第32話 意外と親切な貴族
「ミオッカお姉様、わたし、お姉様の歌をもっと聴きたいわ」
突然現れた従姉妹にすっかり懐いたヒルディアンヌは、瞳をきらめかせながらミオッカを見上げてねだった。
「だって、とても素晴らしい歌なんですもの。せっかくこの屋敷までいらしてくださったのですから、歌をたくさんお聴きしたいの。ね、いいでしょう?」
エイリナという可愛い妹がいるせいか、ナト村の少女たちにとても懐かれ好かれていたせいかで、モテる男性並みに女の子の扱いに慣れたミオッカは、ヒルディアンヌの頬を指先でつつきながら「おやおや、可愛いお姫様が愛らしいことを言ってくれるね! わたしたちの演奏をそんなに気に入ってもらえて嬉しいよ」と甘やかす。
「お姉様の歌も、エアの竪琴も、とても素敵だと思うわ。そんな風に歌えたらきっと楽しいでしょうね」
「ヒルダも歌えばいいよ。甘くて可愛い、ビロードのように滑らかな声をしているし、きっとヒルダの歌も素敵だよ」
「そうかしら? お姉様と血が繋がっているから、もしかすると、わたしの歌も練習したらもっと良くなるかもしれないわ」
「今のままでも充分魅力的だよ。一緒に歌おうね」
ヒルディアンヌは嬉しそうにうふふと笑い、まるで手懐けられた子犬のようになっている。
そんな娘を、いささか引き攣った顔で見守りながら、クローニー子爵は言った。
「ヒルディアンヌ、落ち着きなさい。今夜はミオッカたちに泊まってもらうつもりだから、夕食の後に演奏をお願いするつもりだ」
ヒルディアンヌは嬉しそうに両手のひらを合わせて、声を弾ませた。
「まあ、お泊まりになるのね! お姉様、なんなら一晩だけでなくずっとずっと泊まっていっていただきたいわ」
「さすがにそれは難しいかな。でも、せっかく可愛い従姉妹に会えたのだから、今夜はヒルダが大好きな歌をたくさん歌ってあげたいよ」
「まあ素敵だわ!」
ヒルディアンヌは飛び上がると、ミオッカに抱きついた。
それを見た子爵は「ヒルディアンヌ、淑女はそんな振る舞いをしてはいけないぞ」と娘を叱る。
「ミオッカも、頼むからそれくらいにしてくれ。うちのヒルディアンヌが骨抜きになってしまっているじゃないか。ああ、売れっ子の歌姫とはかくも恐ろしき存在なのか……それともミオッカが特別なのか……」
レキが「ミオ姉ちゃんが特別なんだよ。妹のことが大好きなんだから、血の繋がった従姉妹のことだって特別扱いしてもおかしくないよな。もちろん、俺たち子分だって特別扱いだけどね!」と言う。
エアも物憂げな表情で「ミオの歌は、人の心に染み入る素晴らしい歌です……聴く者すべての魂を虜にしても不思議はありません……でも、子分の方をもっと気にかけてください……」と呟き、心震わせるようなパッセージをかき鳴らした。
クローニー子爵はしばらく考えてから言った。
「だが、しばらくこの家に滞在するというのもいいかもしれない。子爵家に連なる者なのだからミオッカにはその資格があるし、妹のエイリナもメイニャの娘であるからには我らの血族なのだから、ヘールナダ聖教国から被害を受けたというのなら、それ相応の対処をしなければならないだろう」
貴族というのはとても体面を重んじるので、不当な扱いを断固として許すわけにはいかないのだ。
「わたしの方でも少し動いてみるつもりだから、宿を引き払ってここに移って来なさい。演奏仲間のふたりも、ミオッカの従者として扱おう」
「いいの? 伯父さん、ありがとう。親切で驚いたよ」
ミオッカが「わたしと母さんを殺そうとしたって聞いていたから、場合によっては酷く扱われるかと思っていたよ」と言うと、クローニー子爵と腹心の部下ガードナーは苦笑した。
「そのように考えて行動する貴族がいないとは言い切れないが……君がきちんと育った娘であることは、こちらに伝わってきているし、現在のクローニー一族は流行り病のせいで数を酷く減らしてしまっている。メイニャが良ければ、子爵家に戻ってきて欲しいくらいだ」
「まあ、そのあたりはエイリナを助けてから母さんと相談してよ」
ミオッカが肩をすくめると、子爵は「ミオッカも我が家に来てもいいのだぞ?」とまた苦笑する。
「わたしはいい。狩人と歌い手をやるので忙しいからさ。でも、これを機会に可愛いヒルダと時々は会って、話をしたいものだよ」
「わたしもよ、ミオッカお姉様! そして、ヒルダの本当のお姉様になって頂戴な!」
「よしよし、可愛い子だねえ」
賢いヒルディアンヌは、ミオッカが深い事情をかかえていることを感じ取ったようだが、そこには触れずに明るく「お姉様に会えて嬉しいわ」と言ってその場を和ませた。
『宿代が節約できるし、エイリナに関してなにかわかったら、すぐに情報を受け取れる』と思いながら、宿を引き払ったミオッカたちは屋敷に移ってきた。
大人気の『ベールの歌姫』の演奏が聴けるとあって、ヒルディアンヌのみならず、屋敷の使用人たちもミオッカたちを歓迎した。あっという間に屋敷中の人心を掌握してしまったミオッカに、子爵はまたもや「ミオッカ、それくらいにしておきなさい」と頭を抱えた。
「どうも、君は普通じゃないところがある。なんというか……精霊の血を引いているからなのか? 妙に人を惹きつけるね」
「どうなのかな。そういえば、母さんが精霊の父さんに出会った森というのはこの近くなんだよね」
「馬で行けばすぐのところにある森だ。メイニャはお転婆な娘で、よく馬に乗って走り回っていたものだ。ミオッカは馬に乗れるのか?」
「いや、乗ったことはないよ。ナト村には人が乗るような馬はいなかったしね」
だが、馬に乗らなくともミオッカたちの健脚ならば、問題なくその森にいくことができそうだった。ということで、ひとっ走り森を見てくることにした。
「いまだに精霊の父さんがふわふわ漂っているとは思えないけれどね。なにか痕跡があるかもしれないよ」
ミオッカたちは身支度をして「ついでに鳥でも狩ってくるからね、楽しみにしていてよ」と子爵に言った。ヒルディアンヌの頭を「今日もお勉強なんだね、ヒルダは偉いね」と撫でると、三人は出発した。




