第36話 竜の呼び声
「ここから去ね! そして二度と目の前に現れるな!」
竜の鱗を持つ左手を突き出して、ミオッカは通る声で侵入者たちに命じた。
すると、手に持つ鱗から白い光が溢れ出して、腕から渦巻くように広がっていった。ミオッカは光に包まれた腕を振って首を傾げた。
「あれ? 光っているんだけど、なんだこれは?」
エアに背負われたレキは「あれ、じゃねえよ姉ちゃん! そいつはきっとやばいもんだ、早く捨てたほうがいいぜ!」と悲鳴のような声で忠告した。
黒白の服を着た三人の男たちは、唖然として自分たちを取り巻く光を見つめている。
「どうしてこんな小僧が竜の鱗に宿る魔力を引き出せるのだ? 我らのように、叡智の結晶たる優れた頭脳と、秀でた人格の持ち主でないと竜の鱗は扱えないはずなのに!」
レキが「はた迷惑で阿呆のおっちゃんたちのくせに、偉そうな事を言いやがって」と呟いた。
「まさか、こんな奴が本当にミオッカ・クローニーなのか! どう見ても『聖なる乙女』たる風貌ではないのに?」
「本当に聖なる乙女だというのか? このごろつきの乱暴者が?」
ヘールナダ聖教国から来た神職らしい男たちは、口々にとても失礼な事を言いながら狼狽えていたが、ミオッカはそれに気がつかない。自分の左手を見て「なんか、まずいことになりそうだよ。困ったなレキ、この変なやつが手から取れないんだけど」と顔を引き攣らせている。
と、その場に『ゴオオオオオッホウッホウッ』という咆哮のようにも聞こえる奇妙な笑い声が響いた。
そしてその声は喜色を滲ませながら『よくやった、我の鱗をミオッカの元によくぞ届けてくれたな』と、血の底から響くように男たちを褒めた。
『ミオッカよ、これで我のもとに来ることができるぞ。待ち侘びていたが、ようやく会うことができる』
「あんたは誰?」
『おまえを待つものだ』
空中に、ぼんやりとした人影が浮かんだ。
「おや、見覚えがある顔だよ」
毛先がだんだんと青くなっていく、美しい長い銀色の髪に、深い紫色の瞳の真っ白な肌をした男性が、少し薄い唇を笑みの形に歪めて言った。
『おまえの妹を助けてやろう。我のもとに来い』
「あんたは、ずっと前に夜中に出て来た……お化け?」
お化け扱いされた男の影は眉根を寄せた。
『まだ死んでいない。我は竜の王だ。竜の鱗がおまえを導く。その力に身体を委ねるがいい』
竜の王、という言葉を耳にしたヘールナダ聖教国の男たちは「なんということだ、稀竜種の王が我らのもとに顕現なさったぞ」と感激の面持ちで顔を見合わせた。
竜の鱗から放たれた光はミオッカの身体を包み込んでいく。
と、レキを背負ったエアがミオッカに飛びついた。
「ミオ、ひとりで行ってはいけないのです」
ぎゅっとミオッカを抱きしめるエアを見た怪しい男の影は、目を見開くと嬉しそうに笑った。
『白と金ではないか! さすがは我の乙女、我の求めているものまで用意していたとはな。さあ、来るがいい!』
光はエアとレキ、そしてヘールナダの男たちを巻き込んで、クローニー子爵の屋敷から彼らを消し去った。
軽い目眩を感じたミオッカは、足を踏ん張って倒れるのを免れた。その近くに、重い荷物が投げ出されたような音とうめき声がした。
「ミオ、大丈夫ですか?」
「うん、平気。エアも大丈夫そうだね……レキ、どうした?」
「すげえ、気持ち悪い……」
エアの背中で、顔色の悪い子どもが半泣きになっていた。
「なんだよ、今のは。一瞬で別の場所に来ちゃったぜ」
ミオッカたちの傍では、ヘールナダ聖教国の三人の男たちが倒れている。どうやら着地に失敗したようで、起き上がれずにうめいていた。
「さっきまでは子爵家のお屋敷の、豪華な部屋の中だったのにね。いったいどうなってるんだろう。ここは……大きな屋根付きの穴か。洞窟ってやつかな?」
岩に囲まれた巨大な空間で、上を見上げると丸く切り取られたように青空が見えたので、ミオッカは「屋根に穴が開いている。あそこから雨と光が射すから、ここに植物が生えているんだね」と辺りを見回した。
すると、洞窟の奥の方から先ほどの謎の男が現れた。
「聖なる乙女、そして白と金よ。歓迎するぞ」
歓迎されなかったレキは、エアの背中にしがみつきながら「ずいぶん乱暴な招待じゃねえかよ」と文句を言った。
「あんたは誰だい? さっさとエイリナの助け方を教えなよ」
男は「せっかちな乙女だ」と薄く笑った。
と、ヘールナダ聖教国の男たちがようやく立ち上がり、男の元へ駆け寄ろうとした。
「あなたは稀竜種の王でいらっしゃいますね! どうか、我が国に……」
だが男は最後まで聞かずに手を振って「去ね」と言った。その途端に、三人の男の姿が消えた。
「ちょっとあんた、あいつらをどうしちゃったの! 殺したのかい?」
男は面白そうな顔をして「殺してしまった方がよかったかな? 不要だから他所の地に飛ばしたのだが」とミオッカに言った。
「あいつらは迷惑な奴らだけど、あんたのことをありがたがっていたみたいだからね。懐く生き物を簡単に殺せる性格なのかなって。それに、あんたが食べもしないものの命を奪うようなやつなのかを知りたかっただけだよ」
エアの背中で、レキがとても突っ込みを入れたそうな顔でミオッカを見た。だが、勘のいいレキは、この謎の男が危険であると察知しておとなしくしていた。
「まあいい。さて、あんたは何者で、どうしてここにわたしたちを連れてきたのか説明しておくれ。あと、エイリナの……」
「わかった、わかった」
男は肩をすくめて苦笑した。
「おまえの妹は、我の鱗の力で封印されてしまっている。扱い方を知らぬ奴らの手にかかってな。そら、おまえの持つ竜の鱗に、妹を封じる力を呼び戻すがいい」
「……これ? どうやるの?」
「おまえが予言の乙女であるなら、竜の力を自在に操ることができるはずだ」
ミオッカは「ふうん」と言うと、左手に持つ鱗に向かって「エイリナのところにいる変な力よ、こっちにお戻り」と命じてみた。
すると、一瞬の後に、天井に開いた穴から白い光が飛んできて、竜の鱗に合流した。
「今ので戻ったのかな」
「そうだ。おまえの妹は目を覚ましているだろう」
「わかった。世話になったね。それじゃあ……」
さすがの男も「おい!」と突っ込んでしまった。
「まだ自己紹介もしていないのだが!」
「用事は済んだから、ナト村に帰るよ。可愛いエイリナが待っているに違いないからね、早くあの子の笑顔が見たいんだ」
謎の男は「帰るな! まだ我の用事が済んでおらんわ!」と不機嫌そうに言った。




