第35話 人違い
急いでクローニー子爵家に戻ったミオッカたちが見たのは、門から屋敷内にかけて倒れる屈強な戦士たちだった。
「血の匂いはしていないね」
ひとりの女性騎士に駆け寄って脈を調べたミオッカは「気絶しているだけのようだ」と言って立ち上がった。
エアに背負われたまま、レキが言った。
「屋敷が奇襲されたのかい? でも、斬られていないのはどうしてなんだろうね。こういう時には刃物を用いたやり取りになるのが普通なのに」
「レキは賢いな。武器を使わずに相手を無力化する奴らが襲って来たってことだ。魔法が使えるのかな?」
三人はそのまま屋敷内に入ると、人の気配がする方へ向かう。すると、ヒルディアンヌが見覚えのある奇妙な服の男たちに襲われているところであった。
「聖なる乙女よ、どうぞ我が国にお越しください」
「竜の鱗が指し示すあなたこそ、予言の乙女なのですよ。高い地位をお約束いたしますので、ヘールナダ聖教国に同行してお役目を果たしてください」
ヒルディアンヌは真っ青な顔色をしていたが、気丈にも言い返した。
「わけのわからない事を言って、あなたたちはなんなの? ヘールナダ聖教国の刺客なのかしらね」
「滅相もないことでございます! 我らはこの世界の平和と調和のために祈る、敬虔な神の僕ですよ」
「さあ、この手をお取りください」
「触らないで! 気色が悪いわ」
口調こそ丁寧だが、その中のひとりが、手に怪しく輝く白い欠片を持っていて、不躾にヒルディアンヌの身体に触れようとしている。
(またあいつらだ! やっぱりヘールナダ聖教国の人間だったのか。あの手に持っている、やたらに光っているものが竜の鱗なのかもしれない。また人違いをしているよ、その子は聖なる乙女とは関係ないのに、なんて迷惑な奴らなんだ)
ミオッカは頭を抱えそうになる。
白と黒が組み合わされた、微妙にセンスに欠ける服を着た男たちが、まだ若い少女に狼藉を働こうとしたので、子爵が抜剣して威嚇した。
「娘に近寄るな! 他国の貴族に対してこのような振る舞いをするとは、決して許されることではないぞ!」
その周りには、子爵家の護衛の騎士たちが倒れていた。
ヘールナダの男たちは怪しい技が使えるようだ。人が持つには力が大きすぎるという竜の鱗から引き出した力かもしれない、とミオッカは推測した。
「あなたの娘は神に選ばれし乙女なのですよ。邪魔立てするなら……うっ!」
ミオッカは、子爵に向けてなにかをしようとした男を弓で打ち据えて下がらせ、ヒルディアンヌを背にかばった。
「お姉様!」
可哀想に、恐怖で目を潤ませているヒルディアンヌが、すがるようにミオッカを見た。
「おまえたち、うちのエイリナのみならず、この子まで害するつもりなのか? 許さないよ!」
睨みつけるミオッカを見た男たちは、驚愕に目を見開いた。
「おおっ、おまえは田舎の村の乱暴な小僧ではないか!」
「またしても我らの邪魔をするとは……しかし、おまえがどうしてここにいるのだ?」
小僧扱いされたミオッカと、ミオッカ贔屓の忠実な子分であるエアとレキは「失礼過ぎです」「ふざけんな不審者どもが!」と男たちを睨む。
「それはこっちが聞きたいね、なんだって子爵の屋敷を襲撃しているのかい? この倒れている人たちは、あんたたちがやったの? となると、他国の貴族の屋敷に侵入して暴力を働いたというわけだから、犯罪者になるね。おとなしく引かないと、痛い目を見ることになるよ」
ヘールナダ聖教国の男たちは「我々は聖なる乙女を我が国にお迎えするためにやって来た、神に仕える者だ! 犯罪者ではない!」「きちんと予言を分析して、聖なる乙女はクローニー子爵家に連なる少女だとわかっている。我らの邪魔をするのは神への冒涜であるから、重い罪になるぞ」とミオッカを睨みつけた。
「神官の予言により名前もわかっているのだぞ! 聖なる乙女は『ミオッカ・クローニー』であると!」
「……はあ?」
ミオッカが気の抜けた声を出した。
「なんだって?」
「え……ええっ?」
クローニー子爵、ヒルディアンヌ、そしてエアとレキはミオッカの顔を見た。
「さあ、ミオッカ・クローニーよ、こちらに来るのだ」
ヒルディアンヌに向けて伸ばした手を、ミオッカは叩き落とした。
「この子の名はヒルディアンヌだよ! だから、人違い!」
だが、男たちはミオッカの言葉を信じなかった。
「嘘をつくな、小僧! 方角もこちらであっているのだ! それに、竜の鱗もこのように大きく反応しているではないか。聖なる乙女が近くにいる証なのだ」
「そうだ、無関係な少年ごときに惑わされるでない。この美しい少女こそが聖なる乙女なのだ」
「そうだ、そうだ、今度こそ間違いないはずだ」
ミオッカは「いや、大間違いだよ!」と大きな声を出した。
「この子はヒルディアンヌで、ミオッカはわたしなんだからね!」
だが、男たちは鼻で笑う。
「はあ? 小僧、頭がおかしいのだな? 聖なる『乙女』だと言っているだろうが、男であるはずが……え?」
聖教国の男たちは、背が高いミオッカを上から下までじろじろと見てから「もしやおまえは少年ではなく、少女……だと?」と失礼な感じで驚いた。
「腹立つなあっ」
「うわっ」
少しいらっとしたミオッカは、弓で竜の鱗を持つ手を跳ね上げて、宙に舞ったところをキャッチした。
「なにをするのだ! それはおまえのような粗野な者が触れて良いものではない!」
「おまえたちが持つべきものでもないね。これを使って悪さをしているようだから、これはもらっておくよ。あと、わたしが『聖なる乙女』だとしても、おまえたちに協力するつもりはこれっぽっちもないからな!」
レキは「うわあ、姉ちゃんをめっちゃ怒らせたな」と小さな声で言って、エアの背中で首をすくめた。
「まったく人騒がせて迷惑な奴らめ! この国から出て行って、二度と顔を見せるな!」
ミオッカはそう言って、竜の鱗を持った拳を彼らに突きつけた。




