第37話 稀竜種という存在
「姉ちゃん、俺たちの力だけじゃここから帰るのは難しいんじゃねえかな?」
最年少にして一番の常識人であるレキが、エアの背中から降りて言った。
「今、どこにいるのかすらわからないしさ。まずはこの顔色の悪いおじさんの話を聞こうぜ。それから、おじさんに頼んでなんとか帰してもらおうよ。そいつが一番の早道だと思う」
『顔色の悪いおじさん』と呼ばれた男はムッとした顔をした(一応、一般的な基準では美形なのである)が、この場で話を進めるにはレキの力が奴に立つと考え、気を取り直した様子で口を開いた。
「そうだ、その子どものいうとおりだ。わたしの力があれば、おまえたちの行きたい場所に一瞬で送ることも可能だから……」
「それなら今すぐナト村に送ってよ、さあ!」
ミオッカが詰め寄ると、男は思わず彼女の頭をぺチリと叩いて言った。
「だからおまえは! 乙女、いい加減落ち着いて、我の話を聞け!」
「なにをするんだ、ぶたれたらぶち返すよ!」
男は素早い動きのミオッカにばんと頭を叩き返されて、呆然とした。それを見ていたレキが「ああもう、いい音立てやがって……」と、エアの背中に顔を埋めた。
「おまえは本当に聖なる乙女なのか? 思っていたのとかなり違うのだが」
男は再び気を悪くした様子で言ったが、レキが「ごめんよ、おじさん。うちの姉ちゃんは田舎育ちの山育ちなもんでさ、狩り以外のことにはからきしなんだよ。大目に見てやっちゃあくれないかい?」と代わりに謝った。
男はひょろっとした子どもを見て「……そうか」と呟いた。
どうやら痩せっぽちのレキが、人生にも『ミオッカの世話』にも苦労していることを感じ取ったらしい。
「我は寛大で忍耐強いゆえ、特別に無礼を許す。で、乙女、おまえはミオッカという名で、『風の月前十二』の日に生まれた乙女なのだな?」
「そうだよ。ナト村の狩人で、最近は『ベールの乙女』っていう音楽一座で歌を担当してる。これはエアで、わたしの子分で竪琴担当、この子も子分のレキといって、管理を引き受けてくれてるんだ」
「ミオの一番の子分のエアです」
「二番目の子分のレキだよ、よろしくな、竜のおっちゃん!」
男は「竜のおっちゃん……」と遠い目をしてから「我は世界に唯一の稀竜種である。名はアルフォンスだ」と名乗った。
「おまえたちは稀竜種とはどのようなものか、知っているか?」
ミオッカとエアとレキは「知らないよ」「知りません」「まったくわからないぜ」と首を振ったが、なぜかアルフォンスはエアに向かって「おまえがそう言うか?」と驚きながら言った。
「……まあ、いい。稀竜種というのは他の竜とはまったく別の存在だ。世界の重し、と言ったらいいのだろうか? 我はなにものにも干渉しない。ただここに在るだけだ。そんな我だが、不死ではないのだ」
「じゃあ、そろそろ死ぬの?」
ミオッカがあまりにもストレートに言うものだから、レキが「姉ちゃん! そんな言い方をしたらかわいそうだろう! お年寄りには優しくするもんだよ、気を使って『そんな寂しいことを言わずに長生きしてね』とか言ってやんなよ」と注意をして、アルフォンスは余計に気を悪くした。
「誰が年寄りだ、気を使わんでいい! まあでも、このままだと我の命が尽きて、それに伴いこの世界は滅びの道を辿るかと思われたのは事実……というのはだな、実は稀竜種は次の世代に繋げるために生まれてくる新たな竜を喰らい、記憶や知識を引き継いでいくものなのだ。我は何度もそうして、今ここにおる。だが、なにかが狂い、次の糧となる竜が我のもとに辿り着かなかったのだ」
「へえ、長生きなんだね。やっぱりお爺さんなのか」
「よくわかりませんが、大変そうです」
ミオッカとエアは、ふむふむと頷いてアルフォンスの話を聞いていたのだが、聡明なレキは「ちょっと待ってくれよ、聞き捨てならないことを言ったんじゃねえのか?」と声を荒げた。
「世界が滅ぶとかもとんでもない話だけどさ、竜のおっちゃん、次の糧ってなんのことだよ。なんだってそんな目でエアの兄ちゃんを見るんだ? まるで『美味そうなごはんがやっと来た』みたいな目で、えらい気色悪いんだけどさ!」
濃い紫色のアルフォンスの瞳孔が、爬虫類のように縦長に変化した。アルフォンスは声を出して笑った。
「実際、美味しそうなのだから仕方がないだろう。エアと名乗るおまえの真の名はセアイアルムス、我の糧となる竜種だな?」
エアはかぶりを振った。
「それは違います、あなたのごはんではありません。わたしの名はエアです。エアはミオの子分です。ミオの歌の伴奏を竪琴で演奏する役に立つ子分です」
「うん、人違いだよ。エアは少し魔法が使えるけど、竜じゃないからさ。それじゃあアルフォンス、達者で暮らしなよね」
「勝手に別れの挨拶をするな! 誤魔化そうとしても無駄だからな、おまえは確かに竜のセアイアルムスで、我の糧となる存在だ! 聖なる乙女に惹かれてふらふらと出歩いていたようだが、ここに現れたからには観念するがよい!」
アルフォンスの身体が膨れ上がり、周りに暴風が吹き荒れたので、エアは再びレキを背負い、ミオッカと共に洞窟の壁際まで下がって飛ばされないようにしながら頭を庇った。壁面が崩れて数個の岩が飛んできたが、なぜか小さなつむじ風が起こって軌道を逸らしたので、ミオッカたちは怪我をせずに済んだ。
「おや、あの男は竜になったよ。ということは食べられるかな? 狩ってもいいってこと?」
「だから姉ちゃんは、なんでも食べようとするなよ。あんなもんの肉食ったら絶対に腹を壊すからさ!」
「レキがそう言うなら、やめておくよ」
「あとさ、もしかすると、エア兄ちゃんが『カッ』っていって口から吐いてたアレは、魔法じゃなくてドラゴンブレスってやつなんじゃねえかな。兄ちゃんが細っこいのに馬鹿みたいに力があるのも、人間じゃなかったなら納得できるしさ」
「ああ……そうだったのか。魔法にしては、聞いていたのとはずいぶん違っているなと思っていたんだよね。レキは賢いな」
風が吹き荒れる中、ミオッカはレキの頭を撫でて褒めたのだが、エアに背負われた子どもは「嬉しいけど、今はそういう場合じゃねえぞ」と唸った。
「姉ちゃんにはあの竜を矢で倒す自信はある?」
「難しいな」
「エア兄ちゃんは? 竜だったことを思い出した? 『カッ』てやったら倒せる?」
「思い出せません。わたしはやっぱり竜ではないと思います。わたしはミオの子分で……」
アルフォンスが、エアとレキをまとめて食べようと口を開けたのを見て、レキは「思い出せなくても竜になっちまいなよ、兄ちゃん! もしも竜の子分だったら、ものすごく役に立つ一の子分になれるぜ! な、ミオ姉ちゃん、そうだろう? ナト村にもひとっ飛びで帰れるしさ! すげえ便利で役に立つよな!」
レキの言葉を聞いて、ミオッカは「そうだね、エアが竜になってくれたらすごく助かるね!」と期待の目でエアを見た。明らかに、竜がどうとかよりもエイリナのところに帰れることが重要らしいのだが、素直なエアはミオッカのキラキラした瞳を見て、頬を赤らめた。
「わたしはすごく役に立つ、一の子分ですからね。ミオのために、エアは竜になります!」
「うわあっ!」
エアの背中がもぞもぞ動き始めたので、おぶさっているレキが悲鳴をあげて飛び降りた。




