第34話 精霊の父
美しい旋律を鳴らしながらエアが「あなたが、ミオの、精霊の父親ですか?」と精霊に尋ねると、ミオッカは「えっ、この首がわたしに似てる? えええっ、本当に?」と宙に浮く、妙に透明感がある生首をじっと見つめた。
「この顔って、性別不明じゃないかな?」
それを聞いたレキは『ミオ姉ちゃんも、ぱっと見性別不明じゃん』と思ったが、彼は賢い子どもなのでそれは口には出さずに「この首は、割と整った顔をしていると思うよ」とだけ言った。
生首は、口からひゅうひゅうと風を吹きだして、何度か音を出す練習してからから『だ……だれ、おまえ、だれ、なのか?』とミオッカに尋ねた。
「うわあ、こいつ喋ったぜ!」
喋れるくらいなら他にもなにかできるかもと考えたレキが、いざという時にミオッカの盾になれるように、ナイフを手にして生首とミオッカの間に立ち、威嚇する。
「おまえこそ誰だ。それ以上ミオッカ姉ちゃんに近づくなよ?」
すると生首はレキを無視して『おまえは……ミオッカ……姉ちゃん……?』と不思議そうにミオッカを見て、ついでに可愛らしく首を傾げたが、生首がやると気持ちが悪いだけだった。
『ミオッカ、名前は知らない、けれど、昔ここにメイニャという、女の子がいたことは聞いて、知っている、わたしは知っているよ』
男が女か見分けがつかない生首は、次第に明瞭に話せるようになってきた。
メイニャという名前を耳にしたミオッカは「それはわたしの母さんの名前だよ。ということは、やっぱりあんたがわたしの父さんなのかい?」と尋ねた。そして「でも……頭しかない男を、子どもが欲しくなるくらいに好きになるかな……うちの母さんは、もっと現実的な人だと思うんだけど……」と空を見上げた。
「乙女心ってやつは、わたしにはよくわからないよ。精霊的にはどうなの?」
生首は乙女心について少し考えてから、頭を振って『違う』と言った。
『わたしはおまえの父親ではない。でも、父親だった精霊がいたことは知っているよ』
「そうなんだ! 本当に精霊がわたしの父親だったのか……で、父さんは今、どこにいるんだい?」
『どこにもいないし、どこにでもいる』
「どういうこと?」
『精霊は、形を保つのが難しい。とても力が必要なのだよ。わたしも初めて形を作ってみたけれど、ここまでしかできなかった』
生首はゆっくりと頷いてみせた。
『おまえの父となった精霊は、とても力が強かったのだろう。それは、とてもおまえの母のことが……大切? 好き? 大きな存在だと思ったからなのかもしれない。そんな強い精霊でも、人との間に子孫を作るのは大きな負担となる。それはこの世の理に逆らうことだから。だから、彼はやり遂げたが、もう形を保てなくなり、この世界中に散ってしまった』
「ええっ、父さんが散らばっちゃったの?」
ミオッカの脳裏には、ばらばらに砕けて飛び散る精霊の無惨な姿が浮かんでしまった。
『そうだ。そうなってもメイニャとの間に子孫を生み出したかったのだろう。だが、存在は消えていない。おまえの近くにもその欠片が現れているから、注意深く観察するとなにかを感じ取れるはずだ。ただ見守るだけでなにもできない存在になっているが、確かにいる』
ミオッカは自分の周りを見たが、小さな風が吹いただけだった。
「……精霊って、ちょっと訳がわからないものだね」
『人だって訳がわからないではないか』
そう返されて、ミオッカは肩をすくめた。
「なるほどね、散らばっちゃったのなら、母さんのことをどうにもできなかったね。それなら仕方がない。で、あんたはどうしてここに出てきたの?」
『人と精霊の混じった気配がして、気になる歌が聴こえてきたからだよ。ミオッカ、おまえの歌はなかなかいい。力がある。特別な歌には特別な力があるのだから大切に歌うがいい』
「そうなんだね。それはわたしが精霊と人の子どもだから?」
『おまえの父は風に近い精霊だからそれもあるが、それだけではない。言葉や歌は魂が入るものだから、気まぐれに吹く風とは違うのだ。おまえの生き方や考え方が歌を作る』
ミオッカは「難しいな」と笑った。
「わたしは歌いたい時に歌いたい歌を歌うよ。自由なものだと思うからね」
『好きにするといい』
精霊は肯定した。
『ミオッカ、理を歪めて生まれた故におまえの運命は数奇なものになるはずだ。予言や占いに注意するがいい。そして……ミオッカよ! おまえの大切に思う者に、危機が迫っている!』
精霊の口調が突然変わった。ミオッカは「わたしの大切な人ってことは、ナト村になにかあったの?」と尋ねた。
『違う、このすぐ近くだ。急げ、おまえの運命を操ろうとする者たちがいるぞ』
「……クローニー家になにかあったのか! ありがとう、精霊!」
ミオッカはお礼を言うと、屋敷の方向に走り出した。エアも素早くレキを背負うとその後を追う。レキの脚では速度が出ないのだ。
彼女の耳元で声がした。
『精霊は、人を愛することはない。だが、代償に形を散らしてまでおまえを求めた精霊がいるのも事実だ。自分が祝福されていることを思って生きるといい』
ミオッカは『精霊の父さんは、ちゃんとわたしと母さんを大切に思っているんだ』と感じながら、逸る心を抑えながら全力で森を駆け抜けた。




