 美しくて強くて巨大な生き物の名前が出てきたので、ミオッカは顔を輝かせた。


「わたし、知ってるよ。遠くの大きな国では竜騎士っていうのがいるんだって。その人たちは竜に乗れるんだよ。うちにある本にそう書いてあったけど、それかな。竜騎士は人ではないのか」


「いや、少し違うね、竜騎士は訓練を積んだちゃんとした人だ。予言書にある竜とはおそらく稀竜種きりゅうしゅのことを指すんだろうよ。人の言葉を解する偉大なる竜の話は知ってるね?」


「この大陸から離れた島に棲んでいるという、お伽話の竜? でも、それは実在するの?」


「なんらかの形で存在するから、この書物に載っているんだろうさ」


 お婆は深い臙脂色をした、革で装丁された『予言の書』を示した。

 これはお婆以外のものが読んでも意味のわからない単語が書かれた本なのだが、星読みでわかった順番に文を拾って読むと筋の通った文になるのだという。


「それでねえ……まずはエイリナの生まれた日で読もうとしたんだが、意味のある予言が現れなくてさ。この文はそれより二年前の日で読んだ結果なんだよね。おまえはエイリナよりもふたつ歳上だったじゃないか」


「そうだよ、エイリナとわたしは誕生日が一緒なんだ! ……うん? それはどういうことなんだ?」


「レットクとメイニャにどういうことなのかを聞きに行くよ。ミオッカ、わたしを背負いな」


「うちに来るの? お婆が? 珍しいな」


「エイリナの状態も見たいからね、そら、さっさと行くよ」


 星読みのお婆は袋に『予言の書』を入れて待つと、小屋の外に出た。そしてそこに静かにたたずむ青年を見て「さて、こやつはどうしたもんかねえ」とミオッカを見た。


「ここにいられても困る。ミオッカ、おまえが連れておゆき」


「ええっ、なんで?」


 突然の話に驚いてお婆を見ると、彼女は皺だらけの手で顎をさすりながら言った。


「こやつはわたしの結界をすり抜けて入って来たんだ。無害そうだから食べ物を与えて放置していたが、こんな時に居合わせたのも星の導きなのだろうよ。だからミオッカが面倒を見ておやり」


 ミオッカは「そういえば、エアはわたしの子分になりたそうだったしな」と呟いた。


「わかったよ、父さんと母さんがいいと言ったらね。竪琴を弾くばかりのエアにごはんを食べさせてくれるかどうか、まず難しいと思うけど」


「子分にするなら、親分が食い扶持を稼いでやればいいのさ」


 十六の少女に見ず知らずの青年を養わそうとするのはおかしな話なのだが、腕のいい狩人であるミオッカは「なるほど、親分ならそうするべきだな」と頷いた。


 ミオッカは腰を屈めてお婆を背負う。


 エアに「これから森を抜けてわたしのうちに行くんだよ。本気でわたしの子分になりたかったらついておいで。そうでなきゃこれでお別れだよ」と声をかけ、あとは自分で判断すればいいと森の中を歩き出した。


 青年は遠ざかる背中を見送って考え込んでいたが、やがて走り出した。頼りなさそうな見た目よりもずっと確かな足取りでスピードを上げるミオッカを追いかけていく。

 森の生き物たちが彼の気配に怯えて静まり返ったので、ミオッカは走りながら振り向き「あんた、森でなんかやったの? えらく嫌われているじゃないか」と声をかけた。エアはミオッカに「わたしはー、こぶん」と言いながら笑顔を見せて、竪琴を抱えて飛ぶように森を駆けた。


「エア、そんななりをしてあんたはなかなか動けるやつじゃないか。熱心に働くなら子分としてうちに置いてやれそうだ」


「わたしは、ミオの子分です。ねっしん、はたらく!」





 ミオッカ達が家に到着すると、レットクが出て来て「ミオッカ、よくやった。お婆が来てくれたのなら心強い。あれからメイニャの様子がおかしいんだ」と言った。そして「お婆にはなにがあったかわかっているのだろう」と悲しそうな顔をした。


 お婆はミオッカの背中から降りると「レットクや、真実を語らねばエイリナを助けることはできんぞ」と低い声で告げた。


「父さん、この人はエアっていうんだ。言葉が不自由なんだけど、わたしの子分にした」


 ミオッカが背の高い若者を紹介すると、レットクは驚いて彼を見上げた。


「はあ? 子分? この立派そうな青年が?」


 ミオッカに全身をよく洗ってもらい、金髪を後ろで結んでもらったエアは、すっかり白くなった上質な服を着ていいところのお抱え音楽家のように見える。


「わたしの、なまえは、エアといいます。ミオの子分です」


 彼は子分という響きが気に入ったのか、そこだけとても上手に発音した。


「素晴らしいよ、エア。ずいぶんと上手いこと喋れるようになったじゃないか!」


 ミオッカが背中を叩くと、彼は「エアはミオの子分です」と笑って竪琴で陽気なパッセージを鳴らした。

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